55.壁の中の大魔法卿
リチャードは、調査本部から支給された最新の小型デバイスで魔法通信を入れようとした。
(なんだ?この感覚は?)
移動の魔法でここに来た時にも一瞬感じた違和感である。泥沼やゼリーに腕や足を差し入れたような感覚だ。
(おや?)
デバイスの起動は出来たのだが、送信が出来ない。最新の受信履歴はつい先程の出発連絡だ。更新もできない。
(む?)
リチャードは、魔法波をはっきりと感じ取ることが出来る。魔力を感じ取るだけなら出来る人はそこそこいる。しかし、魔力の量、質、種類、まで感じられるのはリチャードだけだ。フィリップ班長やスーザンにもまだ到達できない領域である。
魔法となって生み出される魔力の波、即ち魔法波もやすやすと感じ取れる。デバイスから出る波の行方を追っていたら、不審な動きを見つけたのだ。
(吸い込まれている?)
魔法波は、毒霧の壁に吸い込まれている。人家は遠く、人影のない毒々しい麦畑が朝の光に波打つ。大臣用の制服を着込んだ長身の壮年が、畑の間を縫うように走る道で形の良い眉をひそめている。
(通信の魔法もダメか)
デバイスを動かすのは自分の魔力だ。従って魔力回路を通って波として出て行く信号にも、自分の魔力が混ざっている。毒霧の壁に吸い込まれるのは自分の魔力だ。
(このへんな感覚は吸い込まれているからか?)
棘草に吸い取られる時の引っ張り出されるような感覚とは違う。違うので気がつかなかった。遠くへ目をやれば、人家から立ち上る魔力の波が毒霧の壁へと吸い込まれてゆくのが見える。
(これは厄介だな)
壁は丘を越えてゴルドフォーク地方全体を囲んでいるようだ。リチャードの放つ竜巻でも吹き飛ばしきれるか不安であった。
毒霧を避ける為に自分の周りを囲んだ魔法の壁からも、よく見れば魔力が吸われている。
(まずいな)
もう手続きなどという優等生発言はしていられない。
(よし。焼こう)
リチャードは魔法の炎を放つ。
(くそ、魔法だからか!)
青色麦は炎を吸収して、呑気な風情で揺れている。
(忌々しい毒麦しかないぞ)
辺りを見回しても、火花を散らせるような物は何もなかった。
(調査班の到着を待つしかないか)
後続の調査班は、途中の村々を計測しながらやってくる。早くて3日、遅くて5日ほどかかるに違いない。
(それまで持つか?)
魔力が枯渇すれば、人は死に至る。
通常の魔力切れの場合、実際には多少残っているので休息すれば回復する。魔力も戻るし体調も安定する。だが、本当の0になると死んでしまう。
(魔法毒解毒剤で正気は保てるが)
僅かずつであっても、リチャードの魔力が確実に減ってゆく。調査班が到着するまで生き延びることが出来るだろうか。
移動の魔法で到着したのは、壁が地面に接している場所からかなり遠い。歩けば1日かかりそうだ。
(だが外に出れば通信も出来る)
リチャードの決断は早かった。現地での活動は一切諦め、一旦毒霧の壁を出ることを目指す。
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