第15話 相談会
「さて……ピオテラはこれからどうするつもりだ?考えがあるなら聞かせてくれ」
店内は多少の照明があるものの、日もすっかり高くなり、窓から見える建物の石造りの部分が照り返す陽光で十分すぎるくらい明るい。
俺の質問に対して、一瞬キョトンとした顔を見せた彼女だったが、一転して腕を組んで難しい表情になる。
「うーん……玉の輿?」
「夢を聞いてるんじゃないよ!」
思わず大声を張り上げてしまった。
昼時だというのに周囲にほとんど客がいなかったことは、店主にとっては不幸だろうが、俺としては幸いだった。
「そうじゃなくてだな……。今後、こっちでどうやって暮らしてくんだって話だ」
「あー、そっちね」
「こっちしかないだろ」
「うーん……」
眉根にしわを寄せてますます難しい顔をしだす。
「一応、手に職は持ってるから、それで……」
「また誰かから拝借してまわるのか?」
「うん」
「それは職とは言わん。また居られなくなってあちこち転々とすることになるぞ」
「なはは、それは慣れてるから大丈夫だよぉ」
「ちゃんと落ち着かないと玉の輿もクソもないぞ」
「それは困る」
「……本気だったのかよ……」
夢を見るのは若者の特権だが、夢を見すぎて地に足をつけずにフラフラとしているのではいずれ倒れ込む。
早いうちに倒れ込められれば自分の足元が危うかったことに気付けるが、遅くなればなるほど宙に浮いていってしまう。
そのまま天にまで昇っていくかもしれない。
いや、そんなことはどうでもよろしい。
「あっ、でも、狩猟も出来るよ!」
「それだって、許可とか、住む場所とかを考えると帝国の戸籍とか許可とか必要になってくるだろう」
「そういえばそんなこと言ってたね……」
銃の腕が半端ではないことは先の襲撃でこれでもかというくらい見せ付けられた。
多くを望まなければそれで十分食っていけるであろう事は想像するに容易い。
だが、現状では移籍するに際して帝国から同盟の方へ戸籍の照会があった場合に、ピオテラを狙う奴らにその所在が伝わってしまう危険性がある。
正直、ここまで関わってしまったのでむざむざと殺させるのも気が引ける。
……あれ? そういえば……。
「あのさ、ちょっと気になったんだけど……」
「うん?」
「回廊内で襲撃してきた連中に見覚えは……?」
「……あー……あるね。王国内で襲ってきた連中と似たような服を着てた」
「お前のせいか!」
また声を荒げてしまった。
しかし、こいつのせいで襲撃されたのか。
どこかで見つかったなんて心当たりは……あるな。
一つは、ずっと尾けられていてこの船に入り込んだところ。
もう一つは、検問で姿を晒したところ。
そう考えれば、あんな日の高いうちから襲撃されたことの辻褄が合ってくる気がする。
帝国に脱出させる前に仕留めてしまいたかったのだろう。
「こりゃあ、いよいよ本気で同盟に戻れなくなってきたかもな」
オルが苛立たしげに口を挟む。
「うあー……」
頭を抱える。
マジかよ……。
とんでもないもの拾ってしまった……。
いや、それでも。
「……詳しくは言わないでおくが、あくまで同盟内で進んでる話であって、それも帝国にとってはあまり好ましくない内容だ。こっちで派手に動けば事が露見する可能性が出てくる。だから、帝国では安全と見ていいと思う」
「うーん……」
俺の言葉に頭を巡らせているのか、顎をさすりながら目を伏せる。
「さらに言えば、俺らの手元からピオテラを放逐すれば、幾分か身の安全性が高まるという事だ。同盟に戻れるかは本店からの返信待ちな部分があるから、そこらへんはまだ分からんが」
「ほーちく?」
「追い出すってことだ」
「そんな! あんまりだ!」
「そもそも、帝国側まで連れてくるだけって話だっただろう」
「あー、うん、そうだったね……」
「まぁ、追い出すにしたってこのままってワケにもいかんよなぁ……」
さて、どうしたものか……。
考えあぐねているとオルが不意に視線を上げ、こちらを見る。
「亡命させちまえばいいんじゃないのか?」
「ああ……確かに……。いや、ダメだな。在外公館に問い合わせが行くことになる。身元があやふやだと受け入れて貰えんかもしれん。結局、牢屋行きになる可能性がある」
「えええぇぇぇー!? 困りますぅー!」
「別に良いじゃないか。もう俺達には関係なくなるんだし……。妙に入れ込むんだな。やっぱり本当に愛人だとか?」
「んなわけあるか!」
途中でピオテラが抗議の声を上げたが、俺もオルも一緒になって聞き流す。
「身元……ですか……。でしたら、一度うちの商会員として登録しては?」
ラフナがとんでもないことを言い出した。
「ああ、そりゃいい。それが一番手っ取り早い。こっちで身元を証明してやれば、亡命という形も取りやすいだろう」
オルが賛同する。
「いや、でも、それだと、ますますピオテラと深いつながりを疑われるんじゃないか?」
俺の疑問には応えず、ピオテラを見据え、問いかける。
「ピオテラ、一つ確認だが、お前が狙ってきた奴らはお前の顔以外……そうだな、例えば住処……はなかったな。名前なんかは知られてる可能性はあるか?」
「うーん? ないと思うなぁ。王都では仕事を始めたばかりだったから、別に名の通った大泥棒ってわけでもなかったし」
「そうかそうか。それは何よりだ」
ピオテラの話を聞いて、彼は口の端を吊り上げる。
「オル、何を考えてる」
「彼女が牢屋に入れられるのは嫌なんだろう? なに、亡命するまでの間だ。すぐにでも辞めてもらえばいい。しかも名前を知られてないなら尚のこと好都合。時間が経てば元通りだ」
「……うーん、なるほどなぁ……」
一理ある。
が、何か見落としがないかを考える。
あー……こういう時に議事録みたいなものがあればいいのだが。
だが、今はそれが最善手のように思える。
「……うん、よし、とりあえずそうしてみるか。支店長に相談してからの話になるが」
「ああ、そうしよう」
オルと頷き合い、結論に達する。
「あのー……」
話がひと段落着いたのを見計らってか、ラフナが声を上げる。
「さっき空港で見た旅客船についてですが……」
「ん? ……ああ、タソルの」
「あ、そうです。タソル商会のです」
「それが?」
「あれって本当に旅客船なんですか?」
うーん……?
質問の意味がいまいち分からない。
いや、確かにタソルが旅客業を始めていたという点では疑問だが……。
だが、旅客船なのかどうかという問いには、客を乗せていた時点で旅客船だろうという答えしか思い浮かばない。
あんな手荷物を抱えた子供から大人までを乗せる船が旅客船でなくてなんだと言うのだろうか。
「旅客船だと思うんだが……。すまない、ラフナ。質問の意図がよく分からないんだが……」
「あー……えっと……皆さん、船に乗り込むときの顔が暗くて……なんか旅行に行く雰囲気じゃないなぁと思いまして……」
「それ、あたしも思った。そもそも旅行に行く人達なんて微塵も思えなかったけど」
ピオテラが追随する。
なんだ? どういう意味だ?
「オルも見てたよな。どうだった?」
「あー、すまん。そこまでは見てなかった」
一番参考になると思っていた人物からは、そのあたりに関する知見を得られなかった。
誰にだって見落としはある。
俺も先ほど見落としてることはあるかもしれないのだ。
責めようにも責められない。
「まぁ、考えられるとすれば、疎開だな」
「“そかい”? “そかい”ってなーに?」
オルの意見にピオテラが無邪気そうに食いつく。
「戦場の近くから逃げるってことだよ」
「ほぇー」
スープと一緒にパンを口にかきこんで、咀嚼しながらピオテラは納得したように頷く。
お下品ですわよ。
「ここが戦場の近く?」
「そんなワケない」
俺の馬鹿げた質問を、オルは即座に否定する。
そうだよな。そんなワケがない。
北の国境からは随分と離れている。
「むしろここが疎開先だって言われた方がまだ納得が行くくらいだ」
「疎開先からさらに疎開するのか?」
「まぁ、そういう奴もいると思うが……」
そこまで言い終えると、机に肘を付いた手の上に顎を乗せ、さらにもう片方の手で、その机をトントンと指先で叩くオル。
口は何かを呟いているかのようにわずかに動き続ける。
不気味だ。
「……まさかなぁ……」
ようやく聞こえたオルの呟きは、ついさっき聞いた覚えのあるセリフだった。
ピオテラは幸せそうに食事を頬張っているが、俺だけではなく、ラフナも何かを感じてか、オルを見つめていた。
その後も他愛のない話をあれこれしつつも、それぞれがほぼ平らげる直前だった食事を終え、代金を支払い、店を出る。
全部俺持ちだが。
ラフナが出そうとしていたが、オルと二人がかりで制止した。
気持ちはありがたく受け取っておく。
「いやー、丸くてフワフワなパンなんて久しぶりに食べたよ。おいしかったー」
「幸せそうで何よりだ」
「うん! ごちそうさま!」
皮肉のつもりだったが、言葉の裏を読もうとすることなく素直に礼を述べるピオテラ。
ああ、何か無性に羨ましい気がする。
一度きりの人生だ。
楽しまねばなぁ。




