神装備
ほんの数か月前まで毎日のように着ていたはずの学生服を、妙に懐かしい気持ちで着込んだ俺はシスティナだけを連れてリュスティラさんの工房へと向かった。
念のため蛍は、霞と陽の護衛に残してきた。今の所屋敷を探ってくるような気配もないし、狼‘sがいれば充分だと思うけど、桜も情報収集に出てるし、葵は先に工房入りしているから万全を期すためだ。
それにしてもなんだかここも、しょっちゅう顔を出していたせいか何気に落ち着く空間になりつつある。うまく説明できないけど……なんていうか、近所の駄菓子屋のおばあちゃんの店みたいな?
もちろんそんなことをリュスティラさんに言ったらぶっ飛ばされるのが分かってるから言うつもりはない。『駄菓子屋』がなんだか分からなくても『おばあちゃん』で過剰反応するリュスティラさんが目に浮かぶ。自分から虎の尾を踏みにいく趣味はない。
「お邪魔しま~す」
言葉だけはやや丁寧だが、既にノックもしないしそのまま声を掛けることもなく普通に店の奥までずかずかあがりこむ。リュスティラさん達からも「いちいち迎えに行くのは面倒だから構わない」って許可もあるからお言葉に甘えて遠慮は皆無だ。
「主殿!」
奥の間に入って階段に向かうと、今日もディランさんの手伝いで工房に先に来ていた葵が俺の声を聞きつけてちょうど一階に下りてきた。
「どうですか?」
なんだか嬉しそうな顔でいきなりどうですか?ときた葵に一瞬ビクッとしながら葵をよく見る。最近分かってきたが、女性がこんなふうにどうですかと聞く時は何かに気が付いて欲しい時だ。
しかもこれだけ嬉しそうな表情をしているってことは本人はかなり気に入ってるはずだから、気づけないとかポイントを間違えるのは危険だ。
表面上は冷静さを装いつつ素早く足元から膝、腿、腰、胸と視線を上げていく。あ、新しく手甲を装備してる。
多分システィナと同じタイプの魔力を込めると防御力が増すタイプのやつだ。一瞬これか?と思ったが、結論はまだ早い。いつもは若干俺より上にある葵の目が今は同じくらいの高さにある……それはつまり背の高い葵がほんの少し屈んでいるということ。これは普段の俺では見にくい場所をよく見て欲しいというアピール。となれば答えは……
「うん、綺麗なかんざしだね。葵の黒い髪にどれもよく似合ってる」
「はい!ありがとうございます主殿。嬉しいですわ」
褒められたのが嬉しいのかくるくると回っていろんな角度からかんざしを挿した部分を見せてくる葵がなんだかとっても女の子で可愛い。人化した時に付いていたかんざしは実用性本位で本当に髪をとめているだけの棒だったし、それ以前の刀だった時は当然お洒落とかは出来るはずもないので、こうして自分の好きなもので自分を着飾れるのが嬉しくて仕方ないのだろう。
しかも、今回は自分でデザインしたかんざしだ。花を意匠したものや、飾りが多く付いたものなど煌びやかだけど下品じゃなくどこか和風で大和撫子を感じさせる…………うん、俺にこれ以上の詩的な言い回しは無理だ。とにかく綺麗なかんざしだった。
「でも、干渉がどうとか言ってたのは大丈夫なの?」
「いえ、さすがにこの距離で4本はわたくしでも駄目でしたわ。でも左右に1本ずつなら干渉は抑えられそうです」
「えっと、たしか葵さんが希望していた効果は……」
「魔力増幅が2つに、敏捷補正と魔耐性ですわ」
システィナが続きを言う前に、テンションが上がっている葵が自ら後を引き継ぐ。
「じゃあ、やっぱりその時々に合わせてかな?」
「はい。わたくしもディランさんに小型のアイテムボックスを頂きましたのでいつでも付け替えることが出来ますわ」
そう言えば葵の帯のところに小さなウエストポーチが装着されている。これにアイテムボックスが入っているのかな。……それ、いいな。どうせならメンバー全員に作って貰おうか。システィナなんかは食材の買い出しとかが格段に楽になるし、探索の時も各自で消耗品とか分担して持って行けるのは大きい。
「それって…」
「主殿」
いいかけた俺の口に葵の人差し指がすっと添えられる。
「その辺りも含めてディランさんのところへ参りましょう」
俺の右腕を抱え込みながら案内をする葵に連れられて2階に上がるとテーブルの上にいろんなものを並べているリュスティラさんとディランさんがいた。
「やっと上がってきたね、ソウジ。下でいつまでもいちゃいちゃしてるからそろそろ怒鳴りつけようかと思ってたところだよ」
「儂はかまわん。こちらも今準備が出来たところだ」
腕を組んでにやりと笑うリュスティラさんの後ろから重厚な低音ボイスのディランさんが、あっさりとリュスティラさんの言葉を上塗りする。
「ちょ!ちょっとあんたぁ!これはこれでソウジとの大事な掛け合いなんだから邪魔しないでおくれよ」
「……すまん」
ディランさんの頭をもみくちゃにしながら愚痴るリュスティラさんを、ディランさんは不動で受け入れている。
ディランさんには冗談があまり通じないからなぁ……ていうか、相変わらず仲がよろしいようで。これを見る限りリュスティラさんは絶対に人のことは言えないと思う。
「まずは、これだな」
ディランさんが指し示したのは腕輪というには径の小さいリングが9つ。リング自体は魔鋼製らしくよく磨き上げられたメタリックな輝きを放つ物だが、それぞれのリングに別々の色に着色された輪が通されている。
リングには敏捷補正がついていて、これ1つで結構な額になるはずなんだけど最近は利権で相殺していてほとんど支払をしてないので正確な値段が分からない。甘えすぎてなければいいんだけど……まあ、アイテムボックスが世に出て販路に乗ればそれなりの利益が出るはずなので多分大丈夫だと思うんだけどね。
「これはいい感じですね」
「苦労したよ、リングにサイズ調整機能を付けるとか普通はしないからね。ソウジから教えて貰ったあの、カチカチする技術も実用化はすぐには難しかったからね」
リュスティラさんが言っているカチカチする技術っていうのは手錠なんかで使っている調節機能のことで、俺も詳しいことは知らなかったからなんとなくこんなものという感じでしか伝えられなかったし、システィナの叡智の書庫による解説も今一つピンとこなかったみたいで、この世界でいきなり作るのは少し厳しかったかもしれない。
結局リングは完全な輪になっているのではなくほんの少し隙間が空いていて、その隙間を取り付けてある革紐で結ぶ時にどの程度締めるかを調節する形になっていた。
これはうちの狼‘sの尻尾に装備してもらう予定だ。当初は足に付けることも考えていたんだけど、狼達が実際に戦うところを塔で見た結果、下手に足に付けると機動力の妨げになりそうで怖かったので尻尾にした。喜んでくれるといいんだけど。
「次はこれだ」
「それにしてもあんた、よくこんなこと思いつくわよね。その発想力は生産職のあたしらでも正直舌を巻くよ」
リュスティラさんが呆れた顔をしながら、ディランさんが押し出した物を俺に手渡してくれる。それを受け取って軽く振ってみるが、重さは見た目通りの重さだった。形は一見すると10センチ四方くらいの平べったい鞘に入った柄の大きい短剣に見える。平べったい短剣とかかなり形は歪だ。
「おお!凄いです。想像通りの出来です。ディランさん」
今日は左腰に雪だけを佩刀してきているので、これを右の腰に装着してみる。形の見栄えはあんまり良くはないけど邪魔にはならない。
「あの、ソウジロウ様それは?」
最近のシスティナは屋敷で霞と陽に掛かりきりのことが多かったから、これの話をしたときはいなかったんだっけ。教えてあげてももちろんいいんだけど、せっかくなら見て貰った方が早い。
「うん、ちょっと見てて」
そう言って俺は左手で柄を握りゆっくりと剣を引き抜いていく。
「え……ええっ!」
ぬぬぬ……という擬音が出そうな光景にシスティナが驚きの声を漏らしている。それはそうだろう、俺がディランさんにお願いして作って貰ったのはアイテムボックスの技術を流用した特性の鞘なんだから。
剣を抜き終わった俺は天井に当たらないように気を付けながら正眼に構えをとる。
「お、驚きました……それは、巨神の大剣の鞘だったのですね」
「アイテムボックスに入れておいてもいいんだけど、装備の入れ替えがめんどくさいからなんとかならないかなと思ってさ。これなら持ち運びは便利だし、身に付けていても邪魔じゃないでしょ。ただ……戻すのが……」
あぁ、これは完全に誤算だった。腰に装備すると俺の手が短すぎて、抜くのはまだしも鞘に戻すのは難しい。毎回誰かに戻してもらうのは面倒だし……太ももとか足のどっかに装着すればぎりぎりいけるか?そんなところに装着した小さな鞘の剣がこんな大剣だったとか、相手の不意を突くのにも役に立ちそうだしいいかもしれない。この辺は要検討だろう。とりあえず今回はシスティナに鞘に戻してもらおう。
「あとは、お前たちのメンバーの分だ」
「そして、これが売り出す際の初期モデルになる予定だよ」
ディランさんがガラガラと押し出してきたのは、さっき葵が持っていた小ぶりのウエストポーチだ。見た目はどこにでもあるような普通のウエストポーチだけど、もちろんただのウエストポーチではない。予想通り中には小型のアイテムボックスが設置されている。
「容量はソウジに渡した試作1号よりもかなり小さく作ってある。最初から大容量のものを出すのはちょっと怖いからね」
アイテムボックスの試作段階では中に物が入っている状態で箱が壊れた時、中の物はその場に全部放り出されたらしい。大容量の物を出して大量に物が入った状態で破損したら、状況によっては周りの人達にも被害が及ぶ可能性があるらしい。そのため、しばらくは容量の小さい物を小出しにして不具合の報告がないかどうかを確かめつつ徐々に大きい物を作っていく方針のようだ。
未知のアイテムに対する対応としては充分及第点だと思う。そして、それの最初のモニターが俺達ということになるのかな。
おかげで頼もうと思っていたみんなの分のアイテムボックスも手に入れることが出来た。数を数えるとどうやら霞と陽の分まで用意してくれてある。多分、葵がディランさん達にお願いしてくれたんだろう。
「ありがとうございました。みんなも欲しがってたので喜ぶと思います」
「なあに、こっちも魔石への属性付与をやって貰ってる。お互い様だ」
葵が魔石への付与が出来るということはこの2人にだけは伝えてある。その方が新装備や新アイテムの開発が各段にはかどる。実はアイテムボックスに使う重魔石も闇属性の魔力を圧縮することで付与することが出来るらしく、数が少なくて貴重な重魔石も葵ならある程度は準備出来る。そんな理由もあって、葵はここのところ工房に毎日通い詰めていたんだよね。
「こちらのアイテムボックスはいくらですか?」
「いらん、持っていけ」
「なんだかすいません。いつもありがとうございます」
「いいんだよ。あんたらの専属をしてたらいくらでも稼げるだろうからね。それに、なによりも……あんたらといると忘れかけていた新しいものを生み出す喜びをこの上もなく感じることが出来るからね」
「そう言って貰えるとこちらも嬉しいです」
「あっとそうだソウジ。近々、領主とベイス商会の会長を招いてアイテムボックスのお披露目をするから同席しておくれ。これだけの物だとしっかりとした販売のノウハウと後ろ盾がないといろいろ危なっかしいからね」
リュスティラさんが肩をすくめながら苦笑している。確かにアイテムボックスというチート級アイテムが世間に出たらその反響はちょっと予想出来ない。思ったより騒ぎにならないかもしれないし、物凄い反響を産んで製法を知るためにリュスティラさんたちに良からぬことを企むやつも出るかもしれない。それを考えれば、アイテムボックスの流通が領主の保護下にあることを明示し、販売自体は大手のベイス商会に任せるというのはいい考えだろう。
ディランさんたちは自分たちは職人であって商人じゃないということをよく分かっているということだ。
「もちろん同席するのは構いませんが、私が同席する意味ってあるんですか?」
「……ソウジあんた、本気で言ってる訳じゃないよね」
「至って本気ですけど」
リュスティラさんはそれを聞いて盛大な溜息をついた。そんなにおかしなことを言ったつもりはないつもりなんだけどなんかおかしかっただろうか。
「なんとまあ、欲がないというかなんというか。あんたは発案者であり、共同開発者でもあるんだよ。だから当然このアイテムボックスが生み出す利益を受け取る権利があるんだ」
「ああ……なるほど。でも、装備とかの代金も全然払ってませんし、その辺と相殺でもうちは構いませんよ」
取りあえず暮らしていける分くらいの蓄えはあるし、属性魔石も葵がいれば自作出来る。冒険者として依頼を受ければ収入も得られる。一番お金がかかりそうな装備もディランさんたちが安くやってくれるなら特に問題はない。
「はあ……あんた、分かってないみたいだけど今回の件はそんなはした金の問題じゃないんだよ。売り方によっちゃこれ一個で1000万マールの値がついてもおかしくない」
へ?……1000万マール?このアイテムボックス一個が1億円するってこと?
「効果を実演した上で個数をごく少数に限定して希少性を高めればあり得ない額じゃない。まあ、実際はそこまで希少価値を付けるつもりはないよ。いろいろ問題が出てくるからね。それでも量産できるようなもんでもないし1個100万マール以上の値をつけることになるだろうさ。しかも武器や防具と違って、冒険者だけじゃなくて商人がこぞって買いにくる。作れば作っただけとんでもない値段で売れるさ」
どうやら俺はとんでもないものを生み出してしまったようだ。
「わ、わかりました。私は商売は素人なので詳細はリュスティラさんにお任せします。リュスティラさんたちが損しないような形なら問題ありません。会合への同席も了解しましたので期日が決まったら教えてください」
お金はあって困るものでもないし、誰も損をしないならくれるものは貰っておけばいいか。
「じゃあ、今日のところはこれで失礼しますね。葵、システィナいこう」
「はい」
「はいですわ」
ディランさん達に作ってもらった装備品を自分のアイテムボックスに仕舞ってディランさんに一礼をして踵を返す。
「待て」
ぐえ!……帰ろうとしたところを後ろから詰襟を引っ張られた。
「く、苦しいですよディランさん。どうしたんですか急に」
「おまえ、これをどこで手に入れた」
え、学ランのこと?これは神様から貰った紙装備な神装備ですが何か?




