雪無双
「来たな。フジノミヤ!」
翌日、レイトークの領主館を訪れた俺たちは、そのままミモザに領主館の中庭にある練兵場に連れていかれた。中庭といっても、もともとそのために作られている空間らしく、壁は高く頑丈でちょっとした魔法をぶっ放しても問題ない場所らしい。
扉を開けて練兵場に出ると、いつのまにか俺に敬称すら付けなくなった領主イザクが、腕を組んで仁王立ちしていた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
今回は俺が戦う訳ではないので、正直いえば気楽である。イザクの後ろにはいつものメイド姿のミモザ、鎧は着ていないが大きめの盾を持ち、長剣を腰にさげた四十絡みの黒髭のナイスミドル、ローブに身を包んで魔石を嵌め込んだ短杖を手にした、白髭を伸ばした初老の男性が控えている。おそらく黒白ひげコンビのふたりが、昨日言っていた近衛隊長と魔術師団長だろう。
さらに、その後ろにはまだ若い兵士たちがピシッと整列して並んでいた。その数は30名ほどだろうか? 見た感じどの人もそこそこ鍛えられているっぽいので、隊長格とかそれに準ずる人、将来を有望視されている人とかなのかも知れない。
対してうちのメンバーは、システィナと蛍、葵、雪、霞、陽、四狼、そして九狼。残念ながら朝の段階では桜は戻ってこなかった。なので、一狼も留守番である。帰ってきた桜に確実に事情を伝えられて、桜の移動速度についていけるのは刀娘以外では一狼くらいしかいない。
ということで、ほぼフルメンバーでの出陣。桜と一狼がいれば、まさに完璧だったがこのメンバーに囲まれた俺の安心感といったら、羊水に包まれる胎児のごとくである。
「ふん、その余裕もいまのうちだぞ。わが軍を侮辱したことを後悔させてやろう」
それって、典型的なやられフラグなんじゃなかろうか。ていうか、イザクの豪放磊落で鷹揚な脳筋系領主という、俺が最初に抱いていたイメージがどんどん崩れていくなぁ。脳筋系だけは補強されていくけど、鷹揚なイメージは今やほぼない。自分が鍛え上げた軍に対する自負が強すぎるんだろうけど……言い方は悪いかもしれないけど、自分が手塩にかけたペットとか蒐集品を馬鹿にされて腹を立てているのとレベルが変わらない気がする。
「お手柔らかにお願いします。あ、ちなみに私の侍祭は高位の回復術を使えますので死ぬほどの怪我じゃなければなんとかできると思いますから安心してください」
「ぐぬ! お前がこんなに生意気な奴だとは思わなかったぞ、フジノミヤ」
いやいや、こっちはそれなりに最大限の礼儀を払って、譲歩もしているのに、わかってくれないんだから仕方ないと思う。あとは、せっかくの決戦前に怪我したくないから手を抜いたとか言われると面倒だから外堀を埋めただけで生意気とか言われても困る。
「とにかく、始めましょう。そちらの一番手は誰ですか?」
「……いいだろう。グレミロ!」
「はっ!」
イザクの声に応えたのは、近衛隊長と思われる人だった。頭に血が上っていても、うちのメンバーがうしろの兵士たちにどうにかなる相手じゃないことくらいはわかるらしい。
「どうやら治療には自信があるらしいから、手加減は不要のようだ。存分に励め!」
「承知いたしました、イザク様」
グレミロはイザクに一礼すると、前へ出て長剣を抜いた。
「ソウジロウ様、私がいきましょうか?」
「こらこら、システィナはダメだって。なにかのときにはすぐに回復術を使って貰わなきゃならないんだから」
「そうですか……ちょっと残念です」
本当に残念そうに肩を落とすシスティナは、それはそれで可愛いけどシスティナまで刀娘たちに引っ張られてバトル好きになられちゃうと困るぞ。
「雪、お願いできるかな?」
「……いいの?」
雪のうしろで、蛍が恨めし気な視線を向けてくるがそこにはあえて気づかない振りをして、雪の問いかけに頷きを返す。
「うん、雪が適任だと思う。ガツンとかまして構わない。ただし、敵じゃないから殺さないこと」
「……わかった。ありがとうソウジロ」
この大事な戦いで、まだ新参の自分が選ばれるとは思っていなかったのか雪は嬉しそうだ。
「刀はアイテムボックスから取り出したみたいにしてね」
「……えっと、こう?」
昨日、ディランさんに貰っておいた雪用のアイテムボックスをすでに雪には渡してある。雪はそこに右手を突っ込んで、中で清光を手に出してから引き抜く。
うん、これなら中から武器を取り出したように見える。まあ、いまのところ向こうは雪に注意を払っていないから普通に変化させても問題はなかったかも知れないけど、こうしておけば見咎められたときに言い訳がしやすい。
ディランさんたちの話では、そろそろ各領主にはベイス商会経由でアイテムボックスの情報が流れていてもおかしくないからね。
「がんばって! 雪姉様」
「……ん、陽、見てて」
「はい!」
本当に僅かに口角を上げた雪は、かるく陽の頭を撫でてから前へと出ていく。
「本当に女性であるあなたが、私の相手をするのですか? 私としてはあそこで見ている男性と戦いたいのですが」
グレミロが刀を持って出て来た雪を見て、女が相手ということに拒否感を示してる。近衛の隊長ぐらいになると家柄もいいのか随分と紳士的だ。
「……問題ない。あなたよりも私の方が強い」
「……なるほど、リーダーがあれならメンバーもこれか。最近冒険者などと言われるようになって、ちょっと調子に乗っているようですが、もっと謙虚さが必要ですね」
グレミロの表情が変わり、盾を構えて重心を落とす。どうやらやる気になってくれたらしい。どうせやるなら本気でやってくれないと困るからね。グレミロの構えを見る限りでは、近衛らしく場を死守する戦い方を得意とするらしい。ゲームならきっとタンク役だろう。
「開始の合図は?」
「よし、私がかけよう。構わないな? フジノミヤ」
「もちろん、構いません。お願いします」
イザクは頷くと静かに右手を上げた。
「双方、準備はよいな……はじめ!」
イザクの合図とともに動いたのは、もちろん雪だ。今回は平突きの構えは取らずに一気に間合いを詰めるとグレミロの盾へと斬りつけた。相変わらずの早業だ。
だが、さすがに盾を斬ることはできなかったようで、その斬り込みは硬質な音とともに防がれる。
「く、なかなか重い一撃。こんなところに出てくるだけのことはある、次は私の…………いない?」
グレミロが初撃を受け止めたので、攻撃をしようとしたのだろうが、もちろんいつまでも雪はそこにはいない。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「グレミロ!」
そして、雪を探して視線を巡らせようとした時には勝負は決まっていた。
「……盾、危ない。死角が多い」
グレミロの背後から右肩を貫いた雪が、静かにグレミロの敗因を告げる。
今の動き、俺たちは離れていた位置から見ていたからなんとか視認できていたけど、グレミロには本当になにも見えていなかっただろう。
グレミロの盾を斬りつけた雪は、相手の注意が盾に集中した瞬間に桜に教わった緩急の動きを使って急加速すると、盾の死角から一気にグレミロの背後に回っていた。おそらく近衛なのだから本来は鎧を着用しているはずで、鎧があれば一撃で決まることはなかったと思うが……右肩を貫かれてはもう剣は振れないだろう。
まずは一勝だ。




