28•ワイバンコールの音
気分を切り替えたスーザンは、バルコニーの手すりを乗り越えて直接庭に飛び降りる。しばらく鍛錬に励んでいると、昨日と同じように女中頭のサマンサが呼びに来た。
「スーザン様、お客様がみえました」
「着替えてくる」
「はい」
サマンサはお茶の用意をしに戻ってゆく。スーザンは普段着に袖を通す。なんの気無しに選んだ服だが、お気に入りのブラウスだ。菫色の縞模様は、活動的なスーザンによく似合う。合わせるのは黒無地のスカート。広がりのある厚手の生地で、内側にはフリルたっぷりのフェミニンなインナースカートを穿く。
無意識にお洒落しながら、スーザンは昨日の朝を思い出す。フィリップ班長の表情は真剣だった。
(フィル班長ったら、急に大好きとか言い出して、どうしよう)
愛しさに溶けるフィリップ班長の榛色の瞳が目に浮かぶ。スーザンは恥ずかしさに顔を覆った。
(どうしよう。顔が熱い)
フィリップ班長は「僕と同じ顔」だなんて言っていた。幸せそうな、誠実で真っ直ぐな瞳。
(ドキドキする。苦しい)
頼もしい榛色にスーザンのエメラルドが映っていた。
(恥ずかしい。逃げ出したい)
フィリップ班長の柔和な笑顔には、愛しさが溢れていた。
(でも早く会いたい)
スーザンの足が速くなる。
客間の外には首都スターゲインブルクでの執事を務めるチャールズが自ら控えていた。高貴な客人を迎えるので召使いたちのトップが対応するのだ。
部屋に入るとフィリップ班長がソファから立ち上がった。
「殿下、どうかおかけになって」
既に座っていたリチャードも慌てて立ちながら声をかける。スーザンがフィリップの正面に来たので、3人は腰を下ろす。
「おはようスー」
「おはよっす、フィル班長」
スーザンは手にした茶色いなめし革の小袋をテーブルに置く。
「竜寄せの笛だね?」
「っす」
フィリップ班長はいそいそと小袋を手に取ると、早速中を確認した。
「うわぁ、凄いね。袋も素晴らしい」
呼び子の纏う青白い光がフィル班長の嬉しそうな顔を照らす。まるで月光を浴びて微笑む穏やかな精霊のようだ。
「あれ、これ、銘有りなの?」
気のいい大男の声が弾む。魔法文字で刻まれた笛の銘を見つけたのだ。
「銀爪渓流瀑、ぴったりの名前だねえ」
「吹いてみてください」
スーザンが完全防音の魔法を使うのを確かめ、フィル班長はムーンライトフルームフォールに息を吹き込む。漣のように優しく妖精の踊りのように伸びやかな音が部屋に満ちる。
「心が洗われるようだね」
吹き終わってフィル班長が感想を述べれば、リチャードも頷く。
「鎮静の魔法効果とは」
「仲良くなった飛竜じゃなくても来てくれそうだよ」
竜寄せの笛で呼べるのは、仲良しの飛竜だけなのだ。友達の魔力を笛の音に感じて遠くからでも来てくれる。だが、ムーンライトフルームフォールの音が持つ魔法を受ければ、どんな飛竜でも協力的になってくれるだろう。
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