主塔討伐
「ソウ様! 大丈夫!」
銀蛍との戦いを蛍に引き継いだ桜が、俺を心配して駆けつけてくれた。
システィナと桜がここにいて、周囲の魔物たちはどうしたのかと思ったが、どうやら魔物たちは銀蛍との戦いには手を出すつもりがないらしく、銀蛍から離れすぎず、かつ余計なちょっかいをかけなければ襲ってはこないようだった。
「なんとか生きてるよ、傷はシスティナがいま治してくれているから大丈夫」
「よかったぁ……ソウ様が死んじゃうんじゃないかと思って泣きそうだったよ」
俺に抱きつこうとした桜が胸の傷に気が付き、ちょっと迷った末に左腕を手に取って抱きしめてくれた。
「ご主人様、さきほどのお話ですが……蛍さんが光ったっというのは?」
「あっ、そうだよ。蛍ねぇがいきなり速くて強くなったのはどうして?」
「あれはね、蛍がランクアップしたんだ」
「え! だって、蛍ねぇは吸精値が上がらなくなってたのに?」
たしかに桜の言う通りだった。だけど俺はわざわざ999まで吸精値を上げさせた以上は、絶対にまだランクアップがあると確信していた。と同時に、このまま夜の錬成を続けるだけでは壁が越えられないということもなんとなくわかっていた。
「桜ならわかるはずだよ。魔石でも夜の錬成でもなく、俺が刀娘たちを錬成できるものに」
「あ……」
「ご主人様の血液……」
そう、なんとなく最後のピースはそれじゃないかと思っていた。単純な消去法だ、魔石もアレもだめなら、もうそれしかない。
「だからご主人様は蛍さんを抱きしめて、キスをされたのですね」
「そう……皆は俺の血で強くなることを嫌がるからね。だから強引に抱きしめて胸の傷から出た血を浴びせて、キスをしながら顔から流れてきた血を飲ませた。こんなに都合のいい怪我をしたのも運命かもな」
「ソウ様! 心配したんだからね……茶化さないで!」
「ごめん、ごめん。でも……揺ら、さないで、いつぅ……痛いから」
「つまり、ご主人様の血を浴びたか、または飲んだことで蛍さんの吸精値が既定値に達してランクアップしたんですね」
「ああ、ランクはもはや『神刀』だってさ、のきなみスキルを極めたみたいだし、もう蛍の強さは俺の想像力を遥かに超えているはずだよ」
実際、蛍のスキルはほぼ全部が極まっているし、神気なんていう明らかに凄そうなエクストラスキルも入手している。
「つまり、ソウ様はランクアップ前の蛍ねぇしかイメージできないから、その潜在意識で作られた銀色の蛍ねぇよりも、本物のほうが圧倒的に強いんだ!」
嬉しそうに微笑む桜に俺は力強く頷きを返す。銀蛍と打ち合っていた桜は、その強さを知っているから多少の不安があったのだろう。
「ああ、これで俺たち新撰組の勝利だ」
◇ ◇ ◇
俺の言葉の通り、銀蛍との戦いは一方的になりつつあった。銀蛍は完全に、さっきまでの俺と同じ立場になっていた。攻撃してもかすりすらせず、放たれた攻撃は受けることさえもできない。銀蛍は、いつの間にか右腕も完全に復元していたが、そんなことなどまったく関係なく圧倒的な劣勢だった。
「ソウジロウめ、やってくれたな。だが、ソウジロウをあれだけ傷つけたお前を思う存分壊せるなら、それもいい」
蛍は自らと同じ姿をした銀蛍に、欠片ほどの躊躇も見せずにズバズバと蛍丸を打ち込んでいく。そのたびに銀色の液体が飛び散り、小さい飛沫から蒸発するように消えていく。ある程度大きな飛沫は本体に戻ろうと蠢いているようだが、拳ほどの大きさがないと能動的な動きはできないらしく、飛散した銀蛍だったものはどんどん消滅している。
そのわりに銀蛍の見た目は変わらないため、おそらくは足りなくなった質量分は中身を空洞にするとかして対応しているのかも知れない。だが、ダメージを受けているだろう証拠に、銀蛍の動きからは力強さも精細さも徐々に失われつつある。もはや形勢が逆転することはないだろう。
「ふん! いつまでも人の顔で偉そうな態度をとるな!」
蛍がさらにギアを上げる。俺の目で確認できる蛍はまるで映画のコマ送りのように、僅かに速度が落ちた瞬間の残像の数々のみ。蛍丸を振り切った無数の残像の中心で銀色の飛沫を撒き散らしながら、銀蛍が徐々に動きを止めていく。
「凄いな……せっかく近づいたと思った背中が、またあんなに遠くに……ちぇ、また明日から訓練だな」
「ひひ、そんなこと言ってソウ様ったら笑ってるよ。本当は嬉しくて仕方ないんでしょ」
「ん? ……まあね。やっぱり蛍はこうじゃないと」
われながらM気質だなと思うが、これでまた蛍の背中を追い続けることができる。それがなによりも嬉しいと思ってしまう。
「とどめだ! 【蛍刀流:終の太刀 閃華】」
もはや形を維持するのが精いっぱいという感じの銀蛍に対して、蛍が構えた刀が淡い光を帯びる。そして、先ほどまでに比べればかなり遅い速度でその光刀を銀蛍へと振り下ろした。勿論、遅いといっても十分に達人級の速度で振られた光刀を、いまの銀蛍では避けることができず頭頂部へ……と同時に蛍丸が激しい光を放つ。
そして、その光が消えたとき……銀蛍の姿はすでに跡形もなくなっていた。
閃華は、いつ見ても凄い。あれは蛍が編み出した【蛍刀流】のなかでも極めて殺傷力の高い技で、消失系の力を秘めた光魔法を刀身に纏わせている。つまり、あの光を帯びた刀で斬られたものは消滅するという恐ろしい技だ。それだけに制御も維持も難易度が高い。
威力が高すぎて混戦で使うと危険だし、制御と維持に集中力を費やすために剣速は激減。しかもいまは決められた太刀筋でしか維持ができないらしく、蛍の最近の修行はもっぱらこの技を自由自在に扱えるようになることらしい。
「システィナ」
「はい、目の再生と傷の治療は終わりました。でも、だいぶ出血していましたので激しく動くのは控えてください」
「了解、ありがとうシスティナ」
アイテムボックスから出した布に水筒の水を含ませ、俺の顔にこびりついた血を拭いてくれていたシスティナにお礼を言うと、桜とシスティナの手を借りて立ち上がる。
すると後方から突如、大歓声が沸き上がった。なにごとかと思って振り返ると、この階層にいた魔物たちが塔へと溶け込むように消えていくところだった。
本来の階層主戦は出てきた魔物をすべて倒さなくてはならないが、この階層は大将を倒すまで無限に魔物が出てくる仕様だった。たぶん、この階層に出てきていた魔物の軍団は、大将の付属物のような扱いだったんだろう。だから、大将を倒せば生き残っていた魔物たちは消える。消えた魔物たちがなにも残していかないというのは、なんとなく納得いかないが、それまでに倒した魔物たちの魔石はそこら中に散乱している。参加してもらった冒険者たちの臨時収入としては十分な量だろう。
まあ、ギルドの買い取り業務が恐ろしく大変なことになりそうだし、魔石の価値もかなり下落するかも知れないが……ここの階層に転がっている魔石は通常ではあまり出回らないレベルのランクのものがほとんど。このランクの魔石が安く市場に出回れば、新たな技術革新がおきたりするかもな。
「ソウジロウ、動けるならこっちへ来てみろ」
銀蛍を倒し、昂った闘気を鎮めるように目を閉じていた蛍が俺を呼んでいる。足を踏み出してみて、体が動くことを確認すると、システィナと桜に大丈夫だと頷いてからひとりで蛍のところへと向かう。
「蛍、どうした?」
「これはお前が取るべきだと思ってな」
俺に場所を譲った蛍の指し示す場所は、最後に銀蛍が立っていた場所。
「これは……大きな刀?」
「どうやら、この階が塔主のフロアだったのは間違いなさそうだな」
「つまり、これが主塔のボスを倒すと出るっていう『巨神シリーズ』ってことか。【武具鑑定】」
『巨神の大刀:封印状態 ランク:B 錬成値:MAX 吸精値:0
技能:頑丈(極)/豪力/重量軽減/共感(微)/斬補正 特殊技能:交神』
銀蛍を倒した場所に浮かんでいる蛍丸よりも長く、幅広で大柄な刀に【武具鑑定】をかける。
うん、間違いなく巨神シリーズだ。大剣や大槍よりランクも高いし、スキルも多くていい武器だけど……変なエクストラが付いているな。まあ、でもこの塔が神へと至るための試練の塔だとしたらそんな能力もありか。
もともとそれが目的でここまで上って来たようなもんだしな。このごにおよんで躊躇う必要はない。楓や椿がいずれ【擬人化】すれば俺の武器がまた無くなるしな。
そう考えた俺は、無造作に巨神の大刀を手にする。【重量軽減】スキルがあるにも関わらずずっしりとした重厚感のある大刀を『装備』してみる。すると、装備と同時に巨神の大刀と獅子吼が淡く光る…………なるほど、おそらく後ろで巨神の大槍と、マゼンダ。そしてメリスティアの金羊蹄の長杖も光っているんだろう。
いつかメギドの街で見た碑文には、神に至るには主塔武器と副塔武器を携えザチルの塔をのぼれとあった。数の制限もあったが、それは巨神シリーズが三つあれば条件はクリアだったはず。俺が巨神の大刀を得たことで条件が満たされたのだろう。
「さて、なにがおこるのやら」
『別にたいしたことはおこらないよ』
おこらんのかい! って、ん? いまの思念は……俺の刀娘や従魔たちのどれとも違ったような。
……ってことは、まさか!
『あはは、さすがにこの塔をのぼりきっただけはあるね。理解が早い』
『……この世界の神、様ってことでいいのか?』
『そうだね、それでいいよ。いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、一応これって凄いことなんだよね。演出的なものもあるし、とりあえず場所を変えよう』
脳内に響く神と名乗る声。語り口調はどことなく軽いが、話の内容は確かにその通りだろう。じゃあ、どこに移動すればと思っていると、音もなく天井から階段が生成され始め、俺の足元まで届く。
「ソウジロウ、どういうことだ?」
「ご主人様?」
「ソウ様、まだ上があるの?」
突如、現れた階段に警戒心を見せる皆を軽く手を上げて抑える。
『皆で行っていいのか?』
『そうだね……あんまり多くで来られてもありがたみがないよね。そうだな、いまそこにいる三人なら同行してもいいかな。キミにとっても強い結びつきのあるメンバーみたいだし』
『わかった』
ダメだと言われてもシスティナだけはなんとかねじ込んで同行して、蛍や桜は刀に戻してでも一緒に連れていくつもりだったが、幸いむこうから許可がでたのでありがたく受けておく。
「蛍、桜、システィナ。どうやらこの上に、神様がいるらしい。同行の許可も出たから四人でいこう」
「ほう、神とやらに会うのは久しぶりだな」
「桜はまだランク低かったから、あのときのことはあんまりよく覚えてないんだよね」
「といっても地球の神様じゃなくて、こっちの世界の神様みたいだけどな」
「私には……神と言われてもなにがなんだか」
この世界はルミナルタにたくさん宗教団体はあるのに、神様という超常的な偶像を崇拝する宗教がない。だいたいが教祖自身を崇めるもので、たまに聖塔教のように塔を崇めたり、それっぽい自然物を崇めたりするのもある。
だからシスティナも神という存在についていまひとつ理解が及ばない。勿論、地球の知識を引き出せば概念はわかるが、地球では神が実在するものという認識は一般的じゃないから情報も少ないのかもな。
「うん、いまはそれでいいんじゃない? 実際に会えば、世の中にはそういう存在がいるってことも理解できるよ」
「はい」
やや不安気にしているシスティナが安心できるようにフォローを入れると、魔物たちと激闘を繰り広げてへたり込んでいる冒険者たちを見る。
『皆、俺たちはちょっと行ってくる。いつ戻るかわからないから後を頼む。まずは負傷者の治療、同時に元気な冒険者たちにお願いして魔石の回収を。それが終わったら外に出てもらって構わないから、外でウィルさんたちと協力して冒険者たちの依頼達成の処理を頼む。それが終わったら冒険者たちは解散でいい。冒険者たちには後日、ちゃんと宴会の連絡をするから楽しみにしておくように言っておいて』
『ちょ、おまちくださいませ、主殿! ちょっと行ってくるって、どこかに行くならわたくしも連れていってほしいですわ!』
『ん……同意』
『葵、雪、ごめん! この四人だけっていう縛りなんだ』
『……わかりましたわ。悔しいですけど我慢いたしますわ』
『ちゃんと埋め合わせはするよ。残った部隊の総指揮を葵に任せるから、よろしく頼む』
『高いですわよ』
『はは、お手柔らかに』
葵に後事を託した俺は、皆の顔を見て頷くと慎重に階段へと踏み出した。




