第三十二話 重なり合う声
真祖アンジェリカへ謝罪するため、自身の血を手土産に魔の森にある屋敷を訪れた教皇ソフィア。おとぎ話で伝え聞く話とのギャップを感じつつ二人は優雅なティータイムをすごすのであった。聖女に関してもアンジェリカとパールの意思を尊重しようと考えるソフィアであったが、国が抱える大きな問題に心が晴れないままでいた。
美しいメイドが真祖からの贈り物を届けにきた翌日。
約束通りの時間に彼女は現れた。真祖へ直接申し開きしたいと訴える私の願いを聞き入れ、迎えに来てくれたのだ。
昨夜は緊張のあまり眠れなかった。何せ、あの国陥としの吸血姫に会いにいくのだから当然である。
正直体調もあまり良くない。真祖に私の誠意を示すため、贈り物を用意したからだ。
「猊下、本当に一人で行くおつもりですか?」
ジルコニア枢機卿が心配そうな表情を浮かべる。
「ジルも連れて行きたいところだけど、教会のトップが二人一緒にいなくなるのはまずいでしょ」
教会における最高位の意思決定者であるソフィアより、さまざまな実務を取り仕切るジルコニアのほうが遥かに忙しいのだ。
そのような存在が教会を留守にするのはまずい。しかも、今のデュゼンバーグは厄介な問題も抱えている。
「大丈夫よ。いきなり殺されたりしないはず……多分」
害をなすつもりならわざわざ会おうなどとしないはずである。真祖の力をもってすれば、国一つくらいわけなく消し去れるのだから。
「じゃあ行ってくるわね」
私は教会内の自室を出て、教皇の間へつながる廊下を歩いていく。
「お待たせしました。アリア様」
昨日も思ったが、何て美しいメイドだろう。それに男なら誰もが振り向かずにはいられないであろう見事な体つきは、同じ女性から見ても魅力を感じる。
「大丈夫ですよ。では参りましょうか」
メイドが白くしなやかな手で私の手を握ると……。
一瞬で周りの景色が変わった。
森……のなか?
木々に囲まれた空間に広々とした敷地が広がり、貴族が住むような立派な屋敷が建っている。
「ここはランドールの国境近くに広がる魔の森です」
メイドの説明に思わず頬を引き攣らせる。魔の森と言えば、討伐難易度Aランクの魔物が跋扈する危険地帯だ。
メイドに案内してもらい屋敷のなかへ入る。荘厳なドアの向こうには、初老の執事が待っていた。おそらくこの執事も只者ではないのだろう。
案内された客間で真祖を待つあいだ、益々気分が悪くなった。この上ない緊張と不安で意識が遠のきそうだ。
そのとき、ドアが開き一人の少女が入ってきた。メイドよりも若い、16歳くらいに見える女の子だ。
「きれい……」
あまりの美しさに、思わず無意識に言葉が漏れ出る。
ハッとして口を押さえた。
「フフ、ありがとう。私がアンジェリカ・ブラド・クインシーよ」
そうであろうとは思ったが、名乗られると尚更実感が湧いた。
この美少女が、過去にいくつもの国を滅ぼしてきた国陥としの吸血姫……。
想像していたより遥かに幼く、美しく、そして圧倒的な存在感の持ち主だった。
「お、お初にお目にかかります!エルミア教で教皇を務めています、ソフィア・ラインハルトなのです!」
しまった、緊張のあまり言葉遣いがおかしなことに。
あ、何か心臓の動悸が激しくなって呼吸も……。
「今日は天気もいいし外の空気も美味しいわ。せっかくだからテラスでお茶でもいかがかしら?」
密閉された空間で真祖と二人きりになるよりはそのほうが精神的に楽かもしれない。私はその提案をありがたく受け入れた。
真祖は特に高圧的な言動をするでもなく、ごく普通に接してくれた。おとぎ話で伝え聞く恐ろしい感じはしない。まあ、だからこそ怖い気もするのだが。
体調不良の原因となった血を献上しようとすると、若干引いていた気がする。吸血鬼の頂点に君臨する真祖が血を飲まないとは目から鱗だった。
あと、アンジェリカ様が本当にご息女を大切に考えていることも伝わってきた。話を聞いて少し感動してしまった。
その聖女様ともお会いできた。とても可愛らしい女の子で、アンジェリカ様のことをとても慕っていたのが印象的だった。
まだ小さな女の子なのに、人生勉強のために冒険者として活動しているらしい。アンジェリカ様が魔法の英才教育を施しているとのことで、魔法の腕は相当なものなのだとか。
今日ここへ連れてきてもらってよかった。謝罪も受け入れてもらえたし……。
もうここへ来ることは多分ないんだろうな。一応、帰り際に屋敷が魔の森のどのあたりにあるのかアリア様に確認したあと、私は転移で教会へ送り届けてもらった。
-翌日-
「ねえ。エルミア教の教皇って暇なの?」
二日連続でしかも突然訪問したソフィアにアンジェリカはジト目で辛辣な言葉を投げかける。
「うっ……。決して暇ではないのです。今日はアンジェリカ様に提案というか、聞いてほしいことがありまして・・・」
しどろもどろになりながら答えるソフィア。
驚くべきことに、彼女は魔の森を通ってここまで足を運んでいた。
もちろん一人ではない。彼女の隣には白い鎧を着た女性の聖騎士が寄り添っていた。
特徴的な耳を見るに、どうやらエルフらしい。
なるほど。あっさり結界を通れたのはそういうことね。他種族との接触を好まないエルフは、里の周りを独自の結界で囲っていると聞く。
エルフとのハーフであるキラでも破れたんだもんね。純血のエルフなら通るのは難しくなかっただろう。
「あ、この子は教会聖騎士団の団長を務めているレベッカです。私の護衛もしています」
レベッカと呼ばれた女性は外見だけなら20代前半に見える。だがエルフは長寿種だ。見た目で年齢は判断できない。その点はアンジェリカも同様だが。
「お初にお目にかかります。真祖であり聖女様の御母堂様、私は聖騎士団団長のレベッカです。どうかお見知りおきを」
凛とした空気を纏うレベッカは、深く腰を折って一礼した。
「先日は、我が騎士団の者が独断で愚かな真似をして大変申し訳ございませんでした」
「その件に関してはソフィアから謝罪も受け取ったしもう気にしていないわ」
アンジェリカがそう気遣うが、レベッカはどこかやりきれないような表情を浮かべている。
同じ聖騎士団に属する者の愚かな行為を止められなかったことに、責任を感じているのかもしれない。
「それでソフィア。今日は何の用?」
「あ、はい。昨日アンジェリカ様に我が国の状況はお伝えしたと思います」
ソフィアが真剣なまなざしを向けながら本題を切り出す。
「アンジェリカ様。どうかデュゼンバーグの聖騎士団を鍛えてもらえないでしょうか?」
-リンドルの冒険者ギルド-
「よう。元気か嬢ちゃん」
めぼしい依頼がなかったためギルドのなかでなじみの冒険者たちとお喋りしていたパールに、赤い髪の少年が話しかけてきた。
「はい、元気です!ダダリオさん、あれから体は何も問題ないですか?」
赤髪の少年ダダリオは、先日ギルドでパールを連れ去ろうとした教会聖騎士に斬りかかられ大ケガを負ったのだ。
すぐに癒しの力で回復したとはいえ、パールとしては気になっていた。
「ああ。まったく問題ないよ。聖女様のおかげでな」
いたずらっぽく笑うダダリオに、パールはジト目を向ける。
「その呼び方やめてください。私はただの真祖の娘パールです」
「真祖の娘はただの娘じゃないと思うけどな……」
苦笑いを浮かべるダダリオ。まあたしかにそうかもしれないけど。
最近の出来事などをダダリオと話していると、ギルドマスターのギブソンがパールのもとへやってきた。
「パール様。少しご相談したいことがあるのですがお時間よろしいでしょうか?」
「ギルドマスターこんにちは。はい、大丈夫ですよ」
パールは「じゃあまた」とダダリオに伝え、ギルドマスターについて執務室へ向かう。
ソファにちょこんと座ると、受付嬢のお姉さんがお茶を持ってきてくれた。
「ギルドマスターさん、それで相談って何ですか?」
「はい。実は現在、当ギルドの高ランク冒険者の多くが依頼で国外へ出ています。うちにはSランクのキラやケトナーもいますが、どうしても大幅な戦力の低下は否めません」
へえー。初めて知ったかも。
「このような状況で、討伐難易度AランクやSランクの魔物が現れたら、ギルドとしては対処しきれません」
まあそうだと思う。キラちゃんたちがいつも対応できるとは限らないしね。
「そこで、ギルドとしては既存戦力の強化を図ることにしました」
ふむふむ。
「パール様。あなたはBランクではあるものの実力的にはAランクに匹敵します。キラさんとも互角に戦えることがあるようですし」
「ああ……、はい」
どこか気の抜けた返事をしてしまうパール。
「ギルドとして依頼します。冒険者たちの強さを底上げするため、実技講習の講師を受けていただけませんか」
「はあああああああああっ!!!?」
ギルド内にパールの声が響き渡り、ホールは一時騒然となった。
奇しくも、最強の真祖である母と冒険者で聖女たる娘、母娘そろって指導者の要請を受けたのであった。
「「いったいどういうこと?」」
お互い離れた場所で母娘二人の声が重なったのは言うまでもない。
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