合流
扉を抜けると広めのホールになっていて、正面と両脇に扉があるがそれ以外はなにもない。室内は薄暗いが壁にいくつか小さな魔石灯がついているので視界は問題なさそうだ。
「どうする、ソウジロウ。別れるか?」
どうするか……俺たちの目的は転送陣を見つけて御山を解放してから転送陣を壊すことと、教祖バーサと従属契約を結ばされているメリスティアを助けること。
目的の場所がわからない以上はいまの段階で別れても効率が悪いか……。
「……ソウジロ、くる」
雪の声と共に両脇の扉が勢いよく放たれ、剣を持った男たちが走り込んでくる。入ってきた男たちはどいつも中途半端に顔が整っている。おそらくこいつらがバーサの親衛隊なんだろう。まあ、ざっと【簡易鑑定】で見たところ全員『業』が高い。教祖の親衛隊として人道に外れた恩恵を受けていたことは間違いないだろう。実力的には強そうな感じは受けないが、数は多いか。
だとすると両脇の部屋は警護の詰所か? 正面玄関以外の侵入経路を制限して、正面から入ってきた敵はここで防ぐってっことか。じゃあ俺たちが行きたい場所は正面にある扉の向こう? でも間違いなく鍵が掛かっていて、そう簡単には開かないはずだ。
「侵入者だ! 取り囲んで殺せ! 絶対にバーサ様のところへは行かせるな!」
左の部屋から真っ先に飛び出してきた親衛隊のひとりが叫び、親衛隊どもが武器を構えて俺たちを取り囲もうとしてくる。
「く! 取りあえず応戦するぞ! 蛍と陽は右、雪と霞は左! 一狼は中央で戦況を見て霞と陽を援護。システィナも中央で待機、誰かが怪我をしたら頼む。葵は俺のリングを限定解放してくれ」
「よし、ゆくぞ霞」
「はい! 蛍様」
蛍があっという間に間合いを詰めて先頭の男を斬り捨てる。
「ん……陽、こっちもいく」
「はい、雪姉様」
ほぼ同時に雪も駆け出し、正面に回り込もうとしていた男の首を斬り落とした。俺の指示に短く返事を返したメンバーたちが親衛隊との戦いに突入していく。
「主殿、限定解放いたしましたわ」
部屋に響く悲鳴と怒号の中、葵が艶っぽい声で教えてくれる。同時に俺の手足にかかっていた負荷が軽減されて身体が軽くなる。
「ありがとう葵。戦況は?」
「まあ、親衛隊というだけあって盗賊の下っ端よりはやるようですが、山猿や雪さんの相手ではありませんわ」
蛍と雪が斬り込み、それを霞と陽が四狼、九狼と一緒に援護する。一狼は両サイドの戦いを抜けてきた敵の相手をしたり、霞や陽が手こずる相手のときは的確に援護している。確かに問題はなさそうだ。
バーサというのは確か中年の女というは話だったから、こいつらはバーサが自分の欲を満たすために集めた顔主体の部隊なんだろう。
「よし、じゃあ俺たちは今のうちに正面の扉をなんとかしよう」
「はい、ソウジロウ様」
「お供しますわ」
いまのところ魔法を使ってくるような相手もいないみたいだし、葵を後詰に出す必要もないだろう。それに蛍と雪の強さは圧倒的だ。ぞろぞろと出てくる親衛隊も十人あたりをあっという間に斬り伏せられたあたりから勢いが衰えている。まったく手も足も出せずにやられるというのは見ているほうも心が折れるからな。
ひとまずそっちは大丈夫なら俺は扉をなんとかする。さっき途絶えた桜との【意思疎通】がまだ回復しない。【共感】ではなんとなく戦闘中というのはわかっているが、いつまでもひとりにしておくのは不安だから早く無事を確認したい。
葵と扉に近づくと、自然と蛍たちや雪たちも俺の後方を守るように動いてくれる。俺が扉を調べ始めたときには、扉を中心に半円形に取り囲む親衛隊と対峙する形になっていた。
あの僅かな間に半数近くを倒された親衛隊は迂闊に近づいてくることはなさそうだ。だがその眼には僅かな怯えと同時に異常な執着心のようなものが見え、狂信者らしく特攻してくる可能性はある。
「蛍! 扉の向こうに人の気配はある?」
「……一階にいるのはこの部屋にいる者だけだな」
ならば早く扉を開けて向こうに抜ければ敵は扉を通ってしか攻撃できなくなるから、今度は逆に俺たちが地の利を得る。
素早く扉を調べていく。素材は固く石のようで重い。ドアノブはあるが扉には鍵穴がない。じゃあ鍵がかかっていないのかというと、扉はまったく動く気配がない。
「なんだこれ? どうなってるんだ? 反対側から鍵をかけて、向こうからしか開かないようになっているのか?」
「でも、それならば反対側に人がいないのは不自然ではないでしょうか」
システィナの言う通りだ。反対側からしか開かないようにしているなら常にだれかが待機していなければならないだろう。そうじゃないということは…………どういうことだ?
「さっきの山猿みたいにわたくしが風の刃で隙間を斬りましょうか、主殿」
「う~ん、ちょっと待って」
確かに葵なら可能だろう。でも扉の隙間があんまり無い気がする……それは横も、下もだ。ということは開閉時はほとんど引きずるように開閉するはず。それなのに、これだけ重厚感がある扉のわりに床には全く傷がない。
「……まるでこの扉を使ったことがないみたいだ」
「……あ! そうかも知れませんソウジロウ様。これ見よがしに設置されたその扉はダミーで絶対開かないのかも知れません」
「あ……なるほどね。そう言われてみれば、今まで感じていた違和感がすっきりするな。じゃあ本物はどこに」
「普通に考えれば親衛隊の出てきた部屋の中かと……」
やられた……これだけ侵入者を警戒しているような屋敷がこれ見よがしに二階へのルートを放置しているはずがなかった。結局この扉はフェィク。二階に行こうとする侵入者をここで足止めし親衛隊で取り囲むための罠。
そう考えればこの扉を含むこちら側の壁が妙に頑丈なのも納得だ。扉どころか壁も破壊されないように分厚い石材のようなもので作られているんだろう。
「くそ、じゃあ入口はどっちの部屋だ?」
「急くなソウジロウ。そういうことであれば、正解はあっち側の部屋だろう。最初に出てきて周囲に偉そうに声をかけていた男が出てきたからな」
「そういえば……となるとこっち側からだと右側の扉か。でもこれだけ囲まれてると抜けるのは面倒だな。すこしでも早く桜の無事を確認したいのに」
蛍に言われた通りなるべく焦らないようにしようとするが、心配は募る。だが、俺たちを取り囲むイケメン親衛隊はまだ二十人以上いそうだ。ていうか顔の造りはいいけど、どこか荒んでいるというかニヤけていて不快感を煽る。なかにはうちの面子を好色な目で見ている奴もいる。…………もういっそ全員、殺るか。
「雪、【殺気放出】。葵、【威圧】を全力で頼む。相手が怯んだら一気に突破して右側の扉に飛び込むよ。邪魔する奴は遠慮なく斬り捨てていい」
指示を出しながら腰に戻していた閃斬を抜く。
「…………やる」
「承知いたしましたわ主殿」
同時に雪と葵がそれぞれのスキルを全力で発動する。
「ひ!」「うお!」「あ、あぁぁっぁ!」「ひぃいぃぃ」
魔物たちすら大人しくさせたふたりのコンボだ。普通の人間ならこうなってもおかしくない。恐慌状態になって慌てふためき、なかにはズボンを濡らしているイケメン親衛隊を見てちょっと胸がすく。だが、のんびりはしていられない。
「いくぞ! 先頭は雪と葵、殿は蛍、頼むね」
「任せておけ」
走り出す雪と葵が進路上にいた運のない親衛隊を斬り捨てつつ道を確保し、俺たちは後ろに続く。親衛隊の中には雪と葵のコンボに耐え抜いた者も何人かいて、俺たちを行かせないように追いすがる者もいたが、そんな奴らはもちろん蛍丸の錆になった。
「よし、蛍はそのまま入口を維持。残りは室内の家具をこっちへ!」
親衛隊の部屋に飛び込んだ俺たちは殿の蛍に入口を任せ、室内にあった机や椅子、その隣の部屋にあったベッドなどを運んできて扉を塞ぐ。どうやら飛び込んだ部屋が見張りの部屋で、その奥の部屋が親衛隊が休む部屋だったらしい。
幸い中からの引き戸だったのでこっち側から家具などで扉を押さえればそう簡単には開けられないだろう。しかも念のために休憩室側の扉も塞いでおく。やつらもスキルの効果から落ち着けば俺たちを追ってくるかも知れないから念のためだ。まあ、同時に俺たちの退路を塞ぐことにもなるが、現在進行形でレイトーク軍が攻め込んでいる。いずれこの館まで攻め寄せてくれば退路は確保できる。
「兄様! こっちの扉の向こうに二階への階段があったよ!」
「旦那様。上り階段の反対側に地下への階段もありました!」
扉を塞いでいる間に休憩室の中にあったもうひとつの扉の向こうを陽と霞が確認してくれたらしい。さすがに桜から指導を受けているだけあって素早い対応だ。
おそらく地下への階段は転送陣のある部屋へと続いているんだろうけど、いまは後回しだ。パーティリングが桜は上にいると教えてくれている。
「ひとまず上に向かう。一狼はここで待機、ふたつ目の扉が破られそうになったら知らせてくれ」
『わかりました、我が主』
本当は俺の傍で俺を守りたいだろうに、快く引き受けてくれる一狼。俺は感謝の気持ちを込めて全力で愛を込めたひと撫でをしてあげてから階段へと向かう。
「蛍、雪、階段の上に気配は?」
「上がってすぐは大丈夫そうだな」
「ん……平気」
ふたりの返事を背中で聞きながら先頭に立って階段を上がる。仮に罠や待ち伏せがあっても顔さえ守ればディランさんたちが改良してくれたこの短ラン、ボンタンが守ってくれる。後ろから「ご主人様! 私が!」と声をかけてくるシスティナが先頭をいくよりも安全で確実だ。
怖いのは魔法で攻撃されることだが、それでも学ランはかなりの防御力があるし、その危険性を見越して葵もすぐ後ろに控えてくれているので問題ない。
顔だけをいつでも隠せるようにして、思い切って一気に二階へと上がる。
ちょっと緊張したが、蛍と雪の言葉通り階段周辺には誰もいないかった。後続に合図をだし、全員を二階に上げると周囲を見回す。
「会議室のような場所ですね」
システィナの言葉通り階段を上がった先には大きなテーブルがひとつ、そしてその周りを囲むように椅子が置かれているという大きな部屋だった。
「あの扉の向こうに桜がいるな。複数を相手に目まぐるしく動いている」
「うん」
階段の向こう側にある両開きの扉、あの向こうに桜がいる。
「いくよ。葵は魔法とかの飛び道具に注意、蛍と雪は桜を援護。残りは入り口付近で周囲を警戒」
短く指示を出し、逸る気持ちのおもむくままに両開きの扉を押し開ける。
「ソウジロウ様!」
開けたと同時にシスティナが俺の前に飛び出して魔断の刃で何かを受け止めた。床でカツンと音をたてたものに目を向けると金属製の太い針のようなものが落ちている。
桜のクナイや、霞の針のような飛び道具……そうか、霞の投げ針の技術は…… ≪ギリッ!≫ 思わず奥歯が鳴る。あんな可愛い娘に、もともと戦いなんてするような娘じゃなかったふたりにあんな技を覚えさせて、しかも思い通りにならないからと殺そうとするなんて……。
霞と陽のあの傷だらけの姿を思い出して頭の中が冷えていく。同時に部屋の中の様子が見えるようになってくる。どうやら俺は自分で思っていた以上に冷静じゃなかったらしい。
「桜!」
その部屋はとても広かった。外から見た屋敷のサイズから推測すればこの二階には、さっきの会議室とこの部屋しかないはずだ。そしてその部屋には奥へと続く赤じゅうたんと、一段高くなった突き当りに置かれた豪奢な椅子があった。壁際には等間隔に魔石灯が備え付けられており暗くて視界が悪いということはない。この部屋の造りと雰囲気から、おそらくこの空間は謁見の間として使われているのだろう。
その部屋の中で、桜がめまぐるしく位置を変えながら黒ずくめの装束を纏った複数の相手と戦っていた。
「蛍、雪!」
「任せておけ!」
「……いく」
どうやら桜の相手は滅私兵と呼ばれる聖塔教の斥候部隊だ。どうやら偵察中に奴らに見つかり、そのまま戦闘に突入してしまったらしい。室内には複数の死体が転がっているが、相手の数が多く切り抜けられなかったのだろう。
だが、俺たちがきた以上はもう桜ひとりを戦わせはしない。俺の声に応えた蛍と雪が駆け出していき、桜に群がっていた滅私兵をそれぞれ一刀のもとに斬り捨てる。桜を相手に集中していた滅私兵は背後から音もなく一気に間合いを詰めてきたふたりにまったく反応できていなかった。
そして、ふたりが斬られたことで俺たちが入ってきたことに全員が気が付き、滅私兵たちが態勢を立て直すためなのか、桜の包囲を解いて部屋の奥に下がった。
「ソウ様!」
それを確認したのかしないのか、一瞬でこちらまで戻ってきた桜が俺の胸へと飛び込んできた。
「桜、よかった……無事で」
その華奢な身体をやや強めに抱きしめながら漏らした言葉に桜が小さく肩を震わせる。
「ふふ、ソウ様ったら心配性なんだから。大丈夫って言ったのに」
「いいんだよ。どんなにみんなが強くたって心配なのは変わらないんだから」
「うん、ありがと。ソウ様」
よし! 桜の無事を確認したら余裕が出てきた。
「桜、桜が見つかるなんてどうしたの?」
胸の中の桜をちょっと惜しみつつ解放して問いかける。幸い、いったん下がった滅私兵たちはこちらをうかがったままでまだ動く気配はない。
こちらも蛍、雪、システィナを壁に葵、霞、陽が警戒をしているので鉄壁の布陣だ。
「あ、そうそう。どうやら滅私兵が全部この屋敷の中にいたみたいで……それでもなんとか三階までは行けたんだけど、そこにフージまでいてあの禿に見つかっちゃったんだよね。……まあソウ様とお話しててうっかり【隠形】がゆるんじゃったのが直接の原因なんだけど」
てへっと笑う桜に思いっきり脱力しながら軽く拳骨を落としておく。
「メリスティアは?」
「うん、三階にいたよ。三階はバーサの寝室だけなんだけど、バーサが若い男たちと夜のパーティを繰り広げている脇で控えてた」
「……大丈夫なのか?」
逆ハーレム状態のそんな部屋に同室していて、しかも従属状態で逆らえないメリスティアがいろんな意味で大丈夫なのかが気になっての問いかけだったが桜は問題ないと首を振った。
「うん、どうもバーサが嫉妬深い性格みたいで男たちが自分以外の女を見るのも気に入らないって感じ。部屋にいる男たちも、どう考えても裸のバーサより服着たメリスティアのほうがそそるのにまったく見向きもしなかったよ。ちょっと異常なくらいだったかも」
「そうか……とにかく無事ならそれでいい。桜は怪我なんかはしてないか?」
「うん、大丈夫」
「ソウジロウ様!」
桜の回答に安堵のため息を漏らし桜の頭を撫でていると、システィナが俺を呼んだので桜と共に前へと出ると部屋の奥にある玉座然とした椅子の奥にあった階段から誰かが降りてくるところだった。




