化け物
新たに進化した二頭の仲間を引き連れ階段を上り、二階層へ向かう。
魔物は未だに塔から溢れているのだろうか……少なくともこの階段から魔物が下りていく気配はなかった。だが、出てきていた魔物は一階層だけの魔物とは思えないほど多様で、強い魔物も混じっていた。だとすれば二階層より上にいるような魔物もなんらかの形で一階層に出現していることになる。
つまり『階落ち』。できたばかりの塔は階層はそれほど多くないと聞いているが、『階落ち』というのは実際にその階層から魔物をおろしてくるわけではなく、階層に見合わない魔物を塔が発生させることを表した言葉らしいので最上階が低いからといって油断することはできない。
現に二階層に出てくる魔物を【簡易鑑定】しても、いつも出てくる階層の表示がない。そして、ランクもDからHまで入り乱れている。なるべく鑑定をしてランクが高い魔物の対処を蛍や雪に指示しているが、Eランクあたりの魔物でもあまりいい武器を持たせていないうえに、致命的に腕力が足りていない霞や陽では、相手によってはかなり厳しい。四狼と九狼が進化したことでぎりぎりやりあえているレベルだ。
だが、そこにメリスティアの【魂響き】と【魂鳴り】のエクストラスキルを使った【回復術】が加わっているので、なんとか優勢に戦えている。通路がそこまで広くないので囲まれないのと、グリィンと陸馬たちが背後の敵をシャットアウトしてくれているのもありがたい。待機の指示を無視して駆けつけてくれたことに感謝だ。ただ、通路も一本道というわけでもなく分かれ道もある。
こうなってくると俺ものんびり後ろに控えているわけにはいかない。葵にメリスティアの護衛とパーティ全体のフォローを頼むと、霞と陽のフォロー優先で進路をこじ開けるのを手伝う。ちなみに確認したところ、メリスティアのスキルは手を繋いでいなくても使える。ただ、触れていたほうがお互いの魔力が馴染みやすくスキルの効果が大きくなるらしい。メリスティアは「触れ合っていたほうが魔力の親和性が高まる」という表現をしていた。
効果が高まるのはありがたいし、メリスティアの滑らかな手をにぎにぎできるのは役得だが、今は攻撃の手数が必要だ。名残惜しくはあるが、残念そうな顔をするメリスティアの手を離して、魔物に向かっていく。グリィンに巨神の大剣を貸しているので、手持ち武器は閃斬だけだが閃斬なら霞たちが苦戦しがちな硬い系の魔物と相性がいいので、そいつらを優先して斬り捨てていく。
「大丈夫か、ソウジロウ!」
「なんとかね! ただ、このままだと皆の体力がもたない」
タワートレントという植物系の魔物を倒して少し余裕ができた蛍が、壁を蹴って跳びかかってきたタワーエイプを左手の籠手で撃ち落として閃斬でとどめを刺した俺に声をかけてくる。
「あとどのくらいで主の間かわかる?」
「私の【気配察知】で魔物の気配がほとんどない場所まではもう少しだ。できたばかりの塔のせいか内部が複雑ではないのは助かる」
「了解! 皆もう少し頑張れ! 階層主の間につけば休める! メリスティア、俺の魔力をもっと使ってもいい。皆を頼む!」
「わかりました、フジノミヤ様。お任せください」
「雪! 次の分かれ道はどっち!」
「ん……右」
「わかった! 葵、俺たちが右の通路に入るまで、左の通路からくる魔物を頼む」
「わかりましたわ! 一体も通しませんわ! 『氷術:多重氷嵐槍』」
葵の【魔力操作】によって生成された氷の槍が左側の通路を埋め尽くさんばかりに放たれる。氷槍は先頭付近の魔物に突き刺さると、ピキピキと音を立てて周囲を凍らせていく。その氷がいい感じに通路を塞いでくれるので、あれならしばらく魔物は進めないだろう。よし、それなら。
「葵、後ろも塞いでくれ」
「はいですわ!」
「グリィン、黒王、赤兎、後ろは塞ぐから前へ出て、蛍、雪と一緒に前を頼む」
「その指示を待っていタ。行くゾ、黒王、赤兎」
「「ブルゥ!」」
葵の氷が後方に壁を作るのと同時に、グリィンたちが突進していく。まず、グリィンが巨体を生かして巨神の大剣で魔物を薙ぎ払う。続く黒王と赤兎にひらりと蛍と雪が飛び乗ると、今度は馬上から魔物たちを切り裂いていく。
グリィンたちが並ぶとそれだけで通路の幅をケアできる。そのまま押し込んでいくだけで、小さな魔物たちはグリィンたちに踏み潰され戦闘不能になる。蛍たちは隙間を抜けようとする魔物が担当だ。
「霞、陽は一旦下がって休め。一狼、俺と一緒に前衛の撃ち漏らしを仕留めるぞ」
「「はい、ありがとうございます」」
『了解した、我が主』
後衛は四狼、九狼と葵がいれば問題ない。この布陣なら階層主までいけるだろう。
それにしても、ここまできたのに聖塔教の信者をひとりも見かけない。いくらバーサの力があるとはいえこれだけの魔物の中を進めるものなのか? まぁ、実際にいない以上は全員バーサと一緒にいると考えていたほうがいいだろう。仮にそうだとしても滅私隊は壊滅しているし、人造魔術師の魔幻兵も使い捨てにされてレイトーク軍に殲滅されている。
残っているは魔幻兵を指揮していたライジと親衛隊のイケメン軍の一部、狂信系の信者たちが何人かだけのはずだ。
……もっともこの展開だとそいつらには、なんとなくろくでもない結末しか想像できないけどな。
◇ ◇ ◇
「ようやくだな」
「うん、そしてどうやら終点みたいだ」
結構な頻度で襲ってくる魔物を、隊形を維持しながら退けて辿り着いた場所はまさしく主の間。そして、その空間には階段がない。つまりここがこの副塔の最上階だということだ。
「ですが主殿……なかなか見るに堪えない状況になっているようですわ」
「人間というのは時折考えられないようなことをするナ」
『それはわれわれ魔物だとて変わらない。我らのように知性に目覚める個体もいれば、殺戮と狂気から逃れられない個体もいる。そして、人と共に生きようとする個体もいれば……』
その先は口にしたくないのか、一狼は不機嫌そうに唸ると沈黙した。
その気持ちはわからなくはない。主の間を見ると、できれば霞や陽には見せたくないような光景が広がっていた。
「…………不快」
「兄様……」
「旦那様」
珍しく雪が感情をあらわにして綺麗な眉を寄せ、陽と霞が口を押えながら俺の背後へと隠れる様に移動してくる。これはふたりには戦わせるわけにはいかないな。
「ソウジロウ、これは奴らを全員始末すればいいのか?」
「そうだね、少なくとも塔主を倒せばこの塔は討伐できるはず。そうすれば魔物の流出も止まる。いろいろ気になることはあるけど、それはこの際無視してあいつらを倒すことに集中しよう」
「賛成だな。あいつらの事情は知らないがあんな状態の奴らがまともなことをするとは思えないからな」
さすがの蛍もこの光景に不愉快な表情を隠しきれない。
…………とはいっても現状をしっかり確認しないわけにもいかないか。結論からいえば、聖塔教のメンバーは全員主の間にいた。
ただし、予想どおりろくなことにはなっていない。なにがどうなって、どうしたらそんなことになるのかまったくわからないし、わかりたくもないがそこには異形と化した信者たちが蠢いていた。
まさに蠢くとしかいいようがない。ある者は狼系の魔物の胴体部分から上半身を生やし、尻尾と並んで二本の足が揺れる。ある者はトレント系の魔物の幹に背中からめり込んで顔と手足だけを露出させている。またある者は蜘蛛型の魔物の顔の隣から首をだし、八本の魔物の足の間から人間の手足が伸びている。
そして……醜悪としか表現のしようのない魔物と人間の融合した化け物たちを睥睨するのは、山羊の顔をして、蝙蝠のような羽を広げた人型の魔物。その魔物の下半身と自らの下半身を融合させて魔物の上半身に背中までめり込んだ裸身のバーサだった。
目を背けたくなるような奇怪な姿にもかかわらず、聖母のような笑みをたたえた裸身のバーサはなぜか美しく見える。それがまた吐き気を誘う。
バフォメット、たしかそんな名前の悪魔が地球にはいたはず。それによく似ているが……【簡易鑑定】。
『バ◇◎ォーサ▽▲(塔主) ランク:##』
やっぱり駄目だ。魔物と融合した生物は鑑定しても名前すら表示できない。ふたつの存在が混じりあってこの世界のスキルでも鑑定できない存在が生まれたということなのかも知れない。
「霞、陽は四狼、九狼とここで待機。黒王も雄だからこれ以上中に入るな。赤兎もここに残って黒王がおかしくなるようなら止めてくれ」
霞と陽は目線で自分たちも戦いたいと訴えかけてくるが、その目には不安や怯えもある。無理もない、戦うよりも侍女としてのほうが向いているふたりだ。ここまでよく頑張ってくれた。自分たちでこれだけ戦えれば殺されかけたトラウマもきっと乗り越えられる。
「俺たちが危なくなるようなら、ふたりだけで逃げるんだ。そのときは黒王と赤兎がふたりを逃がしてくれ。四狼、九狼も頼んだぞ」
「旦那様!」「兄様!」
「もしもの場合だよ。もしものときは先に出てシスティナと桜を呼んできてくれ。ふたりならそろそろ帰ってくる頃だしね」
ふたりの頭を撫でながら、強引に納得させる。まあ方便だというのはふたりもわかっているみたいだけど、自分たちがここの戦いであまり役に立てないということも自覚しているんだろう。
「さて、ソウジロウ。休憩はもういいか?」
「オッケー、いいよ。メリスティアも息も整った?」
「はい、私は後ろをついていっただけですから。魔力もお借りしたものですし」
変わり果てたバーサの姿を悲し気に見つめていたメリスティアだが、俺の問いかけには笑顔を見せてくれる。
「じゃあ、葵とメリスティアで後衛を頼む。フォローと回復は任せた」
「はい、かしこまりました」
「承知いたしましたわ主殿」
「蛍と雪はグリィンと協力して前衛を」
「任せておけ」
「ん……わかった」
「ほウ、私も戦っていいのカ? ならばもうひと働きするとしよウ」
「一狼は俺と一緒に遊撃。動き回るから孤立しないように気を付けような」
『わかりました我が主。どこまでもついていきます』
幸いというかなんというか、主の間にいる魔物は融合した人間が恍惚とした表情で、たまに鳥肌がたつような吐息を漏らすだけで今のところ襲ってくる気配はない。
「あいつらがどんな力を持っていて、なにをしてくるかはわからないから慎重にいこう」
俺は仲間たちに声をかけると閃斬を抜き放った。




