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0の庭  作者: 七星ドミノ
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第五章 逃亡者

 正体が暴かれたというのに、神無木操の表情は、わずかな笑みさえ湛えている。それが狂気にも見えて、円は背筋に寒いものが走るのを感じた。


「どうして、こんなことを」


 円の言葉に向けられた視線は優しささえ込められている。慈しむような目だった。


「円、お前を、降り掛かる不幸から守るために決まっているだろう」


「私を?」


「巴を失って俺は考えた。一体この不幸は俺の人生のどこから始まっていたのか、とな」


 神無木操は目を細める。その視線は円を通り越して、過ぎ去りし遠い日に向かられているようだった。


「まだ薫子と出会う前の話だ。俺は高校の同級生だった倉内未歩の父、倉内松利くらうちまつとしに金の相談を持ち掛けられていた。彼にはすでに数百万近い金を貸しており、断ると『お前の家は金持ちだろ! いつか返すって言ってるじゃないか! それくらい貸してくれてもいいだろう!』と激怒し、顔にウォッカを掛けられてライターで火を点けられた。顔全体に火傷を負ったものの、命の別状はなく、数回の手術で痕も残らずに済んだ。しかし当時婚約していた女性とは、危険な交友関係を持っていることを理由に関係を解消。松利は逮捕され刑務所に入れられたものの、わずか数年で出所して来た。凝りもせずにまた俺に金を借りに来たよ。さすがに警察に言うぞと脅すと、その時は何もせずに帰って行ったがね。少し後に薫子と出会ったんだ。薫子は縁を切りたい男に付きまとわれていると言い、その男が近付けないように出来る限り一緒にいてやったことが互いの心を結びつける切っ掛けだった。薫子のことを愛していた。その頃、薫子のお腹に子供がいることがわかり結婚することになった。しかし子供が産まれた辺りで、薫子の前の恋人、三原明春がたびたび家を訪れるようになった。『薫子が産んだ双子は俺の子供じゃないのか』と言い出したのだ。DNA鑑定はしなかった。円と巴を心から愛していた。どちらの子供でも俺は構わなかったが、もし三原の血が流れているとわかってしまったら、今まで通り接することが出来るのかという不安があったことも事実だ。妻に黙ってDNA鑑定をし、俺達の実子だった時だけ薫子に知らせて安心させてやるという手段もあったが、やはり先の不安が拭い去れなかったのだ。もしも二人が三原の子だったら……。薫子はそれを気に病んで、しだいに精神状態が悪化しヒステリーを起こすようになった。三原は『俺の子供かもしれないから』と忘れた頃に家までやって来ては円と巴に会いに来た。それがどれほど薫子を追い詰めていたかを奴は知っていてやっていたんだ。自分を裏切った女への復讐だとでも思っていたんだろうな。俺はこのままでは薫子の心が壊れてしまうと思い、彼女と円と巴だけを、別の土地にしばらく住まわせることにした。俺は仕事の関係で東京を離れられなかったから、その時期はお前達の誕生日にしか会えず寂しい思いをしたよ。これで薫子が安定してくれればと思っていたが、薫子が自殺未遂をしたという連絡が入った。心臓が止まるかと思ったよ。一命は取り留めたものの、薫子は精神的に限界だった」


 そこで言葉を区切った神無木操は門野を睨む。その目は昏く、底知れない闇を抱いていた。


「主婦達のリーダー格だった門野麻恵という女に、薫子は執拗ないじめを受けていた。美しく、富もあり、夫に愛されている薫子のことが妬ましく目障りだった……。後で調べたらそんなくだらない理由だったよ。やはり薫子の近くにいてやるべきだったと考え、再び東京の家にお前達を呼び戻した。幸いにも三原はその頃には別の女を見付けたらしく顔を見せなくなっていた。ところが母親同士のいじめの影響で、円と巴も子供達からいじめを受けていたらしく、学校へ行くのが怖いと言い出した。登校拒否気味になった二人に正直俺はどう接していいのかわからず、二人のしたいようにすればいいという理解を示す形の放任に走ってしまった。小学六年になっていた円と巴。巴は学校へ行く努力をしていたが、円はよほど酷いいじめられ方をしていたのだろう、すっかり内向的な性格になり、外へ出ることを怖がる子になってしまったのだ。後で調べれば、門野麻恵は夫にも愛想を尽かされて離婚し、唯一手元に残った娘からも嫌われて、家出した中学生の娘を探すために探偵事務所に足繁く通っているうちに、自分の人を見る目を買われて探偵になったというじゃないか。門野に人を見る目なんてありはしない。人の粗や欠点、弱味を見付けることに長けているだけだ。間違ってはいないよな、門野麻恵?」


 神無木操のドスの利いた声に、門野は体を震わせて答えることも出来ないようだった。


「円は中学は三年間、図書室登校だった。学力は申し分なくとも、人間と関わる力が育たなかった。円は高校には行きたくないと言い家に引き籠った。巴はなんとか高校に進学したものの、なんの仕打ちか、巴はそこで今までを凌ぐような暴力を受けた。その時俺が気付いてやっていれば、助けることも出来たのに、俺は巴が隠そうとしている何かに気付いてやることが出来なかった。巴に暴力を振るっていたのは、二学年上の百瀬千代丸だった。理由は百瀬の好きな女子が巴に想いを抱いていたから、という泣けてくるくらいどうでもいいものだったよ。百瀬は執拗に巴を追い詰め、ついに外へ出る努力をして頑張っていた巴も家に引き籠るようになった。百瀬千代丸のような人間を生み出したのは、他ならぬ佐村君、君だよ。何が格好いい孤高のサムライだ。君が後に残したものは、こんな汚い足跡だけじゃないか」


 百瀬がたびたび円に対して嫌悪を露わにしたのは、自分の穢れた過去を知る人間かもしれないという不安と、巴を思い出して不快だったからだろう。


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