偉人を越えろ
「ちょ、ちょっと待って! 本当に俺と雪で戦うの?」
予想だにしなかった蛍の言葉にあわてて抗議の声をあげるが、蛍と雪の目はこのうえもなくマジだった。あれは返事を待つまでもなく逃げられない目だ。
く、雪を信じていないわけじゃないけど、逃げられないならせめて身の安全は確保させてほしい。
「……俺の条件は?」
「さすがに重り付きとは言わん。年増、完全解放じゃなく今のソウジロウに無理のないレベルまで解除してやってくれ」
「よろしいのですか主殿?」
葵は俺の腕にしがみついたまま下から問いかけてくる。どうせ桜はおもしろがって見てるだけだろうから刀娘の中では葵だけが俺の心配をしてくれているということか。この戦闘大好き娘たちめ!
まあ、でも腕輪を解除してもらえるならある程度は戦える可能性はあるか。刀娘たちにも頑張っているところは見せたいし……はぁ、やるか。
「うん、拒否権はなさそうだしそれでやってみるよ」
「ご主人様、無理はなさらないでくださいね。なにかあればすぐに駆けつけますから」
システィナは心配そうな顔をしながらも俺が怪我をする前提で、いつのまにか魔断をアイテムボックスから取り出して装備している。まあ、システィナの場合は心配しつつも蛍さんたちを止められないと理解しているからこその次善策ということだろう。
「ありがとう葵、システィナ。どうせ蛍は止まらないし、まだ雪にもちゃんと認められてない気がするからね……ちょっとはいいところ見せないと。葵、お願いできる」
「主殿がそうおっしゃるならわたくしも止められませんわ」
葵は小さな溜息をつくと、俺が装備している重結の腕輪×4に込められた魔力を調整してくれた。葵の調整と同時に俺の手足を重く縛っていた重結の腕輪の効力がほぼなくなる。日々の訓練のおかげで鍛えられた俺の体は完全解放してもらっても少しなら戦えるようになってきているけど模擬戦でそんな無理をする必要はない。
軽く飛び跳ねつつ体の状態を確認して、屈伸、伸脚、前屈、上体反らしなどで体をほぐしていく。
「よし、雪。ソウジロウは魔力が使えない体質だ。属性刀は使わずに立ち会え」
「…………わかった」
それは正直ありがたい。葵を持ってない状態だと魔法系の攻撃に全く耐性がないっから属性刀とか使われたらぶっちゃけ逃げるしかない。
さて、それはいいとしてどうしようか……雪の速さはこのままだとちょっと荷が重い。辛うじて見えても体がついてこない可能性がある。腕輪の効果が弱くなっているいまならぎりぎり対応できるかなとも思うけど……
よし。それなら思い切ってこいつを使おう。
『巨神の大剣 : 封印状態(微)
ランク : C++
錬成値 : MAX
吸精値 : 0
技能 : 頑丈(極)
豪力+
重量軽減
共感(微)
所有者 : 富士宮総司狼 』
俺はアイテムボックスに鞘ごと突っ込んであった巨神の大剣を取り出す。
「ほう、あえてそいつを使うのか? ソウジロウ」
「迷ったけど雪の速さと攻撃に対応するのには、意外とこっちの方がよさそうだからさ」
普通に考えれば閃斬の方が扱いやすそうに見える。でも巨神の大剣はその名の通り大きな剣だけど重量軽減と豪力+がついているから見た目よりも取り回しが楽な武器なんだよね。それに、頑丈(極)の効果がもちろん装備者にも及ぶためちょっとした防具を身に付けている程度の効果が見込めるのも選んだ理由だ。
「よし、準備はいいな。始めるぞ」
蛍に言われて慌てて巨神の大剣を構えると対峙する雪を見る。雪との間合いはおよそ5メートル、今回の対戦では、あえてなのか四度平突きの構えで切っ先を俺へと向けている。
綺麗すぎる雪の顔が殺気を帯びるほどに真剣過ぎるような気がするんだけど……ちゃんと手加減してくれるんだろうな。
「はじめ!」
蛍の声と共に雪が突進してくる。くっそ、はえぇなおい! 俺は雪の突きをかわすのではなくあえて幅広な巨神の大剣の腹で受ける。重結の腕輪の縛りがない今の俺ならなんとか避けれられるかもしれないけど、避けたあとの連続攻撃を捌ききる自信がない。それなら巨神の大剣の頑丈さを盾代わりに使って、まずは動きを止める。
「くっ!」
そのままぶつけたら勢いで押し切られるので左手で裏から大剣を押さえてしっかりと受け止める。大剣が死角となり雪の姿が確認できないが、しっかりとした手応えを感じたことで雪の最初の突進は止められたと判断。
すぐさま体を捻りながら大剣をするりと大上段に移行しつつ予測で大剣を振り下ろす。ここまでは今までの雪の戦いを見ていてこうしようと決めていた行動だ。だが振り下ろす段階になって、その先に雪の姿がないことに気がつく。
手応えはあった。初撃はちゃんと受けとめたはず。それならまだ近くにいる! 焦りそうになる気持ちを抑え蛍を使っていた時の気配察知の感覚を思い出して雪を探す。その俺の視界の端をかすめた白い影に反射的に大剣を叩きつける。
が、大剣は虚しく空を斬った。く、桜が使っていた緩急の移動法か。それなら、こういうときのセオリーは……いちかばちか後ろ!
キィン
苦し紛れに背後に向かって振り回した大剣が固い物を弾く。勘が当たって助かった! どうも雪くらい速い相手は見失ったらだめらしい。速さで主導権を握られる前に攻め続けないとやばい。
大剣の効果と間合いを使って懐に飛びこませないように意識しながら雪を攻撃していくが、俺の攻撃は全く当たる気がしない。一度戦っただけで蛍の歩法も僅かに身に付けつつあるようで緩急の動きと合わさり、今までの直線的な戦い方が変わってきている。
くそ! 俺だって蛍に毎日しごかれてる。今はちょっとビビッて大剣振り回してたからできてなかったけど、歩法だって俺の方が長く教わってるんだ。やればできるはず!
ちょっとでも気を抜くと視界からいなくなりそうな雪の動きにつられてばたばた動きたくなる気持ちを抑えて蛍からしつこいくらい、今も現在進行形で教えてもらっている歩法を乱さないように意識する。
意識すれば……なんとか追える。自分の動きは乱さないようにしつつなるべく雪の動きを乱すように大剣を振る。相変わらず当たる気はしないが雪も懐に入ろうとはしなくなっているから効果はあるはず。
と、ちょっとだけ気を抜いた瞬間、雪の動きが止まっていた。
あ、なんかやばい!
嫌な予感がして慌てて攻撃をしようとするが気を抜いた分だけまばたきひとつ分ほど初動が遅れる。そして、その遅れは雪相手には致命的だった。
「に……連突き!」
蛍相手に最初に見せた連突き。今からじゃどうせかわせない、2本に見えるなら2本とも受け止めればいい。大剣の大きさならぎりぎり対応できる! なんとか剣を前に出し、角度を調節して突きを防ぐために構える。かろうじて間に合っ……
「え……さ、三本?」
俺の目に鋭い刃が三つ飛び込んできた次の瞬間、俺の右肩を熱いものが貫いていった。
「ご主人様!!」
突きの速度が速すぎて、衝撃はほとんど感じなかった俺は雪の刀に右肩を貫かれたまま呆然と立ち尽くしていた。
それにしても見事な3連突きだった。2本同時に見えることだって常軌を逸した技なのに、さらにその上があるなんて……
「雪さん! やりすぎです! 治療しますから早く刀を抜いてください!」
「あ……いて……」
雪の技の見事さに思わず失念していたが、システィナの慌てた声を聞いていたら右肩が悲鳴を上げてきた。雪の刀が抜かれると同時に溢れ出した血が右手と脇腹を伝って下へと流れ落ちていく。
……完敗、だな。勝つことはないと思っていたけど結局、終始手加減をされていた。本気の片鱗を見せたのは最後の突きだけだろう。それさえも雪にしてみれば優しく撫でるようなものだったのかもな。
「ご主人様! 今、回復術をかけます。服を脱いでください」
システィナが魔断に魔力を通しながら声を掛けてくるが……刀の血糊を払って消したあと、静かに俺を見る雪にどうしても聞きたいことがあった。
「ごめん、システィナちょっと待って。あ、服は腕上がらないから裂いちゃっていいから」
それで俺が雪と話したいのを察してくれたのか、小さく頷いたシスティナは俺の後ろに回って俺の服を裂き始める。
「雪に1つ確認したいことがあるんだ。いい?」
「…………なに?」
あまり表情の変わらない雪。それでも俺の言葉をちゃんと聞いてくれていることは雰囲気でわかる。
「……どうしたら俺を本当に認めてくれる?」
「…………」
雪は俺のことを嫌っていないが、他の刀娘達のように俺を心から認めて好きになってくれてはいない。残念だけどなんとなくわかってしまう。だけど、だからといってそのままでいいとは思っていない。せっかく一緒に異世界にきて、人化までして話したり触ったり出来る様になったんだから雪とだって信じあって、愛し合いたい。
「…………ソウジ、ソウジロのことは嫌いじゃない」
なぜか俺の呼び方を変更しながら雪はポツリとつぶやく。
「…………だけど、雪は沖田も好きだった」
「え? ……それって」
もしかして新撰組の沖田総司? 確かに雪、加州清光は沖田が池田屋事件襲撃の時に持っていたといわれているくらいだから沖田の刀だったことは間違いないんだろうけど。
「…………沖田は天才だった。病さえなければきっと誰にも負けなかった」
どこか懐かしむように語る雪の顔はどこかはにかんでいるようにも見える。その表情を見ているとなんだか胸がちくりと痛い。
「……でも、沖田総司はもうずっと前に死んだしここは異世界だよ」
雪の思い出に対してそんなことを言ってしまう自分が自分でも格好悪いと思うけど、つい口をついて出てしまった。
「…………わかってる。だからお願いがあるソウジロ」
「なに? なんでもきくよ」
そんな情けない俺を軽蔑するようなこともなくお願いがあるという雪に、俺が全く迷わないで諾と答えたことに雪が一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、そして僅かに微笑んだ。
「……きっとソウジロなら簡単」
「うん、わかった。教えて」
雪はいつものようにほんの少しの溜めのあと口を開いた。
「…………沖田総司を越えて欲しい。そして雪の新しい所有者だということを証明して」
「え……俺が、新撰組の沖田総司を?」
もし、それで雪が俺のことを認めてくれるなら過去の偉人を越える為に努力することはやぶさかじゃない。でも、どうすれば越えたことになるのかが分からない。
うぬぼれる訳じゃないけど、この異世界に来て俺はそれなりに強くなったと思う。武術系や身体強化系のスキルは全くないけど日々鍛えてきたし、腕輪の負荷をなくせばかなりの動きが出来る。それに蛍から教わっている刀術、そしてそれに合わせた体の動かし方……蛍だって過去の武士たちと比べても遜色ないくらいにできるようになってきていると褒めてくれることだってある。
でも、それでも俺はまだ沖田総司には届いていない。雪はそう思っているってことか……
俺の勝手なイメージでは沖田総司は天才肌の感覚派だったんじゃないかと思っている。鍛えた技に直観やら閃きのようなものまで使って思いもよらぬ動きや技を繰り出して相手を翻弄する。そんなイメージ……実際にどうだったかは雪に聞けば答えてくれるのかもしれないが、それはちょっと癪だ。
問題はそんなイメージの天才を俺がどうやって越えるか。雪の中でかなり美化、強化されている気がする沖田総司に俺は勝てるんだろうか。
それでも雪を本当に俺のものにするにはやるしかないんだけど……
「わかった。もっと訓練して雪に認めて貰えるように頑張るよ」
「…………楽しみにしてる」
そういって僅かに口角を上げた雪は振り返って屋敷へと歩いていく。今日の歓迎会はここまでということだろう。
「霞、悪いけど雪を……えっと、システィナの部屋に案内してあげて」
「は、はい!わかりました」
さすがに庭であれだけ派手にやっていれば様子が気になったのだろう。いつの間にか桜と一緒に観戦していた霞に雪の案内を頼む。陽の姿が見えないのは……多分速攻で爆睡モードに突入したからだろうか。明日あたりどうして起こしてくれなかったのかと文句を言われる霞の姿がなんとなく想像できる。
慌てて雪の後を追う霞を見送っていると、いつの間にか肩の傷を治療してくれたシスティナが流れ出た血の跡を拭ってくれていた。
「ありがとうシスティナ。でもどうせ着替えもしなきゃいけないし、ひと風呂浴びるよ。あと今日は雪に部屋を貸しちゃったけどいいよね?」
「はい、ご主人様が嫌じゃなければいつも通りで構いません。入浴の方は明日の朝の準備がしてありますのでそのまま使えます。傷の確認もしたいので私も御一緒させてください」
もちろんOKである。むしろこちらからお願いしたい。
「あら……ご主人様の手にはかなり血が流れた跡があるのに剣の方には流れなかったみたいですね」
俺の右手を拭いていたシスティナの呟きにはっとした俺は右手の巨神の大剣を持ちあげる。
確かに、あれだけ腕を流れ落ちていた血が全くついていない。そんな訳は…………ん? もしかして。
『武具鑑定』
『巨神の大剣 : 封印状態(微)
ランク : C++
錬成値 : MAX
吸精値 : 21
技能 : 頑丈(極)
豪力+
重量軽減
共感(微)
所有者 : 富士宮総司狼 』
やっぱり……意図したわけじゃなかったけど精気錬成されてたか。まあ、いつかはこれも錬成してランク上げしたくはあるんだけど、封印状態の意味もよくわかってないしこのままランクを上げていいのかという問題もあるんだよな。これが剣の能力を封印しているものだったら強くなるだけだからいいけど、変な魔物とかが封印されていたりしたら藪蛇になる。
いずれにしてもまだもう少し先のことだな。
「なかなかだったなソウジロウ。後半の動きは悪くなかったぞ」
さっきまで、無茶な対戦を葵に責められていた蛍が妙にすっきりとした顔で声をかけてきた。後ろの方で「まだ話は終わっていませんわ!」と叫ぶ葵を桜がまあまあとなだめている声が聞こえる。
「でもあのくらいじゃ沖田総司には勝てないらしいよ」
「いや、おそらく実力的にはそう負けてない。あれは雪の気持ちの問題だろうよ」
「元の持ち主の方への義理……のようなものですか?」
システィナの問いに蛍は少し考えるような素振りをみせる。
「義理……ではないな。当たっているかどうかはわからんが未練……だろうな」
「未練? やっぱり沖田の方が好きだったってこと?」
蛍の推測に軽くへこむ俺の頭を思いのほか優しく蛍が撫でる。
「いや、そうではない。女としてではなく刀としての未練。おそらく雪はその男にもっと使ってもらいたかったんだろう」
「あ……」
それもそうか。刀だったときの雪は人化出来るなんて思ってもいなかっただろうし、当時は刀として意識しかなかったはずだ。そして、雪は自らを振るう者として沖田総司を認めつつあった……それなのに沖田は存分に雪を使う前に病で死んだ。
「そういうことか……」
「だからお前はたゆまぬ努力を続ければよい。そしてお前の男ぶりを上げ、女としての雪を自分に惚れさせることだな。まあ、もともと嫌われてはおらんようだしソウジロウの頑張り次第でなんとかなるだろうよ」
つまり俺は今まで以上に訓練を頑張りつつ、雪を口説けばいい訳か。過去の偉人を越えろなんて言われると正直途方にくれてしまうが、そう考えればなんとかなりそうな気がするな。
「ご主人様、考え事は湯船に浸かってでも出来ますよ」
「だね。じゃあいこうか。俺たちはこれから温泉行くけど皆はどうする?」
「そうだな……今日は少し労わってやろう。たまには私が背中を流してやる」
「あ~ずるい! 桜も!」
「ふん! あなたたちは今日はダメですわ! ずっと味方だったわたくしがお清めいたしますわ」
いつかこの賑やかな空間の中に雪が入ってくれるように頑張ろう。そのための努力は惜しまないから、きっとそう遠くないはずだ。
そんなことを考えながら、わいわいと賑やかな刀娘達をひきつれて浴場へと向かった。




