プッツン
「雪! 魔法の総攻撃がくる! 巻き込まれないようにバーサの近くで立ち回るんだ」
「……関係ない。倒せば終わり」
斬り結ぶバーサと雪の近くまできたものの、雪は俺の忠告を聞こうとしない。声をかけた俺のことを見もせずに攻撃を続けている。だが、相変わらずその攻撃はダメージを与えられていない。
「……それならこっち」
業を煮やした雪が攻撃のリズムを変え、フェイントで魔物部分の腕を避けバーサの胸を貫きにいく。
「「ウフふフうフふふふふぅ」」
しかし雪の清光はバーサの柔らかそうな胸を貫くことはできない。明らかに肌に触れる前になにかに押しとどめられている……つまり雪の刀が魔物の腕に弾かれているのも同じ理由か? となればそんなもの魔力しか考えられない。おそらく魔力が供給された俺の学生服のようなものか。それなら……
「雪! 属性刀は?」
魔力の障壁を破るために魔力をこめた攻撃をするというのはいい方法のような気がする。
「……そんなこともうやってる」
「え……」
そういえば……確かに雪の刀は時折いろんな色の微かな光を発していた。でもその光は長く続いていない。バーサの魔力障壁を破るだけの出力が出せていないのか、それとも……まさか!
『葵! バーサの魔……』
一瞬脳裏をよぎった嫌な予感に【共感】で確認を取ろうと思ったときには既に遅い。後ろの化け物たちの魔法はもう一斉に放たれていた。しかも無数の魔法たちは、俺の嫌な予感を裏付けるようにどれひとつとして俺たちの仲間には向かって飛んできていない。その全ての魔法はバーサの背中に向かっていた。
「雪! なんかやばい! 葵のところまで下がろう!」
「…………」
雪に向かって手を伸ばすが、意地になっているのか雪はそれを振り払うようにしてバーサへと攻撃を仕掛けていく。
そして化け物たちの魔法がバーサの背中に全弾命中する。
『主殿! バーサの魔力が以上に高まっていますわ! 危険です、お逃げくださいませ!』
葵の切羽詰まったような思念に俺の疑念が確証に変わる。バーサの体全体が様々な色の光を交えながらどんどん膨張していくんだから一目瞭然だ。もし俺の予想通り、あの山羊頭とバーサの融合体が受けた魔法を吸収し、それをさらに増幅して放つとしたら……バーサの近くなんて最悪じゃないか!
十発以上の魔法を吸収しているうえに、おそらく雪の属性刀の魔力も吸収しているバーサがそれを増幅したら………そんな威力は想像したくもない。赤い流星のシャドゥラの火球ですら火遊びレベルの可能性すらある。
葵の声に従ってすぐさま皆のところへと逃げ出したいが、俺の視界には高まるバーサの魔力にようやく気が付き、その力の大きさに動きがとまってしまっている雪がいる。あのレベルの魔法を至近距離で受けたらさすがの雪だって無事ですむとは思えない。でも、これから雪を掴んで逃げるにはもう遅すぎる。
「…………だからって大事な嫁を見捨てるとかできるわけないだろうが!」
叫びながら走る。閃斬は取りあえずその場に放り出し、ボタンがふたつ弾けたままの短ランの残り三つのボタンを外しながら雪へと飛びついて押し倒し、小さいながらも短ランの内側へと抱き寄せて床へ。
「……ソ、ソウジロ? どうして」
「黙って目をつぶってろ! 喉や目を灼かれるぞ!」
そう言って柔らかい雪の体を力一杯抱きしめた途端に熱いのか、冷たいのか、それとも痛いだけなのか……名状しがたい衝撃が俺を襲う。
俺はとにかくその衝撃が雪にだけは及ばなければいい。それだけを考えて腕に力をひたすら込め続ける。
パキンッ! パキンッ! ……パキ……
魔法の衝撃の中、聴覚もまともに働いていなだろう俺の耳にそんな音が三度聞こえた。
『ソウジロウ!』『主殿! 主殿!』『我が主!』「兄様!」「旦那様!」「ご主人!」「フジノミヤ様!」
皆の声が聞こえる……ぅう! やべ、どうやら一瞬意識が飛んでいたらしい。俺はとにかくまず腕の中の雪の感触を確かめる。
「雪! 大丈夫か!」
「…………だ、いじょう、ぶ」
「よかった……でもまだ戦闘中だ、立てるか?」
幸い周囲はいまの常識はずれな魔法の余波で、削られた塔の壁や床の粉末が舞っているみたいだ。だいぶ魔法で吹っ飛ばされているみたいだし、いまならバーサは近くにはいないだろう。この間に態勢を立て直さなきゃな。
「……ど、どうして? 私は刀……なのに」
「どうして……か」
なんとか体をおこした俺は自分の視界が半分しかないことに気が付く。左半分がまったく見えていない。慌てて左手で自分の顔を確認するが、どうも火傷かなんかで左目が塞がれているらしい。身体中が鈍い痛みで満たされているためか、顔は引き攣っているが耐え難いほどの痛みはない。メリスティアの範囲回復のおかげか?
カラン……
そのとき小さな音をたててなにかが床に落ちる。右目の視界を下に向けるとそこには俺の短ランの一番下についていた魔石ボタンが落ちている……あの魔法をかろうじて凌げたのはこれのおかげだ。ディランさんには感謝しなくちゃな。
「ほら、雪」
雪に手を伸ばす……そして、おずおずと伸ばされた雪の手が赤く染まっていることに気が付いた。よく見れば、右腕の中ほどがぱっくりと裂けている。さらに、雪の羽織にはところどころ赤黒い染みがある。俺の学生服で隠しきれなかった部分がなんらかのダメージを受けて出血してしまったのだろう。雪の真っ白だった髪も血や埃で汚れ、その額からは赤い筋が……
あ、ダメなやつだこれ。俺、キレる
「雪、刀になれ」
「……え?」
「聞こえないのか、俺の手にこい!」
「は、はい!」
俺の右手に収まった加州清光を握り、使えるようになった劣化の【気配察知】でバーサの位置を把握すると半分になった視界を粉塵の向こう側へと向ける。
「雪、さっきどうして自分を助けようとするのかって聞いてたな」
『……は、い』
「俺の戦闘能力がたりないから俺を認めない。これは構わない……俺が頑張ればいいだけだ」
『…………』
「だけど……俺が刀娘たちを! お前を! 雪を! 愛している気持ちを見くびるな! 好きな女を守ろうとするのは男として当たり前だ!」
『……』
俺は走る。俺の女を傷つけたモノは許さない。
「蛍! 全員でうしろのゴミどもを掃討しろ! これ以上魔法を使わせるな。それとバーサは俺がやる! おまえたちも含めて誰も手を出すな!」
『大丈夫なんだな? ソウジロウ』
蛍の問いかけに肯定の意思を返す。
「いいだろう、任せた」
「凛々しくて格好いいですが、心配ですわ」
「ああなったときのソウジロウは強い。様子は確認していてもらいたいが言われるまで手は出すなよ」
「ふん! わかってますわ!」
「よし! グリィン! 葵と霞、九狼を連れて右から回れ!」
「心得タ!」「はい!」
「ちょ、わたくしはさっきの防御で魔力が……でも主殿のためならそんなこといってられませんわね。わかりましたわ。ここは山猿に従いましょう」
「私たちは左だ! 黒王、赤兎、陽、四狼は私についてこい!」
「はい! 蛍ねぇさま!」
「メリスティアはソウジロウの回復に専念してくれ。一狼はメリスティアの護衛を頼む」
「わかりました。全力を尽くします」『承知した』
蛍の的確な指示で仲間たちの気配がわかれていくのを【気配察知】スキルで感じながら、俺は粉塵の向こうにバーサの影を捉えていた。
「「ウふブフうぃふフふふ」」
煙の向こうから聞こえてくる耳障りな笑い声も、もはやどうでもいい。おまえが笑おうが叫ぼうが関係ない、ただ斬り刻むだけだ。
『……あれは斬れない』
俺の思考を感じたのか、雪がわずかな不安の感情とともにつぶやく。
「いや! 俺なら斬れる!」
雪を安心させるように言い切った俺はバーサの正面から左に回り込むように走る。視界が半分しかないいまは、正面から戦うと死角が多すぎるから常に回り込むように動き続ける必要がある。
どうせ自分を傷つけることはできないと高を括っているのか俺の姿を追おうとしないバーサの右腕に雪を振り下ろす。刀はずっと練習してきたし、雪の【刀術】の補正もある。しかも『重結の腕輪』の負荷もいまの俺に合わせたレベルまで軽減されている。だから斬れるはずだ!
振り下ろした雪が山羊男の右腕に触れる直前、わずかな抵抗はあったが確かに奴の腕にくいこんで、僅かな斬り傷をつけた。
「「きィいいギぃイいアヤァぁ!!」」
『斬れた! どうして?』
「やっぱりそうだ、俺なら斬れる。雪も属性刀は使うな、刀身を必要以上に魔力で強化する必要もない」
『……ソウジロ、ずるい』
ずるいって……別にずるいわけじゃないよ雪。この化け物はこの世界だと完全に初見殺しなんだ。
『……初見殺し?』
そう、こいつは魔力を防御力に変換する。しかも外部からも魔力を吸収できるからたちが悪い。この世界の人たちは程度の差はあるけど、誰でも魔力を体に纏っている。だから普通に攻撃しただけだと、攻撃したときの魔力を吸収されて防御力があがってしまうからダメージが通らないんだ。
だけど、俺は魔力を外に出せない。魔力で身体強化ができない。でもだからこそこいつを斬れる。
「幸い、さっきのバカみたいな魔法のせいであいつ自身の魔力もほとんどなくなっているしな。どうせ攻撃されればまた吸収できると思ってたんだろうよ!」
回り込みながらバーサの背中に斬りつけ、さらに傷を増やす。あいつに残っている魔力にくわえて、もともとの体の強度があるせいかあまり深くは斬れないが、傷から出血はしているからしっかりと削れてはいる。あとはこのまま攻撃を続けて、あいつの魔力が完全に枯渇すれば完全に攻撃が通るようになるはずだ。
『……ソウジロ』
となればあとは手数。さっきの魔法での肉体的ダメージは学生服がほとんど防いでくれたがゼロではないし、狭い視界での戦いと【気配察知】のための集中で精神はごりごりと削られている気がする。ほんわかと俺を包んでいるメリスティアの範囲回復がなければ、もう倒れていたかも知れない。
バーサも思いがけず傷を受けたことで、完全に俺のことを危険視したらしい。二本の毛むくじゃらの腕を振り回して俺を攻撃してくる。こうなると視界が半分しかない俺は厳しい。
蛍の【気配察知+】なら刀ごしの劣化スキルでも性戦士のときみたいに目を閉じても戦えるけど、雪の【気配察知】だとまだそこまでは無理だ。なら、無理に視覚と【気配察知】を併用して消耗するよりは……
「雪、死角からの攻撃は【気配察知】でサポートを頼む」
『……』
いっそ、死角からの攻撃は雪に任せて俺は視界の中だけに集中する。勿論、雪に頼りきりにならないようになるべく右半分の視界にバーサを捉え続けるように動く。そして隙をみて斬りつける。斬るのはどこでも構わない、とにかくあいつの魔力を使わせて、小さくても傷を増やす。
そして、あいつの魔力が尽きたときがあいつの最期だ。




