閑話 ソフィアの想い
いつもお読みいただきありがとうございます。閑話を3つほど挟んだあと第三章の投稿を開始します。今後もお楽しみいただければ嬉しいです。よろしくお願いします。
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国内外に多くの信者を擁するエルミア教。
聖デュゼンバーグ王国の王城そばに建つ教会本部には、日々さまざまな関係者や信徒が訪れている。
基本的に、教会へ訪れた者は敷地内であればどこへも自由に移動できるのだが、唯一の例外が最奥に位置する教皇の間である。
教会内でもっとも神聖な場所とされる教皇の間へは、枢機卿をはじめとするごく僅かな者しか立ち入りを許されていない。
「レベッカ。あれから聖騎士団の様子はどうかしら?」
教皇ソフィアが座したまま聖騎士団団長のレベッカへ問いかける。
「は。御母堂様の訓練が終了した直後は気を落とす者が多かったのですが、今は落ち着いています」
アンジェリカは聖騎士団に対し、理不尽とも言えるほど過酷な訓練を行った。それにもかかわらず、アンジェリカは聖騎士たちから絶大な尊敬と支持を得ていたのだ。
「むしろ、いつ御母堂様にお会いしてもいいように、自分を鍛えるのだと張り切っています」
「そう。それならよかったわ」
アンジェリカ様は本当に凄いお方だ。自分で言っておいてアレだけど、いきなり最初にぶちかまして一瞬で聖騎士たちの心を掴んでしまった。
しかも、訓練の最終日には聖騎士全員が顔を覆って泣いてたんだとか。もしかして私やレベッカより慕われてるんじゃ……。
それと、獣人族のことだ。
訓練の最終日、アンジェリカ様はちょっと含みのある言い方をしてた。
あれは何だったんだろうって思ってたけど、最近分かった。
あの日以来、獣人族の襲撃がピタリと止んだのだ。きっと、アンジェリカ様が何か手を回してくれたに違いない。
どんな手を使ったのか分からないけど、この国が抱えていた問題をあの方は簡単に解決してくれた。本当、アンジェリカ様には感謝の気持ちしかない。
「猊下。何やら表情が暗いですね」
「あら。そう見える?」
無理もない。だって、最近は訓練終わりのアンジェリカ様が足を運んでくれて、一緒にお茶を楽しむ時間が多かったんだもの。
教皇なんて立場になってからは友人とも気軽に会えず、お喋りとお茶を楽しむ時間もほとんどなかった。
だから、ここ最近のアンジェリカ様とのひと時は本当に楽しくて幸せな時間だった。
私より幼い顔立ちだけど遥かに年上で、でも超がつくほど美しいアンジェリカ様のお顔を眺めながら紅茶を楽しむ。あのような幸せな時間をもう過ごせないと思うと、切ない気持ちになった。
「はぁ……」
思わず漏れるため息。
「大丈夫ですか?猊下」
ぜんっぜん大丈夫じゃないわよ。
こんなことなら一週間なんて言わず、定期的に指導を受ける形にしておけばよかった。
もちろんアンジェリカ様が引き受けてくれるかどうかだが。
何にせよ、今さら考えたところでもう遅い。
いろいろ考えているうちにソフィアは哀しくなってきた。
一週間の僅かな期間ではあったものの、ほぼ毎日のように顔を合わせていた人と会えなくなったのだ。
寂しいし哀しいし切ないに決まってるじゃない。
自然と零れ落ちる涙。
とめどなく頬を伝う涙が熱い。
「げ、猊下!?」
いきなり涙を流し始めるソフィアにレベッカは大いに慌てた。
そんなことはお構いなしに声を出して泣き始めるソフィア。
「どうしたんですか、猊下!?」
慌ててソフィアのもとへ駆け寄ると──
ソフィアはレベッカの胸に顔を埋めてさらに勢いよく泣き始めた。
レベッカは困り顔である。
「大丈夫ですよ、猊下。私がついていますよ……」
泣いている理由がまったく分からず慰めようがないが、とりあえずレベッカは安心させようと言葉をかけ続けた。
「……コホン。ごめんなさいね、レベッカ。みっともないところを見せてしまって」
まさかレベッカの胸に顔を埋めて泣いちゃうだなんて……! 恥ずかしい……!
今までこんな姿はジルコニア以外に見せたことがなかった。
ジルコニア枢機卿はソフィアと幼馴染なので、それこそあらゆる顔を知り尽くされている。
ダメね、上に立つものがこんなことじゃ。ジルに知られたらまたお説教だわ。
うん、泣いたらすっきりした。アンジェリカ様との楽しかった日々は思い出にして、私はこれまで通りやるべきことをやっていこう。
ソフィアはささやかな胸の前で拳を握りしめると、そう強く決心した。
「楽しく幸せな日々をありがとうございました。アンジェリカ様……」
レベッカにも聞こえないくらいの小さな声でソフィアは呟いた。
と、そのとき──
「呼んだ?」
「ひゃあっ!!」
突然背後から声をかけられソフィアとレベッカは跳びあがった。
驚き振り返ると、そこにはいつもの黒いゴシックドレスを纏うアンジェリカが立っていた。
「ア、アンジェリカ様!? どうしてここに!?」
「どうしてそんなに驚いているのよ」
「いや、だって訓練期間は終わったし、もうここには来てくれないと思ったのですよ」
「来ちゃダメなのかしら?来ないほうがいいの?」
どこかに飛んでいくのではないだろうかくらいの勢いで首を左右に振るソフィア。
「そんなわけありませんです!でも、どうして……?」
「知り合いとお茶を楽しもうと訪問することがそれほど不思議?」
──そこは友人と言ってほしかった!
だが、アンジェリカはこれからもここに訪れてくれるらしい。
それだけでソフィアは小躍りしそうなくらい嬉しかった。
「今忙しいの?忙しいなら帰るけど」
「いえ!まったく忙しくないのですよ!今すぐ紅茶を用意させるのですよ!」
すっかり哀しさも切なさも吹き飛んだソフィアは、満面の笑顔で元気よく宣言するのであった。
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