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「あの時俺は、状況的に考えて飲み水に毒が入っていると思い、神無木の喉に指を突っ込んで吐かせたが、毒が皮膚から吸収されていたんだったらまったく無意味な行動だったというわけだ」
円達が自然回復出来たのは、まだ症状が初期段階だったせいだろう。もう少し症状が進んでいれば、なんの処置も出来ないこの場所で、百瀬と同じ運命を辿っていたかもしれない。
「続いて倉内未歩殺害のトリックだが、倉内は司堂の名を騙った犯人の手紙によって呼び出された。もっとも待ち合わせ場所は一の間ではなく、二の間だったはずだけどな。倉内未歩が殺されたと思われる時間、あんたは何をしていた?」
佐村が、ずっと俯いたままの門野を見る。門野は決まりが悪そうに視線を故意に佐村から逸らしながら、ぼそっとした声量で答えた。
「前にも言ったでしょう。司堂さんの部屋にいたわ」
「二人が合う約束の時間をどこかで聞いていた犯人は、丁度その時間――午後十時半に被るように倉内を司堂の部屋に来るようにおびき出した」
「でも、それなら呼び出しに使ったメモみたいなものが証拠として残るんじゃないですか?」
「メモは倉内が食った」
「え?」
いくら食い意地の張った倉内でもメモまで胃に詰め込むとは思えない。佐村は本気で言っているのだろうか。
「倉内未歩の遺品を調べたところ、徳用パックの菓子類しか持っていなかった。その中でゴミ箱に入っていたあのラッピング個装で、焼き菓子の屑が入っていた。どう考えても異質だろ。倉内未歩は菓子類は質より量だと言っていた。そんな女が個装の菓子なんて買うはずがない。あのラッピングの中には"メモを書くために犯人が用意した大判のクッキー"が入っていたんだよ。それこそ両手で持って食わなきゃならないくらいデカいやつがな。フードペンってものがあるんだよな? それで『メモを読んだ後は食べるように』とでも最後に付け加えて倉内の部屋の前に置いておいたんだろう。物音でも立ててやれば、倉内はすぐに様子を見に来るはずだ。倉内が部屋を出る前にシャワーを浴びて服や下着を着替えて行ったのは、司堂に会うためだった。倉内は出会った男に優しい言葉や好意を見せられると、運命の相手だと思い込む節があったからな。確か、次は司堂が運命の相手だって言ってたはずだよな?」
佐村が安来に目をやれば、安来はこくりと頷いた。
「でも倉内さんは、部屋から出る時にクッキーを食べたんですか? 事前にシャワーを浴びているなら手にクッキーのにおいが残っていたのはおかしいですよね。よくわからないけど、普通好きな男の人に下心があって会いに行くんだったら、歯磨きとかもしていくと思うんです。倉内さんはどうしてそんな微妙なタイミングでクッキーを食べたんでしょうか」
「そこは犯人の誤算だっただろうな。安来、倉内にミュージックプレイヤーを借りに言った時、倉内は何かを食っていただろ?」
「え、あ、はい。大きなお徳用のお菓子袋を脇に抱えて、口の中に放り込んでいましたね。あれは、かりんとうだったと思います」
「倉内の部屋の中には他にも菓子の袋が散乱していた。常に菓子を口に放り込んでいないと落ち着かない倉内は、殺人が起きて不安定になった気持ちを落ちつけるために、いつにも増して過食に走っていた。部屋に散乱した菓子の袋の数は異常だった。メモが書かれたクッキーに気付いた時、すでに腹がいっぱいだったんだろうな。食べてくれとは書いてあったが、さすがの倉内もすぐには食えなかった。それで机の上にでもおいておいたんだろう。シャワーを浴びた後でクッキーのことを思い出した倉内は、その時にようやく慌ててクッキーを口にした。神無木、覚えているか? 倉内は油っぽい菓子を食った後でも、手を洗う習慣がないんだよ。歯は磨いたんだろうが、手には微量にクッキーのにおいが残ってしまった」
「なるほど……それなら話の筋が通りますね」
「そうやって倉内をおびき出した犯人は、司堂の部屋へ入って行く門野の姿をわざと目撃させ、倉内を怒らせた。メモにどんな愛の言葉が書かれていたか知らないが、司堂の場合はすでに運命の相手として見なされていたようだから、自分で呼び出しておいて他の女を部屋に連れ込んだ司堂にさぞかし腹を立てたことだろう。そんな倉内はマジックミラーの存在を思い出した。一の間の鏡がマジックミラーであることを、どういう訳か知っていたんだよ。倉内は司堂の動向を探るために、マジックミラーをどうしても見たかったはずだ。夢中になって二の間を観察していた倉内は、途中で室内に入って来た犯人を犯人だと認識する前に隙を突かれて撲殺された」




