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魔剣師の魔剣による魔剣のためのハーレムライフ  作者: 伏(龍)
第4.5章

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記念SS 蛍の幸せ

 私が己というものを意識しだしたのはいつの頃だったろうか……


 もう遥か昔のことで忘れてしまったが、気が付いた時には誰かの腰に差されていた。それからは何度も持ち主を変え、常に戦場を駆け抜けてきた。


 だが……いつからだろう。私を持つ者達の技量に不満を抱くようになったは。


 本当に長い間戦場に身を置き続けた私は、戦いの経験を積みいつしか効率よく刀を扱って戦う為の動きを己の内に見出していた。


 それに気が付いてしまってからの私の刀としての生はまさに苦痛の日々だった。理に適わぬ動きでただ私の刀としての性能だけを頼りに戦う使用者達に怨嗟にも似た罵声を浴びせ、動けぬ我が身を悔しく思い続けたが……無論その声が届くことはなく、私が自ら動けるようになることもなかった。


 そんな気が狂いそうな日々が延々と続き……いつしか(いくさ)が刀としての斬り合いから銃器などの近代兵器に移り変わっていく頃には、私は社に祭られるようになっていた。


 刀としての本能は強く戦いを求めていたが、また未熟な者たちに使われるくらいならこのまま飾られ続けるのも悪くない。……そう思っていた。


 そう思っていたのに、私は戦争の混乱に巻き込まれ社から誰かに持ち去られることになった。だが既に刀で戦う時代は過ぎており、持ち去られても刀としての役割を発揮するようなことはなかった。

 私は好事家どもの間を金銭を対価に転々と渡り歩き最終的に落ち着いたのがあの蔵の中だった。


 蔵の中は薄暗く、決して居心地の良い場所とは言えなかったがほどよく静かで落ち着ける場所であったし、そこには私のように集められてきた無数の刀達が同じように保管されていた。


 古今から集められてきたらしい刀達の中には私のように年を経て意思を持つ刀ものも少なくなかった。また意思を疎通できない刀達でも優れた技術と情熱によって作られた刀達には感情を伝える力があることを刀同士は理解していた。


 のちにそれらの力は『共感』と『意思疎通』というスキルだということがわかるのだがそれはまた別の話だ。


 蔵での生活はなんともぬるいものだった。


 既に日本から戦争というものが遠ざかって久しくなりつつあったし、私が刀としての本領を発揮することはもうあるまいと諦めていた。その憂さを晴らすように隣に飾られていた私より年増の刀をよくからかっていたが、私は自分自身に常に乾いたものを感じ続けていた。


 そんな毎日に変化が訪れたのは突然だった。蔵の中の空気を入れ換える為に開け放たれていた扉の向こうからはいはい歩きの赤児が入ってきたのだ。


 人の赤児などを見るのは随分と久しぶりだった。


 おそらく庭で遊んでいたところ、大人の目を盗んでここに入って来てしまったのだろう。その赤児は蔵の中に陳列されていた刀の数々を見てどう思ったのだろうか……私達に気付くと同時にくりっとした可愛い目を輝かせてガラスケースに張りついた。


 その後、すぐに母親と思しき者が現れ、赤児を連れて行ったが妙に愛らしいその赤児は変化に飢えていた蔵の刀達の間で瞬く間に話題の中心になった。


 それからというもの、その赤児は扉が開いている隙を見つけては乱入してくるようになる。自分の足で歩けるようになる頃には一日に一度は蔵に訪れるようになった。更に成長し少年から青年になりかけてくると自分で蔵の鍵を開け、一日中蔵の中にいることさえもあった。


 刀達は毎日、あの子が来るのを今か今かと待ちわび、来たら来たで『今日は髪型が違う』『身長がまた伸びた』『私と目があった』『いやさっきのはあたくしです』などと大騒ぎをしていたものだ。



 そして……とうとうあの日が来た。



「お爺ちゃん、俺この刀にする!」


「そうか、分かった。約束だ、これはお前に預けよう。ただし、お前も約束は守れ。破った場合は蔵への立ち入りも禁止するからな」


「わかってる。絶対に屋敷の外には持ち出さないし、人が起きてる時間帯には刀を振り回したりはしない」


 そう、その子が私をその手に取ったのだ。


 その時の私の気持ちは……この蔵から出てあの子と共にいられるという喜びと、持ち出されたところで戦うことは出来ないだろうという諦めが半々だった。


 だが、そんな曖昧な気持ちはすぐになくなっていった。その子は本当に刀が大好きだった。暇さえあれば私の手入れをし、部屋にいる時は常に私を手の届くところに置く。寝る時ですら手を伸ばして届く距離の枕元に私を置いた。


 時には抱え込んだまま眠ることすらあったのだが、この時ほど私に人と同じ体がないことを悔しく思ったことはない。体さえあればこの子と抱き合えたのに……と。未熟な者達に使われていた時よりも強く感じるその思いは私の中でとても新鮮だったのを不思議に思ったものだ。


 私はこの子といることで、そんな詮無いことを考えて苦笑出来るほどに毎日を楽しめるようになっていた。

 それに、戦いへの欲求についてもこの子が毎日早朝にひたすら私を振ってくれたことが大分気晴らしになったというのもあるだろう。


 もちろんその子に刀の扱いを教える者などいない。素振りも完全な自己流。私から見れば子供のチャンバラごっこと変わらない。だが、1か月、3か月、6か月、1年、2年と一日も欠かさず刀を振り続けたこの子は刀を振り下ろすという一点のみにおいては歴代の所有者達にも劣らない程のものを身に付けつつあった。


 この子に私の持つ刀術の全てを教えたい。いつしか私の中には戦いへの欲求よりもこの子を育てたいという想いの方が強くなっていた。だが、そんなことはあり得ないということも長く生きてきた私には痛いほどによく分かっていた。



 だが……まさか! ……そんな私の望みが全て叶う日が来るとは思わなかった。


 この子と共にやって来たこの世界では私は話すこともできるし、なんと人の姿をとることすら出来る様になったのだ。


 初めてあの子を抱きしめた日のことはいまでも覚えている。あの子の感触を肌で感じたあの瞬間私を満たした感動はとても言葉では言い表せないものだった。


 さらに、人の身体を得たことで私は、私が夢想していた刀術を自らの身で体現することが出来るようになった。そして、そんな私の技術を学びたいとこの子は言ってくれた。


 私の厳しい教えに愚痴を言いつつも決して手を抜かずに真面目に応え、みるみる上達していくこの子に私は深い満足を得る。更にまだまだ行く末を見守ることすら出来る。


 このなんとも言えない満ち足りた気持ちを私は一体なんと言い表せばいいのだろう。



「終わった~、今日もきつかったぁ。ん? 蛍、どうかしたの、ぼうっとして」


「む……いやなんでもない。ちょっと考え事をしていただけだ」


「ふぅん、珍しいね。蛍がそんなに考え込むなんて」


「ほほう? それではまるで私がいつも何も考えていないみたいな言い種いいぐさだな。そんな減らず口を叩く余裕があるなら筋トレもう1セット追加だな。始め!」


「げ! マジっすか……まぁた明日筋肉痛だ。後でシスティナに回復魔法をかけて貰うかな」


 などといいつつも既に腕立て伏せを始めているのを見て私は微笑む。


 と、同時にさっきの疑問の答えが頭に浮かぶ……私は柄にもないと自嘲しつつも誰にも聞こえないような声で呟く。



「ソウジロウ、どうやら私は今、とても幸せみたいだぞ」

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