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第11話 銃後

「くさい」

「ああ、くさいな」


 貨物室の中でオルと二人で並んで立っている。

 ようやく生物学的な悪臭から解き放たれたのに、今度は化学的な悪臭が立ち込めている。

 先ほどの撃ち合いでこもってしまった火薬のニオイだ。


「まぁ、その……換気窓も増えたわけだし……次の検問で換気も出来るだろう」

「換気窓が増えたのは非常に不本意だ」

「そうだろうけど……」


 オルの言葉に反発する。

 空賊に空けられた穴を見ながら。


「どう説明するかな……」


 ジッと穴を見つめながら思案する。

 帝国側の検問であの穴を見咎められれば、何があったのか、と根掘り葉掘り問い質されて時間を食う可能性がある。


「奴らに対応して、この天気の中を有り得ない速度で進み続けたからな。ある程度の時間的な余裕は出来たかもしれん」

「そうか……」

「けど、やっぱり何事もなく通過出来るのが一番良い」

「そうだよな……うーん……」


 腕を組んで考え込む。


「ボロ船だから……ってのは?」

「有りか無しかで言えば……有りだが」

「じゃあ、それで……」

「しかし、どうかな。相手は戦争しっ放しの帝国だ。火薬のニオイをよく知ってるかもしれん」

「ぬぐぐ……」

「アンカーも打ったり打ち込んだり、ラムで突っ込んだり突っ込まれたり。穴の形で気付かれる可能性も無きにしも非ずだな」

「……考えすぎじゃないか?」

「まぁ……そうかもな……」


 あらゆる可能性を考えて対策を立てるのは決して悪いことではないが、考えすぎて逆に悪化する場合もある。

 相手も人間だ。

 良くも悪くも想定外な事態を引き起こすことの方が多い。

 そうなってくると、結局、その場その場で対応せざるを得なくなる。

 ……まことに遺憾ながら、同種の事例は、ほんの数時間前に経験済みだ。


「ああ、そうだ。今はこのままにしておいて、直前に中から板でも打ちつけよう。それなら、ボロ船だから、って言い訳も通りやすくなるかもしれない」

「ああ、それはいい」

「それでもしダメなら……お互いにいくつか言い訳を考えておこう」

「最悪、正直に襲われましたって言えば良い。あまり言を翻すと、痛くも無い腹をかっ捌かれる」

「部分的に痛い腹はあるがな……」

「……そうだったな……」


 頭の中に『んひひひ』という笑い声が響く。


「しつこいぐらいに言い含めよう……」

「頼んだ」


 あ、やっぱり俺の役目なんだな……。


 さてさて……ボロ船という理由で通れればスムーズなんだが、どうだろうか……。



 *



 通れました。


 人数数えて、船内を早足で見回って、荷物をボーッと見回して、『はい、いいですよ』。

 ゆるっゆるだな!

 大丈夫? 今までの検査官はもっとしっかりやってたと思うけど?

 たまたま俺達に都合の良い緩い検査官に当たったのか、そもそも検問自体が緩くなってるのか。


「ディム、そんな難しい顔はもうしなくていいぞ。無事に通過できたことを祝おうじゃないか」

「……ん……ああ、そうだな。祝杯はカルノに着いてからだが」


 艦橋であの撃退戦を振り返って互いの無事を喜んだり、健闘などを称え合う。

 ついでに、ピオテラの活躍についても触れる。

 そのピオテラも、宣言どおり失敗から学んだようで大人しくしてたし、変事なく通過できたことは本当に喜ばしい。


「それで、なんで難しい顔してたんだ? ピオテラのあの大失態についてなら、やることは決まってるんだから今は悩む必要ないだろ?」

「いや、検問が緩すぎやしなかったかなぁ、と……。たまたまそういう緩い検査官に当たっただけ……とか?」

「あー、そこか。うーん……まぁ、それもあるだろうし、あとは……憶測の域を出ないが、戦争のせいで必需品が北に流れて、同盟から来る物資の重要度が高まってるから……とかかなぁ……」

「ふーん……なるほどなー」

「いや、あくまで憶測だぞ。俺らは貨物便だからかもしれないが、旅客便はさすがにもっと厳しく確認するだろう。そっちに注力する分、貨物については手早く済ませてるのかもしれん」

「ああ、防諜の関係ね……」

「それも憶測だ」


 我らがバネラクサネ同盟は、多くの独立中小国家で結成されている。

 結成から100有余年を経ているが、前にも述べたように、その間に戦火が及んだことは一度も無い。

 なぜかと言えば、同盟を陸伝いに囲む大国3ヶ国が、その中小国家全ての独立を保障しているからである。

 独立の保障とはつまり、『その国を滅ぼそうとしたら許さないよ。引っぱたくよ。物理で』という宣言である。

 だが、バネラクサネ同盟自体、あるいはその加盟国がどこかの国を侵略するために攻撃を仕掛けたとしても、その三大国は決して行動を起こさない。

 その過程で、保障した国家の独立が危うくなるほどの段になってようやく、防衛の為に支援を行う程度の約束である。

 あくまで、“独立を保障するのみ”である。


 学者ではないので詳しい事はよく分からないが、同盟の名前の元となっているバネラクサネ地域は地政学的に戦場になりやすい場所に位置しているそうな。

 元々この地域内でも争いは絶えなかったが、山脈を挟んだ向こう側に大国が形成されるにつれ、それらの国々が当地域で火花を散らし始めた。

 西のフラッシェルキやその前身となった国々。

 東のシュカドナーヴォ連合王国成立以前の国々。

 そして南の長い歴史を持つ大国、ヘイルイゼク。

 時代や相手を変えて何度も何度も通過、あるいは領有を試みてバネラクサネ地域でドンパチを繰り返した。


 転機となったのは100年とちょっと前の頃。

 バネラクサネ地域の西方を当時新興国だったフラッシェルキ、中央をヘイルイゼクが相争いながら制圧した時のことだ。

 当時、シュカドナーヴォが連合王国になる直前の争いを繰り広げている最中、その東の国々は西に懸念材料が増えるのを好ましく思わなかった。

 シュカドナーヴォの前身、シヴァラティワ王国とドーア・マイルク王国は共同して、ヘイルイゼクとフラッシェルキの仲裁を全身全霊を傾けて開始し、両軍をバネラクサネ地域から退かせたのだ。

 そして、その4ヶ国は講和会議の場で、シヴァラティワとドーア・マイルクの合同を承認。

 バネラクサネ地域に存在する中小国家への相互不可侵、不干渉。

 及び、その中小国家への独立の保障を決めた。



 長く続いた動乱でほとほと争いが嫌になった地域の国家群はそれを歓迎した。

 そしてすぐさま同盟の結成に動き、3大国に対し中立を宣言した。

 独自の動きだったが、その同盟の結成はそれぞれの大国の思惑と一致したようで、容認された。

 しかし、その一連の動きはいずれ周囲の国々に逆襲するためというような野心的なものではない。

 さすがに相手が悪すぎる。

 あくまで、3大国に対し『少しでも威嚇になれば』という程度のものだ。

 こうして、100有余年に渡る平和の礎が築かれたのである。


 以上、兵学校の歴史教科書より。


 だが、中立であるからこそ、各国から人や物の出入りが多くなる。

 その中には当然、各国の諜報員なども含まれてくる。


「自存自立が困難なのは、国としては哀れな話よなぁ……」

「それで商売が捗るんだから、俺はありがたく思うよ」


 生粋の商人であるオルは真心からの意見を口にする。


 まぁ……そうだな。

 おかげさまで食べていけるのだ。

 少なくとも今は、現状に甘えよう。


「だいぶ日が傾いてきたな」


 オルにそう言われ、窓の向こう側へと目を向ける。

 まだまだ空には雲が広がってはいるが、回廊内で見たものよりは黒さを薄め、灰色がかっている。

 そこから差し込む控えめな陽光が、徐々に赤みを帯びてきている。

 だが、まだ夜には程遠い。


「なんとか日があるうちにカルノに着けそうだな」

「ああ……というより、もう見えて来ている」


 視線を若干下に向けると、開けた農地の先に、多くの建築物が立ち並ぶ、周りとは違った色の点が見えている。

 隣からカチリという音が聞こえる。


「予定よりも少し早いぐらいだ」


 オルが懐中時計を見ながら、そう話す。


「それはよかった」


 本当によかった……。

 あの天候の中、従来では有り得ない速度で回廊を突っ切ったからな……。

 彼がさっき言ったように、無事に抜けられたことを慰めとしよう。


 まだまだ問題は山積している。

 我が身の無事を喜ぶのは程々に、気を引き締めなおそう。


 さぁ、カルノだ。



 *



「随分とお早いご到着ですね」

「色々あってな。間に合ってよかったよ」


 港でオルと支店の港湾担当者が談笑している。

 本来であれば、責任者たる俺が相手をするべきなのだろうが、ああいうのはオルに任せる方がいい。


 それを横目に、俺はハッチに応急処置として打ち付けていた板を取り外している。

 貨物を降ろす際の邪魔になるからだ。

 色々と溜まった鬱憤を、外すためのテコに押し付ける。

 なかなか楽しいな、これ。


「やぁやぁ、ご苦労様」


 不意に声をかけられる。

 声がした方へと視線を向けると、良い笑顔のピオテラと、付き添うように立っているラフナが目に入る。


「よう、商売女。この船は着いたばかりで、お呼びじゃないぞ」

「あっ、ひどいんだー」


 プクリと頬を膨らませるが、本心ではないことは分かってる。

 すぐさま頬をしぼませると、彼女は微笑む。


「ありがとね」

「……いや」


 予想外の言葉に驚き、一拍遅れて返事をする。


「こちらこそ、助けられたよ」

「そうなの?」

「ああ。……まぁ、合計すればマイナスだがな」

「むぅー……ま、そうかもね。んひひひ」


 彼女は船内から出てきたが、誰も見咎める者はいない。

 検問所とは違い、都市の空港では細かく確認されることは無い。


「これからどうするんだ?」

「んー……どうしようかなー。考えてなかったや」

「気楽なもんだなぁ……」

「長生きの秘訣だよ」

「ははは、そうかもな」

「なっはっはー」


 笑いあう。

 まさか、こんな場面が巡ってこようとは、出会った当初は夢にも思わなかった。


「うーん……そう、だな。とりあえず、今夜はうちが用意する宿に泊まってけ。明日になってから、また今後を考えればいい」

「え!? ホント!? うわぁ、嬉しいなぁ」

「俺も今は上手く頭が回ってないし、明日になれば今後について相談に乗ってやることもできるかもな」

「おぉ、至れり尽くせりだね」

「ただし、監視役としてラフナをつける。頼めるか?ラフナ」

「はい、構いませんよ」


 いつもの優しい笑顔で頷く彼女。


「わぁい! ラフナと一緒! 徹夜で色々遊ぼうね!」

「いえ、それは……」


 補修用の板を取り外し終えると、次々と積荷が降ろされていく。

 さて、荷降ろしは空港の作業者に任せるとして……。

 今から支店に行って諸々の手続きをする際に、一緒に朝一に同盟へ向かう便で何か変事はなかったか本店に問い合わせてもらう段取りをつけよう。

 その回答が来るまでは……またオルと相談しよう。


 補修用の板を外し終えると、次々と麻袋を積み上げたパレットが運び出されていく。

 パレットが通り過ぎるたびにチラチラと目に入る穴が気になる。

 それ以外にも支店の整備係に色々と見てもらわなければならない。

 かなり無茶な扱いをしたからな。

 それがどれだけかかるか……。


 急ぎではないとは言え、未だいくつかの積荷は抱えている。

 出来るだけ早く、南へ飛びたいな。


 なんにせよ、まずは支店に向かおう。

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