第四十三話 真祖の娘
ドラゴンの翼を無力化し地上へ引きずりおろすことに成功したパールたち。誰もが終わりと思ったが、ドラゴンが最後の力を振り絞りケトナーたちへブレスを放った。逃げ遅れたサドウスキーを目にしたパールは咄嗟に彼の前へ滑り込み、迫りくるブレスに立ち向かうのであった。
ドラゴンのブレスは高位魔法並みの攻撃力である。
その威力は一撃で軍の一隊を薙ぎ払い、山々を消し去ることも珍しくない。
パールがサドウスキーを庇ってブレスの前に立ちはだかったとき、誰もが可憐な少女の死を確信した。
哀れで可憐な少女は生きていた証を何一つ残さず塵と化した──はずだった。
だが、パールは生きていた。
咄嗟に魔法盾を3枚展開し、ドラゴンの凶悪なブレスから自身の小さな体とサドウスキーを守ることに成功したのである。
「ん…っ……!!」
だが状況はあまりよろしくない。
多くの魔力を費やした魔法盾ではあるが、高威力のブレスに少しずつ浸食されている。
「……サドウスキーさん…逃げて……!」
歯を食いしばりながらやっとの思いで言葉を紡ぐ。
このまま押し切られたら、自分だけでなくサドウスキーさんも死んでしまう。
せめてサドウスキーさんだけでもと思ったのだが……。
「……命を賭して助けてくれたお嬢ちゃんには悪いが、俺はここにいる……います。あなたがここで逝くのなら、俺にお供をさせてください」
あれほどパールに悪感情を抱いていたサドウスキーだったが、講習を通じて彼女の力と優しさ、誠実さを幾度となく思い知らされた。
そして今。文字通り命をかけて自分を助けてくれた聖女パールに対し、彼は完全に心酔してしまったのである。
一方、パールは「は?こんなとき何冗談言ってるのよ。早く逃げてよ」と言いたかったのだが、防御に集中しているため言葉を発することができない。
すでに魔法盾は一枚が消滅し二枚目もたった今消えた。
ブレスの熱量が手に伝わり、手のひらを焦がす臭いが鼻につく。いよいよ限界のようだ。
パールは激痛に顔を歪める。
ああ。ここで死んじゃうのか。
嫌だな。
ママに会いたかったな。
私が死んだらきっとママは悲しむんだろうな。親不孝な娘でごめんね、ママ。
覚悟を決めたパールだったが──
死んだらもうママにもお姉ちゃんにも二度と会えなくなる──?
ママに頭を撫でてもらうことも、一緒にカフェでケーキを食べることもできなくなる──?
……そんなの──
「絶対に嫌だっ!!」
途端にパールの魔力が一気に高まり、ブロンドの髪が風を巻いてふわりともちあがる。
魔法盾の厚みが増しブレスの浸食を阻む。
私はママの……真祖の娘だ。
こんなことで死んじゃったら、ママだって馬鹿にされちゃう。
パールは防御に集中しつつも魔力を練り続ける。
ドラゴンとはいえ永遠にブレスを吐けるわけではない。必ず息継ぎのためブレスが止むときが来るはずだ。
パールはそれを静かに待った。
そして── そのときが来た。
ブレスが止んだ一瞬の隙を逃さず、パールは魔法盾を消すと直径1メートルほどの魔法陣を展開させる。
「んー---!!『魔導砲』!!」
全魔力が注ぎ込まれた魔導砲は閃光となって、開いたままになっているドラゴンの口へ襲いかかった。
まさかの反撃に驚愕の色を浮かべる。もはや回避する手段もない。
尋常ではない威力の魔法を直接口のなかへ撃ち込まれたドラゴンは、首から上を完全に吹き飛ばされ意識が消失した。
「…や…やった……」
起死回生の一撃でドラゴンを葬ることに成功したパールだが、全魔力を投入したため立っているのも精一杯であった。
よかった……またママとお姉ちゃんに会える……。
みんなも守れてよかった……。
そんなことを考えていたのだが、突然強烈な疲労感と倦怠感に襲われ、次の瞬間視界が真っ白に染まった。
「街の状況はどんな感じですか?」
「大きな被害は出ていません。避難中に転倒して怪我をした者はいるようですが、人にはもちろん建物にもほとんど被害は出ていないようです」
街を心配していたケトナーだったが、ギブソンからの情報で無事を知り安堵に胸をなでおろした。
現在、冒険者総出で再開発地区の後片付けをしている。
パールが討伐したドラゴンはギルドが買い取ることになった。今後、莫大な報酬がパールに渡される予定である。
そのパールだが、ドラゴンを倒したあと突然意識を失って倒れた。
どうやら魔力が枯渇したらしい。
アリアはあとのことをキラに任せると、パールを抱き抱えたまま姿を消した。
「……街や人々が無事だったのも、すべてパールちゃんのおかげだな」
ケトナーは遠くを見つめるような目で呟く。
「まったくその通りですね。パール様の迅速で的確な判断がなければ、甚大な被害を受けていた可能性があります。しかも、ドラゴンまで討伐してしまうとは……」
二人はその場にいないパールへ深い感謝の気持ちを抱くのであった。
-アンジェリカの屋敷-
魔力をすべて使い果たしたパールは、戦いのあと糸が切れた操り人形のように地面へ崩れ落ちた。
アリアは気が動転しながらもパールに駆け寄るとすぐさま自らの腕に抱きあげた。
聖女の力なのか目立った外傷はなく、ただ眠っているだけと分かったときは大いに安心したものである。
本当に無事でよかった……。
ベッドですやすやと眠るパールの寝顔を見て、アリアは小さく息を吐く。すでに5時間以上眠り続けているが、まだ目を覚ましそうにない。
彼女の隣では、アンジェリカがいまだに心配そうな表情を浮かべていた。
パールを屋敷へ運んだあと、アリアはすぐさまデュゼンバーグへ転移しアンジェリカへ事の次第を報告した。
パールが倒れたことに酷く心を乱されたアンジェリカだったが、無事な顔を見たら多少安心できたようだ。
だが、アンジェリカの怒りは収まらなかった。パールをこのような目に遭わせたスカイドラゴンを八つ裂きにしないと気が済まない、と烈火の如く怒り狂ったが、その対象はすでにパールによって頭部を吹き飛ばされている。
そこで、スカイドラゴンが生息しているといわれる山へ単身で向かったアンジェリカは、そこにいたすべてのスカイドラゴンを高位魔法で消し炭にしてしまった。
完全に八つ当たりである。
本当、お嬢様はパールのことになると行動が過激になるわね、とぼんやり考えていると──
「……ん…んん~……」
パールの意識が戻ったようだ。
「「パール!」」
二人同時にパールの顔を勢いよくのぞき込む。
「……ママ……お姉ちゃん……?」
「パール!大丈夫!?どこか痛いところはない!?」
「ん……大丈夫だよ。眠いだけだから……。ふぁ……」
パールは眠そうに目をこすりながら、ゆっくりとベッドから体を起こした。
「まだ無理しちゃダメよ、パール」
「大丈夫だってお姉ちゃん。本当に眠いだけだもん」
にこりと微笑むパールだが、やはりまだ少し顔色が悪いように見える。
アンジェリカは言いたいことが山ほどあった。ドラゴンと戦ったこともそうだが、なぜブレスの前に立ちはだかるような危ない真似をしたのか、なぜ命を危険に晒したのか。
長々と説教をしたい気持ちはあるけど、今はダメね……。そんなことを考えていたのだが──
「ママ。私ね、ドラゴンのブレスを受け止めたとき、もうダメだと思ったの。ママごめんなさいって、もう会えないかもって思った」
パールは少し俯いたまま言葉を紡ぐ。
「でもね。もうママとお姉ちゃんに会えなくなるのかって考えたら、絶対に嫌だって思ったの。絶対に生きてママやお姉ちゃんに会うんだって。だから頑張れたんだよ」
数百年間、一度も流れなかった涙がアンジェリカの頬を伝う。
アリアも顔をくしゃくしゃにして涙を流している。
アンジェリカは愛しい娘を力いっぱい抱きしめた。この温もりを失わずに済んで本当によかったと心から思った。
「……おかえりなさい。パール」
アンジェリカの言葉に、パールは満面の笑みで応えたのであった。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも面白いと感じてもらえたのなら↓の⭐︎で評価していただけると励みになります。ブックマークもうれしいです!




