対策協議
「さて、どうしようか」
俺は全員の顔を見回しながら声をかける。
「申し訳ありません、ご主人様……」
俺の一言をどうも困った末に出た言葉だと勘違いをしたらしいシスティナが申し訳なさそうに顔を伏せる。
本当にこの娘はそろそろ俺を分かってくれてもいいのに、どうしても契約者に迷惑をかけるかも知れない行為に対しては萎縮してしまうらしい。
「またしても、対組織戦か。前回の経験を活かすなら我らだけであたるのは得策ではないかもしれんな」
「今回の相手は暗殺部隊もそこそこ鍛えられてるっぽいし、必ずしも正面戦力だけの戦いにもならないと思うよ」
「それよりも、まだその聖塔教とやらは表だって悪事が露見しているわけではありませんわ」
『だとすれば、まずは悪事の証拠を掴むことが必要でしょうか?我が主』
「あ!それなら今回は私もお手伝いさせてください、旦那様。もちろん桜様に教えていただかないと何をすればいいかはわかりませんけど」
「それなら陽もやる!そいつらやっつけないと陽達みたいな子がまたたくさん出ちゃうんでしょ。そんなの絶対に許せないもん!いいよね兄様」
「え?え……みなさん……一体なにを?」
次々とどうやって聖塔教と戦うかを提案していく仲間達にシスティナが1人困惑している。そりゃそうだろう、システィナは俺たちが厄介なことを知ってしまってそもそも戦うかどうかを考えて困っていると思っていたんだろうから。
でも俺の最初の一言はそういう意味じゃない。どうやって完膚無きまでにやつらを潰すか。そのための方法を皆に聞いていただけだ。システィナだって、これが自分に関係しない話だったらその意図に気が付かないはずはないんだけどね。
「システィナ。俺と立場が逆だったらそんなところで悩むかどうか考えてごらん」
「私とご主人様が?…………あ」
可愛く首をかしげてちょっと考えたシスティナが小さな声をあげる。
「そういうことだよ。システィナの侍祭としての矜持は大事にしてあげたいけど、俺たちの間ではいい加減侍祭としての立場から自分を低く見ようとするのはやめにしよう。システィナがいつでも皆を助けたいと思う気持ちがあるように俺たちもシスティナを助けたいという気持ちがある。ただそれだけなんだからさ」
叱るつもりはない。システィナが本当に自然にそうなってくれるまで、何度でも優しく教える。多分皆も同じ気持ちのはずで全員が優しい笑顔をシスティナに向けている。
「あ……ありがとうございます……」
目元を潤ませるシスティナも何度か言われていることだ。表層の部分では分かっている。ただ骨の髄まで染みついた侍祭としての常識がどうしてもとっさに出てしまう。それもらしさだからそのまま受け入れてもいいんだけど、俺はもっともっとシスティナに甘えて欲しい。
「よし。じゃあ全員の意思統一が図れたところで意見をまとめていこう」
俺は全員の顔を見回し、皆の顔に気力が満ちているのを確認するとさっきの皆の意見を検討していく。
「まず、聖塔教と戦うにしても大義名分がいるよね。形の上ではただの宗教団体で盗賊とは違うから勝手に襲ったらこっちが悪者になる」
「そうですわね……ならば一狼の言う通り悪事の証拠を掴んで然るべき場所に持ち込むか、桜さん達の土俵で闇から闇に葬る戦いをするかですわ」
「う~ん、正直裏での戦いは戦力が足りないかな。霞達がいたような訓練施設は色んなところにあるみたいだったし、ちまちま探して潰していくのは桜だけじゃ骨だよ」
確かに桜の言う通りだろう。だがその手の枝葉は幹を倒せば立ち行かなくなる気がするから、俺達がやりたいのは都市乗っ取りを堂々と画策してそれを実行に移せるだけの組織にしつつある教祖バーサ、戦闘集団の長である長耳族の双子を消すことと、メリスティアと御山と侍祭補を解放すること、そして出来れば人造魔法使いを作っている研究所を資料ごと潰したい。
ここまでやれば後は自然消滅を狙えると思うし、霞や陽に危険が及ぶことも無くなるはずだ。
「戦力不足は闇の戦いに限った訳でもあるまい。正面から戦うにしても盗賊達と戦った時のようなあんな戦いはそう何度もうまく行くものではないぞ」
『当初敵側にいた私にしてみれば蛍様、葵様、桜様、システィナ様、そして我が主……皆様方が揃っていたら間違っても敵に回して戦いたくはありません。それは例え数倍以上の群れを率いていたとしてもです』
一狼の素直な賛辞に桜がへへぇと照れながら一狼に埋もれていく。
「一狼の様に俺達の力を知っている者が相手ならプレッシャーをかけられるだろうけど今回は無理だろうね。しかも相手は宗教にのめり込んだ人達だ。ちょっとやそっとじゃ戦意を失わない可能性が高い」
いわゆる狂信者という人種は地球にいたときも度々世間に迷惑をかけていた。独自の常識を展開し、同じ信者以外を人とも思わないような団体がいくつかあった。文明の発達して比較的豊かだった地球の日本でさえそうだったんだから、この世界の環境下で生まれた宗教はもっと根強いものがあるかもしれない。もちろん俺は宗教に詳しいわけじゃないから完全に推測だけどね。
「となると、盗賊の時のように最後には兵力がものをいうかもしれんな」
「そうは言っても蛍さん。私達には独自にそれだけの戦力を集めることは難しいです」
システィナの言う通り、俺達が集められる人材なんて剣聖の弟子の3人と無理をいってお願いすれば大工さん達が何人か助けてくれるかなってところだ。前回はルスター隊長のおかげで領主軍の一部が助けに来てくれたからなんとかなったけど……ん?待てよ……領主軍、領主軍か!
「桜、聖塔教は主塔のある街を乗っ取って自分たちの街にしたいんだよな?」
「うん、元侍祭のおばあちゃんがそう言ってたよ」
「その標的になってる街がどこか分かる?」
「……どうだろう、時間をかければ調べられると思うけど、あいつら布教の為とか言っていろんな街に移動しまくってるから」
多分、布教と同時に各街の情報を集めてるんだろう。となると絞り切れないか……
「あの!」
考えをまとめようと緑茶に手を伸ばそうとした俺に霞が声を掛けて来る。
「ん?どうしたの霞」
「あの……関係ないかもしれないんですけど……」
何かを思いついて思わず声を掛けてしまったが、注目された途端に自信がなくなってしまったのかもじもじし始める霞。
「遠慮しないでなんでも言って。そういう集まりなんだからさ」
「あ、はい。……えっと、私達が試験で連れて行かれた老婦人の家なんですけど……」
「うん、その家がどうかした?」
「いえ!……家はどうもしないんですけど、建っていた場所の周りが水の気配が強かったので多分レイトークだったんじゃないかと思うんです」
「うん、レイトークは湖の中の都市だから……ね……あ!そういうことか!」
「何か分かったんですかご主人様」
おっと、つい大きな声を出してしまった。
「もしかするとだけど、これは霞のお手柄かもしれないぞ。桜、主塔のある街の中で有力者が相次いで死んでいるところはないか確認できるか?出来ればレイトークを重点的に」
「…………あ、そうか。聖塔教の施設にいた霞達が殺そうとしていたってことは、その人は聖塔教にとって都合が悪い人ってことだもんね」
「なるほどな。その街の有力者達が相次いで死んでいるような街があれば、確かに臭いな」
「それをわたくし達が調べて、その街の領主に伝えれば領主軍の力を借りられるかもしれませんわ」
そう!そうなんだ。自分の街が狙われているということが分かれば領主は対処をせざる得ない。それに協力する形で俺達も動けばいい。もし、本当に霞の言う通りレイトークがその標的なら幸い領主と面識もあるし話も通しやすいはずだ。
「了解ソウ様。じゃあ明日から調査を始めるね。せっかくだから霞と陽も訓練を兼ねて一緒においで。最初は可能性の薄い街から始めるから危険が少ないうちにやり方を覚えちゃおう」
「「はい!!」」
正直2人を前線に出すのはまだ早いと思うけど、せっかくやる気になっているみたいだし今回は自分達の過去を清算するための行動でもあるから止めるのは過保護だろう。
『私は調査にはいささか目立ちすぎるので無理でしょうが、調査の折には忍狼隊も使って下さい我が主。どうも先日装備を貰ってから働きたくて仕方がないようですので』
確かに一狼の白い巨体はちょっと目立つから隠密行動には向かないか……その点普通の狼達なら大人しくしてればただの犬とさほど変わらない。街には獣人族も溢れているためさほど目立たないか……ていうかとうとう忍狼隊が正式名称になっちゃったか。桜の仕業だろうなぁ。
「桜、どうだ?」
「うん、霞と陽の護衛も兼ねて一頭ずつ付いてもらおうかな」
俺の言葉に頷いた桜が霞と陽に視線を向ける。
「霞、陽。後で狼達と話しておいで。今後、外での活動で一緒に動く相棒を探すと思って相性重視で一頭ずつ説得してきて」
「え?……陽は狼と話せないんだけど、どうやればいいの?桜姉様」
「だいじょぶ、大丈夫。二狼たちも喋れないけどちゃんと分かってくれるから、きちんと説明して一緒に訓練でもしてくればいいよ」
陽の言っていることは全くもって正しいが、俺も桜に賛成だ。二狼達なら問題ない。むしろ2人を取り合いになって喧嘩しそうで怖い。2人が狼ハウスに行くときはちゃんと一狼に監視しておいてもらおう。
「よし、決まった。じゃあ明日から桜達の調査を開始してもらって、その結果が出たらその街の領主に接触する。そこまでをまず目標にしよう。そこから先は領主との話次第になる」
「ソウジロウ、私達はどうする」
「蛍とシスティナは俺と一緒に塔に入って魔石を集めよう」
「いいだろう」「はい」
「主殿、わたくしは?」
「葵は申し訳ないんだけどその集めた魔石に属性付与を頼む」
それを聞いた葵の目がキラリと光る。
「ということはいよいよですわね」
俺は腰の刀を撫でるように触ると頷く。
「うん、せめて雪にも喋れるようになって貰おうと思う」




