第14話 ひっかかる人々
「イーブン! イーブンだから! お互い様! ね!?」
ピオテラが俺に対して距離を取りつつ構えている。
あのあと、俺はピオテラを突き飛ばすように押しのけ、浴室に駆け込んだ。
そこで何かに取り憑かれたように顔と着衣を洗い続けた。
『落ちない……落ちない……汚れが落ちないよぉ……』
その様は、まるで戦場で長時間極限状態に置かれた際に陥いると聞く病にかかった兵士のようだったかもしれない。
「……ラフナに聞けばよかったんじゃないのか……」
「いや、その、お腹に良いのをもらっちゃって、聞くに聞けなくなったというか……」
「え!? 私、そんなことしたんですか!?」
どうやらラフナの寝相は悪いらしい。
彼女の寝姿なんて一度も見たことないからな。
「良いストレートだったぜぇ……」
「いや、そんな、お恥ずかしい……」
ピオテラの感想に頬を赤らめるラフナ。
そんな彼女の表情は、恥ずかしいというより褒められて喜んでいるように見える。
なんなんだ。
「イーブンとは言うがな。1度目はお前のせいだったし、2度目は俺のせいじゃなかっただろ」
「いや、1度目はディムくんがごねたせいでしょ」
「ごねたのはどっちだ」
「そっち」
「お前だ!」
ああ、頭が痛くなってくる。
これから支店長との話し合いなのに……。
ちなみに部屋を汚してしまった分、余計な出費を強いられた。
寝具の総取り替え、掃除、湯沸し用の木炭などなど……。
再び紙幣が1枚飛んで行った。
悲しい。
そんな責任のなすりつけ合いをしながら、支店にたどり着く。
一緒に入ろうとするピオテラを押し留める。
「待ってろ」
「えー!? またー!?」
「しょうがないだろう。ああ、そうだ。日は高いんだし、街中を見回ってきたらどうだ」
「うーん……」
「空港が見えるだろ? あとで俺達もあそこに行く用事があるから、迷ったらそこへ向かえ。日がてっぺんに昇るころにはそっちに行くから、落ち合えるだろう」
「おー、見える見える。分かりやすいね。うん、じゃあ、適当にそこらへんぶらついてくるよ」
「そうしてくれ」
ピオテラと別れると支店に入り、オルと共に応接室へと通される。
ラフナは待機だ。
室内へ入ると、商会の外からの客にも対応するために、内部の装飾はとても整然として美しい。
ソファも机も、意匠が凝っている。
ソファ一つをとっても艦内のモノとは比べ物にならないくらいの座り心地の良さだ。
そこに50代半ばを通り過ぎた少しやつれた顔の男性が座っている。
白髪がところどころ混じり、苦労を感じさせる。
「やぁ、ディムロくん、ご無沙汰だね」
「どうも、アルバノー支店長」
「今、お茶を用意させるよ。おーい」
彼の声に応えて、すぐさま給仕が駆けつける。
彼が一言告げると、既に用意していたのであろう、時を置かずしてテーブルにカップが並ぶ。
彼はそれに一口つけると、カップを置き、口を開く。
「整備班の班長から聞いたよ。悪天候の中を急いできたんだってね」
「いやー、ははは……まぁ、そのようなものです」
「そうかそうか。時間に厳しいのは良いことだ。だが、あまり無茶をしてくれるなよ。うちはまだ、船も、それを動かす人材も少ないんだ」
「肝に銘じます」
「うん。えーっと、それで……これからどうするつもりだい?」
「毛織物とガラスを仕入れたので、もう少し南の方へ行ってみようかと」
「ああ、そりゃいい。南の方ならまだまだ平穏だからね。高値もつくだろう」
「はい。ところで、気になったのですが……」
「うん?」
「同盟と帝国の通貨レートが下がっているみたいなんですが、何かご存知で?」
「ああ、うん、そうだねぇ……まぁ、一つは北方での戦争……というのは分かるよね」
「はい」
「あとは……これは噂程度なんだが……改鋳が行われるんじゃないかって話だ」
「うーん……」
唸ったのはオルだ。
彼を一瞥して支店長は話を続ける。
「噂程度ではあってもね、やっぱり耳ざとい奴らは反応するんだよ」
「同盟内の商会連中ですか」
「うん」
「改鋳は戦費捻出の名目で?」
「実際に行われるとしたら、まずはそういうことになるかな」
「はは、そこまで帝国の懐は浅くないでしょう」
「私もそう思うね。だが、目立たないように資産を引き上げ始めてる、なんて話もちらほら聞くよ。まぁ、さすがに虚説の類だろう。戦争がもうすぐ終わるという話も出てるし、勝とうが負けようが、帝国を揺るがすほどにはならないだろうからね。一時的なものに過ぎないと思ってる」
ずっと前かがみで話していた支店長が、体を起こして背もたれに預ける。
ソーサーごと持ち上げ、カップを傾ける。
「ま、私が知る限りの情勢はこんなもんかな。すまないね、まだまだ網を広げられていないんだ」
「いえ、十分参考になりました」
「それなら良かった」
「とりあえず、南へ行ってみて、また色々と探ってみます」
「ああ、何か商売のタネになりそうなものがあったら頼むよ」
「もちろんです」
「そうだ。逆に聞きたいことがあるんだが……」
「なんでしょう?」
「最近、タソル商会がやけに羽振りがいいんだが、同盟の方で派手な動きを見せてなかったか?」
「タソルですか?」
タソル商会はうちの本店がある王国とはまた別に同盟加盟国にある商会で、主に海水塩や食品を扱っているところだ。
他にも細々と陶磁器などを商っているが、規模で言えばうちよりも少し大きいくらいだ。
塩と食品の需要が高まっているとは言え、支店長をして『理由は分からないが羽振りが良い』と言わせるほど伸張するだろうか?
陶磁器の扱い量を大幅に増やしたか……それとも別の何かに手を出し始めたか……。
ただ確実に言えることは、同盟にいる時にタソルが勢いを増しているなんて話を聞いたことはないということだ。
うーん、分からん。
「いえ、向こうに居る間でそのようなことは特に……」
「ふぅむ……。まぁ、引き続きこっちでも探ってみるし、君らも何か気付いたら教えてくれ」
「わかりました」
「これからの予定は?」
「ええと……まずは船の整備の人間と話して、それから決めるつもりです。結構派手に損傷させたので、数日はこの街に逗留することになりそうです」
「そうか。また何かあったら訪ねてくれ」
「はい、ありがとうございます」
冷めてしまった茶を一息で飲み干すと、立ち上がり、退室する。
部屋を出ると、すぐ傍の椅子にラフナが座っており、俺達に気付くと席を離れ、歩み寄ってくる。
「どのようなお話を? あ、もちろん、差し障りの無い程度で構いません」
「あー……うん、まぁ、急いで動かなきゃいけないってことはない感じかな。ところで、ラフナはタソル商会って知ってるか?」
「そう……ですね、名前を耳にしたことがある程度です」
「そうかぁ……」
「何か問題でも?」
「いや、なんか儲かってるらしくて……」
「考えたってしょうがないだろう。ほら、空港に行くぞ」
オルが俺の思索を阻み、次の用件にと促す。
「あー、うん、そうだな」
ちょっとしたモヤモヤを抱えつつ、支店を出た。
*
「おー、やっほー」
塔への入り口のすぐそばに立っていたピオテラが、こちらへと手を振ってくる。
「街巡りはもういいのか?」
「うん、というよりお金ないしね」
「ああ……」
「ちょっとくらい恵んでくれてもいいのよ?」
「その話はあとだ」
「え!? 脈有り!? やったぜ!」
そんな話をしながら船の前まで辿り着く。
後部ハッチの前に日がな一日日光に晒されたせいか肌を浅黒くしたガタイの良いおっさんが、空いた穴を眺めている。
「班長」
「おう、やっと来たか」
俺の声に振り向くと、その顔は毛むくじゃらだった。
とは言え、造形は悪くないのでダンディと言って差し支えない。
彼がうちの商会専属の整備班のまとめ役だ。
「派手にやらかしたな」
「ははは……まぁ、色々とありまして……」
「色々ぉ?」
「色々です。色々……」
思い出すだけで疲労がぶり返してくるように錯覚する。
「とりあえず、鍵を開けてくれ。中も見たい」
そう言われ、舷側の扉の鍵を開け、一緒に入っていく。
「中は……なんか綺麗だな」
「しっかり掃除してますから」
俺が。
だって何だか落ち着かないんだもの。
「ふーん……まぁ、そこらへんは置いといてだ。どっか気になるところとかあるか?」
「同盟側の検問で水道管の錆がどうこう言われましたね」
「そうか。じゃあ、そこらへんを重点的に見てみるとしよう」
「はい、お願いします。ああ、そうだ。ハッチの穴で分かってるでしょうけど、結構無茶をしたんで補助翼あたり……と、それにラダーペダルと操縦桿に繋がってるワイヤーなんかも見てもらえると……」
「どえらい大仕事だな! あとは機関室と、ハッチの張り替えと……見積もり出すのも一苦労だな。また明日来てくれ」
「いやー、すいませんね。……あ、それと、銃と弾薬の方も補充と整備をお願いしたいです」
「はぁ? 何に使ったんだ?」
「はははは、いや、なんというか、その……色々ですよ」
「さっきからそればっかりだな。まぁ、いい。その分、駄賃も増えるからな」
「お手数かけます」
「おう。鍵はこっちに預けてくれ」
「はいはい」
そう言われ、持っていた鍵を班長に手渡す。
「さっきも言ったが、また明日来てくれ。……下手したら明後日になるかもしれんがな」
「分かりました。とりあえず、明日また来ます」
「そうしてくれ」
二人で船の外に出ると、班長は声を張り上げ、整備班の面々を呼び寄せる。
10名前後の人間が集まり、班長を中心にして話し合いが始まる。
さて、俺たちはもう用済みだ。
「よーし、じゃあ、適当な食堂でピオテラの今後の相談会だ」
近くにいるはずの3人に向けて呼びかける。
が、何も応答がない。
見回してみると、3人が3人、同じ方向を見ている。
俺も釣られて目をやると、多くの人が船へと乗り込んでいく。
幼い者もいれば、妙齢の者もいる。
……あれがどうしたんだ?
ただの旅客船だろう。
「ちょっと、ディム」
視線をこちらに向けるでもなく、オルが俺を呼び寄せる。
「なんだ?」
「あれってタソルの船だよな」
そう言われ、船に目を凝らすと、確かにタソル商会の標章が描かれている。
「そう……だな」
「タソルが羽振りが良くなったのって、旅客業を始めたからってことか?」
「そんな話、支店長はしてなかったが……」
「そうだよな。支店長の言い振りからすると、金回りが良くなったのはちょっと前からって話だったし……。今日から始めましたってんでは辻褄が合わないよな」
「そうなるな」
「俺はあれが輸送艦にしか見えないんだが、お前から見てどうだ?」
「同意見だ。内装が旅客用になってる可能性もあるが……」
「うーん……?」
二人して首を傾げる。
「いや、まさかなぁ……」
オルが何かに思い当たったようで、ぽつりと呟く。
「なんだよ」
「いや、うーん……」
「煮え切らないな」
「……また考えがまとまったら話す」
「……そうか。わかった」
「ひとまず、飯に行こう」
「ああ。っと、その前に宿の方も予約しなきゃな」
「それは直接宿で頼もう。で、近くの食堂で昼飯だ」
「うん、そうしよう」
ピオテラとラフナが黙りこくったままだったので、顔を見ると、何やら難しい顔をしていた。
なんだ……?
まぁ、食事の際にでも聞いてみよう。
ラフナはともかく、ピオテラの方は大した話じゃないだろう。




