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閑話 真祖と神獣 1

最近めっきりと寒くなってきましたね。私も少々体調を崩してしまいました。読者の皆様も体調にはお気をつけください。

「お嬢様。例の件について居場所が判明いたしました」


ゴシックドレス姿で椅子に腰かける少女に初老の男が声をかける。


お嬢様と呼ばれた少女は一瞬ぴくりと体を震わせると、読んでいた本をパタンと閉じ血のように紅い瞳を男に向けた。


「ご苦労様。アリアを呼んでちょうだい」


初老の執事は恭しく頭を下げ部屋を出ていく。


やった! ずっと探してたけどやっと見つかったわ! これであれが手に入る!


吸血鬼の頂点に君臨する真祖一族の王女、アンジェリカは小躍りして喜んだ。


と、そこへ──


「お嬢様、お呼びですか?」


大きな果実をぶら下げているかのような胸を揺らしながらメイドが入ってきた。アンジェリカの眷属でありメイドでもあるアリアだ。


自身の貧相な胸と比較してしまい若干イラっとするアンジェリカ。


「え……ええ。ほら!例のあれよ!やっと見つかったのよ!」


「えーと……。ああ。フェンリルですか?」


アンジェリカは幼少時に初めてフェンリルを目にしたときから、美しい皮毛の虜になった。


いつかあの美しい毛を触ってみたい。可能ならモフモフしたい。毛を手に入れて服か何か作りたい。


そのような思いを長く抱き続けていたのである。


「さっそく今晩出かけるわよ!」


「ええ……。お嬢様、相手は神獣、しかもフェンリルですよ?素直にはいどうぞって毛をくれると思います?」


フェンリルはときに神さえ噛み殺すと言われるほど猛々しい生き物だ。普通は近づくことさえ難しい。しかも、フェンリルはよく分からない力をもつとも言われている。


「だからー!寝てるところにこっそり近づいて、毛をちょっとだけ貰ってくるのよ!」


アリアは諦めたかのようにため息を吐く。アンジェリカがこう言いだしたら聞かないことを嫌というほど理解しているからだ。


何か嫌な予感するんだけど……。


案の定、アリアの嫌な予感は漏れなく当たることになる。




フェルナンデスの報告通り、とある森の奥深い場所でフェンリルを発見した。


地面に横たわった巨大なフェンリルは、体を丸めるようにして眠っている。


少し離れた場所からその様子を確認したアンジェリカとアリアは、徹底的に気配を消してフェンリルに近づいた。


「……眠っているわよね?」


「……はい。爆睡ですね」


耳を澄まさずとも聞こえてくるフェンリルの寝息。


だが、よく聴いてみると寝息に混じって唸るような声が聴こえる。何となく苦しそうな……。


「ねえ。何か苦しんでない?どこか悪いのかしら?」


「みたい……ですね。体調がよくなくて眠っているのかもしれません」


と、そのとき──


アンジェリカたちがいるところと反対側、フェンリルの尻尾側から何やら話し声が聞こえた。


不審に思いそちらへそろりと回り込んでみると……。


月明りのなか、三つの影がフェンリルの尻尾にまとわりつき何かをしていた。


見た目は人型だが、頭からは二本の角が生えている。悪魔族だ。


見ると、悪魔族の男たちはフェンリルの尻尾から毛皮を剝ごうとしているところだった。


おそらく、フェンリルが体調を崩して寝ている隙を狙い、毛皮を密猟しようとしているのだろう。


「なんてことを!」


アンジェリカは激高してその場から飛び出すと、魔力を込めた腕を振って悪魔を消し炭にした。


「な、何だ貴様らは!」


突然の襲撃者に驚いた悪魔たちだったが、残り二人もアリアが骨も残さず消滅させた。



フェンリルの尻尾に目を向けたアンジェリカは、痛々しい様子に眉をしかめる。一部の皮が剥がされかけており、美しい白銀の毛には血が付着していた。


「酷い……」


アンジェリカもフェンリルの皮毛を採取するのが目的であったが、このような無茶な方法をとるつもりはなかった。


純粋に美しい毛だけを何とか採取できないか、とアンジェリカは考えていたのだ。


「アリア、これ治療できるかしら?」


「うーん、治癒魔法は一応使えますが、神獣に効くんでしょうかね?」


「とりあえずやってみてよ。このままじゃちょっと可哀そうだわ」


と、そのようなやり取りをしていると、フェンリルの尻尾がぴくりと動いた。毛がざわざわと蠢き始めた次の瞬間──



フェンリルの尻尾がしなったかと思うと、アンジェリカたちを薙ぎ払うかのように攻撃してきた。


すぐさま距離をとったが、今度は鋭い刃物のように硬化した毛が凄まじい速さで放たれる。


アンジェリカは空へ回避し、アリアは魔法盾を展開して防御したがあまりもの威力に一瞬で半壊した。



横たえていた巨体を起こしたフェンリルは、射殺すような視線を二人に向ける。


『妾の眠りを妨げたどころか、眠っている隙に毛皮を剥ごうとするとは……』


ヤバい。めちゃくちゃ怒ってる。


いや、毛皮剝ごうとしたの私たちじゃないし。


『神獣の毛皮を堂々と剥ぎとりに来るとは実に豪胆ではある。が、妾の毛を汚した罪は重い』


だから、たしかに毛は欲しかったけど、皮ごと剥ごうなんて考えていなかったし、それも私たちじゃないし。


『どれほど愚かなことをしたのか、後悔しながら死ぬとよい』


猛々しい咆哮をあげたフェンリルは一瞬でアンジェリカとの距離を詰め、その小さな体を嚙みちぎろうとする。


「ちょっと! 聴きなさいよ! 毛皮を剥ごうとしたのは私たちじゃなくて──」


『言い訳を聞くつもりはないぞよ』


「だから! あれは悪魔族がやったんだって! 私たちが来たときはすでに悪魔どもがあなたの毛皮を剥いでいたの!」


『ヘタな言い訳を……。その悪魔とやらはどこにおるのじゃ? ここにはお主らしかおらぬではないか』


あ。しまった。骨も残らず消し炭にしたんだった。


と、一瞬油断した隙にフェンリルの尻尾に薙ぎ払われ、衝撃で10メートルほど転がされた。


ただ、常に物理結界を張っているためダメージはない。


「ああもう! 本当に私たちじゃないのに! 頭くるわねー--!」


こうなったら仕方がない。とりあえず倒してその隙にこっそり毛だけ貰って帰ろう。うん、そうしよう。


「アリア! やるわよ!」



ん? 返事がない。


アリアに目を向けようとしたそのとき──



自分の足元に魔法陣が展開していることに気づく。


次の瞬間──



炎帝(インペリアルファイア)


アンジェリカの体は爆炎に吞み込まれた。


が、アンジェリカは魔法を無効化するためダメージはない。


ダメージこそないが、アンジェリカは今起きていることが理解できなかった。


魔法でアンジェリカを攻撃したのは、彼女がこの世で一番信頼している存在だったからだ。



「……アリア。どういうつもり?」


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