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魔剣師の魔剣による魔剣のためのハーレムライフ  作者: 伏(龍)
第1章

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15/203

レイトークの塔

「システィナ。今後自分だけが犠牲になるような行動はするな」

「…出来ません。ソウジロウ様を守るのは侍祭としての務めです」

「システィナ。俺に何度も2度目の命令を出させるなよ」

「…すいません」


 システィナがしょんぼりと肩を落とすが,システィナのためにもくだらない自己犠牲の精神は払拭しておきたい。


「そうじゃな。ソウジロウが正しい。今回の件はもし借金が返せない時は全員で負うべき責だな」

「…」

「勘違いするのでないぞシスティナ。お前の気持ちはソウジロウも私も十分わかっておる。だが私たちはこれから一緒に生きていくのだと言ったろう?

 我ら取った行動の責は勝利も敗北も3人で分け合うのが筋だろうよ」


 蛍さんが俺の言いたかったことを全部言ってくれた。本当に頼れるお姉さんである。このパーティの本当の要は蛍さんで間違いない。

 もっとも表向き2人は俺のことを立ててくれるだろう。そりゃもういろいろなところを立ててくれるはずだ。

 

「はい…すいませんでした。ありがとうございます」


 俯いて震える声を出すシスティナの頭を優しく撫でる。


「さ,リングを付けて塔へ行こう。お仕置きは帰ってからってことで」


 きょとんとしたシスティナが俺の言葉の意味をすぐに理解して顔を赤くしながら微笑む。


「ふふふ,はい。一杯お仕置きしてください」

「ソウジロウ、私の錬成も忘れるでないぞ」


 今日もまた楽しい一夜が待っている。さくっと稼いで生きて戻らなければなるまい。そりゃもう絶対にだ。生へのモチベーションは軽くMAXである。



「では1階層に参りましょう」

  

 システィナにパーティリングを装着してもらった後,1階層の扉の前に来た俺たちはとうとう塔の中へと足を踏みいれた。


 塔に入って気が付いたが壁や床はレンガ造りのように四角い石のようなものを組み合わせて作られている。

 階層の一番外側の部分に出たらしく塔の外壁にあたる部分の壁には等間隔に大きな窓がある。

 外から見た時には塔の中は何も見えなかったが、こちらからはレイトークの湖を見下ろすことが出来る。脱出時はここから飛び降りれば何階層にいても無傷で大広間の入り口付近に着地出来るらしい。

 各階層の主は階層の中心部付近にいるらしいので、主を目指していくと外壁からどんどん離れていくことになり、離脱がしにくくなっていくので注意が必要になるとのことだった。


「よし,まずは2人がどれだけ魔物との戦いで動けるかを確認したい。敵が1匹しかいないところへ案内するから1人ずつ1対1で戦ってみろ」

「はい」

 

 システィナはやる気満々で肩掛け用にアックスハンマーに取り付けていた革のバンドを取り外してリュックへとしまう。


「案内するって蛍さん敵の位置が分かるの?」

「気配を感じるからな。道はわからぬが大体の場所へは行き着けるはずだ」

「そっか『気配察知』と『殺気感知』が+だったんだっけ」


 これはエンカウントをある程度調整出来るということであり,かなり重宝する能力だと思う。

 戦闘経験を積むにも敵を求めて彷徨う時間が少なくなるし,撤退したい時なども不意の遭遇戦で危険な戦闘に巻き込まれたりすることを避けることが出来る。


「そこを右に曲がるとおそらく1体いる。まずはシスティナからいこうか」

「はい」


 蛍さんに先導されつつ塔内を歩き始めてからまだ2分も経っていない。

 アックスハンマーを握ったシスティナの身体に緊張が走る。侍祭として厳しい訓練をしてきたシスティナだが魔物とガチで戦うのは初めてだろうから緊張するのも無理はない。

 ていうかアックスハンマーとかバスターソードとか名前が長いし格好良くないな。とりあえず今は戦斧と大剣でいいか。後でなんか良い名前を考えて付けてあげよう。


「システィナ落ち着いて行こう。何かあれば俺や蛍さんが必ず助けるから」

「ソウジロウ様…はい。ありがとうございます」

「向こうが気づいたようじゃ。来るぞ!」


 通路の向こうからチャッ チャッ チャッと何か堅い物が床を蹴る音が聞こえてくる。

 やばい…俺の方が緊張してきてた。何が出てくるのか分からないというのも凄く怖い。


「やあ!」


 足音でタイミングを計っていたのかシスティナは戦斧の刃の部分で左から横薙ぎにした。


 しかし通路から飛び出してきた魔物はその高さに身体が存在しなかった。

 一応簡易鑑定をしておく。


『タワーウルフ(1層) ランク:H』


 草原で会った狼の塔バージョンと言うことだろう。しかもこの標記だと塔に適応しているだけでなく階層にも適応しているのだろうか。


 とにかく、先制攻撃を狙ったシスティナの腰だめの一撃は体高の低い狼には当たらなかった。そして空ぶった戦斧は塔の壁を僅かに削ったがその代償にシスティナの動きを止めてしまう。

 その間にシスティナの戦斧の下をくぐり抜けた狼は四つ足の爪で床を滑りながら勢いを殺し、方向転換をしてシスティナに向かって飛びかかろうと重心を落とした。

 このままではシスティナは防御が間に合わない。

 慌てて飛びだそうとした俺を蛍さんが押しとどめて俺の目を隠すと指を鳴らす。


 すると蛍さんの手の陰から一瞬だけ目映い光が発生して消える。

 蛍さんが光魔法で『閃光』を使ったらしい。いわば天津○やクリ○ンや孫○空がちょいちょい使う太陽○のようなものだ。

 システィナはちょうどこちらに背を向けていたためダメージはないだろうが,こちらに飛びかかろうとしていた狼はもろに光を直視していたらしく目を開けることが出来ずにバランスを崩し床を転がっている。


「くっ,行きます」


 その間に体勢を整えたシスティナが今度は相手を見ながら戦斧を振るう。だがその頃にはある程度視力の回復していた狼は後ろに跳び退いていた。

 距離が離れたことで互いに睨み合う。システィナは初めての本格戦闘に緊張から動きが堅く、既に息を荒くしていたし,狼にしてみれば目が回復するまでは動きたくないだろう。

 それを見てシスティナは無理矢理息を整えると再び狼へと戦斧を振るい、終始自分から攻め続けるものの有効打は与えられず,しかも大振りした隙を突かれて何度も危ない場面があった。



「ふむ…システィナ。なぜお前は先刻から攻めているのだ?」


 その様子を黙って見ていた蛍さんが見かねたようにシスティナへと声をかける。


「はぁ,はぁ…せ,攻めなければ倒せませんから」

「だがお前は護身術と護衛術の技能があるのだろう?攻めるより守る方が易いのではないか」


 蛍さんの言葉に一瞬システィナの動きが止まる。


「従属契約の恩恵で力が増したからと言って本来の自分を見失うのでは意味がないぞ」

「…はい!」


 何かを吹っ切ったかのような返事と共に呼吸を整えたシスティナの構えが変わる。

 攻め気が出ていた前のめりの重心がすっと下がり,安定感が増す。さらに長く持って振り回していた戦斧も持ち手が中程に変わり、右手と左手の間隔を広く持ち直している。


「あれ…なんか凄いどっしりした感じがする」

「うむ,悪くない。ここからがシスティナの本当の力じゃな」


 満足気に頷く蛍さんの言葉が全て終わる前に狼はシスティナへと襲いかかる。

 間合いを一気に詰め跳びかかってくる狼の顎をシスティナは戦斧の石突で下からかちあげる。

 今までの腕力にものを言わせた一撃とは違い,重心の乗った鋭く重い一撃である。

 だが狼はその衝撃を受け流すように空中で体勢を立て直し、着地と同時に再び向かってくる。今度は宙を跳ぶような愚は犯さないようだ。

 だが,システィナは戦斧の両端を使って相手の動きを牽制しながら冷静に動きを見極めると、狼の横っ面にハンマー部分を叩きつけた。


「お,効いた」


 さすがの魔物もあのハンマーで頭部を揺らされたら堪らないらしい。ふらふらと足取りが危なくなっている。

 システィナはその隙を逃さず戦斧の刃部分を狼の真上から振り下ろした。


「まずは及第点じゃな。受けに回ってからの動きは悪くなかった」

「ありがとうございます。すいません、お恥ずかしいところを…」


 最初の頃の力任せの攻撃のことだろう。


「ご主人様と契約が出来て思いもかけない力が身についてしまったので、いつの間にか自分を見失っていたみたいです」


 システィナがタワーウルフの魔石を持ってきてくれた。ちょっと黒ずんだ小指の爪ほどの小さな石だった。そしてなぜかタワーウルフの死体は消えていた。


「なんで死体が消えるの?」

「魔物は塔の力で産みだされ塔で死ぬとその力のほとんどはすぐに塔に回収されます。ですが魔物の核だけは回収されるまでに少し時間がかかるらしくその場にしばらく残ります」

「それが魔石…か」

「はい。ですが塔が魔物を外へと排出した場合は塔はその魔物を産んだ力を回収出来なくなります。そして外で活動する魔物は外の環境に適応するために自らの肉体を変化させていきます。

 そのための力として核としていた魔石の力を全て使い切ってしまうのではないかと言われています」


 つまり塔の魔物は魔石を残して塔に還元され,塔外の魔物は魔石がなくなっているが死体が残るということか。そうすると素材を狩る場合には外で狩らなくちゃいけないのか。

 魔石の売却益と素材の売却益を考えて狩りをする必要もありそうだ。


『魔石(無) ランク:H』


 無ってのは属性が付いてないってことかな。ランクもH。1階層ならこんなもんか…これがいくらで売れるかだな。早めに借金は返しておきたい。借金のカタにシスティナを持って行かれそうになったらもうウィルを殺すしかなくなってしまう。

 おっと思考が危険な方向に行ってしまった。期限は300日もあるんだから1日たった1000マールずつ稼げばいいだけだ。


「よし,次はソウジロウだな。近いのは…こっちか」


 魔石をリュックに放り込むと歩き出した蛍さんの後ろを追いかける。


「システィナもお疲れ様」

「いえ,まだ1体倒しただけなのにこの調子では…」

「仕方ないよ。まだ力にも慣れてないんだろうし,実戦は初めてだったんだから」

「そんなこと言ってられません。魔物にとってはこちらの事情など全く関係ありませんから」


 システィナの言う通りだった。いかんなぁ,未だに異世界観光の気分が抜けてないのだろうか。そんなつもりはないんだけど…

 とにかく俺も油断だけはしないように戦わないとな。死に戻りもコンティニューもこの世界にはないんだから。



「いたぞ。私の教えた歩法を意識して落ち着いて戦え」


 蛍さんの案内の先にいたのは先ほどと同じタワーウルフ1階層だったがランクだけがGだった。

 

「わかった」


 返事をして両腰の桜ちゃんと大剣を抜き、狼の正面に立つ。向こうも既にこちらに気付いていて体勢を低くしてグルグルと威嚇音を慣らしている。

 右手で持った大剣を正眼に構え,左手に持った桜ちゃんを大剣を支えるように横向きにして持つ。

 想像以上に怖い。地球でだって普通に犬とガチで喧嘩したら勝てないのに、いきなり異世界の魔物狼とバトルとか本当ならムリゲーだ。


「おわ!あぶな!」


 そんなことに意識を奪われた一瞬の隙を感じ取ったのか、狼が俺に向かって一直線に跳びかかってきた。

 これにのしかかられてしまったら普通なら詰み兼ねない状況だ。

 なんとか転がって避ける。


「おっと,お前の相手は私ではないぞ」


 俺が後ろにスルーしてしまった狼を蛍さんが峰打ちで弾き返した。

 いかん,剥き出しの牙とか怖すぎて身体が動かなかったから転がって避けてしまった。それじゃあ後の行動が続かないし敵が複数いたりすれば大きな隙を与えてしまう。

 なにより後ろにいる仲間に危険が及ぶ。

 もう少し後ろと間合いを広げておいた方がいいか。

 蛍さんが広げてくれた間合いを自ら詰めていくと狼が低い姿勢で襲ってくる。うおっ!危ない!わたわたと身をかわして右手の大剣を叩き付けるがその時にはもうそこに狼はいない。

 くっそ,想像以上に速い。だが来るなら来い、ワンパターンな犬め。真っ直ぐ突っ込んでくるならそれに合わせて叩っ斬ってやる。

 よく見て…タイミングを合わせ…え?消え


「あ!危ない!ソウジロウ様、左です」


 システィナの声に咄嗟に左腕を上げるが強い衝撃を受けて一瞬意識が飛ぶ。


「ソウジロウ様!」


 く!


「うお!」


 気が付くと俺の左手に食いついた狼が目の前で血走った眼を向けていた。

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいヤバいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいヤバイやばいやばい喰われる!


「仕方ないのう…邪魔じゃ,のけ!」


 呆れたような蛍さんののんびりした声と同時に目の前の狼が消え、蛍さんの白いふとももが目の前に見えた。


「システィナ。少しだけあいつを止めておけ。殺すなよ」

「はい!」


 俺の脇を駆け抜けていく足音。


「ほら,立てソウジロウ」


 脇の下を支えられて立ち上がると膝がかくかくと震えていた。おそるおそる左手を見る。装備していた籠手に噛みつかれていたらしく籠手に傷がついて手の内側から血が出ているが大きな怪我ではなさそうだった。

 喰いちぎられたかと思った。知らず大きな安堵の息が漏れた。


「蛍さん…ごめん」

「ソウジロウ,何をそんなに固くなっておる」

「いや…だって魔物と戦うんだから…」


 蛍さんは手が白くなるほどに力一杯握りしめていた桜ちゃんと大剣を握る手をゆっくりと解きほぐして、俺の手から2本の武器を離した。

 そうしている間にもシスティナは狼の攻撃を戦斧であしらい続けている。


「よし。では考え方を変えてみようではないか」

「考え方を?」

「塔の魔物とやらは誰も倒さないと外に排出されるらしいな」

「え?あぁそんなこと言ってたね」


 どうしてそんなことを急に言い出すんだろう。


「その魔物が街に排出されたら何をすると思う」

 

 えっと…そりゃ魔物なんだから当然人を


「そうだ。おそらく人を襲う。老若男女構わずにな」


 俺の顔色が変わったことに気が付いたのだろう俺が答えを言う前に蛍さんが答えを言う。


「意味もなく人を殺す。魔物が人なら間違いなく悪人じゃのう」


 頭の中で何かがスッと冷える。


「蛍さん。刀を」

「うむ,今度はしっかりな」


 蛍さんから桜ちゃんと大剣を受け取ると、ゆっくりとシスティナの方に向かう。


「システィナ,ありがとう。もう大丈夫,交代してくれ」

「でも……あ,はい!」


 一瞬心配そうな顔を向けてきたシスティナだが、俺の顔を見た瞬間嬉しそうに顔を綻ばせ後ろに退いた。


 システィナに弾き飛ばされていた狼がこちらを睨みつけている。思い通りにいかないことに腹を立てているのだろう。

 そのことにもう恐怖はない。悪人が何を思おうと,何をしようと俺には関係ないからな。救いようのない悪人は排除するだけだ。


 襲い掛かってきた狼の牙を左手の桜で受け止める。相手の動きが止まったところへ右手の大剣で横から斬りつける。

 ちょっと浅かった。傷は与えたが動きが鈍るほどじゃないか。

 一旦引いた狼がまた一直線に突っ込んでくる。今度こそと思った瞬間また狼が消えた。いや消えたんじゃない。直前で横に跳んで壁に着地して、そこから跳びかかってきてたのか。なるほど,さっきまでの俺じゃ見えなかったはずだ。

 俺は落とした重心で地面を掴むと身体をすっと下げる。目の前を狼が通り過ぎていく。

 その後を追うように間合いを詰めた俺は右手の大剣をやつの首の後ろを目がけて振り下ろした。



◇ ◇ ◇


「ふぅ…危なかったぁ」

 

 落ち着いてやればここまで苦戦することは無かったはずなのにままならないものである。

 それにしてもやっぱり蛍さんは凄い。何百年も戦いの中で生きてきただけあって戦闘のセンスがずば抜けているんだろう。

 システィナや俺の戦い方をちょっと見ただけで即座に修正出来るとか並の経験値じゃ無理に違いない。


「ソウジロウ様。こちらを」


『魔石(無) ランク:G』


 システィナが持ってきた魔石を鑑定すると魔物のランクと同じGランクだった。サイズも若干大きいようだ。

 この流れで行くと魔物のランクが上がると魔石のランクも上がるということだろうか。


「それと,左腕をお借りします」


 システィナが桜ちゃんを持ったままの俺の腕をそっと手に取る。


「…つっ!」

「動かさないでくださいね。『治癒』」


 システィナの呪文と共に手がぼんやりと柔らかい光に包まれ,その手を俺の傷口にそっと当てる。


「あ…凄い」


 狼の牙が食い込んだり削ったりしていた腕の傷が目に見えて回復していく。数秒後には血の汚れが残っているものの傷は全く残っていなかった。


「これが回復魔法か,凄いもんだな。ありがとうシスティナ、すっかり痛くなくなった」

「はい。いつでも治しますけど,出来れば怪我はしないでくださいね」


 冗談めかしたシスティナの言葉だがきっと本心だろう。心配を掛けてしまったようである。今晩の『お仕置き』に『お礼』を加えておこうと思う。


「よし,これなら1階層は問題ないだろう。次からは片っ端からいくぞ」


 蛍さんが右手の先に蛍丸を出して獰猛な笑みを浮かべる。


「基本はシスティナが前衛で相手を引きつける。

 ソウジロウは強いて言えば遊撃だが、慣れないうちはどこに行ったらいいか分からんだろうからしばらくは私が指示をだす。

 指示が声だけだと思うなよ。場合によっては『共感』でしか間に合わぬ時もあるからな。

 言われた所に素早く移動して戦え。自分の意志で動きたくなったら構わんから好きに動け。この辺りなら私の方でどうとでも補えるはずだ」

「はい!」

「了解」


 俺たちの返事に対して鷹揚に頷いた蛍さんは早足で移動を開始する。

 どうせ戦う必要はあるし,勢いは大事だと思うが蛍さんが活き活きしすぎな気もする。戦う為に生み出されたにもかかわらずここ100年ほどは飾られるだけの日々を過ごしていたことがかなりストレスだったのかもしれない。

 それに加えて自分で思いのままに動いて戦えることが嬉しくて仕方ないのだろう。

 システィナは蛍さんのそんな詳しい事情までは知らないだろうが雰囲気は察しているのだろう。俺と視線を交わすとお互いに肩をすくめて笑う。


「いくぞ!3体!」


 おっといきなり3体とか本当に片っ端だな。


『タワーウルフ(1階層) ランク:H』

『タワーウルフ(1階層) ランク:G』

『ストーンパペット(1階層) ランク:G』


 正面に石斧を持った子供ぐらいの大きさの石人形がいてその両脇を狼が固めている。

 正面の小さな人形がストーンパペットだろう。


「狼2!右G左H!石人形ランクG!」


 一応鑑定結果を二人にも伝えておく。俺と戦った狼がトリッキーな動きをしてきたのはもしかしたらランクが高かったせいかもしれないから伝えておく意味はあるだろう。


「システィナは中央で人形。左はソウジロウ。右は私がやる」


 蛍さんの指示に無言で頷いた俺たちは言われた通りに散る。まずはシスティナが中央に突っ込んで大振りの一撃を左から右に振るう。

 これは別に先ほどの過ちを繰り返している訳ではない。大きな攻撃をして狼共に躱させることで敵を分断したらしい。

 その後は石人形を相手に落ち着いた戦闘に突入しようとしている。


 蛍さんはGランクの狼を相手に完全に手玉に取っている。自分の動きを確かめるようにミリ単位の見切りで相手の突進を躱している。あの動きにいつか追いつけるようになりたいものだが正直ハードルが高すぎる気もする。


 とにかく2人は心配なさそうなので後は俺だ。

 1刀1剣を構えつつ、狼が突進をしてきたときは蛍さんとは比べものにならないが歩法を駆使して躱す。そして躱せたらその時の体勢で攻撃出来る方の武器で攻撃を加える。

 相手が跳びかかって来たときはあえて桜ちゃんで攻撃を受ける。命中補正があるので1階層なら攻撃を受け損なうことはないはず。

 そのまま空中で不安定な状態の相手の力を逸らすことで相手のバランスを崩しておいてから追撃する。

 よし,いい感じだ。倒した狼が消え始めるのを確認してから残りの2人を確認するが、蛍さんは既に勝利した後で腕組みして観戦中。

 システィナもまさに今,石人形の頭部をハンマー部分で打ち砕いた所だった。


「よし,各自で魔石を拾ったら次に行くぞ」


 休む間も無しか。まあまだ疲れてはいないが蛍さんがその辺を考えて無さそうだったら俺が止めなくちゃならないので、自分とシスティナの体力には気をつけておこう。



 結局俺たちはその後蛍さんに引きずられるように塔内を巡り、1階層の主エリアを除くほぼ全てのエリアの敵と戦った。出てきたのはいずれも1階層の魔物でタワーウルフのG・HランクとストーンパペットのG,後はタワーバットという大きな蝙蝠型の魔物のG・Hランクだった。

 レイトークの1階層ではこの三種類の魔物しか出てこないのかもしれない。


「うむ。ではこの辺で今日は切り上げるとしようか」

「はぁ,はぁ…はい。では,そこの窓から出ましょう」

「ふぅ…さすがに疲れたかも。パワーアンクルがしんどくなってきた」


 窓の外を見ると既に陽が沈みかけで湖が橙色に輝いていた。本当なら浪漫な景色なのだろうが疲れ果てた俺達にその景色を楽しむ余裕はない。

 システィナを先頭に次々と窓から飛び降りる。一応飛び降りる前に下を覗いて見たが、視界が歪んで高いのか低いのかよく分からなかった。


「これから歩いて帰るのか…しんどいな。これは本当に拠点を変える必要があるかも」


 塔から転送陣までの道程を歩きながら女性陣とは別の理由で転居を考え始める。ミカレアの転送陣は塔からかなり距離があるので行きはいいが疲れた帰りはしんどいのだ。

 取りあえず転居には女性陣も前向きだし,明日はミカレアの宿を引き払ってレイトークで宿を探そう。


「では転送しますね」


 ようやく着いた転送陣でミカレアへと飛ぶ。

 陣から出ると職員のお姉さんに挨拶をして換金所へ向かう。一応レイトークの換金所の相場も聞いてきたので買い叩かれることはないだろう。うちにはシスティナもいるしね。

 結局俺達が塔で今日稼いできた魔石は無属性の魔石,H42個,G16個だった。 


「おいおい。君たち昼過ぎにここから出てったパーティだろ。魔石自体は全部小さいけどこれだけの数を半日足らずで狩ってきたのか?」

「かなり無茶したからね…毎日は無理だよ」

「だろうなぁ,大分お疲れみたいだしな」

「ああ,だから早めに鑑定してくれ」

「分かった分かった,まかしとけ」


 カウンターの上の魔石を1つずつ選り分け始める買取商を眺めながら欠伸を噛み殺していると蛍さんが脇を突いてくる。


「ソウジロウ。魔石は全部売らずに10個程度残しておいてくれ」

「ん。了解」


 取りあえずH8個のG2個位でいいか。俺は買取商が選別する前の山から10個を抜き取ると蛍さんに渡しておく。ちょっとした物を出し入れするには蛍さんのポーチは便利なんだよな。リュックは1回降ろさなきゃならないのがめんどくさい。

俺もリュックとは別に小さ目の物を1個腰につけよう。

 ついでに蛍さんに預けていた転送陣使用料の木札を出してもらい、カウンターに出しておく。


「よし。こっちの山が1個2000だ。この小さくても形が良いやつはもう500だす。1個2500だな。

 一回り大きい方は1個につき3500。あと1つだけあったこの球形のやつは5000で買い取らせて貰う」


 えぇっと結局いくら?疲れてるせいか計算するのも億劫だな。

 ただ,レイトークの相場も小2000。大3000くらいだろうって言ってたから妥当な査定のはず。


「システィナ任せる」

「はい。問題ないと思いますのでそれでお売りします」

「ありがとうよ。属性付きならもっと高く買うんだけどな。でもこれだけ大量に持ってきて貰えるとこっちも助かる。

 1階層に行くような普通の探索者パーティならせいぜい魔石を数個持ち帰ってくりゃいい方だからな。またよろしく頼む」


 魔石数個か…それだと大体1日1万マール程度の稼ぎ。それを4人くらいのパーティで分けたら1人2500。宿に500使ったら1人2000しか残らない。

 いかに今日の俺達が頑張りすぎだったかが良く分かる。魔物を探すという時間ロスが少ないのがかなり大きな理由だろう。


 買取商は魔石をしまい込むと金貨12枚と大銀貨5枚を差し出した。預託金の戻りも合わせて12万5千マールか。魔石がこれだけ高く売れるならパーティリングの借金も早めに返せそうで良かった。

 帰りに蛍さんの持つポーチと同じような大きさの物をもう1つと今日消費した簡易食料セットを5つ追加購入しておいた。塔探索は意外と腹が減る。


 なんとか宿に帰り着くと荷物を降ろし食堂に直行。よく動いたせいかよく食べた。システィナと共に1人前では足りずにもう1人前を追加してシスティナとシェアして食べたくらいである。


「今日は2人の戦いぶりを確認するためと,なし崩し的に塔に慣れさせるためにちょっと強引に連れまわしてみたがよくついてきたな。これなら無理な挑戦さえしなければ安定して塔で戦えるだろう」

 

 お腹が膨れて一息ついた俺たちに果実酒のジョッキを傾けながら蛍さんが今日の塔探索についての講評を始めた。

 評価は概ね良好らしい。なによりあの無茶苦茶な戦闘は試験と訓練のためだったみたいだから、明日以降はもっと落ち着いて戦えるはず。


「よかったぁ。毎日これじゃちょっとしんどいなって思ってたんだよね。本当は」

「ふふふ,ソウジロウ様ったら。十分余裕があるように見えましたよ」

「ないない余裕なんて。いっぱいいっぱいだったよ。システィナこそ安定感が半端なかったよ」

「そうじゃな、システィナはやはり『護衛術』『護身術』の戦闘系技能が大きいな。さらに従属契約の恩恵があるゆえ,おなごの身でも前衛で壁役が務まる」


 確かにシスティナの防御に関する動きは凄い。蛍さんの攻撃をかすらせもしない防御ではなく、武器を巧みに使って相手の攻撃をいなしたり防いだりする防御である。

 その防御で今日は一度もまともな攻撃は受けていないはずだ。ちなみに俺はなんどか被弾していて,その度にシスティナに『治癒』してもらっていた。


「ソウジロウも重り付きでも低階層なら光圀モードに入れば戦闘系技能が無くても十分戦えるだろう。今日受けてた攻撃ももう少し戦いに慣れてくれば受けなくなるはずだ」


 光圀モードって俺は副将軍になった覚えはないぞ。悪党を討伐するという意味では間違ってないかもしれないがそのネタが通じるのは俺だけだろうに。


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