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第四十八話 エルフたちの事情

また仕事をさぼってアンジェリカのもとへやってきたソフィア。遊びに来ただけかと思ったが、どうやらレベッカがアンジェリカに相談があるという。「エルフの里を救ってほしい」。エルフの聖騎士団長レベッカが口にしたのは意外な内容だった。

エルフは高い知性と優れた魔法技術を有する種族である。森の管理者、森の住人と呼ばれることもあり、森のなかに集落を形成して独自の文化圏を築いている。


また、エルフは排他的で誇り高い種族としても有名だ。他の種族との交流はほとんどなく、エルフこそ至上の種族と考える者も少なくない。



「そんなエルフの里を救ってほしいとはどういうことかしら?」


「……実は、私の実家がある里の近くにフェンリルが棲みついたようなのです」


フェンリル。


久しぶりにその名を聞いた気がする。


神獣フェンリル。美しい白銀の被毛をもつ超大型の狼だ。もちろんただの狼ではない。神獣であるフェンリルはときにドラゴンすら噛み殺す戦闘力がある。


昔戦ったことあるけど、結局決着がつかなかったのよね。まあ同じフェンリルじゃないだろうけど。


何にせよエルフじゃ相手にもならないでしょうね。何より、フェンリルにはあまりにも凶悪すぎる能力がある。


「何となく事情は分かったわ。でも、できれば私はあまり関わりたくないわね」


分かりやすく落ち込むレベッカ。


「まず一つ、私が種族間の争いに関わると、真祖の一族まで巻き込む可能性があるわ。次に、フェンリルを倒すのは私でも手間がかかる」


その言葉にはさすがにレベッカとソフィアも驚いたようだ。


「ア、アンジェリカ様でも倒せない相手ということですか!?」


ソフィアは目をくるくるさせている。


「本気で挑めば勝てないことはないわ。でも、800年くらい前に戦ったときは勝負がつかなかったわね」


あの子はかなり強かったしね。特別な個体だった可能性もあるけど。


「フェンリルの厄介なところは、精神操作の能力があることよ」


この言葉にまたまた二人は驚愕の表情を浮かべる。


「そ、そんな……」


「しかも、半径500メートルくらいの領域をカバーするから、相当離れた場所から長距離戦を仕掛ける必要がある」


あの精神操作の力は本当にヤバかった。油断してたらいつの間にか精神に干渉を受けてしまうのだ。


「ただ、フェンリルはそこまで好戦的な種族ではないはず。ヘタに手を出さなければ戦いになることもないと思うんだけど」


レベッカに視線を向けると、彼女は口を固く結んで俯いてしまった。まさか。


「……手、出したのね」


「……はい。フェンリルを発見した日から、連日矢を射かけているようです」


「ご愁傷様。多分その里はもうないと思うわよ」


──ん? 連日?


「それが、毎日のように遠くから矢を射かけているようですが、フェンリルが反撃する様子はまったくないようなんです」


どういうことだ? 相手にするまでもないと放置しているとか?


「何も反応しないことが、余計に里の皆を不安にさせています。それに、あのあたりの森はエルフにとって大切な場所なんです。御母堂様、倒さずとも何とか追い払えるよう手を貸してくれませんか?」


やっぱり面倒くさいことになった。


ソフィアに関わりだしてから面倒なことが増えた気がする。


ジロリと横目でソフィアを睨むと、彼女は驚くほど素早く目をそらした。


「……とりあえず現地を見てからね」


「あ、ありがとうございます!あ、それと、この件はできれば私たちだけの秘密にしていただけませんか?」


「どういうこと?」


「エルフは誇り高い種族です。他種族である御母堂様に助力を仰いだことに、誇りを傷つけられたと感じる同胞も出てくるでしょう」


自分たちだけで対処できなかったことを、誰にも知られたくないというわけか。


なんて面倒くさい種族だ。やっぱりやめようかな。


「特に、御母堂様のお弟子であるキラ様はハーフエルフ。純血のエルフである私がこのようなお願いをしたと知れば、彼女にも嘲笑われてしまうかもしれません」


レベッカは俯いたまま絞り出すように言葉を紡いだ。


いや、キラそんな子じゃないと思うけど。


「はぁ。まあ分かったわ。この件は私たちだけの胸にしまっておきましょう」


そのあともソフィアとレベッカはしばらく居座り、紅茶を3杯ほどお代わりしてから帰っていった。


自由すぎるでしょあの教皇。大丈夫なのかエルミア教は。


さて。それにしてもフェンリルか。どうしたものか……。


アンジェリカは心底面倒くさそうな面持ちのまま空を仰いだ。



-夜・アンジェリカ邸-


「美味しかったー-!」


夜ご飯を食べて満足そうな顔を浮かべるパール。


育ち盛りだからかよく食べる。少し身長も伸びたんじゃないかしら。


「あ、ママ。明日は依頼があるからキラちゃんと出かけるね」


「そう。気をつけるのよ。で、どんな依頼なの?」


アンジェリカの目がキラリと光る。


「え、えーと。キラちゃん!どこでどんな依頼だったっけ?」


「え、私!? えーと、たしか何とかいう山にオークだかオーガだかが出るとか出ないとか……」


いきなり振られて慌てたキラはしどろもどろになった。


「ふーん。SランカーとAランカーがオークとかオーガの討伐ねぇ……」


目を細めてじっとキラを見つめるアンジェリカと油汗と冷や汗が止まらないキラ。


「まあいいわ。心配ないとは思うけど、危ないことは絶対にしないこと。いいわね?」


「うん!分かった!」


「明日は私も用事があるから少し出かけるわ」


ああ。思い出したら気が重くなってきた。


「そうなんだ。ママはどこへ行くの?」


「え、私!? た、たしか何とかいう高原にゴブリンだかホブゴブリンだかが出るとか出ないとか……」


「……いや、ママ冒険者じゃないじゃん」


パールが訝しげな目を向けてくる。自分でも何とまぬけなことを言ったのかとアンジェリカは後悔した。


「……ん。冗談よ。ちょっと外せない用事があってね」


ああ、本当に面倒くさい。ただでさえ面倒な相手なうえに手助けしないといけないのが輪をかけて面倒なエルフだなんて。


こうなったらさっさと終わらせてしまおう。うん、そうしよう。



気持ちを切り替えたアンジェリカ。


だが、残念なことにアンジェリカの思い通りに物事は進まないのであった。

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[一言] うむ!実に似た者親子!
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