第七十七話 大天才
帝国と通じている疑惑がある議員の娘に近づくため、パールにリンドルの学園に通ってほしいと言いだしたギブソンにバッカス。アンジェリカは一抹の不安を覚えるものの、パール本人はノリノリであった。
「本日試験を受けるのは五人ですか」
髪に白いものが混じった初老の男は、手渡された書類に目を落とすと表情をいっさい変えぬまま紙面に目を走らせた。
ここは旧王国学園、現リンドル学園の学園長室。
「ん? このパールという子は父母の名前が書かれていないようですが……む? 冒険者ギルドのギルドマスターが後見人……?」
学園長は怪訝な表情を浮かべ顔をあげると、書類を運んできた女性の教師に何やら問いたげな目を向けた。
「あ、はい。何でもその子のご両親は高名な冒険者らしく、娘さんだと知られたら騒がれるおそれがあるからと」
「……ふむ。それにしても我々にまで秘匿するというのはいったい……」
学園長のギルバートは、額に刻まれた深いシワを指で撫でつつ思案する。
「さあ、そこまでは……ただ、何かあれば冒険者ギルドが責任をもつと。あと、バッカス代表議長もその子を支援しているみたいです」
ギルバートの顔に驚きの色が浮かぶ。
「なんと……。それはかなり優秀な子ということなのでしょうか?」
「優秀なのは間違いないとのことです」
ふむ。冒険者ギルドのギルドマスターに、国家運営に携わる重鎮が太鼓判を押す七歳の女の子。
「少し楽しみですね」
椅子から立ち上がったギルバートは、窓の外に目をやると聞こえないくらいの声でそう呟いた。
「わあーー。大きい〜!」
リンドル学園の敷地前で、パールは施設の大きさに圧倒されていた。
「まあ、リンドルで唯一の教育施設だからね」
パールの隣で口を開いたのは眼鏡がよく似合う小柄な美女。冒険者ギルドの受付嬢トキである。
彼女は、ギブソンの指示によりパールに同行していた。試験前の手続きに大人が必要とのことで、ギブソンがトキに同行するよう指示したのである。
なお、詳しい事情は聞かされていないようだ。が、パールが子どもながらに凄腕の冒険者と理解しているため、おそらく何かの依頼なのだろうと推測している。
試験はまず筆記が行われ、採点と休憩を挟んだあと特殊技能の実技試験が実施される。
「パールちゃん、手続き終わったよ」
手続きを終えたトキから番号が記載された受験票を受け取る。
「本当に一人で大丈夫? 試験終わるまで一緒にいようか?」
「大丈夫ですよ! 午後まで試験あるから遅くなっちゃうんで。ギルドマスターさんにお礼を言っておいてもらえますか?」
「パールちゃん、ほんとしっかりしてるわよねぇ。偉いわぁ。じゃ、私は戻るけど試験頑張ってね!」
トキにもお礼を言って別れたパールは、案内された部屋で適当に着席するとそっと周りに視線を巡らせた。
私以外に四人もいるんだー。でも、私と年が同じくらいの人は少ないかな? みんな私より少し年上っぽいなー。あ、一人は女の子だ。
そんなことを思っていると、大人の女性が部屋に入ってきた。先生かな?
「皆さんおはようございます。私は当学園の教師、ラムールです。本日の試験における案内や進行を務めますので、よろしくお願いします」
挨拶を終えると女性教師は胸の前に抱えていた書類を一人ひとりの机に配っていく。
「皆さん、用紙は行き渡りましたね? では──」
「あ、あのっ!」
試験開始を告げようとした教師の声を遮ったのはパール。顔に戸惑いの色を浮かべ用紙と教師の顔を交互に見ている。
「えーと、あなたはパールさんですね。どうしましたか?」
「あ、あの。試験の用紙ってこれで合っているんですよね? その……間違いとかじゃなく?」
パールは少し上目遣いで教師へ疑問を口にした。
ラムールはパールのそばへ行き、机の上の用紙を確認する。
「ええと……ええ。間違いないですよ」
ふふっ。試験内容が難しすぎて驚いたのかしら? ラムールはそう思ったのだが、実はそうではない。
「あ、はい……。分かりました」
「コホン、では。改めて試験開始!」
静寂に包まれた室内。カリカリとペンを走らせる音だけが静かに響く。
パールはまだ少し戸惑った表情を浮かべていたが、口を真一文字に結んで気合いを入れ直すと、ものすごい勢いでペンを走らせ始めた。
「そこまで!」
筆記試験が終了した。今から別室で採点が行われ、午後からは実技だ。
あー、座りっぱなしって疲れるなぁ。二時間連続はちょっときついよ。まあ試験は多分大丈夫だと思うんだけど……。
それにしても、ずいぶん簡単な内容だったような……。あまりにも簡単だったから、試験用紙を間違えてるのかと思ったよ。
周りを見ると、皆んなぐったりとしている。何故だ。
とりあえずお腹空いたな……。
パールは、屋敷を出る前にアリアから手渡された箱を袋から取り出した。ワクワクしながら蓋を開ける。
目に飛び込んできたのは、彩り豊かな具材をやわらかなパンで挟んだサンドイッチ。ひとつつまむと、指先にほどよくしっとりとした触感が伝わってきた。
「いただきまーす」
実技試験を控えて緊張している受験生のなか、呑気に食事をとり始めるパールに全員が呆気にとられた。
もしかして、とんでもない大物なのでは……。誰もがそう思わざるを得なかった。
「が、学園長!!」
ノックも忘れて学園長室へ飛び込んできたラムールに、学園長のギルバートは怪訝な目を向ける。彼女の顔には驚愕の色がありありと浮かんでいた。
「ど、どうしました? 試験で何か問題でも?」
「こ、これを見てください!」
ラムールは執務机の上に一枚の答案用紙を勢いよく置いた。
意味が分からないまま答案用紙を手に取り、視線を這わせたギルバートの目が驚愕に見開かれる。
「こ、こ、これは……!」
一般常識からこの国の歴史、算術、古代文字にいたるまでほぼ満点である。それだけではない。
かつて王国学園だったとき、自信過剰で天狗になった貴族の子息や令嬢の鼻を折るために出題していた高難易度の問題。
魔法陣に関する高度な理解が求められる問題まで完璧な答えを導き出している。
今回の受験生は、全員魔法が特殊技能とのことだったので、久々にこの問題を引っ張り出してきたのだ。
「ば、ばかな……。これを七歳の子どもが……?」
著名な冒険者のご息女とは聞いていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。
「もしかして、とんでもない大天才なんじゃ……」
ギルバートとラムールは顔を見合わせたまま、しばらく言葉を発せなかった。
そしていよいよ、学園の歴史に長く刻まれることになる伝説の実技試験が始まるのであった。
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