自己評価
足から見えてくるその姿は薄衣を纏った妙齢の女性、半裸の禿男、出会った頃のシスティナと似た形のローブを身に付けた綺麗な女性の三人。
いままでの情報からいえば、先頭の女が教祖バーサ、禿男がフージ、ローブがメリスティアだろう。
三人はゆっくりと階段を下りると、バーサは気だるげに椅子に腰を下ろす。メリスティアはその脇に控え、フージは前へ出て滅私隊の後方へと立った。
乱れたままの長く白みがかった髪を右手でかきあげるバーサは、遠目で見ても四十絡み。ただ、色に励んでいたせいか全身から妙な色気を醸し出し、妖艶な雰囲気を纏っている。薄衣を押し上げる双丘もなかなかのサイズだし、足を組み露わになった足は白く細い。
目の前に転がる滅私兵の死体や、侵入者である俺たちを見てもさほど関心はないのか、だらしなく椅子に腰かけてくつろいでいる。
そんなバーサの脇に控えるメリスティアは無表情だ。淡いブルーの長い髪をきっちりと編み込み、隙無く着込んだ衣服は自己防衛の表れだろうか。どこかあどけない感じを残した可愛い娘なのにもったいない。でも意に沿わない契約を強制され、目の前で熟女とイケメンの狂乱を見せ続けられたら感情なんか摩耗してしまっても仕方がないだろう。
「メ…………ソウジロウ様」
バーサの後ろにいるメリスティアを見て、思わず声をあげそうになったシスティナを肩に手を置いてやめさせる。メリスティアの知り合いだとわかれば盾にされる可能性がある。そのことは事前に打ち合わせてあったはずなんだけど、いざ姿を目にしたら反射的に声が出てしまったのだろう。
メリスティアのほうもシスティナの姿を確認して一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、俺の隣にいた桜の顔を見て納得したように頷くと再び無表情に戻っている。そのあたりを即座に察してくれるのは頭のいい証拠だろう、こちらとしてもありがたい。
「桜、システィナ。頼みがある」
「は、はい」
「は~い、いいよ」
「ふたりで転送陣を使って御山に向かってくれ。御山に残っている聖塔教を処分して御山を解放したらルミナルタへの転送陣の出口は壊さずに封鎖だけして、すぐにここへ戻ってきてこっち側の転送陣は破壊して欲しい。」
ふたりの返事を受けて俺は指示を出す。レイトーク軍の侵攻状況はわからないが、時間的に余裕がない可能性もある。早いうちに転送陣のほうも対処しなくてはならないし、御山を解放してあげないとメリスティアも安心できないだろう。
となれば戦力を分けてことにあたるしかない。システィナと桜なら御山に行った経験があり、御山の関係者とも面識がある。戦争を間近にして御山には聖塔教の戦力もほとんど残っていないはずだろうし、ふたりだけでも戦力としては十分だろう。
「ですがソウジロウ様! 私は……」
俺の指示を聞いたシスティナは泣きそうな顔をして食い下がろうとするのを片手をあげて押しとどめる。
侍祭としてのエリートだったシスティナにとって契約者の傍から離れるというのは原則ありえない。だけど俺との間に関しては契約も緩いし、同じ人間として一方的に拘束はしたくないから、日頃からもっと個人として自由に過ごしていいと言い続けている。その甲斐あってか日常生活の中では普通に別行動も取れるようになってきているシスティナだったが、命の危険がある戦いの場において契約者と離れるというのは、まだまだ耐え難いものなのだろう。
「システィナ。なにかあった時に俺の傍にいてくれようとしてくれるのは嬉しいけど、ここにはみんなもいる。むしろ危険なのはふたりで行かなきゃいけないシスティナたちのほうだ。俺はシスティナと桜を信じるから、システィナも俺とみんなを信じてほしい」
「……ソウジロウ様」
「大丈夫。いい回復薬も持っているし、この短ラン・ボンタンもある。システィナが戻ってくるまで怪我をしないように頑張るから」
なおも不安気な表情を見せるシスティナに笑いながら大丈夫だと伝える。それを聞いたシスティナは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべ、小さく微笑みながら頷いた。
「……わかりました。確かに御山の件は私から言い出したことですし、私が行かなくてはならないと思います。でも! 私が戻るまでも、戻ってからも怪我はしないようにしてくださいね」
「わかった。システィナも気を付けて……桜、よろしく頼む」
「まっかせといて! シス、いくよ!」
「はい!」
俺たちを信じて振り返らずに部屋を出ていくふたりを見送ってから、向き直るとそこではまだにらみ合いが続いていた。
相手の滅私兵の数は二十名を超えるくらいか……普通の兵士二十名ならうちのこのメンバーなら問題はない。だけどさっきのあいつらの動きを見ていると、なかなか簡単にはいかない気がする。
「蛍と雪はあいつらと戦っても問題ないよね」
「ああ」
「ん……」
ふたりは【気配察知】もあるし桜たちのような斥候職の速さとは質は違うけど、速さでも負けていない。問題は残りのメンバーだ。
「霞と陽はどう?」
今回は霞と陽自身に確認のうえ、過去を清算するためにも滅私兵の壊滅させることは方針として決まっている。霞と陽も自分たちでも戦いたいと申し出たため戦闘に参加することが決まっている。そして、現在のこの状況は幸か不幸か滅私兵の首領フージと主力と思われるメンバーが集まっている。ふたりにとってはいま、ここが今回の主戦場といえる。
「あ、はい。多分大丈夫です」
「うん、僕も平気だよ兄様」
「え? 大丈夫なの? 結構あいつら強そうだったけど?」
「桜様のほうが比べものにならないほど速いですし、あのくらいなら」
「だよね! 桜姉様との訓練ならレベル二ってところかな?」
なにそのレベル制。こんないたいけな少女たちに桜はいったいどんな鍛え方してたんだ?
「ちなみにふたりはいまレベルいくつで訓練しているの?」
「霞ちゃんがレベル四で、僕はレベル五だよ」
「そ、そうなんだ……頑張ったね、ふたりとも」
半ば放心しつつもふたりの頭を褒めながら撫でてあげる。えへへと喜ぶふたりは可愛いけど! もしかして一番弱いの俺か?
「心配しなくても、普通に戦ったら多分わたくしもついていけませんわ主殿」
「葵!」
よかった! ちょっとヤバいと思っていたのは俺だけじゃなかった。
「わたくしが戦うときは【魔力操作】で魔力を周囲に張り巡らせて、疑似的な結界を張りますわ。それなら圏内に入った敵は見逃しませんから」
ですよね! うちの刀娘たちがいくら斥候職相手とはいえモブ相手に苦戦とかするわけないか。
「ソウジロウ、自分を低く見るな。おまえを鍛えているのは誰だと思っている。負荷を外したおまえが集中さえしていればあの程度の相手に不覚を取ることなどないはずだぞ」
「蛍……」
「自分の不安の原因を能力の未熟さに求めるな。おまえが不安なのはたんに戦闘経験の少なさによるものだ。だがこの世界に来てからおまえも数多くの戦いを経験してきている。そろそろ自分を信じてやれ」
…………蛍はそう言うが、十七年間平和な日本でのうのうと生きてきた俺だ。そう簡単に戦いに自信なんて持てない。だが、自分は信じられなくても蛍のいうことなら信じられる。
「蛍がそう言うなら信じるよ。自己判断するよりもよっぽど俺のことをわかってくれているはずだからね」
「ふ、そうだ。私からすればまだまだだがお前は十分に強い」
ふ、よし。蛍にそこまで言わせたらノせられてやろうじゃないか。
俺は閃斬を鞘から抜くと蛍と雪の間へと進む。
同時に俺の視線の先では裸の上半身を汗に濡らした禿頭の男フージが、いきなり部下である滅私兵の一人を殴り飛ばしていた。殴られた滅私兵はゆうに数メートルを飛ばされて壁に叩きつけられぐったりとしている。もしかすると死んでいるかも知れない。細身な体の割にとんでもない力だ……身体強化系のスキルを持っている可能性があるな。
「我らが教祖、バーサ様の御前で敵に臆するなど滅私兵としては死んだも同然。他に死にたいやつはいるか?」
フージの低くよく通る声が滅私兵たちへと届くと、滅私兵たちの空気が変わる。
「気に食わないやり方だが、効果的だな」
「ん……」
「やれやれですわね」
スキルではないが全身から殺気を放っていた蛍が胸を揺らしつつ、呆れたようにつぶやく。
同じように【殺気放出】や【威圧】を使っていた雪や葵もスキルを解除したようだ。
俺が敵と向かい合っていながらものんびりと指示を出したり話をしていられたのは、別に相手が待っていてくれたわけじゃない。敵とにらみ合っていた蛍や雪、葵が相手をしっかりと牽制してくれていたからだ。
しかもさっきみたいな瞬間的に大きな効果を出す使い方ではなく、じわじわと相手にプレッシャーを与えるように。そうやって相手を僅かでも委縮させた状態で戦闘が始まれば、数の差があっても序盤は優位に戦うことができたはずだった。
だが、フージはそれに気が付くと、あえてひとりを派手に犠牲にして部下たちに衝撃を与えて刀娘たちのプレッシャーをリセットした。そのうえで信仰心をあおって再び闘争心を掻き立て、敵対心を俺たちへと向けさせた。
「残念だけどしょうがない。正面から当たろう」
「よし、正面をソウジロウと葵、右から私と陽、四狼。左は雪と霞、九狼だ」
蛍さんの指示は俺を正面に置くとか、ぱっとみ厳しそうに感じるが実はとても優しい。霞と陽のサポートに付きつつ両脇から俺のサポートもしてくれるつもりなんだろう。
「了解、じゃあいこう」
「後ろはお任せください主殿」
葵が頼もしすぎる! もちろんお任せだ。
「さ、あっちもやる気だ。集中しろソウジロウ」
蛍の声にメンバー全員が反応して一気に戦闘態勢に入る。同時に俺たちは走り出し、前方の滅私兵たちが霞む……違う! 高速で動き始めたんだ。確かに桜や雪とは違い、かろうじて動きは追えるか。
っと、あぶねぇ! いつのまにか足元に潜り込んでやがる。閃斬の牽制の一振りで追い払うが、今のは見えていた訳じゃない……なんとなくわかっただけ。この感覚は初めて盗賊と戦ったときの感覚に近い。
『主殿、主殿はいま、わたくしの魔力圏の内にいますわ。わたくしの【共感】にも気を付けていてくださいませ』
なるほど……葵が自分が察知した相手の位置を【共感】を使ってイメージで伝えてくれていたのか。確かにあのときも蛍が周囲の状況を【共感】で伝えてくれていたんだった。
「ありがとう葵、これなら」
俺が気が付かない部分を葵がカバーしてくれるなら、俺はできる範囲で全力を尽くせばいい。そう思ったら視界がクリアになった気がする。さっきよりも敵の動きもよく見える。
よく見ていると奴らが消えるように見えるのは動きの速さだけではなく、思いがけないタイミングで互いに蹴りを合わせたり背中を貸したりして、瞬間的に加速したり、予想外の方向転換をしているせいだというのがわかる。
そうとわかっていれば、レイトーク一階層で壁を蹴って襲ってきたタワーウルフと変わらない。
斜め前方から跳んできた滅私兵を一歩下がって避けてすれ違いざまに閃斬を振り下ろす。あのときはバスターソードだったから一撃で仕留められなかったけど、いまなら……綺麗に胴体を斬り裂いた閃斬での一撃に、確かに蛍のいうとおり俺も経験を積み成長していると実感する。
『主殿! 左から飛び道具ですわ!』
葵の警告とイメージに従い左手の獅子哮を防御に向ける。が、どんな仕組みなのか飛んできた針は直前で軌道を変えて俺の胴体へと突きささ……らない。
代わりに俺の学生服に魔力を供給してくれている胸のボタンのひとつにヒビが入る。一撃で短ランのボタンにヒビをいれるとはなかなか強力だ。しかも落ちている針は微妙に湾曲しているうえに明らかに毒が塗られているっぽい。
最高級の毒消しも各自のアイテムボックスには入れているけど、システィナもいない現状では傷を受けないにこしたことはない。気を付けないとな。
俺に攻撃を通してしまったことに気が付いたせいか蛍と雪の立ち位置が中央よりになっていて、俺への攻撃が減ったので視線を左に向ける。
そこでは雪が嬉々として加州清光を振るい間合いに入る滅私兵を斬り捨てている。その近くで陽もふたりを相手に見事な戦いを繰り広げている。
陽は霞と違い【幻術】のような特殊なスキルは持っていないが爪虎族特有の瞬発力に加えて、【敏捷補正】とリュスティラさんたちに作ってもらって俺達も身に付けている【敏捷補正】つきの魔鋼製脚甲がある。
そしてとにかく体が柔らかくて使い方がうまい。ときには猫の様に両手両足を地面につけての方向転換と加速は、滅私兵たちがふたりでやっている作業をひとりでやっているようなものだ。しかも四狼を敢えて目立つように動かし、相手の視線を誘導した隙に【隠形】をつかって死角に入る動きも実に自然。
そこまでの技術を持って、さらに地力も上となればまともにやれば滅私兵たちに勝ち目はない。音も無く滅私兵たちの死角に潜り込んで【短剣術】で綺麗に首を斬り裂く。その表情にほんの少し悲しいものが見えた気がしたのは俺の思い過ごしだといいんだが。
視線を右に向けると蛍が、なにかを投擲しようとしていたフージに向けて光刺突を繰り出して邪魔をしていた。どうやらさっき俺の短ランのボタンをひとつ駄目にしたあの針はフージが投げたものらしい。曲がる針をあれほどの威力で正確に投げたのが滅私兵のトップであるフージだというのなら僥倖だ。あんな攻撃を全員から一斉に仕掛けられる心配がないからな。
霞はミモザ戦で見せたようなに【幻術】を使った分身を使ってしっかりと相手を攪乱してから攻撃をしている。今回は九狼を【幻術】の影に隠すようにして連携しているようだ。
みんな事前の申告通りに危なげない戦いだ。戦力差もほぼ互角くらいになっているし、このまま押し切ってフージさえ倒してしまえばバーサには戦う力はないはずだ。




