陰陽
「おう、来たね。さすがに今日はソウジも一緒か」
今日のメンバーは霞と陽に加えてメリスティア、桜、葵の豪華メンバーだ。といってもだいたい誰を連れてきても豪華になるんだけどね。
「はい、このふたりが呼ばれたということはそういうこと、ですよね?」
「ああ、そうだね。なんとか納得のいくものができたよ」
肩をコキコキとならしながらリュスティラさんが疲れた顔に会心の笑みを浮かべている。
「あの……旦那様。いったいどういうことでしょうか? 前回こちらへお伺いしたときも……なんか、あの」
「あははは! リュティの測量凄かったでしょ。あれはもう測量としかいいようがないもんね」
「そうなんです! あんなに体の隅から隅まで計られたのなんて初めてで、ちょっと怖かったです」
あの洗礼を受けると、まあそうなるよな。今日ここにくるのに俺が同行するのを喜んだのは、リュスティラさんたちにちょっとビビッてたからかもな。
「僕は途中で飽きて、いつの間にか寝ちゃってたんだけど……」
「陽ちゃん……私はあなたをちょっと尊敬したわ。あの状況でよく寝れるわよね。でも寝ているあなたにまったく構わずに採寸を続けるリュスティラ様も凄いけど」
「えへへ、そんなに褒められると照れるよ、霞ちゃん」
「褒めてないから! どっちかといえば馬鹿にしてるのよ!」
「ええ! そうだったの? 霞ちゃん酷い!」
おいおい、リュスティラさんのあの計測地獄の最中に居眠り? 凄いな陽、それに構わずサイズを計り続けるリュスティラさんもどうかとは思うけど。
「ふふふ、そりゃ悪かったね。だけどそこまでしないと納得のいくもんが作れないのさ。これを見ても文句があるようなら、土下座して謝ってもいいよ」
凄い自信だ。リュスティラさんたちが手を抜くところなんて想像もつかないけど……今回も本当に本気でやってくれたんだってことがよくわかる。
「いえ、そんな……謝ってもらうだなんて」
「いいから、いいから。ほら、あんたにはこれ。虎の娘にはこっちだよ」
リュスティラさんが気をわるくしてしまったかと思って恐縮する霞に、リュスティラさんが笑いながら一振りの武器を渡す。そして陽の手にも……。
見た目は肘から指先くらいの長さ、三十センチメートルくらいだろうか。あれ、なんだろう? この鞘の拵えがなんか見慣れた感じがする。
「これって……」
「ああ、あんたの持っている刀を意識したんだ。システィナから製法も聞いているんだが、完全再現にはまだまだ遠い。いくつかの工程を従前のやり方に取り入れて、刀の形に寄せたんだ。だからこの武器たちは片刃で反りがある形になっている。あんたたちふたりのために打った武器だ……抜いてみておくれ」
リュスティラさんから受け取った武器を両手で捧げ持つようにしていたふたりが、手を震わせながらお互いに顔を見合わせている。
「霞ちゃん、これ……僕の武器だよ。持っただけでわかる……僕のための武器だ」
「うん、わかるよ陽ちゃん。これは私のだ……」
いままでふたりが使っていた短剣は店売りのなかで、もっとも質が良かったものを購入して渡したものだ。それでもふたりは「こんなにいいものはいただけません」と恐縮していた。でも受け取ってもらってからはとても喜んでくれていた。ただ、もともとふたりにはあまり戦闘行為をさせるつもりはなかったし、霞は針を使うことが多いから、短剣を使用する機会はこの間の聖塔教との戦いのとき以外はほとんどなかったはず。それでもふたりはその武器をとても大事にして手入れをしていた。今日は俺たちがいるから、もしかしたらアイテムボックスの中かも知れないが、いつもは侍女服のスカートの中にその短剣を隠してもっている。
ふたりはお互いに頷き合うと、ゆっくりと鞘から引き抜いていく。
「凄い……まだ『装備』もしていないのに私の手に吸い付くようです」
「うん……ずっと僕のものだったみたいな感じがするよ」
リュスティラさんが打ち直した閃斬はその姿を大きく変えていたが……うん、わかる。お前たちが閃斬だったことがまだ俺にもわかる。最後まで使ってやれなくてごめんな、でも今日からは俺の大事な仲間をよろしく頼む。
あ……偶然か? いま二本の剣がきらりと光ったような……
『偶然ではありません、お館様。あの者らが感謝しています』
『武器から感謝される持ち主はあまりいないのです。お館』
澪、雫……ありがとう。ふたりが本当に閃斬の気持ちを感じられたのかどうかはわからないけど、本当にそうだったらいいな。それに、それをわざわざ教えてくれたふたりの気持ちも嬉しかった。
「えっと……霞だったかね? あんたの持っている小刀は『陽炎』。で、陽? あんたが持っているのは『朧月』っていうんだ。ふたりについてはシスティナたちから話を聞いている。役に立てるように作ったつもりさ。大事にしてやってくれ」
「「はい!」」
ふたりは満面の笑みで頷くと陽炎と朧月を手に持ったまま同時に宣言する。
『『装備』』
霞の持つ陽炎は刀身が僅かに黄色っぽい光沢を帯びている。リュスティラさんは、まだまだと言っていたが綺麗な刃紋まで出ていて刀と言ってもおかしくない出来あがりになっている。
『陽炎 ランク:C+ 錬成値:最大 技能:斬補正/幻補正 所有者:霞』
さすがだ……打ち直したにもかかわらずランクもほとんど落としていない。閃斬のときより【斬補正】がかなり落ちているけどそのかわりスキルが増えていて、霞の【幻術】に補正がかかる仕様になっている。
陽の持つ朧月は刀身がやや暗い色味に覆われている以外は陽炎と瓜ふたつ。もとはひとつの剣から作られたものとはいえ、まるで双子だ。
『朧月 ランク:C+ 錬成値:最大 技能:斬補正/隠形補正 所有者:陽』
これもか……陽炎と同じようにC+ランク、そして閃斬の特性を残した【斬補正】と、陽に合わせて付加したのだろう【隠形補正】。
霞と陽のふたりの面白いところは、静かで落ち着いたどちらかと言えば『陰』の性質が強い霞と、天真爛漫で明るい『陽』の性質が強い陽なのに、ふたりが得意としている能力はどちらかといえば逆。
【幻術】という光の属性が強い術を使う霞と、闇の中に潜みつつ素早く相手の死角に回り込んで【短剣術】で攻撃することが得意な陽。二本の武器も太陽に関係する陽炎が霞で、月に関係する朧月が陽……。
きっとこのふたりは自然と自分たちに足りないものを補い合える関係だと無意識に理解しているから仲がいいのかもな。一緒にいることで自然とバランスが取れて、お互いにベストパフォーマンスを発揮できるコンビということなんだろう。
美しい刀身を眺めて目を輝かせる霞と陽。本当なら今すぐにでも使用感を試したいんじゃないかな? でも、ここで振り回すのは危ないからもう少し我慢してもらおう。
「霞、陽。その剣は俺が未熟だったせいで打ち直すしかなくなってしまった閃斬が、生まれ変わった剣なんだ」
「え! 閃斬って旦那様がいつも使っていた……」
「兄様、凄く大事にしていたのに」
霞たちと出会った時にはもう使っていたし、刀娘たちの刀と違って常に俺と一緒だったから二人にとっては一番俺とつながりが深い武器に見えていたはずだ。
「バーサとの戦いでヘマをしたんだ。だけどリュスティラさんのおかげでこうしてまた武器として生まれ変わることができたんだ。きっとふたりを守ってくれるはずだ、大事にしてあげてほしい」
「はい! 勿論です。旦那様に守ってもらえているようで頼もしいです」
「うん! 兄様だと思って大事にするよ」
「ありがとう、ふたりとも。でも、この前も言ったけど霞も陽も俺にとっては大事な人だ。武器に任せてばかりじゃなくて、ふたりはちゃんと俺が守るから」
この前のピクニックのときにみんなに告げた思いは変わらない。自分の家族は家長である俺が守らなきゃいけない。
「あ……ずるいです旦那様、不意打ちでそんな」
「兄様……格好いい」
「ん? なにか言った?」
「「なんでもないです!」」
揃って首を振るふたりに、武器を振るのはもう少し待ってもらうようにお願いして、葵と桜がディランさんと話しているところへと向かう。
「それですと魔力の流れが全体に行き届きませんわ。魔力回路をここからこちらへとつなげて循環させれば……」
「ん……となると魔力貯蔵用の魔石がこっちにもいるな」
「そうですわね、ただ魔力がまったく使えないような奇特な人は主殿くらいでしょうから、必ずしも必要ではないのでは? 使うならばあくまでも補助的なものでいけるはずですわ。あまり大きいのは着心地に関わりますから」
「そうだったな……量産して市場に出すなら起動用の魔石がひとつあれば」
「袖か胸あたりに、小さなボタン代わりにして使えばよろしいかと」
「ふん、ならこのまま胸のボタンを維持すればいいな……回路の修正もこれで……どうだ?」
「素晴らしいですわ! デザインのほうはめもあてられませんが、これなら日常的に垂れ流している魔力だけで十分な効果を発揮すると思いますわ」
ディランさんが俺の学生服からひらめきを得て制作にあたっていた防御力のある服。それがどうやら佳境に差し掛かっているらしい。なんだかいつの間にか専門用語化しはじめている単語を、ばしばしと使いながらディランさんと葵が最後の詰めをしている。
「よし、あっちで着てこい」
「はーい」
桜は渡された服を持って、うきうきと部屋の隅に作られている試着スペースへと駆け込んでいく。ディランさんが桜へと投げ渡したのは、見た目は普通の……襟のないポロシャツ? 袖の短いババシャツ? 服に詳しくないからぴったりとくる言葉が見つからないけど、肌着のような黒いシャツで胸元にボタンがふたつついていた。
「ディランさん、完成したんですか?」
「とりあえず……だな」
ディランさんはそう言いつつも腕を組んで満足気である。その言葉に嘘はなくても、商品開発は一度形になってしまえばあとは修正を重ねることでどんどん改善してよいものを作ることができる。まず最初のひとつを完成させるまでが大きな壁。その壁を越えたことは職人としては嬉しいことなのだろう。
「黒斑大蜘蛛、まあブラックスパイダーですわ。この蜘蛛から取れる糸は魔力をよく通します。それを素材にして服を作りました」
「でも、魔物素材の服はいままでもあったんですよね?」
「そうだ」
短い回答しか返してくれないディランさんの言葉を引き継ぐように葵が説明を追加してくれる。
「そこでディランさんの出番ですわ、この服に魔力回路を設置して着用者の漏れている魔力を無駄なく服に循環させます。ですがこれだけではこの世界の人たちが日常的に纏っている魔力が服を流れるだけで効果はさほど変わりません」
「……うん、なんとなくわかる」
「そこで、魔力循環の起点となる部分に【物理耐性】を付与した魔銅製のボタンと魔力供給用の魔石ボタンを追加ですわ」
葵が得意げに胸を張ったことで開き気味の着物の胸元から飛び出そうなマシュマロンに目を奪われつつ、葵の言葉を頭の中で整理する。
「えっと……普通の人が日常垂れ流している魔力に魔力回路で方向性を与えて、魔導具ボタンで属性を持たせ、魔石ボタンで魔力の流れ自体を強化する。そうすることで無駄にしていた魔力を防御力に変換?」
「その通りですわ! 勿論、主殿の学生服ほどの効果は望めませんが、着ているだけで革鎧くらいの防御力が得られるはずですわ。意図的に魔力を多く流せる人ならば多少ですが効果も増幅することもできますわ」
「ふん、素材と魔石の関係で気休め程度だがな」
いや、それだけで十分凄いから! 一般の人も生活していくうえで心強いだろうし、冒険者たちだって絶対に欲しいはずだ。だって鎧の下に着こめば、革鎧を重ね着しているようなものでしょ。これ、普及したら冒険者の死亡率が一気に下がる大発明だ。




