報酬
「フ、フジノミヤ殿! よ、よく来てくれた。さあ、中へ入ってくれ」
入り口まで迎えに来てくれたフレイに案内されたリビングにはソファーに座ってくつろぐトォルと、お茶の支度をしてくれているアーリがいた。
この家は意外と多くの人間が常駐していたようで、リビングも広く十人ほどで囲めるテーブルと椅子、さらに壁際にもソファーがいくつか置かれている。
「フジノミヤ殿、それと師匠たちもここへ座ってくれ。いまアーリがお茶を準備してくれているんだ」
「そんなに気を使わなくてもいいですよ」
平耳族に尻尾はないが、もしあったとしたら嬉しいときの一狼のように尻尾が振られているに違いないと思わせるフレイに声をかけるが、リビングに併設されたキッチンからアーリが顔を出す。
「すみません、お出迎えもせずに。でも、せっかくシスティナさんからいただいた『りょくちゃ』というのがあるのでお出ししようかと思ったので。たしかソウジロウさんが好物だと……」
「遠慮なくいただきます!」
緑茶が飲めるならありがたい。しかもシスティナが作ってくれた茶葉なら美味しいのも間違いないしね。
「ソウジロウ様、慣れないと難しいかも知れませんからお手伝いしてきますね」
「あ、そうだね。じゃあお願いできるかな?」
「はい」
にこやかに微笑んでキッチンへと向かうシスティナを見送ると、フレイの勧めに従って椅子に腰を下ろす。
「桜はソウ様のと~なり!」
「いつも桜さんには頑張ってもらっているのですから、主殿の隣は桜さんに譲りますわ」
そんなことを話しながら各自座っていく。俺の右隣に座った桜の反対側が空いているはシスティナが座るということなのだろう。交渉や報告なんかではシスティナが俺の隣にいた方がいいと刀娘たちの間でも認識されているらしい。
「で、お前は出迎えもせず、挨拶もせずソファーでぐうたらと何をしているんだ?」
「お、おぉ。ワリィ、ワリィ。師匠たちもいらっしゃい。ここ二日ほどずぅっっっっっっと! あのシシオウとかっていうやつが汚した部屋を掃除してたもんで気力を使い果たしちまってな」
ギルドに届けられた教団員のほとんどが、半死半生どころか八死二生くらいの状態だったとウィルさんが言っていたから結構な大立ち回りをしたんだろう。
「トォル! 失礼ですよ。座るならソファーではなくて椅子に座りなさい」
「了解、と」
お茶を持ってきたアーリに注意をされたトォルはソファーから椅子へと移動してくるが、その動きを見ている限りだと確かに筋肉痛のようだ。
そこまで念入りに掃除をしなくてもと思わなくもないが、倒した敵の体液もろもろが飛び散った部屋というのも気分はよくないか。こいつは態度や見た目のチャラさのわりに、意外とマメで真面目なんだよな。まあ、その苦労は多分無駄にはならないからいいだろう。
その後、システィナの協力のもとに全員のお茶と茶菓子が出そろったところで、全員がテーブルについた。
「まずは、俺たちから頼んだ指名依頼を達成してくれてありがとうアーリ」
「いえ、一緒に組んだ『金獅子』のメンバーが、みなさん強い人ばかりで……私たちはあまり働きませんでしたから」
「あぁ、いいのいいの。あいつは戦っていれば満足らしいからね。俺としてはちゃんとアーリたちが転送陣を守ってくれたことが本当にありがたいんだ。おかげですぐにメリスティアさんを送り届けられたんだから」
「ソウジたちがどういう関係なのかはよく知らねぇけど、あいつらは本当に疲れるパーティだったな」
実際の体の疲れもあるのだろうが、『金獅子』を思い出したトォルの表情はげんなりしている。っていうかあいつらのことなんてどうでもいい。あいつらにたいする正当な報酬はちゃんとギルドに渡してあるから、貸しも借りもない。まあ実際は【契約】で強制している部分があるんだが、いままであいつが積み重ねてきた業を考えれば、多少こきつかったところで許されるはずだ。
「まあ、あいつらのことは気にしなくていい。本来の活動拠点はアーロンみたいだし、今回みたいな依頼でもなければ関わりあうこともないだろ」
「さよけ。で、俺たちはいつまでここにいればいいんだ? 少なくともこの三日、今日も合わせりゃ四日か? 怪しい奴はこなかったぜ。これはフレイの耳で確認していたから間違いない」
「依頼に関しては終わりで構わない。こっからは報酬の話だ。まずは……システィナ」
「はい」
俺の隣で頷くとシスティナはウエストポーチに偽装しているアイテムボックスから、俺たちのよりは一回り小さめのポーチを三つ取り出した。
「今回の依頼、もとをただせば私の事情が原因で発生したものです。ソウジロウ様や蛍さんたちを巻き込んでしまったばかりではなく、アーリさんたちにまで協力していただいて……本当に侍祭としては申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですのでこれをもらってくただけませんか? これは私が桜さんに手伝ってもらって集めた素材と引き換えにディランさんたちに譲ってもらったものなんです」
「……ち、ちょっと待ってくれシスティナ殿。これは、フジノミヤ殿たちが持っているアレとおなじものではないのか?」
システィナがテーブルの上に並べたものを見たフレイがおろおろしている。俺たちが使うところを見たことがある『剣聖の弟子』たちにはこれの価値がわかるらしい。
「試作量産型だから俺たちのやつよりは容量が小さいかも知れないけど、立派なアイテムボックスだね」
「おおおぉおぉぉぉぉぉぉおおお……マジか……これってまだ世間に出回ってないやつだろ。買ったらいくらすんだよこれ!」
「う~ん、ウィルさんいくらするって言ってたっけ?」
「現状だと最低でも百万マールとおっしゃってました」
おお! これ一個で一千万円か……しかも最低売価。素材も製法もしばらくは公開しないって言ってたから、作れば作るだけ大金が転がり込んでくる。確かにこれは危険だ……ベイス商会主導で領主会を通して公開して、発案者である俺や、生産者であるディランさんとリュスティラさんを守るというのは正解だ。そしてウィルさんが俺の金銭感覚を嘆いていたわけがよく分かった。
アイテムボックスをしかるべきところに売ったら、数年は遊んで暮らせるだけの現金が手に入る。これは三人に報酬としてあげるものだから、そうしたいなら勿論構わない。売り出されてすぐオークションにでも出せばきっと数百万マールで売れる。そして市場に出回って価格が落ち着いてきた頃に買いなおすというのもありだろう。
ただ、その時期がいつになるかはわからないし、俺たちからはもう購入のための便宜は図らない。一度手放せば千日やそこらでは買い戻せないと思ったほうがいい。そのへんをやんわりとトォルたちに告げる。
「ば! 馬鹿言うな! 絶対売らねぇよ! 師匠たちのおかげで普通に暮らしていくには困らなくなったしな。それにこれがあれば、探索もより安全にできる。俺たちのこれからを考えたら目先の大金よりもこっちのほうがありがてぇ」
トォルが震える手でポーチ型のアイテムボックスを受け取り、恐る恐る手を突っ込んだり引っ込めたりしている。
「あの、ソウジロウさん。本当によろしいのですか?」
「はい、ただそういうモノなので、使い方には気をつけてください。今はまだ知っている人もいませんからさほど注目を浴びることもないでしょうけど、情報が公開されたあとは持っているのが周囲にばれると……」
「強奪されかねないということだな。フジノミヤ殿」
アーリの質問に答えている最中に危険性に気が付いたらしいフレイが厳しい表情で俺を見ている。
「ですね。アーリとフレイは大丈夫でしょうけど、くれぐれもあの馬鹿には注意してください」
「わかりました!」「うむ!」
「ぅおい! 俺だってそれくらいわかってるっつうの!」
突っ込むトォルは無視してアーリとフレイにもアイテムボックスを手渡すと、緑茶で喉を潤してからアーリへと話しかける。
「ここを制圧してもらって、四日ほど滞在して貰いましたけどこの家の使い心地はどうですか?」
「え? えぇ、三人で守るには大きすぎるので心配でしたが、今回はあの部屋だけを守ればよかったので特に問題はありませんでした」
「いえ、そうではなくて住み心地? みたいなものはどうでしたか」
俺の質問を依頼の感想を求めたものと勘違いした、アーリの生真面目な回答に苦笑しながら改めて質問をする。
「住み心地ですか? ……設備は充実していますし、部屋も多いですから個室も持てます。ソウジロウさんのところのようにお風呂がないのが残念ですが……居心地は悪くありませんでした」
うん、お湯に入る習慣のないこの世界じゃお風呂を常設している建物はうちの屋敷か、ベイス商会の大工さん寮くらいだろう。フレスベルクに建設中の大型浴場施設は、さすがにまだ完成していない。それはともかくとして、家の感触自体は悪くなさそうだ。
「それはよかった。ひとつ相談なんですが、今回の依頼の報酬のひとつとしてこの家を『剣聖の弟子』でもらってくれませんか?」
「「「は?」」」
見事に三人の声が揃う。アーリとフレイの間の抜けた驚愕顔もなかなか可愛い。
「正確にはあの転送陣への入口がある部屋以外ですけど。あの部屋は入り口も窓も厳重に鍵をかけて閉鎖します。転送陣への隠し扉には雷魔石を使った罠を仕掛けてその先の階段は埋めます。もしこの後、教団の関係者が来ても扉で撃退され、扉を開けられても地下へは入れなくなります」
「フジノミヤ殿、それでは転送陣も使えなくなってしまう。それならいっそ壊してしまえばよいのではないか?」
フレイの言っていることは確かにその通りなんだけど、それはちょっともったいない。今回みたいなことがあったときにも困る。
「それだともったいないから転送陣の部屋から隠し通路を作って、別の場所に出入り口を作る予定なんです」
「なるほど……それでしたら確かに機密性は保たれそうですね。ならば私たちもそれに関してはこれ以上知らないほうがいいですね」
「そうですね。転送先は普通の人の役にたつような場所に繋がっている訳じゃないからそのほうがいいと思います。ということで貰ってもらえますか? アーリ」
『剣聖の弟子』のメインの狩場はフレスベルクだけど、ここからでも転送陣を使えば通うのは今と変わらないはずだし、現在住んでいる部屋の家賃や彼女たちのいまの稼ぎを考えれば転送陣の使用代も負担にはならない。
「……本当によろしいのですか? あの程度の依頼でアイテムバッグ三つにこの家。どう考えてももらいすぎです。私たちは恩返しがしたいのに、これでは恩がかさむばかりです」
「こうは考えて頂けませんか? 私たちはこの転送陣のある家を買取りはしましたが、常にここにいる訳にはいきません。だからこの家の管理を『剣聖の弟子』にお任せするんです」
「それなら……ですが」
「いいじゃねぇか、アーリ。ソウジがくれるって言うんだからもらっとこうぜ。俺もせっかく必死こいて掃除したから愛着も湧いてきてるしな」
なおも躊躇するアーリの横からトォルが口を挟んでくる。いつもならうっとおしいだけだが、今日に限ってはナイスアシストだろう。
「私もいいと思う。ここにいることがフジノミヤ殿のためになる、そういうことなのだろう?」
「そうです、正直まだ完全に危険が去った訳じゃないこの家を、アーリやフレイに任せるのは心苦しくすらあります。でも……」
「おい! 俺もいるって!」
「お前たち三人なら、自分の家くらい自分たちで守れるだろう? 私たちの弟子なのだからな」
「師匠……」
「先生……」
「蛍殿……」
「「「はい」」」
最後は蛍の一声だった。このへんは俺と蛍との貫目の違いだな……。




