第二十七話 聖騎士の来訪
冒険者ギルドで開催される講習に参加することになったパール。一方、聖女の存在を知った聖デュゼンバーグ王国の教会聖騎士は、聖女を保護して国に連れ帰るべく行方を探していた。
首都リンドルの冒険者ギルドには、若い冒険者を中心に十数人が集まっていた。本日はギルド主催の初心者及び低ランク向け講習が開催される。
パールはBランクなので立ち場的には高ランクに位置するが、まだ6歳であり冒険者としても初心者であるため講習への参加を勧められたようだ。
「それじゃパール、講習頑張ってね」
転移でパールを送ってきたアンジェリカが頭をなでる。
「うん。ママも街で用事があるんだっけ?」
「ええ。ちょっと人に会いにね」
答えるアンジェリカは苦笑いを浮かべている。
「だから今日はおめかししてるの?」
そう、今日のアンジェリカはいつもと装いが大きく異なっていた。いつものゴシックドレスではなく清楚なワンピースに身を包み、つばの広い帽子をかぶっている。
超がつく美少女のアンジェリカは基本的にどのような装いも似合うのだが、本人はお洒落のつもりでこのような格好をしているのではない。
「……変装よ」
「へ?」
パールから気の抜けた声が漏れる。
「街を歩いてるとジロジロ見られるから変装してるのよ」
「ああ……。ママ目立つもんね」
服装を変えたところで素材が良すぎるためいずれにしても目立つのだが。
「じゃあそろそろ行くわね。パールの講習が終わるころにまた迎えに来るから」
「はーい」
アンジェリカと別れたパールがギルドに入ると、すでにたくさんの冒険者が集まっていた。
やはり若い人が中心だ。
「おはようございまーす!」
元気いっぱいに挨拶するパールを怪訝な目で見る冒険者がちらほらいる。特に10代とおぼしき冒険者は、「なぜ子どもが?」といった視線をパールへ向けている。
真祖の小さな娘が冒険者として活動していることを知らない層が一定数いるようだ。
えーと、まず講習参加の受付をしなきゃいけないんだよね。
パールはカウンターへ向かおうとするのだが……。
「おい!ガキがこんなとこチョロチョロするんじゃねぇよ!!」
16~18歳くらいだろうか。赤い髪を逆立てた男の冒険者がパールを忌々しそうな目で睨みつけながら怒鳴った。
「あ、ごめんな──」
謝ろうとしたパールだったが、その前に顔なじみのベテラン冒険者が赤髪の少年を殴り飛ばした。
「ぐはぁっっ!!」
勢いよく吹っ飛ぶ少年。いやいや、大丈夫?
「こら小僧。てめぇお嬢に何て口きいてんだ、あ?ぶっ殺されてえのか?」
殴られた少年は、ワケが分からないといった表情をしている。
うん、ちょっとかわいそうかも。
「……お、お嬢って・・・?」
「この方はなぁ、真祖アンジェリカ様のご息女でBランクの冒険者、パール嬢だ!!」
驚くべき事実を告げられた赤髪の少年は一瞬呆けた顔をしたが、ハッと我に返ると・・・
「こ、このガ……女の子が!?し、失礼しましたぁぁぁぁ!!」
思わず笑えてくるほどの手のひら返しをする少年。うん。ある意味すがすがしいよ。
「いえ。気にしていないので大丈夫ですよ」
「てめぇ、お嬢に感謝しろよ?お嬢がその気になったらてめぇなんぞ一瞬でミンチにされちまうからな?」
いや、そんなことしないし。ママじゃないし。
赤髪のお兄さんには申し訳ないけど、これでもう変に絡まれることもないよね。
事実、若い冒険者たちのパールを見る目にも変化が見てとれた。
Bランクって聞いて尊敬してくれたのかな?と思ったが、どうやらそれ以上に恐ろしい真祖の娘として認識されたようだ。
やっぱり真祖って怖い存在なんだなぁ。私の前ではただの過保護で美人で優しいママなのに。
そんなことを思いつつ、助けてくれたおじさんと赤髪のお兄さんにペコリと挨拶して受付カウンターへ向かう。
さあ。講習頑張るぞ!!
-バッカス元侯爵邸-
パールと別れたアンジェリカは変装した姿で少し街のなかを散策したあと、バッカス元侯爵邸に足を向けた。
以前、ギルドマスターのギブソンから、バッカス元侯爵が会いたがっているから会ってもらえないか、と打診されていたのだ。
パールがお世話になっているギブソンも同席するとのことだったので、とりあえず会ってみることにしたのである。
「パールはまじめに講習受けているかしら」
「パール様は素直でまじめな方ですから問題はないでしょう」
メイドに案内されたバッカス邸の客間で、アンジェリカの隣に座るギブソンが答えた。
「素直なのは間違いないのだけどね。割りと言うこと聞かなかったり突拍子のないことしたりといったことも多いのよ」
屋敷の周りに張ってある結界から勝手に飛び出し、魔物が徘徊する魔の森を散策していたパールのことを思い出し苦笑いを浮かべる。
と、そこへ……
「遅くなって申し訳ない」
バッカス元侯爵が軽く謝罪しながら客間に入ってきた。戦争で数々の武勲を打ち立て、一代で侯爵にまでのぼり詰めただけあり強者の雰囲気を醸し出している。
なお、王家が滅亡し爵位を与える存在がいなくなったため、すでにバッカスは侯爵ではない。
国が生まれ変わったことで階級制度も大きく変化した。
「バッカス様、お疲れ様です。今日は、真祖であられるアンジェリカ様をお連れしました」
バッカスはまっすぐな目でアンジェリカを見る。
「アンジェリカ・ブラド・クインシーよ」
「バッカス・ローランドだ。わざわざ足を運んでいただき申し訳ない」
ふむ。たしかに元貴族というよりは武人、といった感じね。嫌いじゃないわ。
「おとぎ話で伝え聞く真祖にお会いできて光栄だ。ギブソンから聞いてはいたが、たしかに強者としての風格と存在感がある」
「フフ、お世辞は結構よ坊や」
10代の美少女にしか見えないアンジェリカに坊やと呼ばれ、バッカスは思わず苦笑いしてしまった。
「さっそくだが、アンジェリカ殿にはこの国を危機から救ってくれたお礼を言いたい。本当に感謝している」
ん?危機から救った?ヘタすると国ごと地図上から消える可能性があったのに?
何かしたかしら……と考えを巡らすアンジェリカ。
「帝国の将軍や将校が何者かに討たれ、軍部が機能しなくなったことは聞いている。そして、それを実行したのがアンジェリカ殿、貴殿であると我々は考えている」
ああ、あれのことか。あれなら実際は私ではなくアリアがやったんだけど。
「気にしなくていいわ。何とかすると言ったのは私だしね」
「おかげでこの国は侵略を受けることなく、立て直すことができた。本当にありがとう」
そのあとも会談は和やかな雰囲気のまま進み、建国当時のことや初代王のことなど、アンジェリカはさまざまなことをバッカスとギブソンに聞かせてあげたのだった。
-冒険者ギルド-
「ふわぁ〜……終わったぁ……」
三部構成の講習が終わり、ギルドの多目的室から出てきたパールは大きく伸びをする。
座りっぱなしで疲れたけど、薬草に関する知識を学べたのは良かったかも。
などと考えつつ一階への階段を降りようとすると──
「よ、よう……」
声をかけられ振り返ると、講習前に一悶着あった赤髪のお兄さんが何か言いたげな顔で立っていた。
「あ、あのさ。さっきはすまなかっ……いや、悪かっ……申し訳なかったです」
何とか頑張って丁寧に話そうとしていた。申し訳ないけどびっくりするくらい不自然。
「あ、いえ。大丈夫ですよ。あと、話し方も普通でいいです」
そう言ってあげると、お兄さんの表情が少し和らいだ。
「そっか、助かるよ。本当にごめんな。俺、最近冒険者になったばかりでさ」
「へえ。そうなんですね」
最初は怖いお兄さんかと思ったけど、会話してみると意外に話しやすい。
二人で今日の講習のこととかいろいろ話しながら階段を降りて行くと……。
何かずいぶんと騒がしい。
受付カウンターの前に白い鎧を着た人が何人かいて、受付嬢のお姉さんと揉めているようだ。
「ここのギルドに登録しているはずだ!早く教えろ!教会と敵対するつもりか!?」
「ですから、冒険者の個人的なことについては教えられないと……あ!パールちゃん!」
ん?私?
お姉さんが私の名前を呼ぶと同時に、騎士みたいな人たちが一斉にこちらを向く。そして──
「おお!あなたが聖女様ですね!?」
あ。嫌な予感がする。
「何のことですか?」
ここは全力でとぼけよう。
「あなたがゴブリン退治に訪れた村で、重傷を負った村人を癒しの力で治療したことは調べがついています」
なんてこったい。でも認めるとめんどくさいことになるよね、きっと。
「いや、よく分かんないです」
冒険者たちも、何だ何だどうしたと周りを取り囲んで様子を見守っている。
「聖女様、失礼します」
突然一人の騎士が私に近づくと、腕を掴んで手袋を外した。右手の甲にはっきりと浮かぶ星形の紋章。
「やはり!やはり聖女様!」
パールが聖女であったことに冒険者たちも驚いたが、真祖の娘だったことに比べると衝撃が少なかったのかそこまで驚いていないように見える。
「さあ!我々と一緒に行きましょう!あなたには人々を救う義務があるのです!」
いや、意味分かんない。
「お断りします」
ピシャリと言い放つパールに、騎士の顔から表情が消えた。
「……何を言っているのですか?あなたは聖女なのですよ?」
「関係ないです。私は大好きなママの娘でただのBランク冒険者です」
騎士の目をまっすぐ見て言い放つ。
「なるほど。問題は母親だったのですか。聖女の存在を国にも教会にも知らせないとは何と愚かな。きっと信心もないのでしょう。そのような愚かで罰当たりな女はあなたの母親に相応しくありません!」
教会聖騎士は一気にまくしたてた。
何なのこいつ。ママは人間じゃないのに私を拾って大切に育ててくれた。誰であってもママのことを悪く言う資格なんてない。
「──ママのことを悪く言うな……!」
うっすらと涙が浮かぶ目で騎士を睨みつける。
「とにかく。あなたは我々と一緒に来てもらいます。それがあなたのためでもある。多少手荒な手を使っても連れていきます」
その言葉に冒険者たちも黙っていなかった。
「おうおう!てめぇら勝手なことばかり言ってんじゃねえぞ!」
「おうよ!お嬢を連れていかせるもんかよ!」
冒険者が聖騎士たちに掴みかかり……
「お嬢!早く逃げろ!」
「行け!嬢ちゃん!」
少し悩んだけどみんなの気持ちを無駄にできない。後ろ髪を引かれながらも混乱から逃れようとしたけど、一人の騎士が私を捕らえようと突っ込んできた。
捕まる、と思った瞬間、誰かが横から騎士に体当たりを喰らわした。
赤髪のお兄さんだった。
「嬢ちゃん今だ!行け!」
お兄さんは必死に私を逃がそうとしてくれてた。
「き、貴様っ!邪魔をするなあああ!!」
騎士は剣を抜き、赤髪のお兄さんに斬りつけた。
血しぶきをあげて私の目の前で倒れる赤髪のお兄さん。
なにこれ。
なんで?
どうして?
こんな理不尽なことが許されていいの?
刹那、パールからとてつもない殺気が漏れ出す。
怒りで我を忘れたパールはそこがギルドのなかであるにもかかわらず、尋常でない量の魔力を練り始めた。
その魔力で魔法を放てば間違いなくギルドは消し飛ぶ。
冒険者も騎士も誰もがそう確信したそのとき。
「いったい何をしているの?」
殺伐としたギルドの空間にアンジェリカの声が響いた。
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