第二十二話 新たな国としての始まり
ここまでお読みいただきありがとうございます。第一章はこれで完結です。アンジェリカとハーバード1世の馴れ初めや別れを描いた閑話を1つ挟んでから第二章を公開します。よろしくお願いします。あ、変わらず毎日更新します!
王城が廃墟と化し、王族や王侯貴族もいなくなったが、人々に大きな混乱はなかった。
元王都を中心にやや治安の悪化が見られたものの、冒険者ギルドが主導して治安維持に努めたため、現在では落ち着いている。
冒険者ギルドのギルドマスターは、アンジェリカと顔を合わせたあと迅速に行動を開始した。
彼はまず、戦争の英雄であるバッカス侯爵と会談し、人々のために立ってくれるよう説得した。
自分にそのような器はない、と最初は辞退していた侯爵だったが、このままでは帝国をはじめとした周辺諸国に侵略を受ける可能性があることを訴えた結果、重い腰をあげてくれたのであった。
ただ、侯爵は自身が王として君臨することは明確に辞退した。そして、他の貴族や有力者とも協議した結果、侯爵を代表者とした合議制を敷く国として再出発することが決まったのである。
国が落ち着くまではバッカス侯爵が代表を務めるが、それ以降は国民による入れ札で代表者を決めることになった。
新たな国の名前はランドール共和国。ランドールとは、はるか昔におけるこの地方の名称である。
-バッカス侯爵邸-
「何とか国としての形はまとまりそうだが、帝国の動向が気になるところであるな。ギブソン殿」
数々の武勲を打ち立てた戦争の英雄、バッカス侯爵は今、自宅の客間で冒険者ギルドのギルドマスターと向き合っている。
「そうですね。ただ、おそらくそちらは問題ないかと思います」
「む、それはどういう意味だ?」
あのとき、冒険者ギルドに現れた真祖は帝国の侵攻を懸念するギブソンに対し、「それについては私が何とかする」と明言した。
あの方が何とかすると口にした以上、きっと何とかなるのであろう、とギブソンは確信している。
「そちらに関してはアンジェリカ様が手を打ってくれるとのことですので」
「む、例の真祖か」
「ええ。あの方は信頼できます。圧倒的な強者であるのは事実ですが、人間の子どもを娘として育てたり、冒険者を弟子にしたりと、人間に悪感情も抱いてないようですし」
「ほう。おとぎ話で伝え聞く話とはずいぶん違うのだな」
「まあ、悪意と敵意をもつ者に対して容赦ないのはおとぎ話の通りですね。実際に魔法の一撃で王城は壊滅、王族の血脈も絶えたわけですし」
そう、アンジェリカは人間に特別悪感情は抱いていない。ただ、明確な悪意や敵意を向ける者は例外である。
「凄まじいものだな。私もいつか会ってみたいものだ」
恐怖の対象として語り継がれる真祖に会ってみたいとは、さすが歴戦の猛者である。
「もしまたお会いすることがあればお伝えしておきますよ」
会う予定はまったくないが、また必ず会えるはずとの予感がギブソンにはあった。
-セイビアン帝国-
帝国軍の総司令として長きにわたり戦場で生きてきたジャミア将軍は、目の前で起きていることが理解できなかった。
この日ジャミアは、統治者を失った元王国に軍を送って実効支配すべく、将校を集めて軍議を開いていた。
そこへ突然、目の前にいるメイドが現れたのである。
「帝国軍の将軍と上級将校の皆様ごきげんよう。お嬢様の命令によりあなた方を排除しに来ました」
男を惑わすのに十分な魅力ある体つきをした、10代後半にしか見えないメイドはそう口にすると、またたく間に将校全員の首を手刀で刎ねたのだ。
「ああ汚い」
そう言いながらメイドは返り血を拭う。
「派手にやりすぎないようにとのことだったけど、やっぱり魔法使えばよかったわ」
美しい顔立ちをしたメイドは、自身の腕に付着した将校の血を拭いつつ忌々しげに呟いた。
「き……貴様はいったい……!」
人間とはいえ歴戦の将軍である。眼前のメイドが人外であると認識しつつも冷静さを失わぬよう努めていた。
「あなたが知る必要はないわ」
メイドは冷たく言い放ちジャミアのほうへ歩みを向けた。
メイドが間合いに入ったら斬る、と剣の柄に手をかけていたジャミアであったが……。
「っが──!!」
突然目の前からメイドが消えたかと思うと、背中から何かを突き刺されたような痛みが走る。
恐る恐る視線を下へ落とすと、自身の胸から細い腕が生えていた。
いつの間にかジャミアの背後に周ったメイドが貫手で体を貫いたのだ。
「こ……こんなことが……!」
剣を交わすことすらかなわず蹂躙された歴戦の将軍は、そのまま床に投げ捨てられ輝かしい生涯の幕を閉じた。
「ああもうっ。ほんっとうに汚い!」
真祖アンジェリカの忠実なメイドであり眷属でもあるアリアは、一人の将校が着ていた衣服をはぎ取ると、腕についた血を丁寧に拭い始める。
アンジェリカはフェルナンデスが集めた情報により、この日帝国軍の幹部が一堂に会することを掴んでいた。
とりあえず総司令や将校を潰しておけば、少なくとも帝国の侵攻計画は潰えるか遅れるであろう、と考えたアンジェリカがアリアに暗殺を命じたのである。
「早く帰ってお風呂に入りたいわ」
簡単に仕事を終えたアリアはそう呟くと転移でその場を去り、部屋には無残に処分された将軍と将校の亡骸だけが残された。
アンジェリカの暗躍によって、帝国は軍の主要人物をほとんど失った。
多くの兵を擁しているとはいえ、軍を指揮できる者がいなければとても戦争などできない。
元王国は驚くほど迅速に立て直しを図り、すでに新たな国として運営が始まっている。
このような状況でさすがに侵攻は難しい、と判断した帝国の皇帝は計画を白紙に戻し、軍部の立て直しに注力するのであった。
-アンジェリカの屋敷-
「ねえママ。今度私と一緒に町へ行こうよ」
テラスでティータイムを楽しんでいると、突如パールがそのようなことを言い出した。
「そうねぇ。そういえばパールと一緒にお出かけしたことってほとんどなかったわね」
「そうだよー。たまにはママと一緒に買い物とかカフェでお茶とかしたいなー」
やだかわいい。
愛娘からのお誘いちょっとうれしいかも。
でも人が多いところに行くとジロジロ見られるから嫌なのよね……。しかもこのあいだの一件でかなり目立っちゃったし。
「ねえ、ダメ?」
上目遣いでアンジェリカにおねだりするパール。
「うっ。そんなお願いの仕方ずるいわよ」
そんなあざとい技、いったいどこで覚えたんだ。
まあでも、私自身パールと一緒にお出かけしてみたい気持ちはある。
「じゃあ、もう少し町が落ち着いたら一緒にお出かけしましょうか」
「ほんと!?やったー----!」
……ふぅ。やっぱり変装とかしたほうがいいのかしら?
そんなことを考えるアンジェリカであった。
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