主塔のない街
いろいろあったが、桜の企画してくれたピクニックは大成功だった。月華蝶は綺麗だったし、料理もお酒も美味しかったし、皆と楽しく話もできたし、隠していたことも洗いざらい吐き出した。澪と雫の召喚でちょっとあったけど、すぐに気を取り直して結局は朝まで騒いだ。
陽が昇ってから帰路についたけど、霞と陽は葵と雪に支えられながら黒王と赤兎の上で力尽きていた。初めて見たふたりの安らかな寝顔はとても可愛くて本当なら写真に撮って保存したいところだった。こんなことなら異世界でも使えるスマホを神様に希望すればよかったか……と一瞬本気で思ったくらい。
屋敷に戻ってからはさすがに俺も疲れていたので、軽くひと風呂浴びてシスティナとメリスティアに添い寝してもらって爆睡だった。疲れ知らずの刀娘たちには、その日は完全休養日だと伝えたので、思い思いに行動していたはずだけどなにをしていたかは知らない。まあ、蛍と雪は訓練で、桜はいろんなところに顔をだしていたんじゃないかな? 葵はいつもなら従魔の世話をするところだろうけど、従魔たちも休養日で就寝中だったから街に買い物にでも出たかも。
澪と雫に関しては、あのあといろいろ聞いた。まず雫の【擬人化】についてだが、雫はいまの段階では使うつもりはないということだった。理由を尋ねたら「姉様と一緒でなければいや」ということだった。ちょっと残念ではあったけど、俺の武器の問題もあるし強制はしたくないので、いつ使用するかは本人の意思に任せることにした。
次は、吸精値の件。地球でどうやって吸精値を上げたのかということを聞いたんだけど、答えは「わからない」だった。ただ妖刀として人を斬っているときに、稀におかしな感じがすることはあったらしいので、ふたりのスキルのなにかが作用したのかも。
で、最後が【祝詞】と【呪言】。これは、よくよく聞いてみると、どうやら支援効果と妨害効果らしい。澪の【祝詞】は味方に恩恵を与え、雫の【呪言】は相手に状態異常効果を与えられるそうだ。もちろん地球での効果は微々たるもので体感できるようなものではなく、所持者や斬りつけた相手にだけ時間をかけて浸透していくようなものだったようだが、こっちにきてからはあっさりと俺に【呪言】が効いたように魔法みたいに放つこともできる気がすると言っていたから、うまくメリスティアのスキルと合わせれば面白いかも。
それから数日は珍しくのんびりとした日が続いた。午前中は訓練、午後からはアイテムボックスの材料集めに各塔に赴き材料集め、そして夜の性活。
そうして、しっかりと英気を養った俺たちは、メギドへと訪れていた。
メギドの街並みはフレスベルクとは比べものにならないくらい整然としていて、建物のひとつひとつも綺麗で頑丈そうだった。人の数も多いし、身なりのよい人ばかり。
「店先に並ぶ品物がどれもフレスベルクよりよいものが並んでいます。食料も魔道具も……武器防具だけはお粗末なものですが」
生活に余裕があれば、より美味いものを食べ、より楽な生活をしたいと試行錯誤することができる。そんなことを繰り返し発展してきた街だからこその品揃えなんだろう。そして使わなくなった武器や防具については廃れていくというわけか。店先に並ぶ品物はシスティナがいうくらいだからいいものなのだろうが、全体的に物価が高い。混迷都市フレスベルクよりも二割から三割近く割高か。それに……
「空気感が違う気がする……なんていうか北の地なのに暖かい」
「そうなんだよね。でも、調べた感じだと同じような緯度の地域はもっと寒いよ。逆にこの一帯がこんなに暖かいのが不自然なんだよ」
桜が石碑へと案内しながら教えてくれる。桜の調査に間違いはないから、そうだとすすると……主塔を討伐したことの恩恵がこの周辺には満ちているってことだろう。主塔を討伐すると、魔物がいなくなり作物もよく育つようになる。だったかな。
「なに言ってるんだい! あたしゃ一マールたりともまけるつもりはないよ。嫌だったらよそへいっとくれ!」
「どうせ浮気したんでしょ! もういいわよ! あなたとは別れるわ!」
「ははは! こいつよえぇな! いいから金出せよ」
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ…………」
「それにしても……なんだか雰囲気がよろしくない気がしませんか? フジノミヤ様」
メリスティアが少し怯えたように身を寄せてくる。安心させるように手を握ってあげながら考える。
「……気候はいいし、作物もよく育つから食べるものにも困らない。街の中にスラムもないし、孤児もいない。それなのに街の人はどこかイライラしている気がする」
『この街は他の街にあったような流れが感じられません、お館様』
『さすがは姉様でありんす』
「流れ?」
澪の言葉に俺は首をかしげる。流れってどういうことだろう、別に川があるわけじゃないし、人の流れだって別におかしなところはない。
「言われてみれば……確かにそうですわ、主殿。いままで当たり前に感じていた感覚なので気にしていませんでした。これはこちらにきて日が浅い澪のお手柄ですわ」
「葵、どういうこと?」
「いままで巡ってきた主塔のある街では、塔へと向かう微弱な流れがあるのですわ。感覚的に感じるだけなので言葉で表現するのは難しいのですが……日頃から住人が無意識に垂れ流しているごく微量の魔力を拡散させず、ひとつところに集約するような流れですわ」
「それってつまり……主塔が人間の魔力を吸い取っているっていうこと?」
「事象だけ見ればそうなりますわ。ですが、もともと垂れ流しているだけの魔力ですから、吐き出した息を吸収する草木と同じようなものですわ」
なるほど……二酸化炭素を吸収して酸素を作り出す植物のイメージか。それなら別に問題になるようなことはないか……じゃあ、結局なんで街の人がイライラしているの、という問題は解決しないってこと?
「そうではないぞ、ソウジロウ。お前とて、換気の悪い部屋にたくさんの人と閉じ込められたらイライラしてくるだろう?」
「あ! そういうことか!」
蛍の例えはとても分かりやすかった。確かに二酸化炭素濃度の高いところなんて、イライラどころか命にかかわるレベルだ。例としては極端だがイメージとしては掴みやすい。
「桜、主塔が討伐された他の街も同じ?」
「う~ん、必ずしもそんなことないかなぁ……ラグナの街にもこういう雰囲気は感じたけど、これほどじゃなかったし、イナリスは他の街とはほとんど変わらなかったよ」
「……ソウジロウ様、メギド、ラグナ、イナリス。主塔が討伐された順です」
「そういうことか……さほど大きな影響はないけど何十年も経つと、その積み重ねはバカにできないってことか」
「……でも、魔物出ない。大事」
「そうだね、雪のいう通りだ。普通の人たちにとって食うに困らず、魔物を恐れなくていいというのは大きい」
「この世界で生きる人たちにとって、どちらがいいのでしょうね」
メリスティアが呟いたそんな言葉が妙に頭に残った。
◇ ◇ ◇
転送陣を出て、そんなことを話しながら街の中をのんびりと歩いて中心部へとたどり着くと、そこは円形の広場だった。中心部に石碑があり、その周囲にやはり円形に水が張ってあり、その周りにベンチが点在している。景観としては池の中央の浮島に石碑があり、石碑までは三メートルほどの橋が架かっている感じ。池の中には噴水のような仕掛けもいくつか仕掛けてあるようで、メギドの街の憩いのスペースになっているんだろう。
「まったく人がいないけどね」
景観としては素晴らしいのに桜の言葉のとおり、この広場は閑散としている。移動経路としてこの広場を抜ける人はそれなりにいるが、石碑を観光したり広場で寛いでいるような人はいない。結果、街の中心地にもかかわらず人気がないという寂しい場所になり果てていた。塔が討伐されてから数十年、その偉業もすでに忘れ去られて久しいのだろう。
「ま、邪魔が入らなくていいよ」
日本の観光地のように観覧に行列ができてたりするとゆっくり調査もできないからこれはこれでいい。俺たちはずらずらと橋を渡って石碑へと近づく。石碑は思っていたよりもずいぶんと大きく、俺たちの身長を越える高さがある。形としては地面に半分めり込んだ大岩の一部を斜めに斬り落としたような形で、その切断面にもにょもにょとなにかが刻んである状態だった。
「これが主塔を討伐したあとに残った石碑か……副塔は討伐されて消えたあと、なにも残さなかったからやっぱり主塔限定なんだろうな」
ぼんやりと石碑を眺めながらそんなことを呟いていると、同じように石碑を眺めていた嫁たちがざわつき始めた。
「どうかしたの?」
「うむ、なんとなく読めるような気がしてな」
「わたくしもですわ」
「……私も」
「フジノミヤ様、私もです」
「あ! 桜も! おかしいな、前はちんぷんかんぷんだったのに」
『あちしにはわかりません』
『姉様、あちしもです』
「……ご主人様、私にもなんとなく読めるような気がします。ですが、実際に読めと言われたら言葉にはできないと思います。なんだか不思議な感じです」
これはなんだろう? 俺も今は【読解】をオフにしているから皆と同じものが見えている。意味がわかりそうでわからないというこの状況は、あとちょっとで思い出せそうなのに結局思い出せないみたいな気持ちの悪さだ。正直イライラする。ん? ちょっと待って!
「桜、前にきたときは全然読めなかったのか?」
「うん、塔の壁にある模様みたいなものにしか見えなかったよ」
「ということは……前回、桜がきたときと今でなにが違うかを考えればいいってことか?」
いやいや、そんなの人数も持ち物も、同伴したメンバーも違うし、時間帯も違う。もうなにもかもが違いすぎていて検証なんかできない。澪と雫はわからないと言っている以上は視覚に影響があるんだということくらいはわかるけど……ああ、もういいや! 考えるの面倒くさい【読解】オン。
意識の中でスイッチを切り替えるとさっきまで意味がわかりそうでわからない象形文字だったものが一気に読めるようになる。マジで【読解】凄い、ただ読み書きができるだけのスキルだと思っていたのに。
「では、さっそく…………ふむふむ……おお! なるほど、そういうことか。……で? ……ってことは、あれとあれにこれを足しても……まだ足りないか。となると本気でやるなら塔を……いや! そういえばもうひとつあったな」
「おい、ソウジロウ。なにをひとりで納得している。私たちにも説明せんか!」
【読解】をオンにして、あっさりと読めるようになった碑文の内容をつい夢中になって検討していると、後頭部に蛍の突っ込みが入る。今日はエロ系じゃなかったせいか、鞘ではなく平手だったので痛くはない。
「ああ、ごめんごめん。いろいろわかったんだけど……どうしようかな。とりあえず、いくつか検証したいからちょっと待って」
いったい何がわかったのかと好奇心に満ちた目を向けてくる皆をまあまあと抑えながら、俺はアイテムボックスに手をいれるとあるものを取り出す。
「ソウ様? いきなり大剣なんか出してどうしたの? 近くに敵はいないよ」
「いいから、いいから。メリスティア、『金羊蹄の長杖』を持ってきているよね。出してくれる?」
「はい」
俺が取り出したのは『巨神の大剣』。そして、正式にメリスティアの武装として譲渡した『金羊蹄の長杖』。それと俺の腕に装備されている『獅子哮』。
「皆、これでもう一回、石碑を見てもらえる?」
そう伝えて石碑の正面を皆に譲る。
「あ、ご主人様! さっきより内容がわかります。えっと……武器が必要なんですか?」
首をかしげながらも、さっきまではまったく伝えられなかった内容の一部を俺に教えてくれるシスティナ。
「やっぱり、これだとその程度か……メリスティア【魂響き】で俺の【読解】を皆に」
「わかりました、手をお借りしますね」
メリスティアが杖を持っていないほうの手で俺の手をそっと握ってくる。いつも思うけど、このスキルは接触必要ないよね? まあ、嬉しいからいいけど。
「あ、今度は桜にもばっちり読める!」
「本当ですわ! 主殿の【読解】というのはこのように見えていたのですね」
今度は思った通りの結果が出たらしい。【読解】自体は字が読めるようになるだけのスキル、多少劣化したとしても問題なく使えるレベルらしい。
「………………そっか、だから武器を」
「塔主からのドロップ武器限定か。これはなかなか厳しい条件だな」
「そうですね。副塔のドロップ武器ならばともかく、私たちのように巨神シリーズを持っている人はこの世に三人しかいないわけですから碑文すべてを読み解ける人はいないと思います」
つまり、この碑文を読むためには塔主が落とす武器を集める必要があるということだ。全文を完全に読むには主塔武器をみっつ、もしくは主塔武器を最低ひとつ持ち、副塔武器を六つ所有することが必要らしい。そしてここに書いてあることをすべて理解したものが、その武器を持ちザチルの塔をのぼりきったときに、神域のような場所にたどり着くことができると書いてあった。
その他にもいろいろ小難しいことが書いてあったんだけど、要約するとそういうことだ。ま、システィナたちも同じものを見ているし、なにかあれば聞けばいい。そのために皆にも見えるようにメリスティアのスキルを使ったんだし……決してこんな複雑なものを自分だけが見ても、うまく処理できる自信がなかったわけではない。
「なるほどな、となればもし本当に神とやらに会いに行くのなら主塔をふたつ、もしくは副塔をよっつ討伐せねばならないということか」
蛍が実に嬉しそうに物騒な笑みを浮かべているがそんなのは無理。そもそも主塔を討伐するのはかなり難易度が高い。それに住民の生活と密に関係している以上は討伐してしまうと街の住民に恨まれる可能性もある。それならば副塔をとなると、そもそも副塔がどこにあるのか俺は知らないし、副塔のある街には転送陣がないことがほとんどだろうから移動やらなんやらを考えると四ヵ所も討伐するのは正直面倒くさい。
「それはちょっと大変だから、できれば遠慮したいな」
「え~! ソウ様は桜とずっと一緒にいたくないの?」
「いやいや、そんなこと言う俺は俺じゃないでしょ。なんだったら自分が武器になってでも皆と一緒にいたいと思うくらいには一緒にいたいと思ってるよ。いまはシスティナたちもいるから、そう簡単には言えないけど」
あの蔵で刀たちを眺めていたときなら、俺も刀になってここにいたいと、そう思ったことはある。でもいまは人のまま皆とずっと一緒にいたいと思っている。
「主殿、それならばどうするのですか?」
「うん……とりあえず考えたのは、自分たちで主塔を討伐しなくても巨神シリーズを持っている人がひとりいたよね?」
「「「「「「あ!」」」」」」




