冒険者ギルドの隆盛
その後、道中で合流したマゼンダとともにフレスベルクの冒険者ギルドに到着する。この三年で冒険者ギルドは目覚ましい成長を遂げた。
その総本山としてフレスベルクの冒険者ギルドは当初の倍以上の大きさになっている。最初は増改築で対処していたが、すぐに限界を迎えたために周辺の土地を買い上げて現在の建物を建てた。塔の氾濫が起きた場合にも防衛拠点となれるほどに頑丈な造りになった四階建ての建物だ。
新ギルドが竣工した後は、旧ギルドの建物はアパートのようなものにリフォームして新人冒険者に期限付きだが格安で貸し出している。新人冒険者の育成も視野に入れたギルドは、お金のない新人にはこのアパートを斡旋し、無料の講習会を開き、武具のレンタルも行っている。さらに冒険者のランクアップの条件に新人冒険者の育成を義務付けているため、新人が何もわからないまま塔に入って死亡してしまうような事態はなくなった。
これにより冒険者全体の実力が底上げされ、魔石や素材の流通量が増えた。それにともない安価な魔導具なども出回り、この世界には好景気の波が来ている。
「フジノミヤ様、そろそろおいでになると思っていました。どうぞこちらへ」
最近はもう超能力かストーカーかってほどに、到着すると同時に挨拶をしてくるウィルさんに連れられて、いつもの応接室に通される。
ウィルさんは中に控えていた笑う受付嬢にお茶を淹れるように指示を出す。いつもと変わらない仮面のような笑顔のまま丁寧なお辞儀をする受付嬢だが、実はこの受付嬢こそが「笑う受付嬢制度」を考案し、ベイス商会に導入した人物らしい。そして、現在はウィルさんの奥さんでもある。現在三十七歳であるウィルさんの十歳年下だが、 十四のときからベイス商会で働きウィルさんとも昔から面識があり……お互いに気になる存在だったらしい。
だが、奥さんのほうは立場の違いを気にして、ウィルさんは親の七光りではなく自分の力で一人前になるまでは、とお互いにすれ違いを重ね続けてしまった。それでも奥さんはウィルさんを想い続け、この世界での婚期を大幅に逸するにも関わらず独身であり続けた。そこまで待たせてしまったウィルさんも、冒険者ギルドが完全に軌道に乗って、この世界において大きな役割を担うようになったときに、奥さんをベイス商会から強引に引き抜き、プロポーズをした。
これに関しては俺たちもちょっと手助けをしたりしたんだけど……まあ、ごちそうさまって感じだった。それ以降、奥さんはウィルさんの専属秘書のような立場で、常にウィルさんの傍で協力している。その様子はまるで、いままで離れていた分を取り返そうとしているようで、なんだかとても可愛らしい。見た目はあの仮面のような笑顔なんだけど、ウィルさんの近くにいるときだけは、表情が微妙に違うんだよな。
くわえてじつはこの奥さん、五歳年下の妹がいる。妹さんもベイス商会の受付嬢だったんだが、冒険者ギルド設立時にベイス商会から移籍してフレスベルク冒険者ギルド立ち上げの初期メンバーだ。
この妹さん、いまはレイトーク支店に異動になっているんだけど……先日レイトーク支店の副ギルマスと結婚した。この副ギルドマスター、若すぎることと職業の関係で副ギルドマスターになっているが、実質はギルマスだ。その名をアルリック・ハウという。
そう、フレイの弟のアルだ。
体は、ほぼ健康に戻ってフレスベルクの冒険者ギルドを大きくするのに多大な貢献をした彼だが、お世辞にも丈夫とは言えず、フレスベルクの猥雑な環境がどうにも体に合わなかった。無理をしているというわけでもなかったが、フレスベルクが落ち着いたのを機にレイトーク支店へと異動することになり、その時にくだんの妹さんに着いてきてくれとプロポーズしたらしい。
裏方商人という職業上、表立った活躍こそないが現在の冒険者ギルドの立役者とも言えるアルのことを、ちゃんと見ていたらしい妹さんは、最初は小さくて可愛かったアルを弟のように面倒見ていたのに、いつの間にかひとりの男として意識していたようで、そのプロポーズを受けてふたりで移住していった。
すでにウィルさんの右腕だったアルは、ウィルさんの義理の弟にもなったことになる。このへんが面白いところで、そうするとアルの姉であるフレイを嫁のひとりとして受け入れている俺ともアルは兄弟ということになり、俺のファン第一号だったウィルさんも俺の遠い親戚ということになる。
その事実に気が付いたときのウィルさんが感動のあまり涙を流していたっけ…………さすがにちょっと引いたな、あれは。
閑話休題。
ソファに腰をおろしてウィルさんと向かい合うと、準備したお茶をテーブルに置いた奥さんが紙の束をスッとウィルさんに差し出す。
「フジノミヤ様、こちらが現在クエストを受注したいと申し出ている冒険者たちです」
「ありがとうございます。何名くらいきてますか?」
「まだ依頼を出して二日目ですが、すでに二十ほどのパーティから申込がありました。まだ依頼を見ていない冒険者たちも多いと思いますが、明日以降は口コミで他都市にも話が伝わるでしょうから一気に増えると思います」
ぱらぱらと名簿を見ると、いまの段階で参加を希望しているのは『剣聖の弟子』たちや、俺たちがランクアップのために指導したもと新人冒険者たちが多い。見慣れない名前もあるが、このあたりは桜の調査に回そう。
「だいたい二百名ほどを想定しているんですが集まりますか」
「勿論です。私は最終的には五百名近い申込があると推測しています」
なぜかふんすと鼻息荒く胸を張るウィルさん。それにしても、五百人か……さすがにそれは多すぎるか?
「蛍、何人くらい必要だと思う」
「そうだな……二百というのは最低限の想定数だ。集まるのなら三百から四百はいても構わないだろう」
「そうですね、あのクラスの魔物を一対一で倒せる人ばかりではないと思いますので、犠牲者を出さずに戦うには、相手の三倍は集めたいところです」
二百階層の偵察に出た蛍と桜の調査結果では、魔物の数は最低でも百体。一体に三人であたると計算すれば蛍とシスティナの見立て通り三百人前後か……四、五十人ずつに編成して六~八くらいの部隊にすれば戦いやすいか。
「主殿はわたくしたちを指揮官にするおつもりですの?」
「そうだね、何十人かずつを指揮して貰えれば、勝手な動きをされることもないだろうし安心かな」
「一緒に戦えないのは面白くありませんが、仕方がないですわね」
俺だって本当なら新撰組のメンバーで固まって動きたいが、それだと俺たちのところ以外で何かあったときに対処できない。今回の目標は死人を出さずに二百階層を突破することだから、そこは我慢してもらうしかない。各部隊に刀娘たちが着いていてくれれば、離れていても【意思疎通】できるから戦場の把握もしやすい。
「フジ、俺もか?」
「ん? 勿論、そのつもりだよ。一般常識はともかく、戦場での判断に関しては信頼しているからね」
「お、おう……まかせとけ。……ていうか、照れるじゃねぇか」
いままでのどっしりした雰囲気があっという間に雲散霧消したマゼンダがもじもじし始めるが、いつものことなのでとりあえず放置しておこう。
「ウィルさん、申込があった人たちが今日どうしているかわかりますか?」
「はい、申込の翌日以降、この時間帯に来ていただくことになってますので、何組かは下の食堂でお待ちですよ。『剣聖の弟子』は急な依頼をお願いしてしまったので、今日は外していますが」
いまや『剣聖の弟子』たちは個人としても、パーティとしてもAランク冒険者。忙しいのは仕方がないし、それに弟子たちだったら新撰組の腕輪を渡したとしても構わないから、無理やり都合をつけて事前に二百階層へ連れていく必要もない。
「わかりました。じゃあ、今日いる人たちだけでも二百階層の登録を済ませてしまいますので、案内してもらっていいですか?」
「はい、それではご案内いたします」




