第三十四話 聖騎士レベッカの実力
教皇ソフィアからの要請を受け聖騎士団の指導を受け入れたアンジェリカ。ちょうど同じころ、パールもギルドマスターから依頼された実技講習の講師を引き受けていたのであった。
「猊下、御母堂様。一つ私のお願いを聞いていただけないでしょうか?」
それまで静かに話を聞いていた聖騎士団の団長レベッカが突然口を開いた。
アンジェリカとソフィアが顔を見合わせる。
「どうしたの?」
尋ねるソフィアに対しレベッカは神妙な顔を向ける。
「はい。ぜひとも御母堂様とお手合わせしたく」
必要最小限のことしか口にしないあたり、武人らしいと感じるアンジェリカ。
「……本気で言っているの?レベッカ」
ソフィアの鋭い視線がレベッカを射抜く。わずかにだが怒っているようにも見える。
「はい。おとぎ話で伝わる伝説の国陥とし。武人であればその力量に興味を抱いて当然です」
「控えよレベッカ。アンジェリカ様に無礼であるぞ」
ソフィアが叱責したことよりも、教皇らしい威厳ある言葉遣いをしたことにアンジェリカは驚いてしまう。
そういう言葉遣いできるのね。私の前では変な話し方だったしおどおどしてたし意外な一面を見た気分。
「は。申し訳ありませんでした猊下、御母堂様」
「私は別にいいわよ」
指導を任された身として、聖騎士団をまとめる者がどれほどの使い手なのか把握しておきたい。
「ア、アンジェリカ様!?」
「別に減るものではないしね。それに純血のエルフがどれくらい強いのか興味があるわ」
わずかに口角が上がる。あれ?私こんなに好戦的だったかしら?
「アンジェリカ様がいいと仰るのなら……。よかったわね、レベッカ」
おそらくソフィアも本気で叱ったわけではないのだろう。私に配慮したってことかしら。
「じゃあ庭に行きましょう」
アンジェリカ邸の敷地は広い。パールとキラがのびのびと模擬戦をするくらいの広さはある。まあ森のなかだし。
ゴシックドレスを翻して庭へ向かうアンジェリカの後ろを、緊張した面持ちでついていくレベッカ。
「さて。始めましょうか」
アンジェリカとレベッカは5メートルほど距離をとって向き合った。
「御母堂様。よろしくお願いいたします」
そう口にした瞬間、レベッカは風を巻いて一気にアンジェリカとの距離を詰め、横なぎに鋭い斬撃を放つ。
「!!!?」
驚いたのはレベッカである。何せ、アンジェリカは最初に立っていた場所から一歩も動いていない。
何の回避行動もしようとしないことを訝しみつつ、高速の斬撃をアンジェリカの小さな体に叩き込んだ。
が──
レベッカの手には何の手ごたえもない。
若いころからともに在り続けた愛剣はアンジェリカの体に当たってはいるものの、そこから先に進まないのだ。
「やるじゃない。結界が2枚も破られたのは300年ぶりくらいよ」
事も無げに言い放つアンジェリカ。
彼女の体は常に5枚の対物理結界で守られている。そのため、たとえ不意打ちであったとしても、一度に5枚の結界を切り裂かなければダメージは与えられない。
「……っ!!」
さすがに予想外すぎたのか、驚愕の表情を浮かべすぐさま距離をとるレベッカ。
「レベッカ。エルフなら魔法も得意なのではなくて?ここでは遠慮しなくていいのよ」
「いえ。御母堂様は魔法を無効化するとおとぎ話で伝え聞いていますので」
あら。純血エルフの魔法少し見たかったのに。
「そう。なら私も魔法は使わないわ」
対峙するレベッカと見守るソフィア、双方の表情が驚きで固まる。
なぜなら、魔法こそ真祖の真骨頂であることを理解しているからだ。
そんな二人の驚きを無視し、アンジェリカはアイテムボックスから何かを取り出した。
「特別よ。剣で相手してあげるわ」
彼女が取り出したのは一振りの剣。
レベッカの剣に比べてやや細い造りではあるが、尋常な剣でないことは誰の目にも明らかであった。
「これは風切りの剣。かつてドワーフの名工が打ったものよ」
口にするなり、アンジェリカは神速とも言える速さでレベッカに接近した。
反応が遅れたレベッカは回避行動に移ろうとするが、その隙を見逃さずアンジェリカは強烈な蹴りを腹に見舞った。
「ぐはっっ!!」
衝撃で転がるレベッカに再び近づき、頭上から斬撃を見舞う。
何とか逃れるレベッカだったが、今度は剣の柄で思いっきり頭を殴られた。
なお、アンジェリカが思いっきり攻撃すると即死してしまうので、手加減しているのは言うまでもない。
レベッカはそれでも諦めず斬りかかろうとするが、今度は剣を指で挟んで止められ、その隙に剣を喉元に突きつけられた。
あら?ほとんど剣使わなかったわね……。
「……参りました」
肩で息をしているレベッカに対し、アンジェリカは汗ひとつかいていない。
全力で挑んだにもかかわらず、まったく歯が立たなかったことに悔しさを隠せないレベッカ。
目には涙も浮かんでいた。
「うん。斬撃の速さも威力も相当なものね。ただ、動きに無駄が多いわ。そこを改善したらもっと強くなれるんじゃないかしら」
結界を2枚も破られるなんて、昔ドラゴンと戦ったとき以来だしね。
「……感謝します、御母堂様。自らの不甲斐なさがよく理解できました。今後、よろしくご指導ください」
レベッカはそう口にすると、深々と腰を折って一礼した。
「凄かったです!やっぱりアンジェリカ様はお強いのです!」
また変な言葉遣いに戻ったソフィアが駆けよってきて騒ぎ始めた。
「剣を使うのなんて数百年ぶりだから腕が疲れたわよ」
「それであの動き!さすが真祖ですね!」
「いや、あなた私よりもレベッカを労わってあげなさいよ」
大丈夫かこの教皇。
「あ、そうでした。レベッカも頑張ったわね!」
「は。ありがとうございます。さらに精進します」
まじめか。いや、武人か。
とりあえず模擬戦?も無事に終わり、今後のことを少し話してからソフィアたちは戻っていった。
いきなり私が行くと混乱する可能性があるから、事前にいろいろと根回ししておくそうだ。
まあ国王に匹敵する権力者だし、何とでもなるんでしょうね。
夕方になって、アリアがキラとパールを伴って屋敷へ戻ってきた。
何となく曇った表情のパールに複雑な顔つきのキラ、どや顔のアリアと三者三様である。
「ママただいまー」
「おかえりパール。何かあったの?もしかしてギルドで苛められたんじゃないでしょうね?」
もしそうなら地獄を見せてやらねばならない。
「違うよー。実はね──」
パールから聞かされた話は驚くべき内容ではあったが、愛娘が認めれたような気がして少しうれしく感じたアンジェリカであった。
また、アンジェリカが聖騎士の指導をすることになったとパールに話したところ、やはり盛大に驚かれたが。
「じゃあ、私とママ、どっちが生徒を強くできるのか勝負だね」
片方の口角を少し上げて冗談っぽくアンジェリカを挑発するパール。やだかわいい。
娘に負けたとあっては立つ瀬がない。
こうなったら、聖騎士の連中には死ぬ気で頑張ってもらおう。
アンジェリカのやる気がわずかながら上がったことで、聖騎士の命の危険度がより高まったのであった。
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