御山
翌日、俺達は午前中に各自で訓練をした後に装備を身に付け、転送陣を使ってダパニーメへと移動した。
今回はシスティナと刀娘全員参加のフルメンバーで一狼達は屋敷の警護に残してある。目的は桜の要望に応えて奴隷を購入するためと、ディランさんから依頼があった壁材の採取のためだ。
アイテムボックスについてはまだ世に広めていないので、俺達以外に壁材の採取を依頼することは出来ないので今後、アイテムボックスが改良されていくためにもなるべくディランさんの要望には迅速に対処したい。
もちろんアイテムボックス試作1号は俺の腰に下がっている。ディランさんの発案で革で作った目の粗い籠にアイテムボックスを入れ、その革の隙間にベルトを通すことで連結させて持ち運べるようにした。アイテムボックスの中には巨神の大剣や、システィナの戦斧に加えて、水筒やお弁当替わりのサンドイッチなどを試験的に入れている。
中に物を入れたまま行動して中の物に何か変化がないかを確かめるためである。
今回、巨神の大剣とかを収納しているときに、ちょっと思いついたこともあるので壁材を届けに行くときにディランさんにまた相談してみたいことも出来た。まだまだこのアイテムボックスはいろいろな可能性を秘めているような気がする。
それにしても……御山か。
ダパニーメの奴隷商はフレスベルクの転送陣とは離れたところにあるらしく、まだ結構歩くらしいので昨晩システィナから聞いた話を思い返してみる。
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「御山?」
「はい。侍祭になるための修業は本来そこでするんです。神殿と呼ばれる場所は侍祭として世に出ることを許された者達の待機場所としての役割と同時に、侍祭となろうとする者達を選別して御山に送るかどうかを判断するべき場所なんです」
なるほど。確かに街中の神殿だと修業している最中の侍祭候補者達が逃げ出す事案はもっとあってもおかしくないか……今回システィナがステイシアの件を重く考えていたのは、その御山はきっと人里離れたところにひっそりと設けられた場所にあったりするんだろう。
「御山に行くかどうかの判断はもちろんその人の決断です。ただ、その質問をする前に『行かない』という決断をした場合は『御山』については忘れるという『契約』を必ずします」
「ほう……それなら本当の侍祭以外に知られていないのも納得できる話だな」
侍祭という職の特殊性をよく表したその制度に蛍が感心の言葉を漏らす。
「はい、侍祭として世に出る際にも御山については他言無用の契約をしているのですが、私の場合はご主人様が契約書を書き換えてしまっているので私が必要だと判断するだけでほぼすべての制約を無視できるので、こうして皆さんにお話しすることができます」
俺が書き換えたのは『侍祭としての力はその主の為にのみ行使する。違反せし時はその力を失う』という文言を『侍祭としての力は原則その主の為にのみ行使するが、聖侍祭システィナが必要と認めた時のみ自身の正義と責任においてその力を行使することを認める』だったかな。
この書き換えた言葉をちょっと拡大解釈して、侍祭としての能力、そして侍祭として得た知識も『侍祭の力』と考えてしまえば、確かにシスティナの言うとおり全ての制約を無視できる。あの時は深く考えずにシスティナが自由に力を使えればいいなぁ、と思っただけだったのに結構凄いことだったらしい。
「ということは先のステイシアという侍祭は御山の関係者ということですの?」
葵の問いかけにシスティナが頷き、桜が更に問いを重ねる。
「まだ侍祭になれないレベルなのに御山を抜け出せた理由は何か言ってた?」
「はい、『御山は何者かに襲撃を受けた』と言っていました」
「襲撃とは穏やかではありませんわね」
「はい、ステイシアはその混乱の中、着の身着のままで山中を駆け続けて逃げ延びたようです。山中を何日彷徨ったかすら覚えていないようでしたが、侍祭として採取や狩猟の訓練をしていたためなんとか生き延びてやっと街道に出た時にはもう意識を失う寸前だったそうです。……そこへ通りがかったのが」
システィナの表情が不快感で僅かに歪む。
「……なるほどね。確かにそんな状況で見た目だけはイケメンな性戦士殿に助けられたら冷静な判断なんか出来ないかもな」
「……はい。正式な侍祭であれば、そんな時こそ絶対に契約などしません。……と言ってしまうのは簡単ですが、私はその時のステイシアを責めることはできません」
おそらく魔物だって出るだろう山中を女1人で何日も彷徨い歩き、精魂尽き果てようとした時に助けてくれた人に縋り付きたくなってしまったステイシアを俺も責められない。俺だって、蛍や桜がいない状態で異世界に飛ばされていたら不安と緊張でおかしくなっていたかもしれない。
「さりとて、あの男の言われるがまま悪事に手を染めていたことには違いあるまい」
「蛍。それは違う。心身ともに限界間近だったステイシアはおそらく『従属契約』を結んでしまったんだ。そうなってしまえば契約者の意思には逆らえない。だからシャフナーに依存してしまったことは彼女の弱さだと思うけど、彼女が問題だったのは契約の時に正常な精神状態に無かったのに契約してしまったこと。それだけだ」
「ご主人様……ありがとうございます」
何故かシスティナに頭を下げてお礼を言われた。そんなお礼を言われるようなことを言ったか?
「ご主人様が侍祭である私たちのことをきちんと理解してくれていることが嬉しかったんです。私たち侍祭は契約者を決めるまではかなり無理を言うことも出来ます。ですが、一度契約をしてしまえば契約者と一蓮托生。選んだ契約者が悪事に手を染めるような人に変わってしまったとしても従い続けるしかありません。ご主人様のおかげで私だけが侍祭として特殊なんです」
システィナは更に続けた。過去に契約時には立派な人物だった人が後に人が変わったように悪事に手を染めるようなことが何度かあったらしい。
そうなった理由はいろいろで、家族を理不尽に殺されて復讐のためであったり、侍祭の力に溺れて我欲を満たそうとしたり、知らぬ間に洗脳されて侍祭を利用するための人形のようにされたりなんてこともあったようだ。
そんな契約者に仕えた侍祭は悪祭と呼ばれ、今でも世間的に忌み嫌われているらしい。だから今回のステイシアも本来であれば悪祭ということになる。だが、今回は契約期間が短くまき散らした被害が限定的だったせいで噂はそれほど広まっていない。ステイシアが悪祭として名を残すことはないのではないかとシスティナは言う。
だけど侍祭達は悪いことがしたくてした訳ではない。契約者を選び間違えた、契約者を正しい方向へ導けなかったという落ち度はあるにしろ本来はそこまで悪し様に言われなくてはならない理由はない。
それなのに、悪祭と言われる侍祭の名前は知っていてもその契約者の名前は知らないという人の方が多いらしい。大きな力を持つ侍祭ゆえなんだろう。
そんな世の中で、侍祭が負うべき責を正しく理解してくれる人がいるというのは侍祭としてとても嬉しく、有り難いことらしい。
「そうか……システィナを基準にしてはならんのだな。すまなかったなシスティナ」
「いえ!とんでもありません、頭を上げてください蛍さん。そういう危険すらも覚悟の上だからこそ侍祭は大きな力を与えられているんですから」
「無駄に背が高い山猿はしばらくそうしていればいいですわ。それよりもです、システィナさん。その話が本当だとしてどういたしますの?」
葵の問いかけにシスティナは俯いて考え込んでしまう。もし御山が本当に何者かの襲撃を受けて壊滅しているようなら今更駆けつけたところで無駄足になるだけ。
俺には正確な位置は分からないが、ステイシアが多大な苦労をして逃げ出してきたことを考えればそれなりに秘境と言われるような場所の可能性もある。となると、ただ確認に行くだけの為に動くのはちょっとハードルが高い気がする。
「……その話を聞いてみて、改めて気になっていることがあるんです」
そう言ってシスティナは顔を上げて俺の目を見た。御山のことはシスティナにとってみれば故郷みたいなものなのだろう。詳しく聞いたことはないが物心が付くくらいから修業をしていたという話は聞いたことがある。そうであるならば、故郷のことが気にならないはずはない。
だからシスティナは御山の為に何かをやろうと決めたのだろう。それなら俺達は黙って協力するだけだ。理由を話したいなら話せばいいし、話したくないなら話さなくてもいい。それくらいの信頼関係は築けていると思っている。
「わかった。俺達は何をすればいい?」
「ルミナルタの街で聖塔教を調べてみたいと思っています。皆さんの……特に桜さんに協力をお願いしたいと思っています」
「……なんかソウ様以外から依頼されるのって新鮮かも」
「すいません。うまく私1人で出来ればいいんですけど……」
「こりゃ!」
「あんっ!」
ぶっ!……なんでいきないりシスティナの双子山の山頂を突っついた!桜?
思わぬ刺激に胸を押さえて頬を赤らめたシスティナが目を白黒させている。真面目な話の最中だっただけに完全に予想外だったのだろう。それでも俺からのちょっかいなら常に意識の隅にあるから対応できるのかもしれないが、さすがに桜からそんな攻撃が来るとは想像もしていなかっただろう。
両方の頂上を攻撃した2本の人差し指に拳銃の煙を吹き消すように息を吹きかけた桜は腰に手を当ててシスティナを可愛らしく睨んでいる。
「まだ分かんないのかなぁ。シスだって仲間で家族だっていつも言ってるのに!桜はシスに頼って貰えて嬉しかったよ」
「桜さん……」
ちょっと涙ぐんでいるシスティナを見て桜はにっこりと笑う。
「なんでも言って。桜におまかせ!だよシス」
「……は、い……はい。ありがとうございます」
そんな嫁達の様子を俺はほっこりとした気持ちで眺めていた。
……その後はもちろんもっこりで楽しみました。




