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次に向かうのは一の間だ。円は依然としてあの謎が解けていない。
「この部屋でなら倉内さんを私でも開かずの間へ移動出来たってどういうことですか?」
佐村は無言で薫子が使っていた大型のキャスター付きボストンバッグを指差した。
「鏡の前に置いてあっただろ、最初にこの部屋に入った時から。犯人はあの上に倉内が倒れ込むように頭を殴打した」
「でも鏡の前にいたはずの倉内さんは抵抗しなかった」
「当たり前だろ。背後が見えてなかったんだから」
「鏡の前でそんなのってあり得ます?」
「あり得るさ。あの鏡なら」
そう言って佐村は右側壁面に埋め込まれた鏡の前でライターを取り出した。どうやら司堂の荷物から持って来たもののようだ。死人の持ち物を勝手に持ち出すとはどういう神経をしているのか。
鏡に目をやると映った炎が二重に見えて、円は自分の目をこすり、もう一度見直した。やはり炎が二重に見える。
「手品?」
「俗に言うマジックミラー」
そう言うと佐村は一の間の電気を消した。暗くなった室内。佐村は部屋を出て行くと、すぐに戻って来た。鏡を見ろと言われたので覗くと、なんと隣室の二の間が丸見えだった。鏡のあった部分に、二の間に続く窓が出来たかのようだ。
「マジックミラーは暗がりから明るい方を見た時に透過する仕組みになっている。逆の場合はただの鏡だ。この部屋で司堂が煙草に火を点けたことがあっただろ。その時に偶然気が付いた」
ああ、と円は思い当たる。あの時確か、佐村が目を見開いて司堂を見やっていたので、どうしたのかなと不思議に思ったのだ。
「倉内はどういった理由か、ここで司堂の部屋の様子を盗み見してたんだよ。おそらく犯人に呼び出され、犯人同伴のもとにここでな。その隙を狙って犯人に頭部を殴られた。その時に死んだか、気を失っただけかは知らないが……キャスター付きの大型ボストンバッグに覆いかぶさるようにして倉内は倒れたんだろう。犯人は開かずの間の壁面扉を開き、そのままキャスターを転がし、開かずの間とこの部屋を仕切る部屋の境目まで持って行って、後は倉内を蹴落とすなりすればいい」
「ひどい……」
「呼び出した方法は粗方想像が付いてるんだけどな」
「それは教えてくれないんですか」
「証拠はある程度掴んでるが、まだ俺の想像の域を出ない」
開かずの間の壁面扉を引き開け、倉内未歩の死体を探る佐村。死体漁りが板に付いて来た、とは冗談でも言えない。
レースで縁取られた花柄ワンピースのポケットの中にスマホが入っていた。待ち受け画面は中肉中背の中年男と一緒に写っている写真だった。
通話履歴には、父親に掛けているものの一向に繋がらない記録が残っていた。五日前には繋がっている。繋がらなくなったのは四日前からだ。
佐村は何かを考える素振りを見せて、開かずの間を閉めてから一の間を出た。
自分は役に立っているのだろうか、と円は不安になる。先ほどから後を付け回しているだけのような気がするのだが。言われた通りにメモは取っているが、こんなものが本当に役に立つのか首を傾げたくなる。
続いて三原が使っていた三の間へ行く。三時間ルールの合間に死んでいたか気を失っていたはずの三原が、確かに生存していたかのように司堂と門野は口を揃えて言った。
「二人が口裏を合わせて嘘をついている可能性も考えたが、どうも俺の勘では、その点で二人が嘘を言っているようには思えない」
「根拠はあります?」
「ここまで周到な殺人計画を練っておきながら、嘘にしてはそこだけ陳腐過ぎて浮いていた。誰が聞いても怪しい嘘なら口にしない方がいい」
言われて見れば、司堂と門野がいくら口裏を合わせようとも、死後硬直など今時素人でもある程度は知識を持っているし、嘘としても成り立たないような戯言レベルだ。だが当の二人は、それが真実であるかのように必死で三原の生存を訴えていた。
「犯人はなんで三原さんの体をばらばらにしたんだ?」
「スタンガンの火傷の痕を隠すために切断?」
「どうもしっくり来ないな」
「運びやすくするためですか?」
「どこへ?」
「えっと、和泉さんの部屋へ」
「いつ?」
「いつでしょう?」
「整理しよう」と佐村が言った。
「まず、一回目の見回りは午前七時に司堂から始まった。隣室の三原さんの部屋へ行き三原さんの返事を聞いて二の間へ戻るまで二分と掛からなかったはずだ。司堂は『声を掛けたら、すぐに返事があった』と言っていたからな。それから三原さんは部屋を出て門野の部屋へ行った。門野は三原さんに部屋の中まで覗かれそうで嫌だと言っていたな。三原さんは門野みたいな気の強い女がタイプだったから、個人的に気に入っていたんだろう。次に、お前の部屋に門野が来たのは何時だったか覚えているか?」
「午前七時九分でしたね。私はすぐに返事をしたので、佐村さんを呼びに行って部屋に戻ったのは七時十一分でした」
「和泉まで周り終えるのに大体十六分くらいだったんじゃないか?」
「次の午前十時の見回りでは、私が佐村さんを呼びに行って部屋に戻った時間は十時八分でしたね。どうして前回よりも数分間短かったのかなって気になったんですけど」
顎に手を当てて考え込んでいた佐村は、ふと何かに思い当たったようだ。
「三原さんはなんで犯人に殺されたんだ?」
「邪魔だったから、じゃないんですか」
「いや、そうじゃない。なぜ犯人は三原さんに触れることが出来たのかって意味だ。部屋には鍵が掛かっていたはずだ。三原さんだって、誰が犯人かわからない状態でほいほい鍵を開けたりはしないだろう。犯人はどうやって三原さんに鍵を開けさせたんだろうな?」
ひとつ思い当たることがあった。腕時計だ。
「三原さんの遺体は、腕時計をしてましたよね。犯人はあれを届けるふりをして三原さんに扉を開けさせたんじゃないですか?」
同じことを考えていたようで佐村が頷く。だとすると一番怪しいのは和泉ということになるが。しかし和泉には司堂を殺すことは不可能だった。
「少し遡るぞ。カラスから光り物を隠した時だ。あの時、百瀬が三原さんと和泉のボストンバッグに間違えて物を入れてしまったのはどうしてだ?」
「一気に色んなことを言い付けられて、混乱していたんじゃないでしょうか」
「名札が付いていたのに? ……そこにも何か、犯人の意図があったんじゃないのか」
佐村は苛々したように片手を口元に当て、貧乏揺すりをしている。
「誰かが嘘を吐いているせいで真実に辿り着けないないんだよ」
佐村は気が急いているようだ。そんな彼を見ていることしか出来ず、もどかしさを感じる。
ふと佐村の視線が机の上に向けられる。そこには三原のスマホが置いてあった。
「三原さん、すいません」
誰にともなく断りながら佐村は中のデータを確認し始めた。佐村は画像のデータを漁っていたが、眉間を寄せて指を止める。




