滅私兵
「主殿、なにかおかしくはありませんか?」
「え? ……どうかしたの葵」
結局危なげのない仲間たちの活躍に再び斬り込むきっかけをつかめずにいた俺にうしろから葵が声をかけてくる。
「みなさんの活躍でさきほどまで数でも互角になりつつあったはずなのですが、また少し数が増えてきているような……」
「でも、どこからも援軍なんて……」
一階で見張りをしてくれている一狼からも連絡はないし、三階から誰かが降りてきた様子もない。勿論、この階の窓が開けられた形跡もない。
「兄様! あの人たち傷が!」
陽の叫び声に視線を向けると、四狼に噛みつかれて戦線離脱していたはずの滅私兵がむくりと起き上がるところだった。肩口に四狼に噛みちぎられた形跡が見られるが破れた装束の下から見える体からは新たな出血も傷もないように見える。
そういえば、さっき壁に叩き付けられていた奴もいつの間にかいない……俺たちはこんな光景を見たことがある。というかいつもお世話になっている。
「【回復術】!」
「ですが、あちらの侍祭はあの女の後ろから動いていませんわ!」
確かにメリスティアはバーサの後ろで祈るように手を組んで目を閉じているだけだ。地球の医療知識を身に付け、魔断で魔力増幅した聖侍祭のシスティナでさえ回復をさせるためには近くで手を添える必要があった。しかも見ていると回復の効果が広範囲に広がっているような気がする。メリスティアがうちのシスティナより優れた能力を持っているとは思いたくない。……だって、なんか悔しい。
だが、そう考えてみるとあいつらの戦い方に対する見方も変わってくる。あいつらは誰かが怪我をすると止めを刺される前に他の誰かが攻撃を仕掛けてくるんだ。それは、広範囲型の【回復術】がある前提だったってことか?
あ! そうか、なかなかこっちに攻めかかってこなかったのも、蛍たちに威圧されていたからということに加えて回復の範囲内で迎え撃つつもりだったってことか!
「気にすることはないぞ、ソウジロウ。ならば一太刀で息の根を止めればよい」
「ん…………簡単」
蛍と雪が同時に滅私兵の首を落とす。いや、確かにその通りだけどね……なかなか簡単にできるもんじゃないっての。ただ、どうやら回復速度自体はそう早い訳でもなさそうだし、いままで通り戦っていればいずれ押し切れるか。
「霞! 陽! 焦らずにいままで通りでいい。ただし、疲れて息が乱れる前に一旦下がるようにするんだ!」
「「はい!」」
疲れ知らずの刀娘たちは取りあえず大丈夫だろうけど、いくら亜人とはいえ霞と陽の体格だと戦いが長引けば疲労してくるのも早いはずだ。
それにしても……いくら範囲回復があるとは言っても仲間たちがどんどん斬り伏せられているのに、こいつらまったくビビる素振りが無い。最初こそスキルの効果もあって萎縮させられたけど戦いが始まってからは、すぐ傍で仲間の首が飛んでも、腕を斬り落とされてもまったく意に介さない。これだから宗教は怖い。
霞や陽は実験のためだったのか、成長してから奴隷として訓練場に送り込まれたらしいけど、本来滅私兵として大成させるためには物心つく前から、聖塔教に都合のいいように常識を刷り込まなければならないらしい。あいつらはふつうに動いているように見えるけど、人造魔法兵たちと同じように人としてはもう壊されているのかも知れない。
「お前たちの境遇には同情するけど、やってきたことは許されるようなことじゃない」
霞の動きに疲れが見えてきたのを感じた俺は飛び込んでいって霞の背後に回ろうとしていた滅私兵のひとりを斬り捨てる。
「霞、いったん下がれ」
「なかなか見事でしたわ」
「は、はい! ありがとうございます旦那様、葵様」
霞、九狼コンビと位置を変わった俺は徐々に減っている滅私兵たちを確実にひとりずつ仕留めていく。腕輪を限定解放して、葵のサポートがあれば俺でも戦える。
やがて、回復すら追いつかなくなった滅私兵は徐々に数を減らしていき、やがてひとり残らず動かぬ骸となり果てた。これで残るはフージとバーサのみ。……っていうかなんで、明らかに劣勢だったのにフージは動かなかった? なんでバーサは逃げようとしない?
「ふん、不甲斐ない。弱兵どもが……まあ、いい。バーサ様、お願いいたします」
投げ針を封じられてからは戦いの趨勢を腕を組みながら見守っていたフージがバーサに向かって小さく頭を下げる。この状況で一体なにをするつもりだ? なにかされる前にバーサを倒すべきか……でも従属契約をしているメリスティアが契約に縛られて自発的に盾になりそうで怖い。それに契約者の中には自分が死んだら死ねと命じておくようなやつもいるらしい……バーサを倒したらメリスティアが強制的に殉教して自殺とか目も当てられない。
「いいでしょう……。メリスティア、あなたの努力も虚しかったわね。でもあなたの頼みをきくのもここまでよ。以後は勝手な能力の使用は禁じます」
「……はい」
力を使い過ぎたのかメリスティアが息を荒くしながら頷く。どういうことだ……【回復術】を使っていたのはバーサの指示じゃなかったのか? じゃあなんでメリスティアはそんなことを……。
『ソウジロウ、どうするのだ。おまえが考えていることは伝わっているが、あの侍祭をなんとかせねばあの女を殺せないというのなら、なんとかするのはお前の役目だろう?』
『わかってる。手がないわけじゃないんだ……あとはバーサに邪魔されない状況で彼女と話せる機会さえあれば』
蛍が正面を警戒しつつ【意思疎通】で問いかけてくる。なんとかバーサに邪魔さえされなければ……。
『それならばわたくしたちがなんとかいたしますわ。主殿の刀としてそれくらいやってみせなければ名刀の名折れですわ!』
『ふん、癪だが年増の言う通りだな』
『ん…………同意』
いつでも俺を信じて助けてくれる刀娘たちの気持ちが嬉しい。彼女たちがいるから俺は強くなれる。
「ありがとうみんな。状況さえ整えてくれればあとは俺がなんとかして見せる」
【意思疎通】ではなく声に出して応えることで俺の決意を示す。
「兄様! 今度は死体が!」
陽の焦りを含んだ叫びに辺りを視線を巡らせると完全にこと切れていたはずの滅私兵たちがひとり、またひとりと立ち上がってくるところだった。
「まさか! 完全に死んでいたはずだ」
はっ、としてバーサを振り返る。そこにはまがまがしいオーラを放つ短杖を掲げる聖塔教教祖バーサの姿があった。
なんなんだ? まさかのゾンビ? バーサは死霊術師かなんかだってことなのか? 大した情報は得られないから最近はあんまり使ってなかったけど【簡易鑑定】をしておくべきだった。
『バーサ 業:101 年齢:47 職:娼婦』
業、高っ! あ、しかもまた1あがった。……そりゃ死体を無理やり動かして使うようなことしてれば上がりもするか。でも職は娼婦で死霊術師じゃない。あ、そうか【読解】を切れば…………いや、それでも表向きの職は教祖だ。
ということは多分こいつらをゾンビとして動かしているのはバーサ本人ではなくあの短杖か! 【武器鑑定】
『邪淫の魔杖(呪い) ランク:C 錬成値:最大 技能:魔力増幅/性欲増強/闇補正(微)
特殊技能:淫屍反魂 所有者:バーサ』
また呪いの武器か! 誰だよそんなもん作ったやつは! 武器としての能力は【魔力増幅】に……【性欲増強】? お盛んなことで、ってそこは人のこと言えないけどな!
問題はそこじゃない……おそらくはこの武器のエクストラスキル【淫屍反魂】。反魂ってのは確か生き返らせるみたいな意味だったはず……システィナがいればすぐ確認できるんだけど……。
でも反魂とか付いているんだから、こいつらがゾンビになったのはあの武器が原因なのは間違いないけど、いん……し? 反魂の前のあれはなんだろう。みだらな屍だけ生き返らせるってことか?
『推測だが武器のスキル構成から言えば、淫欲に溺れた屍体を操れるのではないか?』
『それではここにいる屍人ども全員が淫欲に溺れていたということになってしまいますわ』
『ん……ソウジロも危ない』
バーサや武器の鑑定結果を同時中継されていた刀娘たちが恐ろしいことを言いだす。ていうか俺も死んだらああなるってことか? いやいやスケベなだけで死後も操られたらたまったもんじゃないぞ。
「旦那様」
「兄様」
俺たちがそんなことを裏で考えている間に徐々に起き上がった屍体どもが俺たちのほうへとじりじりとにじり寄ってきて、その異様な光景に怯えた霞と陽が俺の腕をそれぞれ抱え込んで怯えている。
……ふたりとも小ぶりながらもなかなかのボリューム。うんうん、うちに来た当初はかなり肉が落ちていたけど、これが本来のふたりの姿なんだろう。
「とりあえず、理屈を考えるよりも目の前の敵をなんとかしよう」
「そうだな、動きは先ほどとは比べものにならないほど鈍そうだが……」
そう呟いた蛍がだっと駆け出し、近くに寄ってきていた一体を斬り捨てて戻ってくる。袈裟懸けに斬り捨てられた滅私兵……ていうかもう滅屍兵か。斬られた滅屍兵は一度倒れたが、すぐに立ち上がってくる。心なしか斬られた場所ももう癒着している気がする。
「とどめをさせるかどうかが問題ですわ」
「……首を落とした奴も動いてる」
こうなってくると反魂というよりは屍体を操っているだけだな。もともとの体の持ち主の意識はまったく残っていないだろう。悪人自体が死んでどのように扱われようとも別に構わないが、元は人だったものを道具のように使う奴がいるのは気に入らない。
……やれやれ、もっと簡単にけりがつくと思ってたんだけど甘かったか。とにかくひとつずつ片付けていくしかない。
「霞、陽。フージを見たことがある?」
俺の腕に抱き付ていたふたりに声をかける。ふたりともゾンビの異様さにちょっと怯えてしまってはいたが戦意が挫けている訳ではない。
「里の長としてたまに訪れて訓練の成果を確認していました」
「なんか物を見るみたいな目でいつも僕たちを見ていて凄い嫌だったな」
「あいつが霞と陽を傷つけたやつらの責任者だ。どうする?」
霞と陽は俺たちの屋敷で暮らすようになってから、明るく元気に楽しく暮らしているように見える。でも、四狼や九狼から一狼が聞いた話では、たまに夜中にうなされているそうだ。そんな日に目覚めたときのふたりは、目が見えることを確認し、腕や足が動くことを確認し、自分の耳や肌があることを確認して……泣きながら自分の体を抱きしめるらしい。
表向きはいつも元気で俺たちを癒してくれているふたりが、そんなふうにまだ苦しんでいるのが俺には許せない。ここであいつを倒すことがふたりにとっていいのか悪いのかはわからないが……俺はふたりが立ち直るためのきっかけになるんじゃないかと思っている。
だからふたりがもしその気があるならば俺は全力でサポートしてあげたい。
「「…………」」
ふたりの体温が俺の腕から離れる。視線を下ろすとふたりの真剣な眼差しが俺を見上げていた。
「やります」
「僕もやる」
「わかった。じゃあ俺たちが道を作る。しっかりとついてくるんだ」
「「はい!」」
よし! いい目だ。ふたりのために俺たちが道を開く。
「蛍! 葵! ゾンビどもを倒せ! 俺たちの周囲に近づけるな!」
「任せておけ」
「わかりましたわ」
蛍と葵が飛び出していきゾンビたちを斬り払い道を開いてくれる。
「雪! こい!」
「……わかった」
俺はふたりが斬り開いてくれた道に走り込みながら閃斬を左手に持ち替え、右手を雪へと伸ばす。雪の短い承諾の言葉と同時に、蛍の放った光が一瞬だけ広間を照らす。雪の変化する瞬間を隠そうとしてくれたのだろう、頼れるお姉さまだ。そう思った瞬間には俺の右手には加州清光が握られていた。
一剣一刀を構えた俺はバーサの前に立ちふさがるフージへと斬りかかっていく。限定解放中で集中している上に雪の【敏捷補正】の効果を受けた俺なら滅私兵を束ねるような俺と相性が悪いフージ相手でも十分に戦える。
上半身裸だったくせにどこから出したのかわからない短剣を二本持ったフージが俺を迎え撃つ。ゆらりと身体を振って、フェイントと緩急で俺の死角に回り込もうとするが雪の【気配察知】があれば俺に死角はない。
左から斬りかかろうとしてたフージの短剣を閃斬を横に振って弾くと、間髪を入れずに右手の雪を振り下ろす。
「うぐぅ!」
フージの苦痛のうめき声と同時にその左腕が宙を舞う。それを確認して俺はフージが下がるのに合わせて下がる。
「いけ!」
その俺の両脇を二頭の狼、そして霞と陽が小さな頷きと共に走り抜けていった。




