覚醒
翌朝。いつのものように気持ちよく起床した俺たちはすぐさま行動を開始。といっても朝一番で出かけたのは聖塔教の村を調査にいく桜だけ。
システィナと霞、陽は早朝から屋敷で忙しく動きまわっていて、俺と蛍、葵、雪、狼達は日課の訓練に午前中を費やす。蛍と雪が実に楽しそうに打ち合っていたのがなんとなく怖かったのは内緒だ。
汗を流したあとは、システィナと霞、陽は雪を連れて雪の部屋に必要なものなどを買い出しにいってもらう。今日はディランさんのところにもいくので装備の発注という案もあったんだけど、いまは発注しても聖塔教との戦いには間に合わない可能性が高いので差し当たって必要な装備は今日の買い出しで見繕って貰えるようにシスティナにお願いしておいた。
残った俺と蛍、葵はディランさんのところに顔を出してからレイトークに移動して領主イザクに、昨日桜から聞いた話を伝えて侵攻作戦の詳細を詰めなくちゃならない。まあ基本はレイトーク軍にお任せで俺たちはその裏で好きに動かせて貰えるように交渉する。軍勢として動くにあたって俺達だけ勝手な動きをするのを認めてもらえるかどうかは微妙なところだけど、今回の件に対する俺たちの働きは無視できないはずだし実力も示してきたはずなのでなんとかなるんじゃないかと思ってはいる。
本音をいえば、交渉術持ちのシスティナについてきてもらえたらありがたかった。だから、雪の買い物を後日にするということもできなくはなかったけど、今日は霞と陽を労う意味でも2人を街に連れ出して買い物や買い食いなどで楽しく過ごさせてあげたかったし、同時に雪にも人の体での楽しみを体感してもらいたかった。
そのための引率としてはやはり刀娘である蛍や葵よりも、システィナが適任だった。システィナには脳内ぐるめなびも実装されてるしね。まあ、もっとも大きな理由としては、まがりなりにも新撰組のリーダーという位置にいる以上はこういった交渉ごとにもちゃんと対応できるようになったほうがいい…………と、蛍に発破をかけられたからだったりする。
今日は買い出し班が買い食い前提のため、昼食は俺の分だけ。俺が食事をする前に買い出し班は出発していった。霞と陽がとても楽しそうだったのでこの割り振りで正解だった。突然増えた雪の説明については今朝の段階で刀娘の秘密と俺の能力についてはふたりに説明をした。
ふたりともとても驚いていたが、そもそも魔法があるような世界に生きていることに加えて、うちには秘密があるということは最初から伝えてあったし、うっかりしゃべってしまうかもという心配も首輪の呪縛のおかげで全くなかったので比較的あっさりと受け入れられたようだった。もちろん刀娘達がふたりを猫かわいがりしていたせいもあるし、刀が人になるということがどんなに不思議なことであってもいままでの生活で刀娘達が危険ではないことをすでに理解してたのも大きかった。
ついでにふたりにはうっかり秘密を漏らすようなことはもうないと自信がついたときに自己申告してくれればいつでも奴隷の首輪からは解放すると伝えた。もともといつか外してあげるという約束だったのが自分たち次第でいつでも外してもらえるという形に変わったことになる。
霞も陽もここにいる限り首輪があっても全く問題がないらしく、うっかり予防にもうしばらくつけておきますと笑っていた。
そんなこんなで結局俺たちが最後に出発することになったので、システィナが作っておいてくれた昼食を食べたあと、一応戸締りをしてから鍵を一狼に預けて屋敷を出る。そのまままっすぐディランさんの店へと向かう。
「今日は例の学生服とやらの件か?」
「うん、魔力が使えない俺でもあの短ランとボンタンに魔力を通せるようにいろいろ工夫してくれたみたいなんだ」
フレスベルクに入り、店へ向かう途中で蛍が話しかけてくる。学生服をディランさんに預けたとき蛍は屋敷にいたからその経緯を知らない。
「魔力を通すとかなりの防御力になるようだな」
「あれはかなりのものだと思うよ。ディランさんの腹パンがちょっと押されたくらいにしか感じなかったからね」
「ディランがあれをどう仕上げたのかが楽しみですわ」
「待たせた。まずはこいつを返す」
綺麗に畳まれた俺の短ランを火傷やタコなどでごつごつになった無骨な手の上にのせてディランさんが差し出してくる。
「はい。どうでしたか?」
それを受け取りつつ、ちょっとわくわくしながら短ランを受け取る。ただ見た目は特に変わっていないように見えるんだけど。
「ああ、うまくいった。そこのボタン、だったか? そいつは見た目はあまり変わらないように加工したが全部魔石にしてある」
「あら、本当ですわ。五つの前ボタンと袖のボタンも魔石ですわね」
脇から出て来た葵が短ランのボタンを触りながら頷く。
「その、ボタンって技術も凄いね。それだけで服関係の世界に大きな変革がおきるよ。これに関しては隠せるような技術でもないから私らも好きにやらせてもらって、その結果としてボタンは広まると思うけどいいかいソウジ」
「ええ、構いません。うまく儲けられるようなら活用してください」
確かにこの世界では服といえば基本的に頭から被って着る貫頭衣が主流でボタンのついたシャツとかは見たことが無かった。そのボタンという考え方を武器防具や魔道具を作る職人であるディランさんとリュスティラさんがどう活用しようとしているのかはとても興味があるが、今は別の話だ。
「ディランさん、これを着れば俺は魔力の通った状態の短ランを着ていることになるんですか?」
「ああ、だが1つ注意がある。各ボタンの魔石を裏地に施した刺繍の魔力回路で繋いで循環させることにしたがやはり外付けには限界がある。そのため強い攻撃を受けると一気に大量の魔力を消費してしまうためボタンが弾ける。全部吹っ飛んだら普通の学生服に戻るから気をつけてくれ」
なるほど……だけどそれならそれでわかりやすい。ようは全部のボタンが取れるまでは防御力は下がらないということだ。
「ソウジロウ、ちょっと着てみろ。試してみよう」
「え? 試すって……俺が攻撃を受けるってことだよね」
「当たり前ださっさとしろ。勿論手加減はしてやる」
どこか期待に満ちた目で実験しようとしている蛍がちょっと怖い。だけど、実際の効果の確認はしておかなくてはならないのは確かな訳で……くそ、やるしかないか。本当にちゃんと手加減してくれよ。
いざ着るとなれば学生服を着るのは慣れたもの。短ランのボタンをさくっと外し、回すように袖を通す。
「いくぞ!」
「ば、ちょ!」
さてボタンを留めようかと思った瞬間、俺の背中に蛍丸の峰打ちが打ち込まれた。
「…………あれ? あんまり痛くない」
完全な不意打ちでなんの準備も出来ずにあっさりと攻撃を受けたけど、思っていた衝撃がほとんどない。
「ほう、ソウジロウの顔を見る限りこれはなかなかのものだな。下手な鎖帷子などを装備するよりよほど性能は良さそうだし街中へも普通に着ていけるから面倒がない」
しきりに頷いている蛍にはいまさら言っても無駄だろう。ただ気持ちはわかる。これは間違いなく神装備だ。一応ボタンを留め……あ。
「一番上のボタンがない……」
「……まさかボタンを1つとばすほどの攻撃を試しで打ち込むとは思わなかったな。ほら持って行け」
ディランさんが呆れたように溜息を漏らしながら小さな布袋を渡してくる。
「これは?」
ディランさんに貰った袋の中を見ると、学生服のボタンと裏ボタンがじゃらじゃらといくつか入っている。おお、予備の分まで準備してくれているなんてさすがはディランさんだ。
「ありがとうございます。ディランさん、リュスティラさん」
「あ、ソウジ。短ランの裏から紐が出てるだろ2本。そいつをボンタンとやらの腰紐にでも結んでおきな。それでボタンの魔石の魔力がボンタンの方へも流れるようになる」
「腰紐? ああ、ベルトのことか。わかりました、なにからなにまでありがとうございます」
「構わん、面白い物を見せてもらった」
ディランさんはどこか機嫌が良さそうなので本当にそう思っているんだろう。そしてふたりならきっと似たような装備をいつか作り出すような気がする。
それにしても戦いを前に役に立たないと思っていた神様から貰った服がこのタイミングで覚醒して大幅に防御力がアップしてくれたのはありがたい。
さらに雪も擬人化して戦力も一気にあがった。これでこちらの戦いの準備は整った。あとは自由に動けるように領主イザクを説得するだけだ。




