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閑話 我の名は 2

ランドール共和国とセイビアン帝国を隔てる国境周辺には、整備されていない手つかずの荒野が広がっている。


ゴツゴツとした大小さまざまな規模の岩山がいくつも点在するため、身を隠して待ち伏せするには適した環境だ。



「このあたりでいいのか?」


周りをきょろきょろと見回すケトナー。


「この辺は地面が硬いうえに平らだから、帝国との行き来によく使われてるのよ。ちょっとした道のようなものができてるでしょ? 基本的に商隊もここを通るわ」


風に靡く髪を押さえつつキラが答える。



「なら、道を挟むような形で待ち伏せたほうがいいな」


商隊が通るであろう道に目をやりながら、フェンダーが提案した。


道、と言っても整備されたものではなく、幅は二十メートルほどある。敵が現れる場所によっては対応が遅れてしまうため、フェンダーの提案は的を射ていた。



「そうね。じゃあ二手に分かれて待機しましょ。どう分ける?」


「どちらにも魔法の使い手は欲しいな。俺とパール嬢、フェンダーとキラでどうだ?」


ケトナーの提案に三人が頷く。


「どんな敵か分からないから慎重にいきましょ。ヤバそうな相手ならヘタに手を出さないこと。自分たちの命が最優先よ。パールちゃんもいいね?」


「うん!」


こうして、パーティを二つに分けたパールたちはそれぞれが岩場に隠れて敵が現れるのを待つことにした。




三十分程度が経過したころ、帝国側から商隊がやってきた。パールたちに緊張が走るが、盗賊らしいものは現れなかった。


「盗賊出なかったねー」


「そうだな。だがまだ油断はできん。パール嬢、気を抜かないようにな」


「はーい」


お腹すいたなー、などと考えながらパールは岩場の陰からあたりの様子を窺った。



さらに一時間程度が経過したころ、今度はランドール側からの商隊が国境に差しかかった。


「今日国境を通過する商隊は二つだから、これが最後よね」


「ああ。もし盗賊が現れるとしたら──」



──キラとフェンダー、二人は同時に異様な雰囲気を察知する。


「何か、禍々しい魔力を感じるわ……」


小声で一人ごちたキラは、そっと岩山からあたりに視線を巡らせる。


間もなく商隊の先頭はキラたちが潜む岩場の近くへ達しようとしていた。



と、そのとき。


キラは商隊から百メートルほど離れた場所に、誰かが立っているのを見つけた。距離があるためよく見えないが、ローブを纏った小柄な人間に見える。


何だ? そこで何をしている?


キラが疑問を抱いた刹那──



商隊の先頭集団が突然爆ぜた。


突然の轟音に、思わず耳を塞ぐキラとフェンダー。


「い、いったい何だ!?」


「分かんないけど、多分あいつが放った魔法だと思う!」



悠々と商隊へ歩を進める小柄なローブ姿のそれは、紛れもなく禍々しい魔力の元凶だった。


どうする? 飛び出すか──


キラたちが迷っているさなか、小柄なそれが纏っていたローブを脱ぎ捨てた。



健康的に見える小麦色の肌に特徴的な長く尖った耳。


肌を刺すような禍々しい魔力に強力な魔法。



「──ダークエルフ」


愕然とした表情を浮かべたキラがぼそりと呟く。


ダークエルフはエルフとまったく異なる存在と言って過言ではない。多くの個体はあらゆる種族に敵対し、剣技や体術、魔法に長けている。



「まずいよ、フェンダー。あれはダークエルフだ」


「そんなにやべぇのか?」


「エルフの上位種であるハイエルフにも匹敵する魔力をもち、しかも独自の闇精霊魔法を操るとびっきりにヤバいヤツだよ」


キラの頬を冷や汗が伝う。


四人でかかれば何とかなる可能性はある。だが敵の力が上回ればそのときは……。


パールちゃんの命を危険に晒してしまう。



「……残念だが撤退だ。パールちゃんを危険に晒すわけにはいかない。一度撤退しギルドマスターに相談を──」



途端に腹の底まで響くような爆発音があたり一帯に響き渡る。


またあいつが魔法を!?


と思ったキラだったが、視線の先ではそのダークエルフの周辺が爆ぜていた。何が起きたのか理解できないキラたちの耳へ飛び込んできたのは……。



「……我の名はパール! 偉大なる真祖アンジェリカ・ブラド・クインシーの愛娘であり聖女、Aランク冒険者であーる!……ひっく」


鈴のようなかわいらしい声で名乗りをあげるパールの声だった。


「!!!?!!?!?」


驚きすぎて心臓が止まりそうになったキラとフェンダー。


声がする方向に目を向けると、岩山の上に立つパールの姿が目に入った。


彼女の背後には直径一メートル前後の魔法陣がすでに五つ展開されている。やる気満々だ。



「ちょ、ちょちょちょ待って! パールちゃん何やってんの!?」


「お、俺に聞いても知るかよ! もしかしてケトナーの作戦とか?」


「んなわけないでしょーが!」


慌てたキラは飛行魔法を使い、低空飛行で目立たぬようケトナーのもとへ向かう。



「ちょっと! 何やってんのよ! パールちゃんどうしちゃったの!?」


キラはケトナーの両肩を掴んで前後に激しく揺する。


「い、いや、それが俺にも何が何だか……。いきなり様子が変になって……」


ケトナーの顔も真っ青である。


と、ケトナーの足元に何かの包み紙が落ちているのを視界の端に捉える。


朝、アリアから貰ったウイスキー入りチョコレートの包装紙だ。そう言えば、ギルドでケトナーたちにもお裾分けしたんだった。


まさか──



「ねえ……朝あげたチョコ、まさかパールちゃんに食べさせてないよね……?」


「ん? いや、一つ分けてあげたが? パール嬢がお腹空かしてたみたいだったからな」


キラは頭を抱えてうずくまった。


間違いなく原因はそれだ──


ケトナーたちにお裾分けしたとき、キラはウイスキー入りのチョコと説明するのを忘れていたのだ。


つまり、今のパールは酔っ払っている。


と、再び轟音が響き渡る。



「ふふふー! どうした! それでも商隊をいくつも襲撃したお尋ね者か! ひっく。本気でかかってこーい! ひっく」


パールの声も響き渡る。


酔って力の加減ができなくなっているのか、凄まじい威力の魔導砲を連発しているようだ。



「ちょっと、どうすんのよ……」


「……こうなったらやるしかないだろ。パール嬢だけに戦わせるわけにはいかん」


「相手がダークエルフってのも問題だけど、今の酔っ払ったパールちゃんに魔法で誤射される可能性もあるんだけどね」


じろりとケトナーを睨むキラ。


「す、すまん。とりあえず、パール嬢より少し下がった位置、商隊を守れる場所に展開しよう」



こうして、なし崩し的にダークエルフとの戦闘が開始したのであった。




お読みいただきありがとうございました!

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