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0の庭  作者: 七星ドミノ
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4-6

「三原さん殺しのトリックは気付いてみれば簡単なものだった。ばらばらにしたのには運びやすくする以外の意味がちゃんとあったんだよ」


「切断したことに、他の意味が?」


「やはり三原さんは、午前七時にスタートした見回り時点で死んでいたのさ」


「そんなはずないわ! 私はちゃんと見たのよ、三原の、あの気持ち悪い目を!」


「まあ、聞けよ。まず犯人は誰にも目撃されないように、三時間ルールに被らない時間を選んで三原さんの部屋の扉をノックした。ドアスコープから三原さんは犯人の顔を確認したことだろう。犯人はその時にある物を三原さんの目に映るように見せた。失くした腕時計だ。床に置いておくからとでもジェスチャーして、その場を去った振りをして扉の影に隠れていた犯人は、床に置いた腕時計を取るために隙間から出て来た三原さんの頸部にスタンガンを当てた。あの火傷の痕を見るに、違法改造された高威力のスタンガンだ。即死か、よくて気絶くらいはしたと思う。犯人は三原さんの部屋のバスルームでメスを使い短時間で遺体をばらばらにした。ばらばらにした一番の理由は運びやすくするためではなく、門野を呼びに行くためだ。司堂が三の間の部屋をノックした時、犯人はノックで返し、あたかも三原さんが生きているかのように偽装。門野、あんたはやっぱり嘘は吐いていなかった。確かにドアスコープに顔を近付けて来た三原さんの顔が、門野の目には飛び込んだんだろうさ。――なぜなら、切断された三原さんの首を犯人が切断面が見えないようにドアスコープぎりぎりまで近付けていたからだ」


 門野の表情が引き攣る。自分の見ていたものが、すでに死んで解体されていた死体だったと知って今さら恐怖を感じたのだろう。


「そして、門野が神無木を呼びに行った後、部屋に戻ったのを見計らって、犯人は司堂の部屋のバスルームに三原さんの死体を運び込んだ。その頃、何も知らない神無木は俺の部屋のドアをノックしている最中だっただろうな」


「あの……そんなことをしたら司堂さんに、すぐにばれてしまうのではないですか?」


 安来がおずおずと口を挟む。彼女の言うとおりだ。その時には司堂は二の間にいたはずなのだから。


「ばれないさ。なぜならその時すでに、司堂は二の間にはいなかったからだ。そうだろ、門野?」


 門野は何も答えない。この期に及んで都合の悪いことは隠し通そうとしているようだ。


「そもそも司堂と門野が今回の依頼に乗っかった目的はただひとつ。硝子の館に隠されているという時価数億の宝を見付けることだ。普通に入れる部屋は調べ尽くした二人は、隠し場所があるとすれば開かずの間しかないと考えた。そこで司堂は殺人事件に便乗して三時間ルールなんていう提案を皆に持ち掛けたって訳だ。自分のアリバイを確立しつつ、見回り以外の時間は自由に動ける。あれを提案したのは、司堂にとってもっとも有利な決まりごとだったからに他ならない」


 そういえば、百瀬が死んだ後に司堂と門野の二人は館の中を意味もなく歩き回っていた。あれはどこかに宝に続く道がないか探していたのかもしれない。


「司堂は、犯人が二の間に三原さんの遺体を運び込んでいる間、開かずの間を調べに行っていた」


「どうしてそこまで断言できるんですか? 佐村さんの想像じゃないんですか?」


 安来が少し強めの口調で言う。わずかな手掛かりから、魔法のように解答を導き出してしまう佐村が彼女の目には異質に映っているのかもしれない。


「俺と神無木は丁度目撃してるんだよ。俺が意見を求めて午前九時頃に神無木の部屋へ行った時、門野の部屋から濡れた髪で出て来た司堂の姿をな。あれは自分の部屋のバスルームが使えず、仕方なく門野の部屋へシャワーを借りに行った後だったんだ。ついでに三原さんの死体をどうするか相談するためにな。開かずの間に二時間もいたとしたら、体にあの強烈な腐臭が染み付くだろ。潔癖症の司堂が耐えられるはずがない。このままでは司堂が犯人に仕立て上げられてしまう。司堂と門野は焦ったはずだ。そこでひとつの案を思い付いた。もともと司堂ってのは臭いものには蓋、悪事はばれなければ構わないってタイプの人間だ。司堂と門野は、別の人間の部屋に三原さんの遺体を運び込み、そいつに罪をなすり付けることにしたんだよ」


「だけど、そんな時間なんてありましたか? 私達は三時間ルールに縛られていたんですよ?」


 安来は佐村の推理に果敢に噛み付いて行く。彼女は優しい。素人推理で誰かが犯人に仕立て上げられてしまうことを恐れているのだろう。


「その三時間ルールのせいで、隙が出来たんだよ。司堂達にも、犯人にとってもな。ただ、司堂と門野の二人が死体を運び込める部屋は、この館の中でひとつしかなかった。つまり和泉の部屋だ。時間的、部屋割り的に、そこにしか運び込むことが出来なかった。司堂は喜んだだろうさ。マイクロバスの中で恥をかかせた和泉に対して私怨を抱いていたからな。流れはこうだ。まず午前十時になるのを待ち、司堂が動く。三原さんが死んでいることを知っていた司堂は、三原さんの部屋を飛び越して門野の部屋へ行く。神無木の担当時間が数分早く回って来たのはそのせいだ。門野は三原さんの遺体を入れたボストンバッグを引きずって少しでも和泉の部屋に近い五の間にボストンバッグを置く。神無木に声を掛けて自分は四の間ではなく五の間に隠れる。ドアが閉まる音を頼りに安来が部屋に戻ったのを確認して五の部屋を出る。和泉が司堂の部屋へ向かうのとほぼ同時に移動し、和泉の部屋のバスルームに死体を放り出して、後は下の道を通って自室に戻ればいい。司堂がなかなか和泉のノックに返事をしなかったのは、門野が死体を運び込む時間稼ぎをするためだったってわけだ」


「でも、それって和泉さんが部屋に鍵を掛けていたらうまくいきませんでしたよね?」


「掛けるはずがないんだよ。司堂と門野の、この行動こそが犯人が狙って誘導したものだったんだからな。――なあ、そうだろ、和泉?」


 和泉の表情は穏やかだ。あなたが犯人でしょう、と突き付けられたも同然のこの状況でも紳士然としている。


「うん、実にもっともらしく聞こえるが、佐村君の推理だと別に私ではない別の誰かでも実行可能だったように思えるのだがね」


「普通、こんな状況で自分の部屋を離れる時、自室に鍵を掛けずに出歩くなんてあり得ないことだ。留守にした隙に犯人が部屋に忍び込む可能性だって考えられるんだからな。あんたは司堂と門野の二人が必ず自分の部屋に三原さんの遺体を運び込むと踏んで、わざと鍵を掛けずに部屋を出た」


「そう言われてしまっては仕方ないが、私もこの年だし、かなり疲れていたんだよ。鍵を掛けて出たつもりだったが忘れていたようだ」


「まあ、そういうことにしておいてもいいが……マイクロバスで司堂の頬を張った時、まるでわざと司堂を挑発しているように俺には見えた。あれは司堂に嫌われていた方が殺人計画がうまくいくと踏んでの行動だったんだろ? あんたはおそらく随分と前から、この殺人計画を練っていたんじゃないのか。ここに集められた人間は長い間、あんたに調べ上げられていた。過去や、性格や、性質や、癖なんかをな」


「君は実に想像力のたくましい人だね。そこまで言うからには私が犯人だという確固たる証拠はあるんだろうね?」


「もちろん。自分に容疑が掛かり、ガーデンに閉じ込められたあんたは鉄壁のアリバイを手に入れた。自分が密室内に閉じ込められながら、見張りの司堂を殺すという一見して不可能な犯罪を可能にしたんだよ」


「ほう。私がどうやって司堂君を殺したと言うのかね」


 門野が持っていた赤い大きな宝石を、佐村は和泉に見せる。


「あたかもガーデンのどこかから発見したように、あらかじめガーデン内に隠しておいたこの宝石を取り出して見せたんだろう、司堂に。司堂はこのままでは宝石が別の人間の手に渡ってしまうと焦った。あいつには借金があったし……門野、あんたは司堂の連帯保証人だな?」


 門野は少し迷って、屈辱に唇を噛み締めながら頷いた。


 八人と会った次の日、円が見た司堂と門野は何かのやりとりをしていた。連帯保証の書類にサインをしていたのだろう。佐村は少ない情報の中から、その可能性に辿り着いたのだ。


「司堂はなんとしても、この宝石がほしかった。それで誘惑に負けて、鉄扉の鍵を外してしまった。人工芝生の下にでも隠しておいた武器で司堂を殴って気絶させたあんたは、テラスの方へ司堂を引きずって行き、血痕が飛び散らないように絞殺した。その後、司堂の手に宝石を握らせ、自分の頭を殴るなりして怪我をし、別の犯人に襲われたかのように偽装した。時間になっても呼びにこない司堂を不審に思い、門野が様子を見に来るのを地面に倒れた振りをして待っていたんじゃないか? 門野は死んでいる司堂を発見して驚いたが、そのタイミングで和泉が目を覚ました振りをする。いかにも門野を犯人だと思い込んでいるように演技をしながら銅の盾を武器に開いたままの鉄扉に近付いたんだろう。怯えた門野は咄嗟に鉄扉に鍵を掛けた。犯人の思惑通りにな。ところが少し冷静になって門野はその状況がとてもまずいことに気が付いた。このままでは自分が犯人にされてしまうってね。さらに司堂が握っていた赤い宝石に目が行くと、門野の中に欲が芽生え、司堂の手から宝石をもぎ取った門野は一度それを四の間へ隠しに行き、その後で、まだガーデンテラスには行っていない振りをして俺を呼びに来たってわけだ。俺の推理はどうだろうな、門野?」


「憎たらしいくらい当たってるわ、その通りよ」


「しかし、君と門野さんが共犯だった場合、私は犯人に仕立て上げられてしまうのではないかな?」


 敵もさるもので、佐村の追及を逃れようと必死だ。ここまで証拠を並べ立てられて、まだ言い逃れする理由とは一体なんなのだろうか。


「最初に違和感を感じたのは、三原とまったく同じボストンバッグを持って来た時だった。名札を目印に付けるという会話を車体の後ろでしていたが、よくよく思い返してみると"俺達は、どちらのバッグに名札が付いたのか分からなかった"んだよ。それも犯人の意図するところだったんだろう。主語を抜かすことで、先に車に乗り込んだ俺達に詳細が分からないようにした。その後で『自分のファーストネームにはいい思い出がない』という話をしたのも和泉の狙いだった。このトリックに百瀬が引っ掛かってしまったのさ。バスの中で倉内に『わいずみってどういう字を書くんですか』と聞かれたのも、あんたの作戦通りだった。倉内が通路を挟んだ隣にいる安来にその紙を見せようとしたおかげで、俺達の目にも字が触れることになった。筆跡を誤魔化す必要があんたにはあったし、名札を他の人間に見られた時、あらかじめ自分の癖字を知らせておけば後で言い訳がきくからな。名札を付けたのは、和泉、あんたのバッグの方だな? しかも名札には〈和泉〉ではなく〈源〉というファーストネームの方を書いたんだろう」


「だったらどうだと言うんだい?」


「百瀬は勘違いしたんだよ。源と三原を。あんたの偏と旁が同じ大きさの筆跡だと、源と三原の区別が付きづらい。もちろんあんたが故意に造り出した筆跡なんだろうけどな。三原さんに光り物を渡された百瀬は迷ったはずだ。だが、すぐに名札が付いている方を三原さんのバッグだと思い込んだ。なぜなら、和泉がいい思い出のないファーストネームを名札に書くはずがない、と思い込んでしまったからだ。それに普通、いい年をした大人は私物の名札にファーストネームは書かない。百瀬は先入観からバッグを取り違え、三原さんの大事な腕時計ごと和泉源のバッグに入れてしまった。館に着いたあんたは腕時計だけを盗み出し、他の私物は三原さんに返しに行った。後の犯行準備のためにな。現に、今のあんたのバッグには名札が付いていない。証拠になるから捨てたんだろ」


「単に必要がなくなったし、見栄えが悪いから外しただけだが。それに、思い出してみてほしい。部屋はそれぞれが思い思いの場所を選んだはずじゃなかったかな。腕時計など盗んでも役に立つかどうかも分からないだろう」


 和泉の言うとおりだ。あの時円達は、誰に誘導されるでもなく自分から好きな部屋を選んで行った。誘導されたとすれば、百瀬が佐村の脅しで五の間へ追いやられたくらいだ。


「部屋割りは、俺達の性質を調べ尽くしていたあんたなら、誰がどの部屋に行くか予想していたんだろうな。司堂と門野には、あらかじめ硝子の館の開かずの間には宝石が隠されているという情報を流してあった。でなければ腐乱死体を見てぶっ倒れるんじゃないかってくらい青褪めていた司堂が、自分から死体の隣の部屋を選ぶわけがない。門野は司堂の隣がよかったはずだが、三原さんは三をラッキーナンバーだと決めていたから必ずその部屋を選ぶ。門野は少しでも司堂に近い方がいいという心理から四の間を選ぶだろう。あんたが腐乱死体の隣の部屋を、自分から選んだのは、後々の犯行を実行しやすくするためだったんだろ? 倉内未歩に恋心を抱かせるために、バスの中から執拗に好感度稼ぎをしていたあんたの隣は当然倉内が選ぶ。倉内は殺人が起きた館の中で心細さを埋めるために仲のいい安来を隣に起きたがる。これで八の間は安来だ。女好きの百瀬は安来の隣を選びたがるだろうが、余計な面倒事を嫌う俺が百瀬を牽制することも想定内だったんだろう。気の弱い神無木が門野と百瀬に挟まれてたんじゃ可哀想だし、両親の遺体に少しでも遠い部屋を選んでやりたいと俺が同情することもあんたは計算づくだった。一の間と十一の間に分けて神無木夫妻の遺体を放置したのは、この部屋はあらかじめ潰しておきたかったからさ。ここに生きた人間がいると、館内を動きづらくなる上に計画自体がうまく運ばなくなるからな。というわけで、この部屋割りは偶然でもなんでもない、犯人の思うままだったということだ」


 佐村の推理ですべての要素が無理なく繋がったように思う。けれど和泉は、まだどこかに余裕を隠し持っているような表情をしている。


「まだ言い逃れすることに何か意味はあるのか? 警察が入ればあんたの犯行であることは隠し通せないぜ。なあ、和泉源、いや――」


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