半馬の王
「馬ですか? いいですよ、ご案内します」
冒険者ギルドで忙しく働いていたウィルさんに、馬車を引いたりするラーマではなく、領主軍が使っているような馬が欲しいので店を紹介してほしいと伝えるとあっさりとそんな答えが返ってきた。さすがはウィルえもんだ。
「いえ、忙しいのに案内まではさすがに申し訳ないです。店の場所と相場だけ教えていただければ自分たちでいきますよ」
「そんなことおっしゃらずにご案内させてください。おかげさまでギルドもだいぶん軌道に乗ってきましたので、立ち上げ当初のときほど忙しくはありませんので」
確かにギルド内を見回すと、変わらず人は多いがカウンターに並んでいる人は少なく、イライラしているような冒険者はいないし、職員にもバタバタした感じはないのでうまく回っているということがわかる。それなら、厚意に甘えてもいいか……正直いえば売買のエキスパートに同行しもらえるのは助かる。
「すいません、ではお言葉に甘えます。ちょっと急な話で、できれば今日中に入手したいのですが大丈夫でしょうか?」
「今日中ですか! それはまた急ですね。となると牧場に見に行って選ぶというようなことは難しいと思います。現在店にいる馬で良ければその日の受取は可能なはずですよ」
なるほど、全ての馬が店にいるわけじゃなくて、馬を繁殖したり育てたりする場所が別にあるのか。今日中ってことになるとそっちまで行って、自分の目で吟味して好きな馬を選ぶようなことをする時間はないと。あんまりいい馬が店にいないようならレンタル的なものも考えたほうがいいかもな。
「あんまりいい馬がいないようでしたら、馬を借りることも考えます」
「それがいいかも知れませんね、ただ店の方も商売です。店に置いてあるのは優秀で値がはる馬ばかりだと思いますよ」
つまり店頭で、うちではこれだけいい馬を育てていますとアピールして、たださすがにこれは少し高いので牧場にいけばお手頃価格のいい馬がいますよ、と売り込むわけか。それなら金に糸目をつけなければいい馬を即日で買える。
「わかりました。では案内をお願いいたします」
「はい、お任せください……ただ」
にこやかに快諾したウィルさんが、視線を足元の一狼へと向ける。一狼たちには屋敷で会っているはずなので今さら驚くはずもないはずだけど。
「一狼さんたちは従魔ですよね。ということはどなたかがテイム系の技能をお持ちだということ……それなら、ちょっと先にご案内したいところがありますので、そちらへ案内させて頂いてよろしいでしょうか?」
ウィルえもんのお勧めなら俺に断る理由はない。
◇ ◇ ◇
「こちらになります」
ウィルさんに案内されたのは、馬や馬車を売っている区画よりもさらに街の外れにある大きな厩舎がある店だった。
『魔物の臭いがします、我が主』
店に近づいたときに一狼が警戒の唸りを上げる。つまりはそういうことか……
「気がつかれましたか? そうです。ここは魔物使い系の職を持つ者たちが共同で運営している店です。テイムできる魔物は比較的知能が高いものが多いですから、ある程度口頭での指示もできますし、体力も力も強いので強行軍にも耐えられます。それに、馬ほど丁寧な世話を必要としないので管理も楽です。欠点としては魔物使いがテイムしてくるので、入荷が安定せず希少性が高くなって値段が高騰しがちです。あとは魔物の種類にもよりますが、魔物が食べる餌によっては食費が高くなってしまいます。つまり、馬やラーマより管理は楽で能力に優れているが、お金がかかるのが従魔ということですね」
お金か……葵の擬人化の時にほとんどの資金を使い果たして、赤い流星の討伐報酬でまとまったお金をもらったけど、それからは塔で得たランクの低い魔石を売っているだけなんだよな。
霞、陽、雪と家族が増えて、いろんな物を買い足したりしたし、食費は日々増加中。値段は知らないけど、最初に売ったラーマの値段から推測するに馬3頭くらいはまだ全然平気なはずだけど、従魔を3体増やすとなると厳しいかも知れない。もちろん値段次第だけど……。
「あの……フジノミヤ様。もしかして代金のことで心配成されていますか?」
「え、あ、いや……はい。お恥ずかしい話ですが、うちも大所帯になってきましたので」
俺のファンと広言してくれているウィルさんにこんなことを言うのは情けないが、いざ支払いの時に恥をかくよりは正直に言っておいたほうが傷は浅い。
あぁ、ウィルさんが呆れたようなため息を漏らしている。幻滅されてしまったかも……でも、そもそも出会いからして借金だったんだから今さらといえば今さらか。
「違います。私が呆れているのはあなたの自覚のなさです」
「は? なにかありましたっけ?」
「フジノミヤ様、あなたたちが腰につけてらっしゃるものは莫大な利益を生むとディランさんたちから説明を受けませんでしたか?」
「あ……そういえば言われてましたね。あんまり実感がないので忘れてました」
「はぁ……わかりました、もう結構です。とにかく、お金のことは心配しなくても大丈夫です。この場は私が立て替えておきますから」
「いや! それは申し訳ないです。返せなかったら困りますし」
「構いません。回収できるのは間違いありませんから! むしろそれの委託販売にベイス商会を噛ませていただけるとのことで、こちらからお金を支払っても構わないくらいです!」
……おお、なんだかウィルさんが怖い。
「ふふふ、主殿。金銭や名誉に執着しないのは主殿の美点ですが、商人でもあるウィル殿にしてみれば商機にこだわらない主殿はちょっと歯がゆく見えるのですわ」
「エロいことにはあんなに貪欲なのにねぇ、ソウ様」
こらこらウィルさんの前でそんなこと言うんじゃありません。ちょっと顔を赤くしてらっしゃるじゃありませんか。っていうかウィルさんてば意外とうぶだな、まだ独身だったっけか。
「ん、んんっ! とにかく! まずは店内に入りましょう」
強引に話題を戻したウィルさんに案内されて店内に入ると、ざわついていた店内がしん、と静まり返る。ものすごいたくさんの視線を感じる。だけどこれ……人じゃない。
入り口から奥へと続く通路の両脇にいくつも作られた大小さまざまな二段重ねのケージ、その中にいるなにかたちからまるで品定めをされるかのような視線を一斉に向けられている。
「いらっしゃいませ! あ、これはベイス商会の若旦那。っと、今は冒険者ギルドのギルドマスターとお呼びしたほうがいいですかね」
気安い感じで話しかけてきたのは、日本の牧場で働く職員のような作業着を着て眼鏡をかけた小柄な少女? だった。ぼさぼさで赤茶けた短い髪を、それでも邪魔なのか前髪やサイドなどで無造作に紐で縛り、汚れた顔で白い歯を見せて屈託のない笑顔を見せている。
服装のせいもあってか胸の大きさはよく分からないがたぶん小さい。身長は桜と同じくらいか……顔立ちは整っているような気もするから、綺麗に汚れを落としてちゃんとした服を着れば可愛くなるんじゃないだろうか。
「相変わらずですね、マリスさん。私のことは普通に名前で呼んでくだされば結構ですよ。フジノミヤ様、彼女がこの店の店長、マリス・ベイスです」
「え、ベイス? ですか」
「はい、といっても親戚という訳では無いのですが」
なぜか苦笑しつつ歯切れの悪いウィルさんを見て、にゃははと笑い声をあげたマリスさんがぼりぼりと頭を掻く。
「うちは養子みたいなもんです。ベイス商会の大旦那様は優れた技能があるのに、それを活かせない人たちを積極的に支援してくれはるんです。その中で身寄りが無かったりして後ろ盾が得られないような子たちには、うちのようにベイスの名前をくれるんです」
「名目上はそういうことになってますが……事実はわかりません。父も若いころは修行のために行商に出ていました。その頃は……あの、その、ほうぼうで……」
「にゃはは、確かに大旦那様がベイスの名を与えた子らは、若旦那の言う通り大旦那様の現地妻の子って噂もあります。うちも本当のところはわからんのですけど、小さいころに亡くなった母はなにも言ってませんでしたし。ただ、母が亡くなってからわりとすぐにベイス商会の人が様子を見に来たんでそういうこともあるかも知れません」
マリスさんが明るく笑いながら、どこか方言を思わせるイントネーションでそんなことをさらりと言う。まあ、アノークさんは今でもナイスなおじさまだから、若いころはさぞモテただろうことは想像できる。そんなことがあってもおかしくないかも、ただもしそうだとすれば感心なのはその現地妻たちのことをその後もちゃんと気にかけていたふしがあることだ。でなきゃ、マリスさんのお母さんが亡くなってすぐに……なんてことはないだろう。
「それよりもこの子! なんですかこの子! 初めて見る魔物です! 見た感じウルフ系なのに、ウルフ系で白い毛ぇの子なんて見たことないですし、この大きさ……なんて立派な狼! しかもものごっつう別嬪さんやわぁ」
『わ、我が主! な、なんなのですかこの娘は! や、やめ……』
一狼に気が付いたマリスさんが驚くほどの素早さで一狼に抱き付いて、激しくモフっている。それにしても見ただけで一狼が雌だってわかるんだなぁ……さすが魔物を売る店の店長さんだ。
「いい加減にしなさいマリス。今日は私たちはお客として来ているんですよ。フジノミヤ様に失礼でしょう」
「あ……すいません。珍しい従魔を見るとつい」
ウィルさんにたしなめられたマリスさんだが、口では謝りながらも一狼をモフることをやめる気配はない。
『く……この娘、ただものでは……我が主に匹敵するほどの……いや! 我が主はよい臭いがするのだ。こんな臭い娘など……あぁ、く』
一狼が悶絶している……おそるべしマリスさん。それにしても確かにちょっと臭うな。女の子相手にそんなこと言わないけど、磨けば光りそうだし機会があればうちの温泉に一度入れてあげたいものだ。
「主殿……わたくし、この品定めされるような視線が我慢なりませんわ。ちょっとかましてあげてもいいでしょうか」
「……ん、不快」
あぁ、確かに。入ってからずっと中の従魔たちからの値踏みされているような視線は絡みついたままだ。俺は別に気にならないけど、葵や雪にはとても不快に感じるらしい。
「うちにくるかも知れないんだからやり過ぎないようにね」
「承知してますわ」
「……ん」
俺からの許可を得た葵と雪は、一狼に縋りつくマリスさんとそれを引きはがそうとしているウィルさんを尻目に店内に数歩踏み込む。
そんなふたりを見守るのは、許可はしたもののやり過ぎるんじゃないかと不安がぬぐえない俺と、完全に面白がって隣でわくわくしている桜だ。
うしろから一狼の艶めかしい声とウィルさんたちの言い争う声が聞こえてくるが、とりあえず放置。心の中で一狼にごめんと謝っておく。
「それでは雪さん、最初はお願いしてもいいかしら?」
「……わかった」
小さく頷く雪。
雪は見た目はクールな白髪美人お姉さま系なのに、あまり長い言葉を話さないせいか口調は妙に幼く感じる。そのギャップがまたぞくっとするほど魅力的なんだけど……早くデレてくれないものか。まあ、そのためには俺が頑張らなきゃいけないんだが。
明日の討伐が終わったらもう少し訓練時間を増やすかな。
そんなことを考えている俺たちの前で、いつのまにか居合いの構えをとっている雪。そして、なぜか周りの温度が急激に下がったような錯覚を覚える。どうやら不躾な視線を向けてくる魔物たち全部に殺気を放つつもりらしい。スキルとして顕現している雪の【殺気放出】は前にギルドで一度使ったことがある。
そのときはまだ雪は刀の状態でスキルの効果は劣化していたが、その条件で使っても戦闘慣れしている冒険者たちがビクッとして半歩あとずさるくらいだった。
たぶん雪が本気でスキルを使ったら、気の弱い人なら泡を吹いて気を失うかも知れない。野生の動物とかと比べると、本能的な危機察知能力に鈍い人間ですらそうだとすると……。
「……殺」
『ギャギャギャァ!』『キーキー!』『グゲァ!』『グルルゥゥゥ!』『キャイン! キャイン!』『ブルゥオオオオ!』『ガァァ!』『ウキュー!』『ババババァァァ!』『ボフォォォォオォ!』『ドゥドゥドォ!』『ククウゥー!』
ガン! ガン! ガチャガチャ! バサバサ! ドン! ドン!
まあ、こうなるよな。
「ちょ、ちょっと! 皆、どないしたん? ちょっと落ち着いてや!」
突然パニック状態になった魔物たちを見て、さすがに一狼をモフっている場合じゃなくなったらしいマリスさんが慌てて従魔たちに声を掛ける。だが、雪の殺気にあてられた魔物たちはテイムされているにも関わらずマリスさんの指示に従わない。
「さすがですわ雪さん。あなたも心配いりませんから下がっておいでなさい」
雪と入れ替わるように前に出た葵が、慌てふためいているマリスさんを押しのける。
「え? え、なに? どないなってん? な、なんですの若旦那。ちょっと離してください」
現状が把握できずにおたつくマリスさんを、強引に引っ張っていくウィルさんは期待に満ちた目をしながら俺にサムズアップしている。いったいなにをご期待で?
なんにせよ邪魔者がいなくなったということで葵は、にぎにぎしい厩舎内でゆっくりと腕を組んで胸を張る。形の良い胸が押し上げられ胸元から溢れだしそうになるが、葵は気にせず僅かに顎を上げると厩舎全体を見下すように睥睨した。そして、静かに口を開く。
『お静まりなさい』
まさに劇的だった。【威圧】スキルによって紡がれた静かな言葉は、明らかに一瞬前までの喧騒よりも小さい音量だったにも関わらず、厩舎内に染みわたるように響く。その声を聞いた魔物たちはビクッと体を震わせると口を閉じ、動きを止めた。
厩舎に耳が痛いほどの静寂が満ちる。その様子に満足気に頷いた葵は組んでいた腕を解き、右手を目の前へと伸ばす。
『高貴なるわたくしの前に疾く平伏しなさい』
ズザザ!
立て続けに【高飛車】のスキルが発動されると、大小様々な地摺りの音とともに魔物たちが一斉に床に這いつくばり頭を下げた。
……なんというか圧巻の眺めだった。
【威圧】で相手を萎縮させ、間髪を入れずに【高飛車】スキルで上から相手を抑えつけて心を折る。そして心を折られた魔物を【唯我独尊】の支配下に入れてテイムする。葵のこのコンボは決まると多くの魔物を一気に支配下における。でも最近わかったんだけど、葵の性格的なものなのかどうなのか実は最初の【威圧】が効きにくい。
二狼たちのときは、主であったシャドゥラに俺たちごと一緒に魔法で焼き尽くされそうになって、すでに心が折れかけていたから効果が高かった。そのときの経験から、今回は雪の【殺気放出】でまず恐怖を与えて動揺させコンボを決める下地をつくったということだろう。
値踏みするような視線を向けていた魔物たちに一発かました葵と雪は、お互いに目と目で健闘を称えあっているいるようだ。
「な! そんな……私たちの従魔がこないに簡単に、根こそぎ支配を奪われるなんて」
ちょっと異性である俺が見てはいけないんじゃないかと思うほどに、だらしなく口が開いたまま唖然とした表情をしているマリスさん。
まあ、無理もない。普通のテイムは基本的にスキルぶっぱの運頼みか、戦って勝ってからスキルでゲットのポケ〇ン方式のどっちかが基本。そして、そのどちらも1対1が原則らしいから葵のように複数を一気にテイムするようなスキルは初めてなのだろう。
「フジノミヤ様とそのパーティ、新撰組の方々は凄い人たちなのです。マリス、あなたにもわかったでしょう? わかったらちゃんと失礼のないように応対してください」
ふふん、という鼻息が聞こえてきそうなくらい得意気なウィルさん。俺たちのことを自慢できるのがそんなに嬉しいんだろうか。まあ、最近お世話になりっぱなしだし、こんなことで喜んで貰えるなら俺もありがたい。
「はぁ……なんかようわかりませんけど、常識外れな人たちやってのはわかりました。これってちゃんとうちらに支配権かえしてくれるんやろか」
なんだかどんどんインチキ関西人のような言葉遣いに変わっていくマリスさん。まあ、俺の【言語】スキルが勝手に変換しているんだろうけど……ようはこの世界の中での方言のようなものをマリスさんは使っているってことなんだろうな。
「マリスさん、心配しなくても用事が済めば解放しますから」
「そうですか、ではよろしゅうに。そいで、今日はなにをお探しで?」
「マリス、フジノミヤ様は騎乗できる従魔をお探しです。なにかよい魔物は入荷していませんか?」
「騎乗できる従魔となると離れですね、案内します」
俺たちに不審な目を向けつつも、ウィルさんの手前、仕事をすることに決めたらしいマリスさんが床に伏せたまの魔物たちの間を歩いていく。
奥に扉があるのでその先が大きめの魔物を管理している場所ということかも知れない。
マリスさんに連れられてその扉に向かっていると、扉の向こうから缶ぽっくりで歩いてくるような音が聞こえてきてゆっくりと扉が開いていく。
「おいおイ、随分の失礼な客が来たようじゃないカ、マリス」
「グリィンスメルダニア! あんた出てきたらあかんやないか!」
扉の隙間から聞こえてきた声を聞いたマリスさんが、慌てて開きかけの扉を押さえに走っていく。
……っていうか今なんて言った? グリ……名前が長すぎて覚えられん!
「かまわんサ、それよりも外までびんびんと伝わってきた面白い技能の持ち主を見てみたくてナ」
開いた扉の向こうにいたのは長身の人影。逆光でシルエットしかわからないが、かなりでかい……身体は細身なのに身長は領主イザクよりも高いかも知れない。
『我が主、あれは魔物です』
「え、魔物?」
一狼に言われて、改めて人影をよく見てみると確かに上半身は細身の人間だったが、下半身のシルエットがおかしい。くびれた腰の下が太いというより大きすぎるし、足もなんだか細すぎる。
「ケンタウロス?」
思わず口からでた言葉は、地球の神話に出てくる上半身が人間で下半身が馬という半人半馬の種族の名前だ。
「随分と人に近い形の魔物ですわね。しかも明確に言葉を話していますわ」
「あっちゃぁ、ばれてしもうたやないか! なんで出てきたんやグリィンスメルダニア!」
「そう怒るナ、マリス。デミホースなどさして珍しい魔物でなイ」
へえ、デミホースっていう魔物なのか、珍しくないって自分で言ってるけど一応鑑定してみるか。
『グリィンスメルダニア ランク:D+ 種族:デミホースクイーン』
いやいや、全然ただのデミホースじゃないし! 普通に進化後の一狼よりランクが高いうえに、しかもクイーンって! 女だってことも王だってことも意外過ぎるわ!
「んなわけあるかいな! あんたみたいに上半身がそんだけ人間に近いもんも、流暢に人の言葉を喋るもんも魔物の中にはおらん! だからこそあんたは戦う気もなかったのに面白半分に狩られかけたんちゃうんか!」
「ははは! 人間というのは面白いナ。どんなに姿かたちが似ようとも私は魔物ダ、それなのに見た目が人間のメスに似ているというだけで私も性欲の対象になるというんだからナ」
笑いながらカッポ、カッポと足音を鳴らし厩舎に入ってきた。さっきの缶ぽっくりの音はこれか。
それにしても……えっと、グリィンスメルダニア? は、確かに褐色の肌に褐色の髪を垂らしたスレンダー美人だった。下半身が馬でさえなければ確かに口説きたくなってもおかしくない。
「いったいどうやってコトに及ぶつもりだったのだろうナ」
苦笑を浮かべるグリィンスメルダニア。まあ……確かに立派なヒップだけど馬とは無理だよなぁ。
「また、あんたはそない暢気な……」
「マリスは心配性だナ、それよりも馬が必要だと聞こえたガ?」
「え、ええ。こちらのフジノミヤ様が2人を乗せても足が衰えず体力も続くような馬を3頭探しています」
ウィルさんもグリィンスメルダニアのことは知らなかったっぽいけど、そこは行商で鍛えた生粋の商人だ。僅かな動揺は見せたもののしっかりと用件を伝えるあたりはさすがである。
「ほウ……先ほどの技能はそちらの御仁ガ?」
俺の顔を興味深げに見ながらグリィンスメルダニアが聞いてくる。俺よりもかなり目線が高いのでこっちは見上げる形になるので長く話していると首が痛くなりそうだ。
「いえ、私ではなくこちらの葵が」
「そうカ、ここの人間たちが使ってくいる技能は、抑えつけようとする【調教】、媚をうってくる【馴致】がほとんどだガ、それらとは違って新鮮な感じだっタ。まあ、『面倒見てやるからついてこい』という感じは私の好みではなかったガ」
どこか残念そうに息を吐くグリィンスメルダニア。それをみたマリスさんがグリィンスメルダニアの手を取る。
「ちょっと、グリィンスメルダニア。なにを考えて……あんたは従魔にはなりたくないんじゃなかったの? だからこそ、ここの会員のどんな技能も受け入れてこなかったんやろ」
「そうだったんだがナ、さすがに何百日もここにいるのに飽きてきてしまってナ……面白い技能を使う者がいたから場合によってはと思ったんだガ」
そのあと聞いた話によると、グリィンスメルダニアは店を立ち上げたばかりのマリスさんたちが、従魔を増やすための旅の途中で盗賊に囲まれていたところを助けたらしい。
まあ助けたと言っても、女性が襲われていると勘違いして止めに入ったものの返り討ちにあいそうになってグリィンスメルダニアに逆に助けてもらうはめになったみたいだけど。
そのときのグリィンスメルダニアが魔物として追われることや、女として狙われることに疲れていたのでマリスさんが、自分たちの店の厩舎に匿うことを提案し、今に至るらしい。




