契約の行方
「なかなかいい買い物ができましたわね、主殿」
「……ん、豊作? 大漁?」
屋敷に戻ってきた俺たちは、庭で蛍に絶賛しごかれ中の『剣聖の弟子』たちを冷やかしつつ屋敷に入り、買ってきた戦利品をリビングのテーブルに並べている。髪留め、バレッタ、カチューシャ、櫛、リボン各種などなど、調子に乗って買いすぎてしまったかも知れない。どれも露店で売っているようなものなので値段的には高くはないけど。
葵や雪が他の女性陣にもおみやげが必要だというので、俺はひたすら荷物持ちに徹してふたりに好きなように買い物を楽しんでもらった結果だ。いつもはあまり自己主張しない雪と、自己主張しまくりの葵というコンビだったが、ふたりともとても楽しそうだったのでいい買い物だった。
「こちらのカチューシャはグリィンさんに似合うと思いますわ。あれだけ激しく動き回るのですから髪は抑えておいたほうがいいでしょう。そのほうが可愛いですし」
「……ん、この髪留めは霞が似合う」
「あら、なかなかいいセンスですわね、雪さん。それならこちらのバレッタは陽ですわね」
うん、楽しそうだが俺にはついていけない。しばらく放っておこう。
たぶん霞と陽が応接室にお客様を迎える準備をしているはずだから、応接室に様子を見にいくか。
そう考えた俺がリビングを出て応接室に向かうと、ちょうど陽がお盆に緑茶セットを載せて応接室に入るところだった。
「陽、お疲れさま。準備はどう?」
「あ、兄様。順調ですよ、もう終わります」
陽と一緒に応接室に入ると、中で花を飾っていた霞が俺に気が付いて頭を下げる。
「もうメリスティアさんが到着されたのですか? 旦那様」
「ああ、ごめん。もうすぐだと思うけど、まだなんだ。システィナが迎えにいくから先に帰ってくださいっていうから俺たちだけ先に戻ってきたんだ」
「そうでしたか、準備はもう終わりますのでいつでもご案内できますよ」
「うん、ありがとう霞、陽。システィナもふたりに任せておけば大丈夫って言ってたよ」
「本当ですか! そうだとしたら嬉しいです。……といっても実際システィナ様と比べちゃうとやっぱり私たちはまだまだなんですよね」
「そうそう、僕たちがどんなに頑張っても終わらないお仕事は、いつのまにかシス姉様が終わらせてあるんです。シス姉様だってたくさんお仕事あるのに」
俺に言わせれば霞も陽も、どこにだしても恥ずかしくないくらい立派な侍女だと思う。それなのに、ふたりが目指す目標が高すぎるせいで、いまひとつ自己評価が低くなっているのはちょっとかわいそうだ。
「そうだ、ふたりとも。準備ももう終わりなら、ここはもういいからふたりでリビングに行ってごらん。葵と雪がおみやげを買ってきてくれたみたいだから見ておいで。お客様といってもメリスティアだし、お出迎えも俺がするから夕食の準備までは休憩してていいよ」
「やった! ありがとう兄様」
「こら、陽! ……本当によろしいのですか旦那様」
素直に喜びを表現する天真爛漫な陽と、喜んでいるのに立場を気にする律義な霞に笑って頷くとふたりは同時に顔を輝かせて俺に一礼するとリビングへと走っていく。……う~ん、家の中で走るのは侍女としてどうなのだろうか、さっきの高評価を取り消さないとダメか? 苦笑する俺の耳にふたりの嬌声が聞こえてくる。葵と雪のおみやげたちに対する歓声だろう。
ふたりにはそれなりのお給金はあげているんだけど、ふたりがきてからはうちもばたばたしていたのでちゃんとしたお休みはあげていない。まあ、いままでは聖塔教の刺客がふたりを狙っている可能性もあったからある意味仕方ないけど、聖塔教は滅んだしちゃんとお休みをあげれば自分の買い物も楽しめるようになるだろうから、近いうちにお休みもあげないとな。
そんなことを考えていたら、システィナのものと思われる反応が屋敷に近づいてくるのを俺のパーティリングが教えてくれた。
「さて、迎えにいくか」
◇ ◇ ◇
「お久しぶりです。フジノミヤ様」
「はい、少しやつれましたか? メリスティア」
システィナに勧められて応接室のソファに腰を下ろしたメリスティアは、疲れているのかちょっと顔がほっそりして見える。ただ一方であの村にいたときに纏っていた暗い雰囲気は一掃されていて、どこかすっきりとしているようにも感じられた。
「そうでしょうか? そうかも知れませんね。御山での引き継ぎを少しでも早く終わらせようとほんの少し頑張り過ぎてしまったかも」
そういって首を傾けて微笑んでいると、年相応のただの可愛い女の子だ。
「取りあえずの危機は去ったんですから、そんなに急いで頑張らなくてもよかったんじゃないですか」
「いえ、そのあたりは私の都合ですね。少しでも早くこちらに来たかったものですから」
あぁ、そりゃそうか。もともとバーサの案件が片付くまでという約束の契約だ。御山の立て直しに侍祭の力が使えたほうがいいだろうってことで、従属契約はそのままでメリスティアは御山に戻っていた。
でも従属契約なんてされていたら落ち着かないのも無理はない。そりゃあ大急ぎで引き継ぎを済ませて解除に……え?
「引き継ぎ? えっと、今日はひと段落ついたことの報告と契約の解除にきたんですよ……ね?」
「フジノミヤ様、私たちが交わした契約を覚えていますか?」
「勿論、覚えてます。従属契約はシスティナのと形は同じで、それとは別に『双方がバーサの件が解決したと判断したら侍祭契約を解除すること』っていう契約をですよね」
メリスティアは微笑んでうなずく。
「だから、バーサが死んで聖塔教も実質解散、御山の立て直しもひと段落したこのタイミングでバーサの件が終了したと判断して契約の解除をしにきたんですよね」
「ふふふ、フジノミヤ様は勘違いしています」
「え? なにをですか」
「私は御山を守るためとはいえ、侍祭の従属契約を本来使うべきではない相手と使用し、結果として罪もない人たちを何人も犠牲にし、世に不安を与えてしまいました。これはもし明るみにでれば悪祭として非難されてもおかしくありません」
システィナは俺とメリスティアの会話に口を出すことなく、霞と陽が用意していた緑茶を淹れ、静かに俺たちの前へと差し出してくる。
「確かにそうかも知れませんが、従属契約を結びながらも少しでもなんとかしようと頑張っていましたよね。契約を解除してからも、バーサを止めるために俺と契約して一緒に戦ったじゃないですか。その結果として、副塔を討伐するという功績をあげたんです。もう充分じゃないですか」
「ありがとうございます。でも、私は納得できていないんです。だから私の中でバーサの件は終わっていません」
「え? それって……」
メリスティアはちょっと顔赤らめている。え……なにこの可愛い生き物、つまりメリスティアはこのまま俺と?
「ふふ、回りくどいうえに素直じゃありませんでしたね。お願いですフジノミヤ様、私をこのままあなたの侍祭にしていただけませんか?」
メリスティアが恥ずかしさに顔を伏せたいのを我慢しつつ、俺の目をまっすぐに見ている。きっといろいろ葛藤はあったんだろうと思う。
御山の指導者として今後どうするのかとか、悪祭と呼ばれかねない相手と契約していたことにたいする負い目とか、事情はどうあれ従属契約を交わした相手が死んだのに自分はこのままでいいのかとか、新しい契約相手が俺みたいなやつでいいのか、とか。
システィナからここでの生活についても話は聞いているだろうし、当然あっちのほうも……。
「だめ……でしょうか?」
「ああ! 違います違います! 勿論、俺たちはっていうか俺は大歓迎です。メリスティアの力はあの村で見せてもらいましたし、あなたが仲間になってくれるならこんなに心強いことはありません」
慌てて否定すると、明らかにほっとした顔をするメリスティア。これはもうなにもかも了承済みってことでいいのだろうか?
「あの……システィナ様からご指導を受けましたので、御山でちゃんと修行してまいりました」
え? 高侍祭で御山を統括していたメリスティアがこれ以上なにを修行する必要があるのだろう。確か聖侍祭に足りなかったのは【交渉術】だけだったと思うんだけど……別に【交渉術】はシスティナひとりがいれば十分だから問題はないはず。
「一生懸命頑張ったのですが技能として覚えられたのは今朝になってしまいました。『顕出』」
そんなに一生懸命になにを修行してくれたんだろう。『窓』をこちらに回してくるメリスティアがちょっと恥ずかしそうなのも気になる。どれどれ……。
『メリスティア 業:-4 年齢:17 職:侍祭(富士宮総司狼)
技能:家事/料理/契約/杖術/護身術/護衛術/回復術/房中術
特殊技能:魂響き/魂鳴り』
特に変わったところは……あ!
「ぼ! ぼうちうじつがふえてる」
「あ、あの! ……システィナ様がフジノミヤ様の侍祭になるには必須だからと……」
ちょ、システィナ! なにのんびりとひとりで緑茶を啜ってるの! 別に必須でもなんでもないっていうのに強引にスキル覚えさせるとか……いや、グッジョブなんだけども。
もしかして、メリスティアがちょっとやつれてるのって御山の引き継ぎに加えて夜は房中術の勉強していたから寝不足だってこと?
「システィナ?」
「はい、なんでしょうかご主人様」
「どうしてそんなこと言ったの? あれは強制されてするようなものじゃないよ」
システィナは微笑みながら持っていた緑茶をテーブルに置く。
「勿論メリスティアの気持ちは確認しています。ご主人様はご自分の評価が低すぎますよ」
「フ、フジノミヤ様! 侍祭として契約を続けて欲しいと思ったのも、女としてあなたの近くにいたいと思ったのも私の偽らざる本当の気持ちなんです。でも、私のような侍祭が本当にあなたのような素晴らしい人の侍祭を続けてもいいのか迷っていたんです。それをシスティナ様に相談したら、システィナ様は笑って大丈夫ですと仰ってくれました。それでも踏ん切りがつかない私に、もしなにかに背中を押して欲しいのならば……」
「【房中術】を取得してみろ……と?」
「はい。技能は取得しようと思って簡単に取得できるようなものではありません。しかも短期間で取得しようとするならば勉強や鍛錬といった努力が勿論必要ですが、さらに強い気持ちが必要だと言われています」
つまり、本当に俺の侍祭になりたいと思っているのか、俺とそういう関係になってもいいと思っているのかを自分に問うための試金石に【房中術】を使ったのか。
短期間でスキルを取得するほどの強い想いがあるのかどうか、さらにそれが【房中術】ともなれば、当然それも込み。侍祭としても、女としても俺への強い気持ちがなければスキル取得には至らない。今日ここで契約継続を言い出すための条件にメリスティア自身が【房中術】を必須条件に設定していたのか。
「ああ! もう! なんだかシスティナのときもそうだったけど、侍祭と契約するときはいっつもいろいろ考えちゃって駄目だ。もういい! 俺も、いや俺がメリスティアと一緒にいたい。俺の侍祭になって欲しい。だからこっちからお願いする。メリスティア、このまま俺の侍祭になってください」
ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。メリスティアみたいな可愛い子が一緒にいてくれるっていうんだから、それでいいじゃないか。
「あ、頭を上げて下さいフジノミヤ様! 私がお願いしているんです。あの……まだまだ未熟者ですが、精一杯尽くしますのでよろしくお願いいたします!」
僅かに目元を濡らしつつ嬉しそうに微笑むメリスティア。うん、これでいい。
「これからずっと迷惑かけると思うけど、よろしく頼むねメリスティア」
「はい!」
「よし! じゃあみんなに改めて紹介しよう。多分リビングにいると思うからいこう」
メリスティアを連れて、きゃっきゃわいわいとヘアアクセに夢中になっている葵たちのいるリビングにいくと、どうやら皆はこうなることがわかっていたようで、特に驚くこともなく普通にメリスティアを受け入れて挨拶をしていた。なぜだろう?
とにかくこうして俺は二人目の侍祭を仲間にし、その日は夕方に帰って来た桜と訓練していた『剣聖の弟子』たちも加えて、侍祭ふたりと侍女ふたりの総力を結集した料理で盛大な歓迎会が開かれた。




