指名依頼
村の中央広場に突如出現した塔は円柱型で高さは五階層ほどの外観だった。ただ塔に関しては見た目と内部はまったく関係ないため、中が何階層まであって一階層分がどんな広さなのかというのは入ってみなければわからない。
というか、今のこんな状況でわざわざ塔に入ろうと思う奴はいないと思うけど……。
「え……あれは」
そんなことを考えていたら眼下を白い衣を纏った誰かが二十名ほどを引き連れて塔へと向かっていく。その人物が誰かなんて勿論考えるまでもない。
「バーサは!」
「旦那様! 椅子の後ろに階段があります」「ガウ!」
振り返った視線の先で霞と九狼が教えてくれる。しまった、塔の出現に動転してバーサのことを忘れてた。バーサならこの状況の説明ができた可能性だってあるのに!
おそらく、バーサが引き連れていたのは屋敷の一階にいた親衛隊どもだろう。ということは既に俺たちを追ってくる奴らはいないということか……それなら取りあえずは俺たちも外に出たほうがいい。場合によっては領主イザクと合流してどうするかを話し合う必要もあるかも知れないしな。
「陽! 一狼を呼んできてくれ。全員でこっちの階段から外に出よう」
「はい、兄様」
陽がすぐに四狼と共に走り出す。来た道を戻って一階から出ることも考えたが、親衛隊を通さないために積み上げた障害物が邪魔だ。バーサがあっさりと外に出ていることを考えればこの階段からはすんなりと外に出られるはずだ。
しかし、陽と四狼が隣の会議室に入ろうとしたところでちょうど一狼が下から上がってきた。
『我が主、一階の敵は扉の破壊を諦めたようです』
走り込んできた一狼が報告をしてくれる。賢い一狼は扉の向こうの親衛隊の気配が消えたことで、なにかしら状況に変化があったと判断して駆けつけたのだろう。
「わかった、ご苦労だったね一狼。ちょっと状況がややこしいことになっているんだ。とにかくこの屋敷を出る。ここに置いていく訳にもいかないので、メリスティアさんも取りあえず着いてきて貰えますか?」
「はい、わかりました」
「ありがとうございます。蛍、葵、雪と一狼は先行して道を確認してくれ。霞、陽、四狼、九狼は俺とメリスティアさんに続いて後方の警戒を頼む」
「任せておけ」「承知ですわ」「ん……わかった」『かしこまりました我が主』「はい旦那様」「了解だよ兄様」「「ガウ」」
それぞれの返事と同時に全員が動く。蛍たちのあとに続いて狭い階段を下りていくが、幸い警戒するほどのことはなくあっさりと一階部分に到達し、俺が降りたときにはすでに蛍たちは回転扉のような壁を開け外に出ていた。
続いて俺たちも屋敷を出て、改めて現れた塔の全貌を見上げる。
「これは偶然じゃないよな」
バーサの妄言だと決めつけていた思わせぶりな言葉の数々も、こうなってくるとあながち間違っていなかったことになる。なにより塔が現れてからのバーサの行動が迷いなく早すぎる。きっとあいつは塔についてなにかを知っている。
だが……それを問いただしにいく必要はあるだろうか? 別にここに塔があったとしても俺たちは困らない。霞と陽のけじめはつけたし、メリスティアも助けることができた。さらに、システィナと桜が戻れば御山の解放も終わったということになり、ふたりがこっちに戻るときにここの転送陣を壊せば今日ここに乗り込んだ俺たちの目的は完全に果たされたことになる。
「やはりナ、こうなるのではないかと思っていタ」
「え? グリィン!」
突然、背後の高い位置から声が聞こえてビクッとして振り向くと、そこにはどこか楽し気な表情を浮かべたグリィンスメルダニアが立っていた。その後ろに黒王と赤兎の姿もある。塔の出現と共にこっちに渡ってきてしまったらしい。っていうかそれよりも!
「やはり? グリィンはなにか知っているのか?」
「まあナ、こう見えても長いこと魔物をやっているのでナ」
そう言えばグリィンが何年生きているのかは知らない。この言いぶりだとかなり長いこと生きているようだけど。
「なにか知っているなら教えてくれないか?」
「うム…………ご主人は街や領主について不思議に思ったことはないカ?」
街や領主? 別に気にしたことはないけど……強いて言えばこの世界には「国」がないことくらいか。街ひとつと周辺の幾つかの村、その程度の領地を持つ領主がほとんどでそれ以上の大きな領地を持つ領主はいない。これだけ小さな集まりがあったら、普通は自然と争いになって弱い所が淘汰されて小国と呼べるようなものができそうな気はする。
「特に思いつくことはないけど……」
「そうカ……人間であるご主人には申し訳ないガ、人間というのは欲深い生き物ダ」
「う……うん」
グリィンの言葉は耳が痛い。俺のいた地球の歴史は戦争の連続だ。
「だガ、私の知る限り小さな小競り合い程度のものはともかク、街同士が争うような戦いが起こったことはなイ」
「え……この世界では戦争が起きたことがないっていうこと? そんな馬鹿な」
「センソウ? ほウ、面白い言葉だナ……戦うという言葉を繋げることで大きな争いを表す言葉なのカ」
いや、【言語】がどういう仕事をしているのか俺には分からないから、そう言われても困る。それよりもこの星の歴史がどの程度の長さがあるのか知らないけど……それでも戦争が一度もない? そんなことあり得るのか? でも、だから街レベルの統治機関しかなくて国まで発展しなかったってことなのか?
「もちろン、欲が抑えられる訳ではなイ。人同士が争いを起こしそうになることなど数えきれないほどあった」
「それは……そうだろうな」
「だガ、争いの規模がある一定限度を越えそうになるト……それどころではなくなるんダ」
「……え、まさか?」
グリィンの言葉に俺は思わず視線を『塔』へと向ける。
「そうダ。塔が現れテ、魔物が湧ク。そうすると争いどころではなイ。共に協力して魔物と塔に対処しなけれバ、自分たちの軍どころか戻るところすらなくなってしまうことになるからナ」
「ちょ、ちょっと待ってくれグリィン! じゃあ、今ここに塔が現れたのは聖塔教とレイトーク軍が戦争をしていたからだって言うのか?」
(これだけの規模の戦いだからナ……なにが起こるとも限らんだろウ?)
そう言えば確かにグリィンは森の中で意味深な言葉を残していた。あれはこういう意味だったのか。でも、ちょっと待てよ? 争うふたつの軍が協力しなきゃならない?
「グリィン! まさかこの塔は氾濫するのか?」
「その通りダ。間もなくこの塔からは大量の魔物が吐き出されるはずダ」
マジか! こんなところで大量に魔物が氾濫したら……幸いレイトークまではそれなりに距離はあるけど、近隣に小さな村くらいはあるだろう。氾濫がどの程度の規模かはわからないけど、場合によっては洒落にならない可能性があるぞ。
「ていうことはザチルの塔とかもそうやってできたのか?」
「いヤ、主塔は別ダ。私の推測だガ、あれらだけは最初からあったと思ウ。いまここにあるのもそうだが残りは全部副塔だナ」
副塔か……そういえばこいつも副塔の塔主から入手したって言ってたな。俺の両手に装備されている獅子哮はシシオウができたばかりの副塔を討伐したときに手に入れたものだ。確か若い塔だったから階層が少なくて比較的楽に討伐できたって話だったな。だとするとこの塔も……。
「ソウジロウ! ようやくあちらもお出ましだぞ」
蛍の声に振り返ると兵をつれた領主イザクがダイラス老を伴ってこちらへと走ってくるところだった。ある意味ナイスタイミング!
「フジノミヤ! これはどういうことだ! なぜ急に塔が現れたのだ?」
え……あぁ、そうか。この世界の人でも塔が突発的に出てくる理由はわかっていないのか。そりゃそうだ、わかっていればもっと攻め込むことに慎重になっていたはずだ。
「それは私にもわかりません。そちらはもう大丈夫なんですか?」
「それは儂から話そうかの。レイトークの軍は正面から村の入口を攻めたのじゃが、事前に教えてもろうていた件の人造魔術師が固定砲台と化していてのう。その火力がなかなか打ち破れずに難儀しておったのじゃが、あの塔が現れたと同時に指揮をしていた者らが一斉に戦線を放棄したんじゃ。あとはただ一定の間隔で魔法を撃つだけの砲台と変わり果てた人造魔術師を順に倒してくるだけじゃった。無差別な魔法攻撃に多少の被害は出たが、おんしらの情報のおかげで圧倒的に被害は少なく済んだ、感謝する。今はグレミロが周辺の建物を順に制圧して掃討戦を行っておるところじゃ」
おっと、バーサの館を下手に捜索されるとシスティナたちが壊す前に転送陣を見つけられてしまうか? でも、隠し扉から出てきたから表からだとまだ扉は開かないか。
「バーサと屋敷にいた残党は一足先に塔へと逃げ出しました。屋敷にはもう誰もいませんので、捜索はその他のところを優先してください」
いちおう牽制はしておこう。……それにしても正門を守っていたライジとその配下も塔が現れると同時に向かったっていうことか? だけど、塔に入ったからってなにか意味があるのだろうか? 普通なら魔物に襲われて死ぬだけで人間がどうこうできるようなものじゃない気がするんだが。
「む? ……おう、そうか。わかったグレミロに伝えておこう」
一瞬、眉を顰めたイザクだが一応俺たちを立てるつもりなのか素直にうなずいてグレミロへと伝令を送ってくれた。俺たちとの事前の勝負に負けたこともあり、あるていど俺たちの行動を尊重してくれるつもりなんだろう。そういうところはおっさんだけど信用できる。
「それはよかったです。それで、後顧の憂いがなくなったところでご報告なんですが、実は私の従魔がこれと似たような状況に遭遇したことがあるみたいなんです。話を聞いてみるとそのときはこのあと、大量の魔物が塔から吐き出された、と」
「なんだと! それは本当なのか!」
うっ、相変わらず声がでかい。
「ここにいるデミホースは言葉を話せますし、長く生きた魔物ですから信憑性は高いと思っています」
本当はデミホースクイーンだけど、そんなこといっておかしなことになると困るからね。身内以外にはデミホースでいい。
「ダイラス!」
「そうですな……確かに出現したばかりの副塔が大量の魔物を吐き出すという話は古来より度々聞きますな。もともと副塔の出現自体そうそうあることではないんじゃが……」
「むう……このあたりには小さいが猟師や木こりたちが住む村が点在している。大量の魔物が発生するようだと被害を受ける可能性がある。ダイラス、なにかよい考えはないか?」
すぐにそれに思い至るあたりはさすが領主というだけのことはある。問いかけられたダイラスは白い髭をしごきながら周囲を見回す。
「そうですな……この村は外からの侵入に対して、この規模の村にしては過剰なほどの防衛力をもっておる。攻めるときは難儀したが、裏を返せば中からも外に出にくいということじゃ。うまく対処すればこの村の中で相当数を間引ける可能性は高いかも知れんの」
ダイラスがそんな話をしている最中に塔の入口が騒がしくなる。視線を向けると塔からゴブリンが数匹飛び出してきたようで、レイトークの兵士たちが一部戦いを始めていた。いよいよ溢れだしてきたか?
「それしかなさそうだな。だが、どの程度の規模なのか、どの程度続くのかがわからない以上は、いつまでも我らで対処できるものでもなかろう。そのへんはどうだ?」
「そうですな……」
ダイラスがゆっくりと俺を見る。なんか嫌な予感?
「フジノミヤ殿は冒険者でしたな?」
「……はい」
「ではギルドへの正式な依頼は事後に後日となりますが、副塔討伐の指名依頼をお願いしたら受けていただけますかな?」
やっぱりそうきたか……できたばかりのギルドを持ちだしてくるあたりさすがに老獪だ。ギルドのことをよく調べているということは、俺が冒険者ギルドに肩入れしていることも知っている可能性が高いし、場合によっては発案者が俺だということまで調査済みかも知れない。
「おお! なるほど。溢れてくる魔物を我らが対処している間に階落ち階層主の変種を倒せる冒険者であるフジノミヤたちにまだ若い副塔を討伐してもらうのだな! それはよい案だ!」
領主イザクも乗り気か……確かに塔に入っていったバーサたちがどうしているのかも気になるし、システィナと桜がいないとはいえ、うちのほぼフルメンバーが揃っている状態なら。
「わかりました。私たち『新撰組』がその依頼お受けいたします。ただし条件があります」
「言うてみよ」
「まずは、塔には入りますが討伐が無理だと思ったら引き返します。申し訳ありませんが顔も知らない猟師やきこりより、俺には自分の仲間のほうが大切ですので」
「当然だな、そこまでは求められん。できる範囲で良い。中に入って魔物をいくらかでもたおしてくれるだけでも十分助かるだろうからな」
俺の条件にイザクは鷹揚に頷く。俺としては仲間の身を必要以上に危険にさらしてまで塔討伐にこだわるつもりはない。
「ありがとうございます。もうひとつは、時間が勝負なのはわかっていますが塔に入るとなれば準備したいこともありますので、少々時間を頂いてもいいですか」
「かまわん、当然のことだ。だが、今のところ出てくる魔物もさほど強くはないが、出てくる数と速度は増しているように見える。そう長くは待てんぞ」
「わかっています」
これにも快く許可を出したイザクに一礼すると、うちのメンバーを連れて塔から少し離れる。そこで俺の前に弧を描くように並んだみんなと視線を交わす。その中にはメリスティアさんも含まれている。
「みんな、装備の点検をしながら聞いてくれ。みんなも聞いていたと思うけどあの塔へ入ることになった。できたての塔とはいっても異常事態の状況だ。どんな危険があるかわからない。残りたい人はいる?」
再び全員を見回すが誰一人として残りたいと言い出す者はいなかった。




