突入前
「見事な走りだな、黒王」
「こちらの赤兎も負けていませんわ」
風を切って走る六本足の駿馬を駆りながら手綱を握る蛍と葵が感嘆の声を漏らす。
「そうだろウ、こいつらモ自由に走り回れずに鬱屈していたからナ」
「ちょ、ちょっとグリィン! 前見て! 前!」
そんな俊足の二頭の前を軽々と走りながら後ろを振り返って声をあげるグリィンスメルダニアに、彼女の腰にしがみついたままの俺は悲鳴のような声をあげる。彼女の細いのに引き締まった腹筋を合法的に抱きしめられるのは嬉しいが、このスピードで脇見運転は怖い。
「ハハハ! 心配するなご主人、いくらこうして走るのが楽しいとはいエ、ご主人を落としたりはしないサ」
黒王、赤兎と名付けられた陸馬たちよりも走りを満喫しているグリィンスメルダニアはご機嫌だ。昨日マリスさんのところからうちに来て、今日は朝から聖塔教のアジトになっている隠れ村へと向かっている。だから、ごく短い時間しかうちにはいなかったんだけど、うちの屋敷やその周囲の環境はかなり気に入ってくれたみたいだ。
まだ厩のようなものがないから昨日は外で寝てもらったんだけど、結局3人? でほぼ夜通し裏の山や周囲を駆け回っていたらしい。
「ご主人様、グリィンスメルダニアさんの走りはとても安定していますので、楽な感じで乗っていた方がむしろ安全です。逆にそうやって固くなっている方がグリィンスメルダニアさんにとっては走りづらいと思います」
俺の腰に手をまわしたまま一緒にグリィンスメルダニアに同乗しているシスティナが、俺を落ち着かせようと耳元で囁いてくれるがそうは言っても怖いものは怖い。
蛍の後ろに乗っている霞や、葵の後ろに乗っている陽は楽しそうにしているので情けなくはあるのだが……。
『……ソウジロ、格好悪い。……減点』
げ! まさかこんなところで減点されるとは。移動中は刀の状態で腰にいる雪からの無慈悲な一言である。
「あははは! ソウ様は結局乗馬の練習しなかったからね」
『馬などに乗れなくとも、我が主の威光にはいささかの陰りもありません!』
俺だと厳しいが、桜なら大丈夫ということで一狼に跨った桜が楽しそうに笑う。一狼は俺の味方らしいけど、どうやら少数派のようで肩身が狭いことだ。
あとは、一狼の両脇を走る四狼と九狼……これが今回の遠征に同行しているうちのメンバーの全てだ。
陸馬の二頭には俺が名前をつけた。黒いほうは貫禄がそっくりだったから世紀末の覇王が乗るっぽい名前を、赤い方は三国志の呂布や関羽が乗っていたという名馬、赤兎馬から名前を付けた。
やっぱり魔物たちは名前を付けて貰えると嬉しいみたいで二頭とも喜んでくれた。グリィンスメルダニアはすでに名前持ちだったから新しくは名前を付けなかったけど、名前が長いから俺は略してグリィンと呼ぶようにした。
他にもスメルダとかダニアとか候補はあったんだけど、グリィンスメルダニア本人がグリィンがいいと言ったのでグリィンだ。
「あ、この先でちょっと休憩しようソウ様。みんなのおかげでこのままだとちょっと早く着き過ぎちゃうし」
桜の提案に速攻で頷く。グリィンを信じていないというわけではないが、ついついしがみついてしまうので身体が強張って疲れる。この辺で休憩させてもらえると泣き言を漏らさずにすみそうだ。
目立たないように街道から外れた場所を走っていたので、速度を落としてちょっと歩けば涼し気な木陰と小川があるいい場所がすぐ見つかる。
「ご主人様、お水です」
「ありがとうシスティナ」
グリィンから降りて内心でホッとしながら、体を伸ばしているとシスティナが水筒を手渡してくれる。この文句のつけようのないタイミングがシスティナの凄いところだ。
思い思いに身体を休めていると桜が皆を集めるように手招きをする。
「昨日の夜も説明したけど、隠れ村に近づくとあんまり話せなくなるからもう一度確認しておくね」
集まったメンバーに桜がアイテムボックスから自分で作った隠れ村の見取り図を取り出して広げる。そこには中央に広場を構えた村の姿が丁寧に記されている。
「まずここが入口、やましいことをしているだけあって基本的に入口はここだけ。後は結構高めの柵で村全体が囲まれてるよ。広場の右にあるのが滅私兵と呼ばれる斥候系の兵士たちの本拠、霞と陽がいくかも知れなかった場所。トップはフージと呼ばれる禿頭の男でまあまあの腕かな」
それを聞いた霞と陽の表情が固まる。でもそれは緊張からくるものではなく決意からくるもののようだ。ふたりに無理をさせるつもりはないが、どんな形であれ心に決着をつけてくれると嬉しい。
「左のほうは人造魔法兵の部隊、魔幻兵の収納庫になってる。こっちのトップはライジと呼ばれてる長髪の男。フージとは顔がよく似てるから兄弟とか双子とかかも」
「あのときのような人造魔法兵がたくさんいるのですか?」
「だね、生産施設を見つけたからギルドに依頼して潰しておいてもらったんだけど、大半は運び出された後だったみたいなんだ」
ディアゴ改めシシオウの部下が使っていた人造魔法兵か……あいつら確か、無詠唱で魔法使うんだったよな。そんなのがたくさんいるとちょと手こずるかも。
「で、この奥の一番大きな屋敷が教祖であるバーサがいると思われるところ。こいつの周りは司祭という名の親衛隊でもあるイケメンの狂信者たちで固められている。いまの時期なら多分、この屋敷内にメリスティアは連れてこられていると思う。転送陣もこの屋敷のどこかに間違いなくあるよ」
「すると私たちはこの屋敷を狙うのだな」
「そうだね、屋敷の後ろは深い堀が作ってあって後ろからこっそり忍び込むのはちょっと難しそうなんだけどね」
桜に無理だと言わせるほどの堀か……おそらく信者たちの人海戦術で掘らせたんだろうな。これだから宗教は怖い。
「ではどうやって入りますの?」
「うん、正面からレイトーク軍が攻めると思うから他の部分は手薄になると思うんだよね……だから多少は無茶しても問題はないと思うからロープを使って橋をかけちゃおうかなって」
「さすがにそれは目立ちすぎませんか? 桜さん。渡っている間に見つかればただでは済まないと思います」
システィナの意見は正しい。ロープで架けた橋を渡るとなれば不安定な姿勢を強いられるだろう。いくらレイトークの攻めで混乱しているとはいっても教祖であるバーサがいる屋敷の警護がそんなに緩いとは思えない。
「うーん、桜だけなら余裕なんだけどなぁ」
そりゃ、あんたはロープ一本あれば余裕でしょうが俺は普通にもたつく自信があるぞ。
「それならば、わたくしがなんとか致しますわ!」
◇ ◇ ◇
「さっき手紙を届けてもらって、返事を持って戻ってきた一狼によると、レイトーク軍はもう配置についているみたい。あと30分もしたら攻撃が始まると思うよ、ソウ様」
休憩のあと、村を迂回するように大回りして移動し村の後ろに回るために山に入った俺たちはゆっくりと山中を移動していた。
グリィンたちからは山に入る前に下馬、そこで待つように言ったんだけど「私たちは普通の馬ではないかラ、山の中でも問題なイ」と同行している。そして、その言葉に偽りはなくて、その巨体でどうやって動いているんだと問いただしたくなるほどだった。
山中を移動中にすでに日は暮れ、周囲は暗くなっている。刀娘たちは暗くても問題ないらしいし、俺と霞や陽も【夜目】があるから見える。魔物たちも暗闇を苦にしない、だけどシスティナだけは見えないので俺が密着して先導しようとしたんだけど、グリィンがひとりぐらい乗っていても関係ないとか言い出したのでシスティナはグリィンに騎乗してしまった。せっかく陰気な山中を揉み揉みしながら楽しんで移動しようと思ったのに残念。
「こっちのペースはどう?」
「うん、予定通りかな。レイトークが攻撃を開始してからこっちも動くけど……ぼちぼちかな」
「ん? なにが?」
桜は周囲を見回すと後続に手で静かにするように伝えて目を閉じる。【気配察知】のスキルで周囲の気配を探っているのだろう。
「……交代したばかりの見回りが3箇所にいる、偵察のときと同じかな。蛍ねぇ、雪ねぇは察知してる?」
「ああ」
「……ん、わかる」
桜の後ろで同じように【気配察知】を使っていたらしい蛍と雪がうなずく。ちなみに山中に踏み入ってからは雪も人化して同行している。
「じゃあ、正面を雪ねぇ。あっちを蛍ねぇにお願いするね。桜は一番遠いこっちをやるから、ソウ様はゆっくり10数えたらのんびり直進してて」
一方的にそれだけ言うと桜は蛍と雪と視線をかわして消える。続いて蛍と雪もそれぞれの方向へと駆け出していく。山中をあれだけの速さで動いてほとんど音を立てないのは本当に凄い。彼女達に狙われた聖塔教の斥候には同情してしまう。
「兄様、そろそろだよ」
「おっと、ありがとう陽。じゃあ俺たちはゆっくり進もう」
考えているうちに時間が経ったらしく、陽に促されて俺たちも進む。
「それにしてモ、ご主人のところにきていきなり戦とはナ」
「それは本当にごめん。いろいろ事情があってどうしてもあいつらを潰しておきたかったんだ。でも、こんなことがあったからこそグリィンたちとも出会えたわけだし」
「かまわんヨ、わたしたちとて魔物ダ。戦うことが嫌いな訳ではないイ」
危なげなくシスティナを乗せて移動しながら何かを期待するかのようなグリィン。
「いやいや、今回は村の中に攻め込むし、堀とかもあるみたいだからグリィンたちが戦う場面はほとんどないと思うよ」
「まア、そうだろうナ。だガ、これだけの規模の戦いだからナ……なにが起こるとも限らんだろウ?」
「え? それってどういう……」
「ソウ様、お待たせ!」
なんだか含みのあるグリィンの言葉にどういう意味かを聞こうと思ったところで、なぜか一番遠くに行っていたはずの桜がもう戻ってきて首に抱き付いて来る。
「さすがに早いな、桜」
それとほぼ同時に蛍も戻ってくる。正面にいった雪はそのまま待機して、周囲の安全を確保してくれているらしいので、こうして歩いていればこちらが追いつく形になる。
「おかえり、どうだった?」
「うん、問題ないよ。これで次の交替時間までは大丈夫かな。でも、次の交替時間までにはレイトーク軍の攻撃が始まる予定だからね」
ひとり、場合によってはふたり以上の斥候を速攻で処分してきたばかりだとは思えないほどに、可愛く微笑む桜。だがここの奴らの斥候職の集まりである滅私隊は、幼いころから知らずに暗殺者としての技能を叩き込まれたエリートたちのはずなので、勝負としては圧勝だったとしてもそれなりに血なまぐさい戦いをしてきてくれたはずだ。
それをうちの嫁たちは、俺たちに……というか俺に余計な心配をかけないようにいつもどおりにしてくれている。別にいまさら悪人がひとりふたり死んだところで気にすることもないけど、滅私隊も元は霞や陽のような子たちだったと思えばちょっと躊躇う気持ちがないわけでもない。
ただ、霞や陽に言わせれば養成所を卒業した者は例外なく人を壊すことを躊躇わなくなるらしい。最終試験に至る前にそのあたりの教育は終わっていて、それに馴染まなかった子供たちはいつの間にかいなくなっているそうだ。霞と陽はそれに気が付いて必死で周囲に合わせていたことと、エリオさんの奴隷の首輪があったからこそ生き残れた。
そして、そこまで頑張ってきたふたりも、『なにも悪いことをしていない人を殺す』という最終試験だけはどうしても誤魔化すことができなかった。その結果として、ふたりは死ぬよりも苦しいような傷を負わされてしまった。
あの姿を見てしまったら滅私隊とやらに情けをかける余地はない。嫌々従わされているような奴がいたとしても、せいぜい妥協できるのは戦いの隙をついて逃げ出すならば、あえて追わないということくらいだ。勿論、幹部級クラスは見逃すつもりはない。また同じようなことを始められたらたまらない。
「ソウ様、ストップ。ぼーっとしてると落ちるよ」
「へ?」
ゴン!
「いたっ!」
なにかにが額にぶつかり思わず声を漏らして蹲る俺の下がった視線の先には深い穴が口を開けていた。
「うお……」
「……落ちるところだった、ソウジロ減点」
どうやら考え事をしながらぼんやりと歩いていた俺を止めようと雪が出してくれた鞘に、まったく気が付かずにぶつかってしまったらしい。しかもまた減点……なんだか今回の俺はいいとろがないなぁ。こんなことで沖田総司を越えられるんだろうか。
「これはなかなか頑張った堀ですわね」
落ち込む俺の隣で葵が堀を覗き込んでいる。確かに大きい……幅は5メートルくらいで深さは暗くて底が見えないけどちょっと降りて登るのは無理そうな感じだ。よくもこれだけの堀を村の周囲(半分ほどらしいが)に作ったものだ。
さらに堀の向こうには3メートルくらいの木の柵があり、その向こうには3階建てでそこそこの大きさの建物がある。あれが教祖バーサが滞在している館だろう。ところどころの窓からはゆらゆらとろうそくの灯りが漏れているので、中で人が起きているのは間違いない。こっちのほうが暗いからあっちから見られても見つかることはないと思うけど、気を付けないとな。
それにしても、幅5メートルか……体育で幅跳びの授業でもあれば普通にいける距離なんだけど、こうやって跳び越える5メートルは絶対に無理だな。精神的なものなのかも知れないけど、落ちる結果のイメージしかない。
「葵、結構な大きさだけど大丈夫?」
「問題ありませんわ、私の【魔力操作】で土の橋を架けるだけですから」
「あ、なるほど。確かに葵の魔法なら問題ないな」
葵の魔法は自分の魔力を制御しながら変化させる。普通の魔法使いのようにぶっ放し型じゃないから汎用性が高い。逆に葵から離れれば離れるほど、制御が難しくなるので効果範囲が狭いのが欠点といえば欠点だ。
「葵ねぇ、この距離に全員が渡っても大丈夫なだけの橋を架けるのにどのくらいかかる?」
「そうですわね、30秒もあれば充分ですわ」
「さっすが! じゃあレイトーク軍が攻撃を始めてから5分くらい経ったら葵ねぇに橋を架けてもらうことにして、それから屋敷に突入してね」
「え? ちょっと待って。桜はどうするの」
なぜか後のことを託して動き出そうとする桜の手を掴んで引き止める。きょとんとした顔で俺を見る桜が、ああ! と手を叩く。
「ソウ様には伝えてなかったっけ。桜は先に忍び込んで、メリスティアさんや転送陣の位置を調べておくね。場合によっては戦闘しなくてもよくなるかも知れないし」
「……大丈夫なのか? 相手の斥候隊も優秀なんだろ?」
「問題ないってば。 リュティたちに作ってもらったこの首飾りと桜の力は相性が抜群だしね」
桜の『闇隠れの首飾り』は魔力を込めれば闇が身体を覆ってくれるという魔道具で、桜のお気に入りだ。確かに桜の力を考えればできないことじゃない、桜のことを信じてもいる。
「そっか、わかった。けど気をつけて」
「もう、相変わらずソウ様は心配性だなぁ。もうあの時みたいなヘマはしないから安心して」
桜は微笑んで俺の頬にかすめるようにキスをすると、あっさりと堀を跳び越えていった。




