秘策
あれ? なんか……おかしくないか?
「あの女はさっきからなにを言っているんでしょう?」
「それよりも、あの言いぶりだと反魂の条件とはあの女とヤることだったようだな。なんとも恐ろしいまぐわいもあったものだ」
恐ろしい? 死んでからもバーサ様のために働けるのに? なにを言っているんだ蛍は!
「あの、旦那様?」
「兄様、どうしたの? 力が……ちょっと痛いかも」
あっと、蛍たちが馬鹿なこと言うからつい力が入ってしまった。霞たちを解放してやろう。
「さあ、こちらへ来るがいい」
バーサ様の伸ばした手がぶつかり、胸が揺れる……うおぉ、触りたい、揉みたい、埋もれたい、舐めたい、しゃぶりたい、噛みつきたい、食べてしまいたい!
魅惑の双丘に吸い寄せられるように俺の脚が……前へと出る。もっと、もっと早く行きたい! 行きたいのになにかが……胸の奥でなにかが俺の邪魔をする。
「おい……ソウジロウ? なにをしている。本当にあいつのところへいくつもりか?」
「主殿? わたくしの声が聞こえていませんの?」
どこか遠くに聞こえる刀娘たちの声をわずらわしく感じながら一歩、また一歩と歩みを進める。
「旦那様!」「兄様!」
なにやら焦燥感を感じさせる叫びと同時に霞と陽が俺の手をそれぞれ掴んで引き留める。だが、重結の腕輪の負荷を八割程度軽減している俺の足を止めるには力不足だ。
「ちょっと! 山猿、明らかにあれは操られていますわよ! どうするんですの!」
「ふん! 未熟者めが」
「……せっかく加点したのに。大減点」
なんだ? 胸の奥で邪魔をしている気持ちが強くなった気がする。いや! 俺はバーサ様とひとつになるんだ。バーサ様、バーサ様、バーサ様、バーサ様、バーサ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「むう……漏れ聞こえてくるこやつの思考に腹が立たぬか?」
「あら、珍しく意見が合いましたわね」
「……なんかムカつく」
バ、ババ、バババーサ様、バーサ様……早くバーサ様のところへ行きたいのに体が震えるのはなぜだろう。心なしか思考も乱れる。
「ちょっと灸をすえるか……」
「ええ、私たちという絶世の美女たちを侍らせているにも関わらず、ちょっと術にかかったくらいであの体たらく。不甲斐ないですわ!」
「喝を入れる」
背後で刀娘たちが刀を構えるチャキっていう音が聞こえる。なんか背筋が寒い……早く、早くバーサ様に温めてもらわなくちゃ!
「霞、陽、離れていろ。いささか手荒なショック療法を試すからな」
「あ、あの皆様……殺さないですよね?」
「ええ! 姉様たち兄様殺しちゃうの!」
「はははははは……馬鹿だなふたりとも。運さえ良ければ死ぬことはない」
「「え! 運次第!?」」
妙に乾いた蛍の笑い声、霞と陽の驚愕の声。次の瞬間……。
「ぐぼぉらば!」
背後から全身を襲った衝撃に意味不明の悲鳴を漏らしながら吹き飛ぶ俺の姿は、周りからみたら糸の切れたマリオネットが転がるが如しだっただろう。
石の床と熱いベーゼをなんどもかわしながらもみくちゃに吹き飛ばされ、最後に倒れ伏した俺は既にバーサ様の御前だった。ぴくぴくしちゃう体を、なんとか生まれたての小鹿のようになりながら起こし、ふらふらとバーサ様の手を取り口づけを落とす。下げた視線の先で短ランのボタンがふたつも弾け飛んでいるのが見えて全身を寒気が走る。
バーサ様に頭を撫でられたあと、俺はゆっくりとメリスティアの隣へと移動する。擦れ違いざまに足元がふらつきメリスティアに抱きついてしまうというアクシデントもあったが、驚いた表情のメリスティアの隣でバーサ様の幹部として侵入者たちを見下ろす。
「あなたたちはどうしますか? 共に聖塔教に入信するのなら共に聖なる塔への同行を許可します」
なんというバーサ様の温かいお言葉。これでかつての仲間たちともまた一緒に歩めるのですね。
「馬鹿をいうな。私たちに信心など欠片もない、あえて言うならソウジロウと共にこちらの世界に送ってくれた地球の神とやらには感謝を捧げてやってもいいがな」
「そうですわね。わたくしと主殿を巡り合せてくれた存在になら信者になってもいいですわ」
「ん……」
バーサ様の温情にまったく取り合わない愚物ども。ですがバーサ様はその程度のことでお心を乱されることはありません。
「愚かな……ですがそれもまたよし。聖塔の御許に送られることもまた誉れというものでしょう」
ああ! なんと慈悲に溢れたお言葉! にもかかわらず蛍は肩をすくめて盛大な溜息を漏らす。
「ソウジロウよ。もういいだろう……話の通じない頭のおかしいやつと話すというのは存外しんどい」
「……なにを言っているのです?」
……蛍のやつ! あんだけ本気で俺のことしばき倒しておいて、早々に演技を放棄するとか酷くないか? まあでも、おかげで伝えたいことは伝えたし、この位置までくることができた。潮時か。
俺は右手をこっそりとアイテムボックスに突っ込むと目当てのものを手に取る。
「出せ! メリスティア」
「は、はい!」
俺の声に後押しされるようにメリスティアが俺の眼前に薄く赤みがかった『従属契約書』を表示する。だが、さすがに俺の【読解】の能力を用いても契約が完了された契約書を書き換えることはできない。そうであるならばメリスティアの従属契約を解除するためにはバーサが契約破棄を認めるしかない。
しかし俺には秘策がある。俺の屋敷を襲ってきた赤い流星幹部、メイザが持っていたランクA+の超激レア魔道具『破約の護符』。侍祭の契約書すら破棄できるとメイザが確信していた護符。
「頼むぞ破約の護符! 侍祭の意に沿わぬ不当な契約を破棄しろ!」
俺はこっそりとアイテムボックスから取り出していた破約の護符をメリスティアの従属契約書に叩き付けた。




