友誼
「結局、あんたはどうしたいの? ここを出ていきたいなら、うちも協力は惜しまんよ」
思いがけない闖入者の登場で水を差される形になった俺たちの従魔探しだが、グリィンスメルダニアを放っておくわけにもいかず、俺たちは厩舎の隅にあった商談スペースでグリィンスメルダニアの事情を聞いていた。
「そうだナ、ここは居心地はいいがちょっと狭イ。そろそろ思い切り駆けたくなってきているのは事実ダ」
それを聞いてしょんぼりと目を伏せるマリスさん。おそらくマリスさんとグリィンスメルダニアはいい友達だったのだろう。だからこそ、マリスさんはグリィンスメルダニアをかくまい続けたし、グリィンスメルダニアもマリスさんの店にいることを選んだんじゃないかな。
だけど、グリィンスメルダニアは立派な馬の胴体を持つ魔物。狭いところでじっとしているより、荒野や草原を走り回りたいと思ったとしてもそれは仕方がないと思う。
「もし、あなたがその背に人を乗せることを厭わないのであれば、こちらのフジノミヤ様のところなどいかがですか? フジノミヤ様のならばあなたの希望する環境を整えてくれると思いますし、あなたのような立派なデミホースならフジノミヤ様の条件も満たせるはずです」
確かに俺の屋敷なら街から少し離れているから人目につきにくい。庭も広いから普通に動き回れるだろうし、それだけでも今よりは解放感があるはず。
さらに、周囲は開けた土地で裏は山。その気になれば思う存分駆けたいというグリィンスメルダニアの要望を完璧に満たせる。
そしてきわめつけはうちの屋敷の防犯だ。うちの防犯は屋敷の周囲と塀周りに張り巡らされた桜の罠、それに加えて敷地内を狼たちが24時間体制で見回り警護しているためかなり厳重といえる。さらに刀娘たちの存在自体が屋敷の安全レベルを格段に跳ね上げている。
うちにいる限りグリィンスメルダニアにちょっかいをかけるような馬鹿は確実に撃退できる。
ただ、グリィンスメルダニアが話せるうえに魔物である以上は、うちの仲間の安全と秘密保持のために従魔という形になってもらうことが望ましい。でもデミホースクイーンであるグリィンスメルダニアがそれを受け入れてくれるのかどうか……。
俺にグリィンスメルダニアを女としてどうこうしようという気はないけど見た目は美人さんだし、馬としての能力は抜群に高そうだ。なにより話ができるというのがいい。俺と一狼の間でも話せるということが、俺たちの間の関係を円滑にしている大きな要因なのは間違いない。
「確かにうちならグリィンスメルダニアさんの希望をかなりの部分叶えることができます。グリィンスメルダニアさんががいいのであれば、むしろこちらからお願いしたいです。ただ、私たちにはいろいろ秘密が多いので……無茶な命令などはするつもりはありませんが、形式上は従魔になってもらうという条件を飲んでくれるのなら……なんですが」
「そうカ……いい話のようだガ、どうもテイム系の技能は好きになれなくてナ。そこの綺麗な狼を見ただけデ、お前たちのところが良いところだというのはよくわかるだけに残念ダ」
『ふん、そこまでわかっていながら我が主のことがわからぬとはな』
残念そうに苦笑するグリィンスメルダニア。そのグリィンスメルダニアに褒められたはずの一狼は、我が家にくることを拒否するかのようなその回答がいたく不満だったらしい。不機嫌そうに尻尾を伏せると顔を背けてしまった。愛い奴め。
「主殿? わたくしの【唯我独尊】が気に入らないというのなら、主殿の【友誼】ならばいかがですの? 一狼を従魔たらしめているのはそちらのスキルだったのではありませんでしたか?」
「え? あ……あぁ、忘れてた。あんまり使う機会がないだろうと思ってたからな」
『我が主! 私との絆である技能を忘れていたとは! それはあまりにも』
「いや、そうじゃなくて。この技能はまず先に、従魔にしたい魔物と仲良くならなきゃならない技能だろ? 普通に考えればそんな機会はあり得ないから、だから一狼以外に使うという認識がなかったんだ」
『わ、私専用……ということでしょうか?』
俺を見上げる一狼の尻尾が俺の答えを期待して左右に振られている。
「そうだよ」
『そ、それならば構いません、わ、我が主』
期待通りの返事が得られたらしい。再び俺の足元で丸くなった一狼は尻尾と耳が忙しなく動き回ってることに気が付いているのかどうか。
「ほウ……それも初めて聞く技能ダ。先に仲良くならなければ使えないと言っていたガ……どの程度仲良くなればよいのダ? それこそ交尾までせねばならんのカ?」
「ぶっ! グ、グリィンスメルダニア!」
俺のスキルに興味津々なグリィンスメルダニアのぶっ飛んだ問いかけに、マリスさんが飲みかけていた水を吐き出して叫ぶ。まあ、気持ちはわかる。
「俺が一狼とそういうことをしたように見えますか?」
「ふム……見えぬナ。ならば抱き合うくらいカ? 口付けくらいは私は気にしないガ?」
「まあ、グリィンスメルダニアさんくらい外見が綺麗な女性だったらそのくらいの行為はちょっと興味ありますけど、残念ながらそこまでは必要ないと思います。私も一狼以外に使ったことがないので確実ではないですが、互いにある程度の信頼関係があって、そのうえで従魔となることを承諾していてくれればうまくいくのではないかと思っています」
グリィンスメルダニアは右手を顎にあてて俯きしばし考えると、緊張した表情で俺の目を真っ直ぐに見る。
「私ハ、その狼を連れているあなたを信じてみようと思ウ。その技能を使ってみて欲しイ」
「わかりました。もし【友誼】が気に入らなければ無理に受け入れる必要もありませんから気楽にしていてください」
「わかっタ、そう言って貰えると私も気が楽ダ」
いくらか表情から緊張がやわらいだグリィンスメルダニアに向かって両手を差し出す。別に手を握る必要はないと思うが、このスキルの詳細は知られていないから変に思われることはないし、なんとなく気分の問題だ。けっして手を握りたかった訳じゃない。
差し出された俺の手をしっかりと握り返したグリィンスメルダニアが安心できるようにしっかりと頷いてスキルを発動する。
【友誼】
スキルの使用と共に俺とグリィンスメルダニアとの間になにかがつながったのがわかる。でもまだなにも通っていない感じ……コードはつないだけど電気が通っていない? そんな感じだ。
「オ……おォ……これは気持ちいいナ、あなたが私を友として見てくれているのがわかル。私を対等の相手として尊重してくれているのがわかル。これなら……」
そうグリィンスメルダニアが呟いたと同時に、つながっていたコードに電気が通った。俺は握っていた左手を離すと右手の握りを変えてグリィンスメルダニアと握手をした。
「これからよろしく頼む、グリィンスメルダニア」
従魔としてうちにくることになった以上はもう家族と同じ。そんな想いを込めて、堅苦しい話し方もやめて握った手に力を込めたのだが……思ったような握り返しがない。どうしたのかと思ってグリィンスメルダニアを見ると、戸惑うように俺と握手している手を見ていた。
「どうかした?」
「いヤ……本当にいいのカ? 私がいることで迷惑をかけることもあるかと思ウ……やめるなら今の内だガ?」
なるほど、いざ従魔になってみたら契約者である俺に迷惑をかけるかもしれないことに申し訳なさを感じたのか。でも、それは取り越し苦労というものだろう。なぜなら、グリィンスメルダニアは俺と同じだからだ。
「グリィンスメルダニアは自分らしく生きたいんだろう? 自由に駆けたいんだろう? それなら遠慮することなんかない。俺の仲間たちは皆、自分らしく、そして楽しく生きるために頑張っている。だから、不当に俺たちの邪魔をするやつには容赦はしない。それができるだけの力を俺たちは培ってきた、だからきみは安心してうちへ来てくれればいい」
「そうカ、わかっタ。…………私はいい男と契約をしたようダ」
『ふん! いまごろわかるとは鈍いやつめ』
グリィンスメルダニアは柔らかく微笑むと、ようやく俺の手をしっかりと握り返してくれた。
「そうか、いくんやなグリィンスメルダニア。若旦那がこれだけ勧めるお方のところやし、心配はしとらんけど元気でやるんやで」
「あア……世話になったナ、マリス。ありがとウ」
「いやいや、そんな今生の別れじゃないんですから。マリスさんもいつでも私の屋敷に遊びに来てください。グリィンスメルダニアも喜ぶでしょうし、マリスさんに是非体験して欲しいものもありますから」
なぜか大げさな別れの挨拶をしていたふたりに軽くツッコミを入れるついでに、マリスさんを屋敷に招待しておく。まだフレスベルクの銭湯は開店してないし、うちの温泉は楽しんで貰えるはずだ。
「あれですね、フジノミヤ様。確かにマリスは自分のことには、まったく無頓着ですからいい機会かも知れませんね。あれの後は本当に見違えますから」
「いつもお世話になってますしウィルさんも大歓迎ですよ、いつでもお越しください。ギルドの仕事で疲れが溜まっているでしょうし」
「ははは、お見通しですね。それではお言葉に甘えて近々お邪魔させて貰うことにしましょう」
「はい、ただ……明日から数日留守にする予定ですので戻ってからになりますけど」
ウィルさんはぽんと手を打つと、グリィンスメルダニアと別れを惜しんでいるマリスに声をかける。
「そうでしたね、そのために騎乗できる馬を探しにきたんでした。マリス、あと二頭お願いできますか?」
「せやったな……商売とはいえ別れは辛いわ。うちはこの商売に向いとらんのかもな」
「ちょっと待テ、マリス」
頭を掻きながらため息をつき、厩舎に向かうマリスさんをグリィンスメルダニアが呼び止める。
「できれば陸馬の番を一緒に連れて行ってやりたいんだが構わないだろうカ」
「あぁ……確かにあの二頭なら二人で乗っても十分やな。それに二頭一緒なら嫌がることもないやろ」
マリスさんは気だるげに厩舎に入って行くと、しばらくして二頭の魔物を引き連れて出てきた。
「これはまた……立派なものですわね」
「……ん、見事」
その魔物たちは思わず葵と雪が感嘆の声を漏らすほどに立派な体躯をした馬だった。一頭は艶のある黒い馬体、そして額に一本角を備えた偉丈夫。もう一頭は赤い馬体、女性の髪のような長い鬣が特徴的だ。二頭とも馬体のサイズ的にはグリィンスメルダニアよりも一回り以上小さいが、並の馬とは比べものにならない。これなら人ふたりが乗っての長い移動にも耐えられるだろう。
そして、なによりこの二頭が特徴的だったのは……。
「脚が六本ある……」
「陸馬はこの鍛えられた六つ足があるかラ、速度も力も持久力もあル。ご主人の役に立ってくれるはずダ」
地球では神話かなにかに、八本足のスレイプニルという馬がいたような気がするが……六本足か。
ま、長いことこの店で過ごしていたグリィンスメルダニアが自信をもって勧めてくれたんだから、もちろん俺に否はない。まあ、素人の俺が見ただけでも二頭が凄い力を持ってそうなのはわかる。
これなら俺たちを隠れ村まで乗せても潰れることもないはずだ。
よし、俺たちの準備は整った。
明日は邪教徒を殲滅して、御山を解放し、システィナの知人たちを救い、霞と陽のしがらみを断つ!




