2人の奴隷
エリオに案内された部屋は、スペースこそ手狭だが清潔で窓もあり陽も当たる居心地のいい空間だった。
室内には粗末ながらもベッドが2つ置いてあり、ここが安宿の一室だと言われても納得できるレベルだった。これがこの『エリオ奴隷商』の奴隷達に貸し与えられてる部屋だと言うなら、待遇はかなり良いと思われる。
そんな部屋にも関わらず、今現在この部屋の空気は重く澱んでいる。2つのベッドに寝かされている何か……いや、現実を見よう。
……そこには見るも無残な程に傷ついた2人の奴隷と思われる者が強い死の空気を放っている。それを見てエリオさんは悲痛な表情を浮かべ、ラナルさんは2人の姿を直視出来ないのか涙を堪えて廊下へ出て行った。
「なんてことを……失礼します!」
扉を開け2人を見るなりシスティナは看病に付いていた女の子に声を掛けながら、容体を確認しに飛び出していく。システィナから見ても危険な状態なのかもしれない。
「エリオ殿……これは?」
治療に関しては俺には何も出来ることはない。ただ、俺の『読解』スキルに真・奴隷商とまで言わしめたエリオさんが彼女たちがこんな状態になるのを看過するはずがない。ならば何か事情があるはずだった。
俺の問いかけにエリオさんは絞り出すようにポツリポツリと語りだした。
「彼女たちは元々、うちにいた借金奴隷だったのです」
エリオさんは彼女たちが苦しむ姿から目を離さず、その姿を見据えている。もしかしたら、責任は自分にあるから目を逸らしてはいけないと思っているのかもしれない。
「彼女たちは狐尾族と爪虎族のそれは可愛らしい娘達で家族たちの為に12歳の時に自ら奴隷となることを選んでうちに来た優しい娘達でした」
家族の生活が苦しいのを理解して、12で自ら奴隷になることを決断するとか……凄いな。本当に優しい娘達だったんだろう。自分を売ったお金が家族に入り、しかも12になって食べる量も増えてきた自分がいなくなることで口減らしにもなる。普通はそれが分かっていてもなかなか自分を奴隷にすることを決断出来たりはしない。
「それから彼女たちは1年程ここで、仕事や礼儀作法を学びました。そして2年前、ある貴族の使用人と名乗る女性が屋敷の使用人を探しているということで買い上げていったんです。その人は使用人にしては身なりもよく、口調や立ち居振る舞いにもおかしなところは無かったので、これなら2人に取って良い所だろうと判断して2人を売却しました。その後、2人と直接会うことはありませんでしたが定期的にうまくやっているという手紙が来ていたので私はすっかり安心していたんです……それなのに!」
誰がどう見ても穏やかだと判断するだろうエリオさんの顔が怒気に染まる。
「ルミナルタの塔で彼女たちを見つけたと……今は冒険者と言うのでしたか?その冒険者が2人を売りに来たのです。彼女たちにはまだ奴隷の首輪が付いたままだったので逃亡奴隷だと思ったんでしょう。逃亡奴隷は奴隷商に連れて行くと買い取って貰えますから。制度上はそのまま所有することも出来なくはないのですが……」
確かに、あの状態では所有しても死んでしまうのは時間の問題……それなら生きてるうちに奴隷商に持ち込んで僅かでもお金に換えた方がいい……か。
「ソウジロウ様」
2人を診ていたシスティナが俺の前へ来て縋るような目を向けてくる。
「……手足の腱は斬られ、喉は潰されています。鼓膜も破かれ、目は目蓋を切り取られている為、乾ききって失明寸前でした。他にもいたる所に傷があります。もし、彼女たちが塔に置き去りにされていたとするなら、その目的は塔に彼女たちを殺させることしかありません」
怒りに震えるシスティナの握りしめた拳が白くなっている。正直俺もなんとか冷静を装っているけど、こんなことをした奴に対する怒りを抑えるのに苦労している。
「奴隷の『呪縛』は首輪を媒体に『~してはいけない』という禁則事項を加えていくものです。ですが、当商会では奴隷達を保護するために奴隷に対しての一方的な殺害行為や虐待に対して相手に呪を返すように設定しています。ですから、殺害や性虐待などについてはこの娘達が強く拒否する限りはやりたくても出来なかったはずです」
「だが、これだけの傷。虐待に該当しないなど到底信じられるものではないぞ」
蛍の言う通り、死に直結するような傷は確かにないがこれが虐待じゃないというのは無理があるだろう。
「『呪縛』というスキルの限界だと思います。同意があれば……例えば戦闘訓練だと言って相手が納得していれば傷をつけることは出来るんです。だから『この位の傷は受けても仕方がない』と思わせればいいのです。おそらく彼女たちは『殺されさえしなければ構わない』と思ってしまう程に追い詰められていたのではないかと……一体彼女たちの身に何が起きたのか。何故私は彼女たちの境遇に気付いてやることが出来なかったのか!」
なるほど、だから彼女達を殺せなかった何者かは彼女たちを徹底的に壊し、塔の中へ放置したのか。それならすぐに魔物達が彼女を殺し、死体は塔に吸収される。
そいつにとっての誤算……彼女達にとって幸いだったのはここ最近の冒険者ブームで塔に入る冒険者達が増えていたから彼女たちが魔物に見つかる前に冒険者達に見つかったこと。
「エリオさん。それは無理ですよ。あなたが今まで扱って来た奴隷は何人いるんですか?その全ての奴隷たちの行く末に全てあなたが責任を負うのは不可能です」
「ですが……こんなに優しい娘達が。だから私はなんとか彼女達を治してあげたくて薬などを買い与えたのですが延命するのが精一杯でした。そこへ侍祭を連れたシャフナーという男が現れたのです。侍祭の中には高度な回復魔法を使える方もいると聞いています。侍祭様なら彼女達を癒せるのではないかと思い、矢も楯もたまらず『契約』をしたのです」
その契約が……彼女達を治すことなど欠片も含まれていない、自分の性欲を満たすためだけの契約だった訳か。あの性戦士め!本当にクズだな、もう少し痛めつけておけば良かった。だけどこれでどうしてエリオさんのような人徳者があの性戦士と契約をしてしまったのかも分かったな。
「ソウジロウ様、『魔断』を出して頂けますか」
システィナがお伺いを立ててくるが、そんなの聞かれるまでもない。
「エリオさん。私の侍祭システィナは高度な回復魔法を使えますが、魔力は有限ですしこれだけのあらゆる場所への傷を癒すには相当な集中を要すると思います」
「はい。そうだと思います。ですが!なんとか!なんとか2人を助けてあげてください。お金なら支払います!」
「いえ、お金はいりません。そうではなくて、そのシスティナを助ける為に魔力を増幅する付与がされた武器を使いたいのですが構いませんか?」
「もちろんです!受付に預けてあるのでしょうか?それならばすぐに持ってこさせます!おい!ラナル!」
「ああ!ちょっと待ってください!受付には預けていないので大丈夫です。ここへの持ち込みを許可して頂くのと、今から見ることをしばらく他言無用にしていて下さるだけで構いません」
「分かりました。持ち込みはもちろん構いませんし、これから見ることも決して誰にも話さないと誓わせて頂きます」
そこまで大げさでなくてもいいんだけど、いずれ世間に広まるだろうしね。
「ありがとうございます」
俺はそう言うと腰に付けたアイテムボックスに手を伸ばして中をまさぐり、見つけた魔断を引き抜く。いきなりにょきにょきと引き出されるそれを見ていたエリオさんの目が驚愕に見開いているが、取りあえず放っておく。
「システィナ。全力で構わない、倒れたら運んでやる」
「はい!ありがとうございます」
と言っても魔断を使ってシスティナが回復をするならそんなことにはならないだろうけど。
ただ回復術だって魔法だからイメージが大事だ。部位欠損だってシスティナは簡単に治療しているように見えるけど、そのためにシスティナは叡智の書庫の地球の知識から人体の詳細な情報を常に学んでいる。だからこそしっかりしたイメージの下で欠損部を修復できる。
今回はいろんな場所が傷つけられているので、それぞれの場所ごとに詳細な人体データをイメージしなくてはならないはずで精神的な疲労は結構大きいはずだった。まあそれでもシスティナのことだ、全く心配はしていない。
俺から魔断を受け取ったシスティナはそれを手に奴隷たちの下へと戻ると治療を始めた。
「エリオさん。システィナの集中を乱さないように廊下に出ていましょう」
「は、はい」




