マゼンダ
「ごちそうさま、今日の卵焼きは霞が作ったのかな? システィナの作る卵焼きとは出汁が違うみたいだけど」
「はい、旦那様に教えていただいた昆布がようやく使えるレベルになったので挑戦してみたんですが……」
ちょっと不安気な表情を見せる霞だが、俺は淹れなおしてもらった緑茶をひと啜りすると霞の目を見る。
「すっごい美味しかったよ。またひとつ懐かしい味を思い出させてくれてありがとう、霞」
「は、はい! ありがとうございます、旦那様。でも、もっともっと美味しいもの作りますから」
「うん、期待しているよ」
グリィン自身が高ランク冒険者になって知名度が上がったことで、ただの珍しい魔物として人間たちに一方的に狩られる心配がなくなったため、人のいる街にも堂々と行けるようになり、その流れでフレスベルクの西にある港町へグリィンの遠乗りついでに行けるようになった。
本来は馬車で一日かかる道のりも、グリィンや黒王たちの足なら数時間で着く。おかげで新鮮な海産物を手にいることができるようになった。その際に昆布みたいなものが海の雑草として打ち捨てられていたので回収してシスティナたちに出汁として使えないか調べてもらっていたのが、ようやく実用されたらしい。
昆布出汁が実用化されれば、システィナたちのレパートリーはさらに増えていくはずなので今後もまた楽しみが増えた。
「今日は午前中の訓練が終わったらギルドに行って、うちの依頼を受けてくれる冒険者たちを二百階層に連れていく作業をお願いするかもしれないから何人か空けておいてもらいたいんだけど」
「参加者が何人になるのかは知らんが、全員を連れていくのか? ソウジロウ」
「いや、全員を連れていく必要はないよ。同じパーティリングを付けているパーティがあれば、そこはひとりでいいからね」
二百階層の攻略をするにあたり、人数を集めるために依頼を出したが、二百階層に到達したのはあくまでも新撰組であり、他の冒険者たちは二百階層の扉はくぐれない。
全員で二百階層にいくためには、参加冒険者たちとリングを共有して一度二百階層に連れていく必要がある。
最近では、パーティリングも葵が属性付与した重魔石をこっそりウィルさんに卸している。ウィルさんは冒険者たちの特典として、その重魔石で作ったリングを安価で提供しているので、今の冒険者たちは初心者以外はほとんどがパーティリングを使ってパーティとして活動している。
ギルド発足から三年が経過した現在、探索者のままでいる人は見なくなり、名称自体がすでに廃れてきている。
「葵、新選組のパーティリングの予備は準備して貰えた?」
「はい、特にリングにする必要もありませんので、波長を合わせた重魔石を二十ほど準備いたしましたわ、主殿」
「うん、十分かな。ありがとう、葵」
「希望者にそれを渡して、二百階層に連れていってもらえば、当日は全員で二百階層に行けるようになる。ただ、全員で行く必要もないから……システィナ、蛍、葵。お願いできる?」
まだそんなに大量に希望者はいないだろうし、一人当たり四、五人を連れて塔へ行けば十分だろう。
「はい、ご主人さま」
「面倒だが、参加する冒険者たちを多少は見ておいたほうがいいからな、いいだろう」
「お任せください、主殿」
俺から指名を受けたシスティナはいつものようににこやかに、蛍はちょっと面倒くさそうだが、一緒に戦うことになる冒険者たちの力量を確認するために、そして葵は艶やかに頷いてくれた。
「桜はウィルさんから希望者のリストをもらって、念のため軽く身辺調査を頼む」
「は~い、了解。霞か陽を借りてもいい?」
「そうだね、七日後までローテーションしようか。システィナはメリスティアと、蛍は雪、葵は澪と雫のコンビ、霞は陽。桜は申し訳ないけど通しで頼む」
「問題ないよ。桜におまかせ、ソウ様」
「人が多くて調査が回らないようなら、霞と陽もでずっぱりになるかも知れないけど……」
「私たちも問題ありません、旦那様」
「うん、任せといて兄様」
身辺調査なんてしなくてもいいのかも知れないけど、実力云々と関係ないところで足を引っ張るような奴は連れていきたくない。うちが出した依頼で死者を出すなんてまっぴらごめんだ。
「うん、じゃあ。訓練を始めようか」
◇ ◇ ◇
「どこかへいくのカ? ご主人」
いつもの通りに訓練を終え、ひとっ風呂浴びてギルドに向かおうとしたところで遠乗りから帰ってきたばかりのグリィンに呼び止められた。
「おかえり、グリィン。例の依頼の関係でギルドまで行ってくるよ」
「おォ! そうカ、攻略が楽しみだナ。まさか私ガ、人間と一緒に塔を攻略するなんて思いもしなかったゾ。つくづくあの時、ご主人と【友諠】を結んだのは正解だっタ」
遠乗り帰りで、汗をかいた体を拭くためか、薄い肌着一枚で武者震いをするグリィン。その恰好だとグリィンの大きくたわわなふたつのものがぶるんぶるんするから、もうちょっと自重してほしい。
さすがに下半身が馬のグリィンと行為に及ぶことはできないが、上半身は魅力的な女性なわけで……これから出かけるのにムラムラしてしまうのは困る。しかも、グリィンも三年あまりを一緒に過ごしてきて、ある程度俺を異性として意識してきているようで、俺になら何をされても構わないから、俺に覚悟があるならいつでもいい、とお墨付きをもらっている。
それはとても嬉しいことで、グリィンと一緒に生きていく覚悟なんてとうの昔にできている。だが、体を合わせるとなると、精神的な充足感はまだしも肉体的にはお互いに生殺し状態になってしまう。こんな問題も、もしかしたら塔を攻略して神に近づけばなんとかできるかも……なんて希望的観測をしていたりもする。
「それは俺もだよ、グリィン。でも、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「グリィン、マゼンダも一緒ではなかったのか?」
俺とグリィンの会話を聞いていた蛍が、周囲を見回して問いかける。確かに一緒に遠乗りに出ていたはずのマゼンダの姿が見えない。
「あア、マゼンダは……ム、噂をすればだナ。風呂からあがってきたらしいゾ」
どうやら、マゼンダは俺たちと入れ違いで露天風呂に入っていたらしい。
「おお! フジ! 出かけんのか、俺も一緒に行っていいか?」
蛍よりも高い身長、燃えるような赤い瞳と短髪、もりあがった全身の筋肉、艶のある小麦色の肌、歯並びのよい真っ白な歯。マゼンダを構成するパーツを説明していくとこんな感じだ。
「いいけど、ちゃんと服を整えてこいよ。俺以外の男にそんな姿見せるなよ」
風呂から上がったばかりのマゼンダは髪もまだ濡れたままだし、薄手のシャツの胸元も大きく開き、下は下着しか身に付けていない。なんというか……裸ワイシャツ的な?
「ば! 馬鹿! み、見せるわけねぇだろうが! す、すすぐ着替えて追いつくから先に行ってろ、馬鹿!」
「あいよ、ゆっくり行くから慌てなくていいぞ」
「おう! わりぃな!」
そう言って屋敷に駆け込んでいくマゼンダ。剛毅なように見えるマゼンダだが、実は女として扱われることに慣れていないので、通常時はガサツで豪快だがベッドの上や、女を意識させられるような言動には弱い。
「ふふ、マゼンダさんはあんなに大きいのに可愛らしいですね、ご主人様」
「まあね、とてもあの大きな剣だったとは思えないよ。人化したのは……いつだっけ?」
「巨神の大剣だった彼女が、【擬人化】を覚えてからもう二百日くらい経ちますわ、主殿」
そう、彼女はこの世界の武器では初めて【擬人化】を覚えた魔剣だ。【添加錬成】ができないこの世界の魔剣は錬成するためには俺の血を吸わせる必要がある。だが、錬成のために俺が血を流すことを周りの女性陣が嫌がったため、俺が怪我をしたときに余裕があればという錬成だったので結構時間がかかってしまった。
これにより、巨神シリーズも人化できることが証明された。だけど巨神の大槍や他の巨神シリーズを探し出してまで錬成する気は今のところない。今の嫁たちに不満や不足なんて、これっぽっちも感じてないからね。
「そっか、もうそんなに経つんだな。どうりで、マゼンダも馴染んでくるわけだ」
「ふふフ、蛍たちとは違って武器だったときの意識が薄かったらしいからナ、人の体にモ、人の世の常識にもまるっきしだっタ」
「戦闘についてだけは人並み以上だったけどね。グリィンも風邪ひくから、汗を拭いてちゃんと服を着ること」
「私にモ、そう言ってくれるのだナ。嬉しいゾ、ご主人」
「そんなの当たり前、グリィンの色っぽい姿を見てもいいのは俺だけだろ?」
「うム! そうだったナ。では私モ、着替えてくるとしよウ。気を付けてナ、ご主人」
グリィンが鷹揚に頷きつつも、嬉し気に笑うと一狼たちの住処の隣に作られている自分の部屋へと戻っていった。




