17•飛竜の眼
フィリップ班長は繊細な浮き彫りが好きなようだ。騎士服姿しか見たことがないし、私物といえばそれこそハンカチや財布くらいしか目にするチャンスがない。どちらも仕事用の支給品だ。
王子としての仕事中や、休日の様子は見たことがなかった。笛の模様に好みを反映したくても、竜寄せの笛しか手がかりがない。
(うーん、浮き彫りする時間はないしなあ)
期限は明日の朝。リチャードが素材を渡してくれるのは夕飯の後。一から作るため、装飾はシンプルなものにするしかない。
(飛竜の眼?)
装飾のヒントを求めて眺めていた夜の庭に、スーザンは思いがけない植物を見つけた。騎士学校の山岳訓練中にお世話になった薬草である。まさか首都の自宅に生えているとは思わなかった。
普段庭に出るといえば、朝晩の鍛錬をするくらいである。庭の植物をじっくりと観察したことはなかったのだ。
いずれ、ナイトラン大魔法卿の得意とする魔法薬精製も学ぶことになる。その為には植物に親しんでおくほうが良い。魔法毒解毒剤の原料も迷わず採取できるようになったら、魔法薬精製技術を教えて貰える約束だ。
あまり首都の自宅にはいないとはいえ、すこしぼんやり過ごしていたなあ、とスーザンは反省した。
(庭でも道でも、街中でも、もっと注意深く見ないとだめだなあ)
飛竜の眼は、葉の形が文字通り飛竜の眼にそっくりな色と形をした植物だった。やや細長い舟形の分厚い葉は地面から直に生えている。くすんだ黄色に白い斑が入っていて、光を反射する飛竜の眼に見えるのである。
木々の間にこの植物を見かけると、飛竜と誤認する時があるほどだ。逆にこの植物だと油断して、飛竜に襲われる人もいる。
この植物は、薬草である。その汁は血止めになる。煎じて飲めば軽い解毒には使える。それを教えてくれたのはフィリップ班長だった。スーザンの故郷ストロングロッド地方にはない植物だったのである。
新米の擲竜騎士たちは、あちこちぶつけたり切り傷を作ったり、うっかり毒に侵されたりする。その度に世話になるのがこの飛竜の眼だった。
「ほら、よく見といて」
うっかり毒性の強い植物の汁を浴びてしまい、腕が腫れ上がった時のことである。フィリップ班長が木の根本から飛竜の眼を引き抜き、解毒剤を作って見せたのだ。
フィリップ班長は空中に生み出した水の球と火の球を器用に操る。その様子を真似して、スーザンは自ら解毒剤を作った。片手が自由に動かせたので、スーザンにとってはそれで充分だった。
「すごいね、君」
フィリップも天才であったが、スーザンの魔法は特別だった。養父リチャードに仕込まれた高度な技術と、生来の習得能力を最大限に活かす。そして、新しい技術を見ながら真似してすぐに身につけてしまう。
「初めての解毒を片手で成功させちゃうなんて」
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