未来
「ほら、どうしたリューラ。もうふらついているぞ」
「うぷ……にげ、んな」
屋敷を購入以来、完全に俺たちの訓練場と化している前庭。ここで自分の日課である訓練が終わったあとに、リューラから勝負を挑まれるようになったのは約一年前。
いまや俺の腰ぐらいにまで成長したリューラは、疲労でふらふらになり、えづきながらも木刀を振り回してくる。最初は10分も相手をすればリューラが動けなくなって終わっていた勝負だが、最近は体感で1時間近く続くようになっている。歳にしてはかなり根性があるほうだろう。さすがはディランさんとリュスティラさんの子だ。
「馬鹿言うな、木刀だって当たれば痛いんだから逃げるに決まってんだろ」
「く、くそ……絶対にシス姉ちゃんを、僕が助ける、んだ……」
5歳にして立派な男の目をしたリューラは、その後もがむしゃらに木刀を振り回したあと気を失った。
「システィナ、回復を頼む」
「はい、ご主人様」
いちおうリューラからは見えない位置で待機していたシスティナは、すぐに駆け寄ってくるとリューラに【回復術】を施す。といっても怪我などがないかを確認して、ほんの少し体力を回復させておくくらいだ。そうしないとせっかく倒れるまで頑張ったのにリューラの力にならないからな。
「本当によく頑張るよ。ここまで思われてシスティナはどう?」
「ふふふ、勿論、嬉しいですよ。リューラくんはかわいいですから。でも、私にはご主人様がいらっしゃいますし、どれだけ真摯に想ってくれても私がリューラくんの想いに応えることはありません。それに、この年頃は年上の女性にちょっとした憧れを抱くものです。流行り病のようなものですよ」
ちょっといじわるな質問だったが、子供が対象の話でもきっぱりはっきりと俺を優先してくれるのは嬉しい。思わずリューラの治療をしているシスティナの後ろから抱きついて、双子山を揉みしだいてしまう。
「もう! ご主人様! もとはと言えばご主人様のせいなんですから、少しは反省してください」
気を失っているとはいえ、さすがに子供の前。いつもなら駄目ですよと言いつつも受け入れてくれるのに、手の甲をきゅっとつねられてしまった。
「ごめん、ごめん。それにしても、まさか見られていたとはね」
「もう! あとでそれを聞いたときは凄い恥ずかしかったんですよ」
そのときのことを思い出したのか、システィナが顔を赤くしている。
そもそも、リューラがなぜ俺に勝負を挑むようになったのかというと、どうも俺がシスティナをいじめていると思ったかららしい。
勿論、俺はそんなことをしたつもりはないし、システィナにも思い当たるふしはなかった。そこでさらに詳しく聞いていくと……一年前くらいに裏庭で畑や花壇の世話をしているシスティナにむらっときた俺が、いつものように抱きついておっぱじめたところをシスティナに懐いていたリューラが探しに来て、見てしまったのが原因らしい。
まあ、確かにシスティナは切なげにないてはいた…………まあ、男女のあれを知らない人が見たらいじめているように見えたかもなぁ。
それ以来は、外でするときは時間を考えたり、【気配察知】持ちを巻き込んだりするようにしている。あ、勿論「外ではしない」という選択肢は俺にはない。
「はい、今日も問題はありません。三狼、家へ連れていってあげて」
「グルゥ」
すっかりリューラの子守が板についた騎士狼の三狼が、服をくわえて背中にリューラを乗せると、木刀もくわえてリュスティラさんたちの店舗兼住宅へと歩いていく。
すると、タイミングを見計らったようにリュスティラさんがこちらへと歩いてきた。
「お、ちょうどだったね。そろそろ倒れる頃かと思って迎えにきたんだが……ああ、いいよ、三狼。そのまま連れて帰っておくれ、旦那が中でそわそわしているからね。いつも助かるよ、ありがとう三狼」
リュスティラさんが来たことで、リューラを渡そうとした三狼の頭をリュスティラさんが撫でると、三狼は嬉しそうに目を細めて小さく頷いて歩いていった。
「ディランさんは相変わらずですね」
「ま、うちの旦那は身内には過保護だからね」
呆れたような口調とは裏腹に嬉しそうに笑うリュスティラさん。へいへい、ごちそうさま。
「リューラくんはかわいいですから」
「はん、あたしと旦那の子だ。どっちに似たってかわいいに決まっているだろ」
無い胸を張るリュスティラさん。怖いから口にはしないが、ディランさん似だったらかわいいかどうかは微妙だったと思う。中身は間違いなくふたりの子供だが、外見はリュスティラさんに似てよかったんじゃなかろうか。
「あ? なんだいその目は?」
「い、いえ、なんでもないですよ?」
胸のこととか、夫婦をからかうようなことを考えていると、すぐに怖い目を向けられるのはなぜだろう。出会ったときから今に至るまで、いまだに謎だ。
「で、あんたらはどうなんだい?」
「へ、なにがですか?」
「とぼけるんじゃないよ、ガキだよ。こ・ど・も。刀娘たちや従魔たちの事情が複雑なのはわかるが、侍祭たちや侍女たちとは問題ないんだろう? あんたたちの特殊な技能のことも知っているけど、中には子供が欲しい女もいるんじゃないのかい?」
「リュスティラさん! それは! ……私たちには私たちのペースがありますから」
慌てたように声を大きくしてリュスティラさんを抑制するシスティナ。
……もしかして、たびたび開かれている女同士での飲み会とかでそういう話がでていたりするんだろうか。
「おっと、あたしが口出すことじゃなかったね、忘れとくれ。ただひとつだけ言わせておくれ」
「はい」
「あんたたちの選んだ道は知っているし、複雑な事情があるのもわかるから勢いで子供を作れないのもわかる。だけどね、あんたは女たち全員を幸せにするつもりなんだろう? だったら避けては通れないんじゃないかい? それになんか問題が勃発したって、あんたらならなんとでもできるんだろ」
「……」
「旦那とふたりだってあたしは幸せだった。だけどね、あの子がいてくれてあたしの幸せは倍増したよ」
リューラが入っていった家を眺めるリュスティラさんの顔を見ればそれが嘘ではないのは一目瞭然だ。そして、確かに俺たちならなにがあってもなんとかできる自信が……いまならある。
「さすが、四十が近くなった人の言葉は含蓄があります」
「あんだってぇ! あたしゃまだ三十半ばだよ!」
耳を逆立てて俺の後頭部をはたくリュスティラさんだが、その一撃はどこか温かい。
「……ま、本当はあんたたちなら問題はないと思ってるよ。息子自慢をしたかったあたしがただの親ばかだっただけさね」
「いえ、ありがとうございました」
小さく頭を下げる俺に邪魔したねと告げ、優しい笑顔をのこしてリュスティラさんは帰っていった。残された俺とシスティナはぼんやりとその後姿を眺める。
確かにシスティナやメリスティアはお母さんが似合うだろうな、もともと侍祭は契約者に身も心も捧げる関係上、契約者の子を産むことも珍しくないらしい。この世界に来たばかりのころはお金を稼いで生きていくために戦う必要があった。だから子供を産んで育てる余裕なんてなかったからシスティナの【房中術】で避妊をしていた。
でも、いまならお金には困っていないし、もしまた戦う必要があっても、戦力は過剰なくらいにある。出産にも育児にも障害はない。システィナも20歳で【不老】を取得したから見た目は20歳だけど、実際は二十代半ば……この世界ではふたりくらい子供がいてもおかしくない年齢だ。
「システィナ、正直に答えて」
「……はい」
「赤ちゃん欲しい?」
「……はい、ご主人様の子供が欲しいです」
ちょ、ちょっと! 頬を染めながら上目遣いでそんなこと言われたら断れ……いや、違うな。システィナに言われて俺も気が付いた。俺だってシスティナと……皆との子供が欲しい。
結局のところ、俺に覚悟が足りていなかったってことか。自分の子供をちゃんと育てられるのかどうかの自信が持てなかったんだ。自分の両親は決して見本になるような親じゃなかったしな。
でも、いまの俺の周りには皆がいるじゃないか。不安を感じる必要なんてない。
「システィナ……」
「はい」
「システィナに似てくれるといいな」
「え?」
システィナが驚きの表情を浮かべたあと、涙ぐんでいく。ああ……俺は駄目だな、システィナにこんな思いをさせるなんて。
「……ご主人様に似ててくれたほうがきっと素敵な子になります」
「そうかな? でも、とにかく元気に産まれて、健康に育ってくれればそれでいいよね」
「はい!」
ちょっと恥ずかし気に、でも喜びに満ちたその笑顔に、俺が脳内ランキングしているシスティナのベストスマイルランキングは更新された。




