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魔剣師の魔剣による魔剣のためのハーレムライフ  作者: 伏(龍)
第1章

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18/203

脱出行

「なかなか出来た人物のようだな」

「うん,まあ護衛している相手はどうにもいけ好かない感じだったけどね」


 正式に紹介されることは無かったがどうやら後ろで縮こまっていた探索者の中にいた身なりのいい小太りの若い男とそのお目付け役らしい中年男性がフレイの護衛対象のようだった。

 俺たちが来るまではビクビクと怯えていたくせにいざ脱出出来るとなると脱出を指揮するフレイに無理難題をふっかけて困らせていた。

 ちょっと漏れ聞こえた感じでは2階層へ到達させるという依頼内容を反故にするのなら得られなかった実績に代わる何かが必要だからどうのこうのとごねていたようだが命の危険が少なくなった途端にそんなことを言い出すあたり今後とも関わりたくない人材だ。


「さてどうするソウジロウ。フレイとやらにはもう少し探索をすると言っていたようだが,ここまでやれば私たちの責任は果たしたとも言えるが」

「…」


 もともと危険の大きいこの探索。俺達が普通に生きていくことだけを考えれば間違ってもやってはいけない行動だった。

 それでも探索を決めたのはシスティナの『自立』を後押ししつつ『後悔』を背負わせないためだ。

 システィナは俺と蛍さんと桜ちゃん3人しかいなかったこの世界で初めて出来た仲間で一緒に生きていくことを選んでくれた家族だ。

 その家族の為になることなら俺にとっては命を懸けても惜しくない。

 もちろん勝算がまるっきりなければ話にならないが今回は蛍さんの能力と武力があればなんとか出来る可能性も充分あった。

 実際にかなりの数の探索者を発見して脱出させることが出来た。まあまだ無事に脱出したのを確認した訳じゃないがこれだけお膳立てしてやったんだから後は自己責任で頑張ってくれとしか言えない。

 ただ予想外の強敵に危うく死にかけることは想定外だった。


「…もう充分です。あれだけの人を助けられたんですから。私たちも脱出しましょう」


 システィナは微笑みを浮かべながらも視線は俺の上半身,正確には背中を見ていた。おそらくそれなりに酷い火傷を負っていたはずの背中。

 システィナの回復術でどの程度回復しているのかは見えないので分からない。ただ痛みはないし引き攣りも感じないからほぼ完治しているのだろうが,もしかしたら多少の跡くらいは残っているのかもしれない。


「蛍さん。ここから先に人の気配はある?」

「あるな。かなり階層主の領域に近いところに2人…3人か。ここから私に分かる範囲ではもう他にはいない」


 蛍さんの気配察知の効果範囲は最初は周囲100m程だったらしいがランクアップ後はかなり増えたらしい。しかし正確な範囲は分からないし1階層全てを網羅出来る程の範囲ではない。

 だがこの場所からなら階層主周辺は全て範囲に含まれるとのことなので現状中心付近ほど高階層の魔物が湧いていると思われるので取り残される可能性がある地帯はケアしていると言えるだろう。


「分かった。じゃあ行こう」

「ソウジロウ様!駄目です!もういいんです。私が!私が間違ってました!」


 俺の宣言に目を見開いたシスティナが俺の両手を掴む。


「ここに入る前にソウジロウ様が仰られていた意味がやっと私にも分かりました。私もこの世界の誰よりもソウジロウ様と蛍さんが大事だということが分かったんです!」


 目に涙を浮かべながら訴えるシスティナ。そう言ってくれることは正直嬉しい。でも塔に入る前なら…いや俺が怪我をする前までならシスティナの言う通り脱出しても良かった。

 システィナが言っていることは掛け値無しの本心だろう。塔に入るまでは自分たちのせいで人が死ぬかも知れないという責任感と正義感で気づいてなかっただけのことだ。

 だがさっきの戦闘で自分を庇って俺が大怪我をした。

 俺が死んでしまったかもしれないという衝撃で俺や蛍さん失うということの恐怖を実感してしまった。そしてその恐怖がシスティナの行動の根源にある『侍祭として誰かのために力を奮いたい』という思いを上回ってしまったのだろう。


 そしてそんな状態で今ここから逃げ出すことはなんとなくしてはいけない気がした。

 一度ここで逃げてしまえば今後厳しい環境での戦いになった時に最悪のタイミングでシスティナが逃げの選択をしてしまいそうな気がして怖い。


「システィナ。退くという判断を俺は否定しない。大事なものを守る為に敢えて退くということの大切さは良く分かる」


 そう,俺の父が1人の人間としての自分を守るために実家を出て行ったように。


「でも今は駄目だ。今のシスティナの言うことは聞けない。理由は…わかるだろう?」


 俺を見上げるシスティナの目から涙が零れた。システィナは分かっているはずだ。自分の本当の心は助けられる人を全部助けたいと思っていることを。

 俺達を傷つけることを恐れて本当の気持ちから逃げようとしていることを。


「システィナ。いい加減私達に遠慮するのはもうよせ。逆の立場ならお前も私達のために命を懸けることを躊躇わぬだろう?」


 蛍さんの言葉にシスティナがはっとして顔を上げた。思い当たる節があったのだろう。


「それと同じことだろうさ。よいではないか,今回はたまたまお前の我儘だっただけのことだ」

「ただの我儘なら付き合わないけどね」


 今回はシスティナにとって必要な我儘だと思っただけだ。それはきっと蛍さんも同じ。


「言えよ」

「………………い,です」

「聞こえぬな」

「……に…きたいです!」

「もう一声」

「た,助けに行ってあげたいです!手伝ってください!」


 叫んだシスティナの頭を蛍さんが暖かい笑みを浮かべながらぽんぽんと叩く。


「よし。行こう。

 それがシスティナの心からのお願いなら俺達は全力で協力してあげたいと思うから」





 俺たちは装備の点検と今後の動き方を簡単に打ち合わせただけで安地を出た。

 最後の探索者達がいるところはここからそう遠くないらしい。だが階層主がいる区域にかなり近い所にいるだろうと蛍さんはみていた。


「おそらく自分の領域を侵さない限り動かない階層主と階層主を怖れ領域に近づかない通常の魔物。その狭間にいることが探索者達が生き永らえている理由じゃろう」


 階層主の縄張りの僅かに外にいたことで縄張りに近寄ろうとしない魔物達に見つからずにいたってことか。

 狙ってそこに行ったのかたまたまだったのかは知らないが生きている以上はシスティナの為に助けてやるさ。

 上半身裸に籠手だけ装備のみっともない格好だけどな。


「どうやら先ほどのフレイムファングとやらがこの辺りを牛耳っていたらしいな。魔物達の気配が薄い。

 これなら戦闘せずに残った探索者達を拾えるかもしれん」


 それは重畳。俺もこんな上半身裸で激しい戦闘はしたくない。かといって素肌に鋼製の鎖帷子は肉とかが編み目に挟まって痛いので装備出来ない。鎖帷子には申し訳ないがリュックの中で俺の重りとして活躍してもらおう。


 時折立ち止まって気配を確認しながら進む蛍さんに従ってしばらく塔内を彷徨い歩く。

 気配を感じても直線で進めないためどうしても道を探しながらになってしまうのは仕方がない。

 システィナのみちしるべ用の傷も帰って紛らわしくなる箇所も出てしまうがそれもしょうがない。今探してる探索者達を見つけた後は俺たちも撤収する予定なので一緒に帰れば帰り道を間違うことはないはず。


「む,まずいな。目的地の反対側から強い殺気を感じる」

「それって魔物が探索者達に向かってるってこと?」

「走るぞ!タイミング的にはぎりぎりだ」

「はい!」「了解」


 珍しく全力で走る蛍さんの様子から本当にタイミング的にギリギリだというのが伝わってくる。こんな直前になるまで蛍さんの気配察知に引っかからなかったというのも気になるがとにかく今はついていくので精一杯だった。

 俺もシスティナも基礎能力の底上げがなかったらとてもついていけなかったろう。


「うわぁぁぁぁ!く,来るな!来るなぁぁぁぁ!」

「ち!」


 先頭を走る蛍さんが珍しく舌打ちをする。聞こえてくる悲鳴は切羽詰まった男の声。


「間に合わなったか」

「まだです!まだ声が聞こえるうちは諦めません!」


 システィナは欠片も諦めていない強い視線を走る先に向けている。そこにもう迷いの色は見て取れない。俺が見てきた中で間違いなく一番綺麗で格好いいシスティナだ。

 …というか不動の1位に『ベッドの上のシスティナ』がいるので同点優勝だが。


「このまま突っ込む」

 

 角を曲がった蛍さんが宣言して更に速度を上げた。

 角の先は行き止まりになっていてそこにはボロボロになった鎧を着てロングソードを構えた探索者が1人。その足元にうつぶせになって血だまりに伏せている探索者が1人。行き止まりの壁に生きているのか死んでいるのかぐったりと背を預けたまま動かない探索者が1人いた。


 そして俺達と探索者の間にいたのは


『タワーハイドベアー(8階層) ランク:F』


 熊のくせに細身で背が高い8階層の魔物だった。とうとう8階層レベルが出てきたか。


「タワーハイドベアー!8階層ランクF!」


 いつも通り鑑定結果を叫ぶと熊へと斬りつけようとする蛍さんの跡を追う。システィナは最初は戦いに加わらずに負傷者の様子を見に行くようだ。

 俺と蛍さんを信用して任せてくれるということだろう。いい傾向である。となればその信頼にしっかりと応えるのがいいご主人様というものだろう。

 

 熊は後ろから蛍さんの只ならぬ気配を感じたのか目の前の探索者を放置し後方から迫る蛍さんに威嚇の咆哮を上げる。

 しかしその時には既に蛍さんは熊の懐に飛び込んでいる。まずは一太刀…


「え!」


 そう思った俺の目の前で予測を遥かに超える速さで熊が蛍さんの一撃を避けた。こいつ速い!

 蛍さんのあの位置からの一撃をかわすとは正直思ってなかったが当たらなければ当たるように攻めるしかない。

 桜ちゃんと大剣を構えて蛍さんと挟み撃ちに出来るように位置取りをするべく動く…

 ん?あれ?あいつどこ行った?。


「ソウジロウ!惑わされるな擬態じゃ左の壁に向かって防御姿勢!」


 え,なに?擬態だって?ってとにかく防御!


「え!ぐぉ!」


 言われるがままに条件反射で防御姿勢を取った俺は大剣に重い衝撃受け反対側の壁までとばされて背中から叩き付けられ一瞬息が止まる。


「ぎ,擬態?」


 痛みを堪えながら今までいた位置をよぉく見ると確かになにかがいる。


「保護色?」

「大丈夫かソウジロウ!そいつは体毛を変色させる上に気配を薄くする!1点を集中してみるのではなく視界全体を俯瞰で見ろ!

 その中で違和感のある場所にやつはいる!」


 マジか!『ハイドベアー』って『隠れる熊』ってことかよ!気配薄くして保護色とかお前は忍者かってーの!だから蛍さんの気配察知に引っかからなかったのか。


 ちょ,ていうか桜ちゃんはなんでこのピンチに嬉しそうなの?妙にテンション上がってないか?ああもう!


 とにかく今は蛍さんが熊と打ち合ってくれてるからどこにいるか分かるけどこのままじゃ俺が役に立てない。

 なんとか見えるようにならなくちゃマズい。


 1つの場所に集中し過ぎない…集中しすぎると視野が狭くなり死角が増える。

それじゃあハイドベアーを補足できない。

 一歩下がったつもりで全体を広く薄く違和感を探す…


「いた!」


 蛍さんの攻撃を防御して体勢を崩してるっぽい熊をようやく補足した俺は一気に間合いを詰めると大上段から大剣を叩き付ける。

 大剣の重い一撃で動きを止めて桜ちゃんで相手の首を薙ぐがハイドベアーは右の前足を捨てて首を守りに来た。右前足はなんとか斬り飛ばすがとどめがさせない。


「蛍さん!」


 桜ちゃんを振り切った勢いのまま身体を投げ出し駆けつけてきているはずの蛍さんに場所を明け渡す。


「よくやったソウジロウ」


 蛍さんの満足そうな声と同時にハイドベアーの首が宙を舞う。さすがは蛍さん,俺が跳んだ後の一瞬でしっかりと状況を確認して俺が斬り飛ばした腕の側から攻撃を加えていた。

 さすがに8階層くらいになるといちいち手強い。防御力も高いためぶっちゃけ俺のバスターソードじゃ相手が斬れないから使い方がほぼ打撃武器と化している。


 熊が残した『魔石(無) ランク:F』を蛍さんのポーチにしまってもらう。俺のポーチはフレイムファングの魔石が容量のほとんどを占めている。

 桜ちゃんと大剣を鞘へと納めるとシスティナの下へと向かい回復術を行使中のシスティナに声をかける。


「システィナどうだ?」

「命はなんとか…ただ傷が深かったので出血が多く危険な状態です」


 システィナが看ているのは血だまりに倒れていた探索者である。俺達が来る直前にハイドベアーの一撃をもろに受けてしまったらしい。

 革の胸当てが無残に裂け,ふくよかな胸の下半分程から腹部に掛けて3本の裂傷が刻まれている。それでもシスティナの回復術が効いてきているのだろう少しずつ傷が塞がってきているようだった。


「頼む!アーリを助けてくれ!こいつは俺を庇って…大事な仲間なんだ。頼む」


 ロングソードの男がシスティナに土下座するかのように頭を下げている。

 その娘を助けるのはシスティナであって俺じゃないから安請け合いも出来ないのでとりあえずそっちは放っておいてもう1人の様子を見に行く。


 こっちも怪我をしているようで頭に赤く染まった包帯を巻いてぐったりとしていた。見えてる範囲の顔と体格からして男だろう。


「おい,大丈夫か」


 近づいて話しかけようとして俺は気づいてしまった。目の前の男から全く生気が感じられないことに。




 目の前の物言わぬ男を見下ろして俺はきっと呆然としていたのだろう。いつの間にか隣に並んだ蛍さんが俺の肩に手を置く。


「間に合わなかった訳ではないぞ」

「蛍さん…」

「確かにちょっと前まで生きていたことは間違いないが,私の見立てではこの傷では幾分早く着いたとしても助けることは出来なかったじゃろう」


 そうか…安地から移動する際蛍さんは気配の数を2人か3人で迷ってたっけ。その時点で既に気配が感じ取れなくなる寸前まで衰弱してたんだ。

 確かにそんな状態ではいくらシスティナの回復術があっても手遅れだった可能性は高いかもしれない。

 そもそも俺もそこまで衝撃を受けていた訳ではない。悪人に関しては自ら何人も手にかけているし,システィナと同行していた貴族関係の死体も目にしてきていたから初めてという訳でもない。

 あえて無理に理由を考えるなら『助けようと思った人を助けられなかった』からちょっと自分の中の感情みたいなものが整理仕切れなかったのかもしれない。

 まあそれとて所詮は今思いついただけの理屈である。


「…バクゥが俺とアーリを助けてくれたんだ」


 システィナがアーリの治療を終え,バクゥと呼ばれた探索者の死亡を確認し肩を落としているとロングソードの探索者トォルがぽつぽつと語り出した。


 トォル達は3人組のパーティで探索者としては駆け出しだった。

 最初はフィールドで魔物を捜して狩ったり,護衛をして街から街を移動したりして経験と稼ぎを得ていたが護衛や採取などの依頼では戦闘経験もあまり積めず報酬もかかった時間に見合うような額が得られなかったので大分行き詰まっていたらしい。

 そこである護衛依頼の終着点だったここレイトークで塔探索者として活動することにしたらしい。

 それがだいたい100日くらい前だったそうだ。それから少しずつでもいいから毎日レイトークの塔に入る生活をしていたとのこと。

 そんなときロビーで1階層が楽に突破出来ると盛り上がってるのを聞いた。

 3人は無理をせず1階層でひたすら腕を磨き続け,3人の連携もかなり上達してきてそろそろ上の階層にあがろうかと話し合っていたのでまさに時機が来たと思った。

 勇んで塔に入ってみると確かにほとんど敵は出てこない。これなら階層主との戦いに全力で臨むことが出来ると3人は喜んだ。

 順調に探索は進み階層主の領域に近づくとちょうど前のパーティが目の前で階層主を倒したところだった。前のパーティは声を掛ける間もなく2階層へと上がったため領域には階段もなく階層主もいない状態になった。

 階段は階層主と共に現れ,階層主を倒したパーティが使用すると次の階層主が湧くまで現れないのだそうだ。

 ここまで雑魚戦を一度もしていなかったトォル達は準備してきた薬なども一個も使わずにここまで来たことに加え,1階層の主に関しての情報もかなり詳しく集めていたので多少の苦戦はしても倒せないという事態は想定してなかった。

 階層主の領域内で主が湧くのを待っているとまもなく天井から階段が生成され,そこへ立ち塞がるように塔の天井から主が現れたらしい。


「おかしいとは思った。俺たちが集めた情報では階層主は常に床から現れるはずだったんだ。だが俺たちはとうとう2階層へ行けることに浮かれてその違和感に気がつかないふりをしてしまった」


 固く拳を握りしめながらもトォルは語るのをやめない。その姿はまるで俺達に懺悔をしているかのようだ。


 そしてトォル達が気づかぬふりをしてしてしまった違和感はトォル達にすぐさま牙を剥いた。

 現れた階層主はトォル達が想定していた魔物とは全く異なり,せいぜい3階層ぐらいまでの情報しか集めていなかった3人には全く見たことも聞いたこともない魔物だった。

 その階層主の圧倒的な威圧感と存在感に明らかに異常事態であることを察して,戦闘することは瞬時に諦めたがすぐに戦闘に入れるように主が湧く中央付近に陣取っていたことが災いしてしまう。

 階層主から逃げ切る為には領域から出なければならない。大体領域は半径25m程の円形の空間で構成される。

 このイレギュラーな階層主から25mも逃げ切ることは絶望的だった。

 その時,死を覚悟し諦めかけたトォルとアーリを蹴飛ばして無理矢理走らせたのがバクゥだった。

 バクゥはいざという時の為に保険で預かっていた幾つかの属性付きの魔石(どれも小さくランクの低いものだった)を惜しみなく使った。

 光魔石を足下に叩きつけ目くらましをし,火傷するのも構わず炎魔石をオーバーヒートさせて主に投げつけ攪乱して2人が逃げる時間を稼いだ。


 そのおかげで2人はかろうじて領域から逃げ出すことが出来たが逃げ遅れたバクゥは階層主の攻撃を受けてしまった。だが唯一の幸運は攻撃を受けて大きく弾き飛ばされたバクゥの落下地点が領域の外だったことである。


 慌ててバクゥを回収し,手持ちのアイテム全てを使用して治療を施したが3人が持っていた安い薬ではかろうじて命を繋ぐだけで精一杯だったらしい。

 すぐにバクゥを抱えて脱出しようとしたが瀕死のバクゥはそれを止めた。『この階層は今何かがおかしい。今俺を抱えて動けば3人とも死ぬ。俺は大丈夫だから動くな』かろうじて紡ぎ出したバクゥのその言葉を信じて3人はここに隠れていた。

 結局2人の懸命な看病にもかかわらずバクゥは力尽きた。そしてバクゥが力尽きたため一か八か2人で脱出するために動き出した途端にハイドベアーに襲われ,アーリが倒れいよいよという駄目かという時に俺達が助けに来たようだ。


「バクゥが身体を張ってくれたから主から逃れられたし,バクゥが自分の命をかけて俺達を引き留め続けてくれたから助けがくるまで生きていられたんだ」


 溢れる涙を隠そうともせず崩れ落ちるトォル。

 トォルの話を聞くとこのバクゥという探索者は本当に優秀な探索者だったのだろう。

 即座に逃走を決めた決断力,仲間を無理矢理動かせるだけの機転,咄嗟に魔石を惜しみなく使った対応力,階層の異変に気づき待機を決めた危機察知能力。

 このまま経験を積んでいけばいずれ名を残すような活躍をしたかもしれないと思わせるほどだ。


 そして…そんな人物がこんなにあっさりと死んでしまうことさえあるのが『塔』。


 俺は改めて塔を探索することの危うさを否応なく思い知らされた。


「ソウジロウ様,アーリさんの意識が戻りました。なんとか動けるようですので全員で脱出しましょう」

「た…助けて頂いて…ありがとうございました」


 システィナに肩を借りながらなんとか立ち上がったアーリさんを見て頷く。


「今ならまだ魔物に遭わずに脱出できるだろう。システィナ,怪我人はそっちの男に渡せ。何かあれば私達が前に出て戦うからな」

「はい。ではトォル殿よろしくお願いいたします」

「ああ,もちろんだ。アーリ,お前は俺が守る。だからもう俺を庇うなんて無茶はやめてくれ…お前までバクゥみたいに失ったら俺は…」


 システィナからアーリを受け取りながら訴えるトォルにアーリは困ったように微笑むだけだ。


「ふん,勝手な言い草じゃのう」


 ぼそりと呟く蛍さんに俺も同意する。お互いを大事に思うならその気持ちはアーリさんも同じはずだ。自分だけの気持ちを押し付けるなんて子供と同じだ。

 もしトォルが本当の意味でアーリさんを守りたいのなら自分が強くなるしかない。それが出来ないならお互いに守り守られる関係を受け入れるしかない。


「遺品は回収したのか?」

「…あぁ,本当は武器を持って帰ってやりたかったんだがバクゥの武器は階層主の領域に置いてきてしまった。 

 持って帰れる物は身に付けていたものだけだった」


 そう言って視線をアーリの胸元へと送ったのを見て気づいた。さっきまで胸がほぼ丸見えだったアーリが大きめの革鎧を装備している。

 本当は遺品ではなく遺体を持って帰ってあげたいのだろうがそこまでの余裕はない。


「私たちが離れればそう遠くない内に魔物に…

 仮に見つからなかったとしても魔物程早くはないですが半日もすれば塔に吸収されてしまうでしょう」

「そうか…」


 魔物にしてみれば喰らう肉は屍肉でも構わないということか。仮に安地に運んでおいたとしてもいずれ魔物ではなく塔に喰われる。俺達は塔の腹の中を歩き回っている微生物みたいなもんか。


「ソウジロウ。行くぞ。早くしないとまた魔物が湧く」

「了解。すぐ行く」


 蛍さんに促され嫌な考えを振り払って頷くと歩き出す。

 先頭に蛍さん,その後ろにトォルとアーリ。2人の補助にシスティナ。最後尾が俺だ。近づいてくる魔物は大概蛍さんが先に察知してくれるがさっきのハイドベアーのような例もある。怪我人を抱え動きの鈍い2人を守れるようにして動く必要がある。


 しばし無言の行軍が続く。響くのはアーリを抱えたトォルの荒い息づかいと,その合間に微かに聞こえるアーリのか細い呼吸音だけ。

 疲れ果てていることもあるだろうが2人の速度は全く上がらず俺達だけで動いていた時よりも移動速度は3分の1以下になっている。

 このままだとせっかく掃討したこのルートにも再び魔物が出てくるかもしれない。

 その辺の確認を蛍さんに聞きたいところだが前衛と後衛に別れているから聞くに聞けない。

 声を張り上げて聞くのもトォルとアーリの最後の気力を奪ってしまいそうで怖い。


 蛍さんとは『意思疎通』が出来る。だが蛍さんからの意思表示は声ではないが俺からの伝達は全て声によるものだった。

 ならば『共感』ならどうだろう。詳しい内容までは伝わらないが俺が何を聞きたいか位は察してくれるのではないだろうか。

 試しに蛍さんに向けてこの先に魔物と遭遇する可能性があるかどうかという問いかけを念じてみる。


『む…ソウジロウか?』

 

 通じた!俺はすぐに肯定の意志を念じて,再度同じ問いを送る。


『なるほど。よく気づいた。共感と意思疎通の技能をうまく組み合わせるとはな。

お前の聞きたいこともイメージ的な物だが伝わっておるそ。


 ちょっと待ておれ。少し範囲を広めに探る。

 ……む,今の所はまだ大丈夫そうだ。だが行きと比べて明らかに反応が増えてきている。このペースでは脱出出来るまでの間に戦闘になる可能性が高いな』


 やっぱりそうか。でも1階層への立ち入りを禁止してたおかげでまた1階層本来の魔物が徐々にリポップして数を増やしているはずだから俺達の推測が間違ってなければ高階層の魔物は今この階層にいる魔物だけでこれ以上は多分増えないはず。


 それならこの辺の高階層の魔物は一度掃討してあるんだから,帰り道で会うのは1階層の魔物の可能性が高いはずだ。1階層の魔物ならば怪我人を抱えてても俺達3人でなんとか出来る。


 よし。これなら無事に脱出出来そうだ。正直危険な決断だったけど結果として3人とも無事だったし,レアな魔石も手に入れた。救えるだけの人を救出できた。そしてこのことでシスティナもきっと良いように変わっていってくれる気がする。


 まぁ…かなり危ない場面もいくつかあったのは確かだけど俺としては危険を冒した甲斐はあったと思う。


『ん?…ソウジロウ。ちょっと前へ来てくれ。

 …いや,心配するな。今後方には魔物はいない』


 なんだかよく分からないが蛍さんに呼ばれたら行かない訳にはいかない。切羽詰まった感じはないし魔物が近いとかではなさそうだが。

 足を速め,システィナを追い抜きざま「ちょっと前に行ってくるから後方警戒もよろしく」と声をかけ先頭へと辿り着く。


「どうしたの蛍さん」

「来たか…よくわからんが人が近づいてくる。私が対応するよりお前が対応した方がいいだろう」

「誰だろう?まだ1階層自体は入塔を規制してるはずだから…もしかして高階層の探索者パーティが到着したのかも」

「いや,気配を探る限りではおそらく1人だな」


 今のこの1階層に1人で?よっぽど腕に自信があるってことか?まあどっちにしろこんな状況で馬鹿なことをする奴はいないだろうから差しあたっての危険はないと思うが…

 


「フジノミヤ殿!」

「え?フレイ…さん?」


 緊張していた俺の前に笑顔で近づいてきたのは先に脱出したはずのフレイ・ハウだった。


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