第四十四話 忠剣が生まれた日
初めてその小娘の名前を耳にしたのは、冒険者ギルドのギルドマスターから講習の詳細を聞いたときだ。
今回の実技講習はとんでもない凄腕が講師を務めると聞いた俺は、依頼をさっさと片づけてギルドに戻った。
凄腕ということは、おそらく現役のSランカーか、もしくは引退した元Sランク冒険者に違いない。俺はそう信じて疑わなかった。
ところがどうだ。いざ話を聞いてみると、講師はBランクになりたての新人冒険者だという。
そこまでならまだ許容範囲内だ。次にギルドマスターの口から吐かれた言葉に、俺は怒りを通り越して呆れそうになった。
そのBランク冒険者は女、しかも6歳のガキだというじゃないか。
俺は最初ギルドマスターが俺をかついでいるんだと思った。意外とお茶目なところがあるじゃないか、本気でそう思ったんだ。
だが、ギルドマスターはいたって真剣な顔でそのガキが講師を務めると断言した。何度も凄腕と念を押されるたび、俺は腹が立ってきた。
俺にもAランカーの誇りと矜持がある。今さら新人Bランカーの小娘に何を教われってんだ?
腹立たしさと忌々しさが渦巻き始めたころ、ギルドマスターはとんでもないことを口走った。
なんと、そのガキは真祖の愛娘だという。は?真祖?なんで真祖の娘がギルドに登録して冒険者なんてやってんだ?できの悪い創作小説じゃあるまいし。
とにかく俺はこんな感じでギルドにもギルドマスターにも、講師を務めるとかいうその小娘にも悪感情しか抱いていなかった。
人の考えや価値観が変わるなんて一瞬だ。
あの日、俺はそれを実感した。
講習の初日、パールお嬢は冒険者30人を相手に見たこともない凶悪な魔法を放ってきた。
俺は何とか立ち上がれたが、そのあとこれまた知らない魔法であっけなく意識を刈られた。
しかも、治療のおまけつきだ。
このとき、俺はたしかに聖女であり真祖の娘でもあるパールお嬢のことを認めたのだ。
お嬢の指導はとても丁寧で分かりやすかった。俺みたいな頭が悪い奴にも、分かりやすいように説明してくれる。
あれほど強いにもかかわらず、俺たちに上から目線で接することなど一度もなかった。
講習の最終日になると、すっかり俺はパールお嬢のことを尊敬するようになった。
青天の霹靂とはまさにあのようなことを言うのだろう。
講習も終盤に差しかかったころ、リンドルの上空に巨大なドラゴンが姿を現した。
これまで数多くの魔物を狩ってきた俺だが、さすがにドラゴンの相手などしたことがない。
あんなものに対抗できるのは、それこそSランカーくらいのものだ。
このままドラゴンの攻撃に巻き込まれて死ぬしかないのか。俺は覚悟した。
だが、パールお嬢は違った。
冒険者たちへ的確に指示を出し、お姉ちゃんと呼ぶメイド姿の美女に王城跡まで誘導してくれるよう頼んでいた。
いや、このメイドいつからいた?
呆気にとられながらやり取りを見ていると、メイド服の美女はあっという間に空へ飛んで行ってしまった。
おそらく真祖に関わりがある者なのだろう。
「サドウスキーさん!私たちは王城跡へ行きましょう!」
「そうだね。アリアがうまく誘導してくれたら、地上から翼に魔法を撃ち込んで撃墜してやろう」
なるほど。そういう作戦か。
ただ、その前にあのメイドは大丈夫なのか?やたらと美人で巨乳の姉ちゃんだったが、あまり強そうには見えなかったぞ。
なんて思っていたときが俺にもあった。
王城跡へ向かう途中、ちらと上空を見ると、先ほどのメイドがドラゴンと互角に戦っていた。
しかも、美人な顔立ちに似合わず恐ろしく口が悪い。
だが、あの様子なら何とか王城跡の上空まで誘導できそうだ。
「パールちゃん、もう少し近づいたら魔法を翼に撃ち込むよ!」
「うん!」
こんなとき剣士は役に立たない。俺は後ろに下がってパールお嬢とキラが魔法を放つところをただ見ていた。
「今だ!『炎撃矢』!」
「ん--!『魔導砲』!」
二人の放った魔法は見事にドラゴンの翼に命中し、空中戦を維持できなくなった奴は錐揉みに回転しながら地上へ墜落した。
「おお!さすがパール嬢だな!」
「うむ。キラもお疲れさん」
声の主はケトナーとフェンダー。リンドルを代表するSランク冒険者だ。
おそらく冒険者ギルドで情報を得てこちらへ来たのだろう。
何はともあれ、あのドラゴンはもう満身創痍のはずだ。あとは楽にとどめをさすだけ、のはずだった。
もう攻撃などできないと高を括っていたが、俺たちはドラゴンの生命力を甘く見ていた。
奴は口を大きく開けると、ブレスを放つ準備を始めたのだ。
あんなもの喰らったら間違いなく死ぬ。逃げなくては。
「危ない!」
誰かの声が聴こえた。さすがSランカーと言うべきか、ケトナーとフェンダーはその声に素早く反応しブレスの動線から離脱した。
だが、俺は動けなかった。なぜ? 経験不足、反応力不足、予測力不足など挙げればキリがないが、要するにビビッていたのさ。
これはもう死んだな。21歳でAランカーにまでなったってのに。最後の最後でやらかしちまった。
俺はそのとき生きることを完全に諦めたんだ。
ドラゴンはたしかに禍々しいブレスを俺たちがいた方向へ吐き出した。
だが、俺は死んでいなかった。
恐る恐る目を開けると、パールお嬢が俺の前に立ち魔法で守ってくれていた。
俺は言葉が出なかった。
なぜだ。
どうしてそんな危険を冒して、わざわざ俺のような奴を助けてくれたんだ。
気がつくと俺は涙を流していた。
そんな俺に気づくことなく、お嬢は「逃げて」と口にした。
たしかに今なら逃げられるさ。でも、俺にその気はなかった。
命をかけて俺を助けてくれたあの瞬間、俺はこのお方に一生ついていくと決めた。
このお方の剣となり盾となって、生涯を尽くして仕えたい。俺は心の底から思ったんだ。
だから、俺はパール様が逃げろと言ってもきかなかった。
あなたがここで逝くのなら、私はそのお供をしたい。そう正直な気持ちを伝えた。
パール様は何も答えなかった。おそらく分かったという意思表示なのだろう。
なお、サドウスキーはあとからとんでもない勘違いだと知ることになるが。
パール様が展開している魔法の盾もまもなく消滅する。そして、それは俺たちの消滅も意味する。
俺は静かにそのときを待っていたのだが、パール様はまだ諦めていなかった。
突然パール様からとんでもない魔力が立ち昇り、魔法盾の強度も増した。
そして、ドラゴンが一瞬ブレスを吐くのを止めたとき、パール様は強大な魔法を放ってあっさりとドラゴンを倒してしまったんだ。
だらしないことに、俺はその場で腰を抜かした。
凄まじい魔法を目の前で見たのもあったが、それよりも生き残った実感が湧いて全身の力が抜けたんだ。
パール様に声をかけようとすると、まるで糸が切れた操り人形のようにぐにゃりとその場に崩れ落ちてしまった。
慌てて抱き起こそうとしたのだが、それよりも早くメイド姿の美女が駆けつけ自らの腕に抱いた。
それから、メイドはキラに何かを伝えると、その場から姿を消した。
まさか転移魔法まで使えるとは。
パール様には外傷はないはずだ。それは近くで見ていた俺がよく分かっている。考えられるとすれば魔力の枯渇だろう。
なら、パール様が回復するまでにそれほど長くはかからないはずだ。
先ほどパール様に俺の気持ちは伝えた。
だが、顔を合わせてきちんと想いを伝えたい。
パール様がいつギルドにやってくるか分からないから、俺もしばらくは毎日ギルドへ通うことにしよう。
どこか晴れ晴れとした気持ちで、サドウスキーは空を見上げた。
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