領主みたび
リュスティラさんたちの工房を出た俺達三人は、これからまた領主イザクに会いに行くためにフレスベルクの転送陣からレイトークへと跳んだ。
いつも領主に会うからといって服装などを気を使ったことはないが、今日はディランさんのおかげで生まれ変わった学生服を着ている。学生服といえば学校だけではなく冠婚葬祭にも対応できる完全無欠の装備……なのだが日本の学生だった俺の認識では短ラン、ボンタンは決して礼装ではない。
この世界では問題ないはずだとは思っていても不良のイメージが強いためちょっと気後れしてしまう。いっそまた着替えようかとも思ったんだけど……
「そんなことありませんわ主殿、ほどよくわいるどで素敵ですわ」
「愚か者。あれだけの防御力を誇り、動きを妨げず軽量な装備をわざわざ脱ぐ馬鹿がどこにいる」
対照的な対応のお姉さんたちに止められたため、着替えることは諦めて短ランボンタンに閃斬を左腰に差したスタイルで面会に臨むことにした。まあ、冒険者なんて結局はならず者のイメージだし別にいいか。
そんなことを考えつつレイトークの転送陣から領主館へ向けて歩いていくが、どうにも町の中の雰囲気がおかしい。なんだかいつもより通りを行きかう人が少ない気もするし、いつもはそこらに開店している露天の店も出ていない。
「なんか寂しい感じな気がするんだけど?」
「……人がいない訳ではないな。どうやら家の中に籠っているだけのようだが」
ピーーーー!!
『今度はあっちに出たぞ! 今動けるやつは向かえ!』
『わかった! 種類はわかるか?』
『低層のパペット系だ!』
『おっと、それなら俺たちには相性が良くない。お前たち頼めるか?』
『了解! それならあっちのウルフ系は任せる』
『任せておけ! さあ稼ぎ時だお互い頑張ろうぜ!』
突如鳴り響いた笛の音と、一本隣の路地から聞こえて来た会話を聞いて俺たち三人は目を見合わせた。
「どういうこと?」
「さあな。だが、どうやら街の中に何体か魔物がいるようだが」
尋ねる俺にちょっと周囲を見回して気配察知を広げたらしい蛍が何でもないことの様に答える。いやいや、それは結構大ごとなんじゃないだろうか。
「塔から魔物が溢れてきたってことかな?」
「その割には街が落ち着いている気がしますわ。退治に動いている方達にもあまり悲愴感はありませんでしたし」
でもわたくしは怖いですわと言って寄り添ってくる葵(もちろん演技だ)をよしよしと撫でながらちょっと考える。確かに街は人通りは少なくなっているけど……逃げるとか立てこもるとかそんな感じじゃない。今まで俺たちは遭遇したことなかったけど、元々塔からはたまに魔物が出てくるはずだから意外とこんなことはよくあることで、しばらくすれば収まるようなその程度の話なのかもな。
「ま、その辺りの話も一応領主館の方で聞いてみればいいか」
「そういうことだ。さっさといくぞソウジロウ」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
なんだかいつ来てもバタバタしているなこの領主館は。
領主館に着いた俺たちはそろそろ守衛さんたちにも顔を覚えて貰えつつあるようで門前払いのようなこともなく、いつもの応接室の方へ通されたのだが……いつもの通り外ではバタバタと慌ただしい。
一度目は桜がベッケル家のなんとかってクズを暗殺した後で塔の階落ちの件だった。2度目は今回の件の端緒となったレイトーク幹部の暗殺事件の渦中だった。まあ、領主館なんてなんかどうしようもない事情でもなければちょいちょい来るような所でもないからある意味当たり前ともいえるか。
「おお! 来たな! フジノミヤ殿!」
結局何度注意されても治らないらしく応接室の扉を力一杯開けながら大声でどかどかと入って来たのは、もちろん髭面筋肉なおっさん。レイトーク領主イザクだ。
「旦那様……馬鹿にはわからないと思いますが扉は静かにお開けください」
「うむ! とうとう悟りを開いたなミモザ!」
どこか諦めの見える表情のミモザのこめかみに十字のマークが見えた……気がする。
「一応言いますが……声も抑えてくださいね~イザクちゃま。わかりまちゅか~、こえ、おさえる、ちいさく、はなす。子供でもわかりまちゅよ~」
おお、とうとう振り切ったなミモザさん。完全に領主であることを考慮しなくなった。
「がははは! そんな口調で話しかけられたのは昨晩の妻との会話ぶりだ! たまに妻以外から言われるのも悪くないものだな」
うわぁ、いらない情報でたよ。その図体で夜は赤ちゃんプレイとか……この領主すげぇ。しかも客の前で普通にカミングアウトしてるし、領主の威厳的なものとか風聞的なものは気にしないのか?
「ん? ああ、この程度は問題ない。儂と妻との仲睦まじさは街でも有名だからな。皆の間でも公認だ」
「は、はぁ……」
俺の表情に気がついたのか、がははと笑いながら胸を張るイザクだがそれでいいのか。
「すいませんフジノミヤ様、私が招いた事態ではありますがど・う・かこのことはご内密に。仲睦まじいのは確かに周知ですが、そんな変態プレイは周知されておりませんので。私もまさかこんなところで、こんなとんでもない罠を踏むとは思いませんでした」
イザクを押しのけ俺たちに向かって頭を下げるミモザ。まあ、さすがに夜の寝室でのプレイが街の人たちにまでオープンになってる訳はないよな。この娘、本当に苦労してるなぁ……これで斥候隊も管轄してるっていうんだから大したものだ。でも同じ孤尾族として、うちの霞だって負けてないと思うけどね。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから安心してください。それよりそろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
「おお! そうであったな。話を聞こう。一応、そなたらの斥候からうちの斥候経由で村の話は入って来ている」
イザクは頷くと大きな体を対面のソファーに沈める。ミモザはイザクいじりは一旦休止にしたのか静かにイザクの背後にまわって控える。
それにしても、俺が思っていた以上に現場の斥候同士ではうまく連携が取れているらしい。斥候は敵地の近くで潜むような危険な仕事だ。味方とうまく連携が取れていないと危険なことこの上ないからひとまず安心だ。
「わかりました。それでしたら話は早いと思います。現在その村に戦力が集中しつつあるということも?」
「うむ、聞いている」
「では、いつになりますか?」
ここで『いつ』と聞けばこの領主なら俺が何を聞きたいのかは理解できるだろう。
「現在、兵を目立たぬように少しずつ外に出している。二日後の昼、この館を監視している者達を処分したあと私と直属の兵は街を出て一気に目的地へ走る。その動きに合わせて先に街を出て進路付近に伏せていた兵たちが集まることになっている。全軍が揃って村の近くに到着するのは同日深夜になるだろう」
『ほう……こう見えてもなかなか策士ではないか』
『本当に意外ですわね。何も考えずに全軍で街を出るのかと思っていましたわ』
こらこら、といいつつ確かに俺もそう思ってたけど。蛍と葵もまあ『意思疎通』で話すくらいは弁えているから別にいいけど絶対声に出さないようにと釘を刺しておく。
「わかりました。私達も動きは合わせるつもりでいます。ただし、私達は冒険者ですし正規の軍とは相容れないと思いますので単独行動をすることをお許し願いたいのですが」
「ほう……ミモザ、どう思う?」
俺の提案に指揮官の顔になったイザクは髭を撫でながら背後のミモザに振り返らずに声をかけた。
「正直に申せば、あまり賛成できません。フジノミヤ様たちの実力を疑うつもりはありませんがこちらの作戦行動に支障が出る可能性が拭えません」
「と、いうことのようだが? そもそも何をするつもりだ」
まあ、一軍を預かる身としてはそうなるか……こんな時にシスティナがいると助かるんだけど今日は頑張って俺がやらなきゃな。
「私達が得た情報の中に聖塔教は独自に未登録の転送陣を持っているというものがあります」
「なに? 転送陣」
「はい、確定情報ではないため伏せていましたが教団の人員の動きから間違いないと私たちは判断しています。そこで私たちはレイトーク軍の戦闘の隙をついて潜入して転送陣を破壊し退路を断ちたいと思っています」
髭を撫でながら鋭い眼光で考えこむイザクの返答を待つ。俺たちとしては戦闘に巻き込まれてメリスティアさんが幹部と勘違いされて殺されてしまっては困るし、転送陣をレイトークに確保されて御山の存在が露見してしまうのもうまくない。俺たちにとっての最善は正面戦力をレイトーク軍に受け持ってもらい、その間に裏から侵入しメリスティアさんを救出後、退路を断つためだったという名目で転送陣を破壊することだ。
「…………駄目だな」
「理由を聞いても?」
そう言われる可能性はあると思っていた。問題はここからどうやって単独行動を認めさせるかだ。
「まず、お前たちだけでそんな重要な場所まで辿りつけるとは思えん。無駄死にはさせたくない」
なるほど、俺たちのことを考えてくれている。という訳では無く実力をそこまで信用していないということか、変に戦場を掻き回されたくない……と。
「次に、どんな場所に繋がるものであったとしても転送陣は貴重だ。破壊前提の作戦は許容できない、破壊してしまえば幹部がその前に逃げていたとしても分からなくなってしまう」
やっぱりそうだよな……転送陣は時間さえあれば作れるというような物じゃない。何個も作ってその内の一個がたまたま何かしらの条件を満たして完成するという運任せな魔道具だ。移動手段が限られるこの世界においてその価値は計り知れない。こりゃ失敗したかも……転送陣の話は伏せておいても良かったか? でも退路を断つという言葉に説得力を持たせるには必要だった気もするし。
「最後に……申し訳ないが多数の命がかかっている。完全にお前たちを信じている訳では無い現状、戦場で目の届かぬところにいかれるのは承服できん」
……ここで実力だけでなく俺たち自身の信用性か。さて、どう説得するか。
目の前で、どっしりとした岩のような存在感を放つイザクは、自らの拒否の言葉に対する俺の返事を待っている。領主としての立場なら、俺たちの意向なんて無視するだけの力がありそうだが、あからさまにそれをするのはいらぬ反感を買うとでも思っているのかもしれない。
それが、それなりに街に貢献している俺たちとの関係を悪化させたくないためだと考えれば、説得の余地はありそうな気がする。だが、交渉事に関しては俺よりも領主として、街を治めてきたイザクの方に分があるだろう。だから、下手に交渉を長引かせて丸め込まれる前に、まず俺たちの決意をしっかりと示しておくべきだろう。
「レイトーク領主としてのご意見はわかりました。ですが、私たちの要求は変わりませんし、妥協する気もありません。そもそも、一連の暗殺事件の犯人が聖塔教だと教えたのも私たちですし、隠れ村の存在を発見したのも私たちです。勿論、私たちには私たちの思惑があってのことですが、私たちの要望が通らないのならレイトークの力を借りようとは思いません。勝手に動くだけです」
「さっきも言ったが、多数の兵士たちの命がかかっている。領主である私が、それをさせると思うか?」
対面にいるイザクの体から俺たちを威圧するような、なにかが放たれた……ような気がする。闘気とか殺気とか気迫? のようなものだろうが、これが結構怖い。この世界に来たばかりの俺だったら普通に腰を抜かして震えていただろうレベルだ。
だが、何度か修羅場を経験した俺はなんとか平静を保つことができた。ここでうろたえたらつけこまれてしまう。と思った瞬間、俺のうしろに立っていた蛍と葵からも濃密な威圧感が放たれる。こっちは俺に向けられたものではないうえに、どこか俺を守るような感じがしてイザクの威圧から俺を守ってくれている。
逆に蛍と葵の威圧を受けたイザクは、一瞬だけ表情を動かしたがふたりの威圧を押し返すように威圧をする。そして、イザクのうしろでも蛍たちの威圧に危機感を感じたのか、ミモザが針のような殺気を放ちつつ右手を背後に回している。おそらく武器が仕込んであるのだろう。
まさに一触即発。ひとり凡人の俺には針の筵だが、これで俺たちが本気だということがわかってもらえたはず。
ぱん!
「そこまでにしましょう。わたしたちはレイトークとことを構えたい訳ではありませんから」
「む……」
俺は天井知らずに高まっていく緊張感を、雲散させるべく手を打った。誰もここで争いたいとは思っていないはずなので、なにかのきっかけがあれば雰囲気を変えられると思ったのだがうまくいったみたいでよかった。本当に戦いになったら、一番弱いだろう俺の身が一番危ない。
「私たちがやろうとしていることは変えられません。理由は言えませんが、私たちにとってどうしても必要なことなので、これは確定事項です。ですが、レイトーク側の意見も理解はできます。ようは、そちらの不安要素を私たちのほうで解決すれば問題はない、ということですよね」
「ほう、どう解決するというのだ」
威圧を解除したイザクがソファに背を預けて髭をしごく。
「まず、私たちの信用に関してですがこれは簡単です。以前こちらに同行していた仲間のひとりは私の侍祭です。『レイトーク軍が村を壊滅させるにあたり不利益な行動は取らない』ことを侍祭契約で誓わせてもらいます」
「なるほど。そうではないかと思ってはいたが、やはり侍祭だったか。ふむ、契約者であるフジノミヤ殿が、侍祭契約までかわすというのであれば、信頼せぬわけにはいかぬか……」
やっぱりそうなるのか。
毎回思うけどこの世界における侍祭の信頼度が半端ないな。それだけに今回の一件は、なるべく早く完璧に解決しないといけない。でないとステイシアみたいな事例が、いつまた起きないとも限らない。そして、そういった事例が増えて世間に知られていけば侍祭という職に対する信頼度は一気に地に落ちるだろう。
侍祭の信頼度が落ちることが、この世界にどんな影響を及ぼすのかはわからないが、人々にこれだけ大きな影響力を及ぼしているということは、決していいことにはならないだろう。
「転送陣に対しては、制圧はしますがなるべく破壊はしないように気を付けますし、先ほどの条件で契約をしておけばそれで安心して頂けると思います」
「……まあ、いいだろう」
さすがにひねりが無さ過ぎたか? こっちの思惑に気付いているような気もするけど、とりあえず要求さえ通ればいい。
「最後に私たちの実力に関してですが……」
いったん言葉を切り、口元にほんのちょっぴり挑発の笑みを浮かべる。
「実際に目で見て、体感したほうが早いですよね」
びくり、とイザクの体が震えたのがわかる。領主としての厳格な表情が崩れ、獰猛な笑みがこぼれる。
「ほう……それはどういう意味だ? フジノミヤ」
敬称を付けることも忘れ剣呑な声を出すイザクとは、なるべく対照的になるように、軽くなんでもないことのように俺は対応する。
「言葉通りですよ。私の仲間と、レイトークの精鋭、1対1で手合わせをしましょう。どんな戦い方をする人が、何人出てきても構いません。私の仲間が負けることはあり得ませんから」
「なんだと? 言ってくれるではないか……私が覚えている限り、お前の仲間とやらは全ておなごだったはずだが? 私が手塩にかけて鍛えた精鋭がそんな細腕の女どもに適わぬとでもいうのか?」
「イザク様、落ち着いて下さい」
イザクは領主である前に武人。それが俺の感じた印象だ。そして武人であるならば、ここまで虚仮にされたら黙ってはいられないはず。そう考えた俺の挑発に、イザクはミモザの制止の声にも耳を貸さず想像以上にあっさりと乗ってきた。
「はい」
「く、…………い、いいだろう、その挑発受けてたとうではないか」
ぴくぴくとこめかみを震わせながら、イザクは承諾の言葉を絞り出す。
「では、その勝負に私たちが勝ったら」
「構わん! お前たちの単独行動を認めよう」
よし! うまくいった。イザクの後ろでミモザが天を仰いだ。あの娘にはまた面倒をかけるだろうけど、勘弁して貰おう。
「では二日後の決戦に間に合うように、勝負は明日の午前中でいいですね。そちらのメンバーはもう決まっていますか?」
「先発隊はもう出立しているからな、まだ街に残っているもののなかから近衛隊長と、魔術師団長、あとはその時にならんとわからん!」
「わかりました。では、明日は私たちも仲間を全員連れてお伺いすることにします」
刀娘たちの力を信じているがゆえの強引で人任せな交渉だったが、武人であるイザクは勝負にさえ勝てばその約束を違えることはしないだろう。




